[36]鋼の弾丸:Who Killed Cock Robin
「GPS? それはなんですか?」
最初は東洋人に見えたが、よく見ると東洋人らしさはまったくなかった。だが俺たちとも違う。
テオドラと名乗る妄想激しい狂人――だと思っていた。
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誕生日に贈り物が届いた。差出人はテオドラ。
届いた品は、俺があの時に使っていたライフル用の弾。
一つ一つにSparrow(スズメ)とプリントされている。
「どんな知り合い?」
「俺も分からない」
「なにそれ」
五箱のライフル弾と、見たこともない文字が書かれたメモ用紙。隅に国外のメーカー名が印刷されているから、ヤバイもんじゃないだろう。
それと本。中身はメモ用紙に書かれていた文字と同じ。
「何語か分かるか? ビオレタ」
「解る訳じゃなじゃない、スズメさん」
笑いながらメモを額に貼りつけるように、軽く叩かれた。
「スミスお爺さんなら知ってるかもね」
近所に住んでる物知りの爺さんの所に、本を持っていったら、
「古代ギリシャ語で書かれたイーリアスだな。お前さんにイーリアスを贈るとは……」
「爺さん、古代ギリシャ語知ってるのか?」
「少しはな」
俺がメモを差し出すと、爺さんは首を傾げて、近所の古代ギリシャ文学研究会ってのを紹介してくれた。学者たちの研究会じゃなくて、民間の好きがこうじた人たちが集まった同好会。
「このメモね。うんうん……」
かなり若い男がメモを受け取り、眼鏡をかけ直すようにして目を通す。
「書かれているのは――」
雀さん。こちらも当面の危機は脱しました
雀さん。また事件が起こることも考えられます
雀さんは逃げたりしないでしょうから、これで身を守って下さい
必ず倒せます
雀さん。この本、昔もらったものです
雀さん。古書は高額になると言っていましたね
この本が高額になるかどうかは分かりませんが、売ってみてください
カッサンドラで思い出したんですよ。随分と昔にもらったのです
この話が書かれたころには国の支配者、全ての道は全てに通じる国の元首から
雀さん。あなたに銀の弓矢を
「訳は正しいはずだけど……意味分かる?」
「あんまり……でも、なんとなく」
「メモによると、ローマ皇帝からもらったって書かれてる本ってどこ?」
翻訳してくれた男は笑いを噛み殺しながら尋ねてきた。
「妄想でしょう。思わせておきますし、俺もそう思っておきます」
本は間違いなく本物だ――
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街に溢れかえるゾンビの原因を「冥府から持ち出された錬金術のせい」だとテオドラは言った。自分はそれを収束させるために、急いでやって来たのだと。
妄想癖のある狂人だが、ゾンビが溢れ出している街中から、生きている人間は助け出すのが俺の役目だ。
子どものようで大人のようで、なにかこう……訳の解らない妄想を語る女はテオドラと名乗った。
テオドラは武器を持たず、両手を長い上着のポケットに突っ込んだまま歩く。
「あいつおかしくないか?」
「どうした? ケヴィン。あいつって誰だ?」
「テオドラって女だ」
「なにがおかしい?」
「あいつ、両手をポケットに突っ込んだままで、歩いているのに……誰よりも速い。身長だって俺たちよりも低いのに」
ケヴィンがゾンビに囲まれた時、テオドラはその中に突っ込んでポケットから両手を出して顔の前で合わせた。
「驚かせてしまいましたね」
無数のゾンビが吹き飛んだ。武器じゃない、魔法とか超能力とか、そんな感じだった。
「なにもの……」
「呪解師……では通らなさそうですね。ここは一つ、魔女と名乗っておきましょうか」
テオドラは他の生存者たちを逃がす手助けをしてくれた。俺はテオドラと残った。あの人を殺すために。
壁に穴のあいた立体駐車場で一休みする。腰を下ろしたテオドラは、本を取り出して開く。
「消える前に、書き写して」
拾ったメモ帳とボールペンを走らせる。テオドラが開いている本から、文字が宙に躍り出し、夕日を浴びながら消えてゆく。
「文字が消える……」
「驚かせましたか? 狙撃手さん」
テオドラは不思議なことに、なにを見られても隠すことも誤魔化すこともしない。
「それはまあ……俺たちの世界じゃあ、文字が宙に躍り出して消えることはない」
ゾンビが現れるようになった原因が、地獄から持ち出された『設計図』にあると――
「私のいる世界でも、そうそうない現象です」
「そうなのか? 落ち着いているから、よくあるのかと。隣いいか?」
「どうぞ」
俺はテオドラの隣に座り、開かれている本を見る。古びた紙には、見た事のない小さな記号が所々に書かれている。
「こちらにくる前に、この本が関係している場所にいたんです」
**********
テオドラは――お騒がせしました――と言い残し、ロキと共に走って大聖堂を出てゆく。震えた手で本を持っていたバルトロ皇子は、開いたままの入り口扉を見つめたまま、長い時間立ち尽くしていた。
「どうしたのですか? ロキ」
「例の紙が地上で死者を蘇らせた。腐敗した死体が跋扈し、生きている物を襲っている」
「それは大変ですね」
**********
「こちらのほうが緊急性が高かったので」
テオドラが言っていることは分からないことが多い。
本人だけが分かっているせいなのか、説明が足りない……あと、どう聞いても妄想だ。想像というより妄想。
「その本も地獄から持ち出されたものなのか?」
テオドラはゾンビが溢れ出した理由を、地獄から持ち出された紙が原因だと言っていた。もちろん信じていなかったが……目の前で紙から浮かび上がり消えた文字を見ると……トリックかもしれないが。
なにかのトリックだとして、俺に見せる理由がない。ゾンビに食い殺されるかもしれない場所で。
「地獄とは少々違うのですが、あなたの宗教観からすると、そうでしょうね。狙撃手さん」
テオドラが指さした先に、ゾンビが一匹。
銃を構えて頭を吹き飛ばす。元は人間、吹き飛んだ頭の中身は色は悪いが脳みそだ。最初は気味悪かったが、慣れてしまえば……”どうってことない”と言うのには少し抵抗がある。
「Who killed Cock Robin? I, said the Sparrow, with my bow and arrow, I killed Cock Robin.」
本を開いたまま座り、テオドラがクックロビンを口ずさんだ。
「Who Killed Cock Robin? 一体どこで」
「おや、通じますか? 随分と昔の歌だと思ったのですが」
「……」
「凄いなと思いまして。以前見た銃は、こんな威力はなかったので、ついつい」
「あんたの話を聞いていると気が狂いそうだ」
「それは大変ですね」
「……そのマザーグース、むかし覚えたのか?」
「そうです。この国が独立宣言をしたとき、落ちていた本を読んで知りました」
愛する祖国が独立宣言をしたのは1776年――
「本当に昔から生きているんだな?」
「二百年以上経ったんですよね」
「そうだ」
「私はどこへでも行くことができます」
テオドラと話をしていると、本当に気が狂いそうだった。ゾンビが人を食っている姿も、仲間がゾンビになって襲ってくるのも、隊長が裏切ったのも乗り越えられたこの俺が。
「その本の内容は?」
「マザーグースの本、無くなったんですか?」
「違う。あんたが見ている、その文字が宙に消える本の内容だ」
「分かりません」
「分からない……って、読めないのか?」
「読めますが、大半の文字が宙に消えましたけれども」
「それは……なんなんだ?」
「本です」
「だから」
話が通じない相手だ――
俺は表情を隠さなかった。本当にテオドラは話しが通じない。
「最初から説明しますね。この本はセラとトウマという文筆業を生業としていない二人が趣味で合作して仕上げたものです。セラもトウマも死亡し、二人が一冊ずつ所持していた本が残りました。それはよくあることですが、その後世界は二人が書いた通りになります。これは純粋に偶然が重なっただけでしたが、二人の死後百年経ったとき、ある人が本を読み自分の国の歴史にあまりにも合致しているので、これを予言書だと言い出しました。その時から二人の本は予言書になり、世界はこの通りに進むべきだと主張する面々が現れ集団を形成します。集団は予言書に存在しない国を滅ぼすことにしました」
俺の感情を理解したのか、テオドラは今度やたらと詳しく話し出した。
「な……」
……のはいいんだが、理解ができない。
「彼らは”トウマの使い”と言われます」
話を理解させようと言う気持ちがないようだ。それとも俺の頭が悪いのか。
「”彼ら”ってのが持っていたのはトウマの本?」
「違います。セラの本を手に入れたのです。本の中表紙に ―― 親愛なるトウマへ ―― と、相方へ贈る言葉が書かれており、作者名はありませんでした。二人だけで楽しんでいた本ですので、おかしくはありません。このため”トウマの使い”はセラの存在を知りません。彼らは”親愛なるトウマへ”と語った相手は神であると解釈します。こうしてトウマの使いたちは予言書通りの世界を運営して行きます。予言書となったセラの本が世に出てから百四十二年後、トウマの本を手に入れた人がいました。その人物はセラの予言書に名が乗っていなかった国に生まれたために国を失い流離わなくてはならなくなった民族の子孫です。彼女はトウマの本を手に入れて読み行く先まで知り、これが”トウマの使い”たちが予言書と奉じている本のもう一冊であると気付きます。そしてこのままにしてなるものかと、流浪の民になった者たちと共に立ち上がり、トウマの使いたちに戦いを挑みました」
「彼女?」
「はい。フランシーヌ・ラージュと言う、見た目はごく普通ながら、挫けぬ心を持った女性でした」
「最後まで読んでも自分たちが救われなかったのか?」
「はい。二人が綴った物語は平和なものでした。登場人物全てが平和に生きていけるように。山も谷もなく、異常気象もなく、戦争も疫病も飢饉もない、恋愛が巻き起こす悲喜劇もなく、平和な国が永遠に続き、人々は幸福なまま。ですがそれは登場人物と彼らが暮らす国だけに約束されたもの。二人が趣味で書いたものですから、それは問題ありません。問題はトウマの使いたちがそれを実行するところにあります」
「最後まで行き着いたら勝ち目はないと?」
「はい。そのようにフランシーヌ・ラージュは私に言いました。ラストは”エンブリオンの骸”であると」
「でも、それは……」
「この世界では存在しないことになっている『師』という者がおります。私は呪解師……魔女でも結構ですが、それには様々な種類の者がおりまして、最初にセラの本を見つけて予言書だと言い、方々に語った人物は当人に自覚はりませんでした『言霊師(ことだまし)』の能力を持っていました。言霊師というのは自らが信じて語ったことは、真実になるという能力を持っており、彼は真実だと信じて語りました」
「それでどうなったんだ?」
「トウマとセラの書いた物語に登場し、設定がしっかりと決まっている人物は千四名。物語としては多い数ですが、実際の世界ではどうでしょう?」
千四百人! 俺が殺したゾンビの数よりは多そうだが、この町と前に滅んだ市でゾンビになったやつらの数よりもずっと少ない!
「ちょっとした企業なら、そのくらいの従業員雇ってるな」
「トウマの使いにならなければ、登場人物にはなれず、世界で幸せに生きることはできません。物語には”トウマの使い”は存在しません、居るのは登場人物だけ。彼らはその役を求めて内部でも激しい争いを繰り広げます」
「全然平和じゃないように見えるが」
「そうですね。トウマの使いの中にも、それに気付いた人が居ました。ジョニー・ユスティカとドナルド・タークホイザーです。二人は安定した生活を送れる立場におり、自由がありました。その自由の元、世界の秘密を探ることにしました。そこで彼らは『師』の存在を知ります。二人は錬金術に興味を持つのですが、パンゲア……ジョニー・ユスティカが錬金術師になってから名乗った名ですが、彼はセラとトウマの物語に登場するに相応しい、争いを好まない平和が好きな人でした。彼の理想は、初期トウマの使いにより迫害された者たちにも平和を……その為に彼は錬金術を学びました。対するドナルド・タークホイザー、パンゲアよりも頭脳”だけ”は優れており、結果を直ぐに求める人した。彼は世界を変えるためにとホムンクルスというものを作ります。フラスコの中でしか生きられない、様々な知識を持った者です。彼はそのホムンクルスから、冥界に自分が書いた通りに世界を進めることが出来る紙とペンがあり【予言書を書き写して、それに打ち消し線を引き新たに文章を書けば、新たな未来が開かれる】と知らされ、同時に生きたまま冥界へ行く方法も教えられ、彼は世界を変えるために予言書を盗みだし冥界へと向かいました」
このテオドラという女は狂人なんだと……自分に言い聞かせる。
「予言書は一冊のみで、複写も厳禁とされていました。盗まれたことに気付いたトウマの使いたちは……なにもしませんでした。知っていたのは極僅かな者のみで、その中にパンゲアも含まれています。彼はトヴァイアス、冥府に入ったドナルド・タークホイザーの名ですが、トヴァイアスの仕業であることに気付きましたが、まさか冥界に入っているとまでは考えず、大陸を捜すことにします。その時トウマの使いに戦いを挑んでいるフランシーヌ・ラージュと、彼女に従う不気味な力を使う者の存在を知り、直接会って話をし、ここで初めて予言書がもう一つあること、そして―― 親愛なるトウマへ ――と記した者がセラであることを”トウマの使い”が知ることになりました。パンゲアとフランシーヌ・ラージュは本を”貸す”か”貸さない”睨みあっていると、三人の目の前で【トウマの本】の文字が浮き上がり宙に吸い込まれました。トヴァイアスが世界を書き換える作業を開始したのです。彼は手始めに疫病を起こしてトウマの使いを減らすことにしました。トヴァイアスは【セラとトウマの作った理想郷】で生きていたため、疫病がどれほど怖ろしいものか分からなかったのです。ただカッサンドラが、効率良く虐げられていた人々を傷つけることなくトウマの使いだけを減らせると助言し、それに従ったまでのこと」
テオドラの話はなにかがおかしいと思うんだが、それを追求する気にはなれない。
どこかおかしいんだ、いや全部おかしいと思って聞いた方がいいのか?
「カッサンドラってのは誰だ?」
「トヴァイアスが作り出したホムンクルスの名です。書物の文字が宙に舞って消える際に、冥界の力が作用していることにリュディガーが気付きました」
「リュディガーってのは、フランシーヌっていうアマゾネスと一緒にいた不気味なヤツか?」
テオドラは”アマゾネス?”と聞き返し、会ったことがあると言った。
「不気味な男はあなたが言った通りリュディガーです。リュディガーはとある事情で、冥界の氷を持っており、それが反応したことで、文字が本から浮き上がり消えた理由が冥界にあることに気付きました。そして私の元へ、フランシーヌ・ラージュとパンゲアを連れてやってきました」
「なんであんたのところに?」
「私がリュディガーに冥界の氷を与えたからです。頼まれた私は冥界へと向かいました。私は出入り自由ですが、ほとんどの人間は死後でなくては行くことはできません。そこで私はトヴァイアスが冥界で書き換えを行っていることを突き止めました」
「それでどうなんったんだ?」
「パンゲアを連れて冥界へと向かい、彼の説得が通じ、トヴァイアスを地上へと連れてきました。そこに広がる、あなたの言う地獄のような光景に驚き、彼は書き換えるのを止め、元に戻すことにしました。もう一冊【トウマの本】を手本にして書き直すと。彼は自分が書き直している本は用心のために持って来ず、原本であるセラの予言書は廃棄されていました。世界に残っているのはトヴァイアスが手を入れたセラの偽予言書と、トウマの原本のみ。彼は地上に戻る途中、自らが書き写した【セラの偽予言書】を冥界の河に落としてしまい、それを追い河に入りすべてを忘れ去ってしまいます。戻って来るのがあまりにも遅く、心配したパンゲアから連絡を受け、私は冥界へと捜しに向かいました。そして己のことすら忘れた彼が川岸で虚ろな目をして座っていているのを見つけました。私は彼をパンゲアに引き渡し、冥界へと戻り本を捜しましたが中々見つかりません。冥界の河は果てがないので、捜すのが大変なのです。その間彼らは黙っていたわけではありません。トウマの原本を手に、自分たちで世界を変えようとして努力し、ある程度は成功しました。私はその頃、やっとセラの偽予言書をを見つけたのですが……ぼろぼろになってページが抜け落ちていました。その抜け落ちた部分の一つが、いまあなたを悩ませているゾンビたちの原因です」
テオドラ曰く、このゾンビたちはとある設計図が地上に流れ着き、それを科学者が拾ってこうなったと。
「……」
話の辻褄があってるのかどうか? 俺には分からない。
「セラとトウマは幸せな世界を考える過程で、死者が生き返ってくることも話に盛り込みました。その部分の記述を写した冥界の紙が、この騒ぎの原因です」
「な……」
「パンゲアとリュディガーの居る世界は大きくねじ曲げられた世界ですが、こちらの世界での出来事は、些細なミスということです。ですが事態の深刻さはどちらも同じです」
「ねじ曲げられた?」
「トヴァイアスは自分が存在する時間の少し後ろの部分から手を加えました。新たに書かれた物語のせいで、未来は消えてゆくのです」
「新しい未来が書かれるんじゃないのか?」
「一度歪めたら最後まで書ききらねば、空白になります」
「それでいいんじゃないのか? 未来なんて自分たちの手で……」
自分で言っていながら、俺は……こう、なんか痒くなった。
ゾンビになるのかって焦るくらいに全身が痒くなったはいいが、テオドラの表情は変わらず。
「それが理想です。ですが冥界の紙に書き記されたことで、その世界は書かれていない先はなくなってしまったのです」
「どうなるんだ?」
「消えます」
「消えるって?」
「文字通り、消えます。一瞬にして無に帰すのです」
「いや、だって……」
「言霊師はセラの予言書を本物だと信じ、世界はその言霊通りになりました。その時点で原本はある種の呪いを帯びました。そしてトヴァイアスが冥界で書き写した時、原本が持つ呪いが乗り移り、またトヴァイアスが冥界で呪う形になり、世界は完全に呪われたのです」
「あんたはどうするつもりなんだ? テオドラ」
「あなたが言ったとおり、未来は自分たちの手で、未来は決まっていないんだ、という方向に持っていく予定なのですが、現時点では無理です。私が先程までいた世界は、本のページにすると、まだ一巻の三十ページ目。二人が書いた本は全五巻、一冊二千五百ページです」
サイズはA3版くらいの大きさ……まだ始まったばかりってことか?
テオドラは俺にボールペンを差し出し、
「空白のどのページでも構いません。未来は自分たちの手で……と書き込んでみてください」
「俺はこんな特殊な言語は使えないが」
「問題ありません」
受け取ったボールペンで、言われた通りに書いた……が、文字は消えた。
宙に浮き、夜になりかかっている空に紛れてなくなった。
「書けないのです。まだ彼らに全てを預けることはできません。もう少し軌道に乗せ、予言書から遠ざけることで呪いが解けます。呪解師とは呪いを解くことを生業にしているものです」
俺はテオドラの話を信じたわけじゃないが、信じなくても倒しには行ける。このゾンビたちと化け物と裏切り者を――
「迷惑かけたな」
「いいえ」
全てが終わった朝、テオドラは帰ると言い、古びた外付け階段を登っていった。
手にはあの分厚い本。そしてここで拾ったメモ帳とボールペン。暇を見つけては書き写し、あちらこちらから文字が抜けていっていた。
「テオドラ」
「はい?」
「俺たちの世界の未来は……決まってるのか! 教えてくれ!」
テオドラは必ず正直に答えてくれると――
**********
ネットでイーリアスを注文した。
もちろん翻訳されたやつだ。機会があったら、古代ギリシャ語ってのも覚えてみてもいいが……無理だろな。それともう一冊。
「なに注文したの? イーリアスにマザーグース?……あなたの柄じゃないわよ」
「そうだな……ビオレタ」
「なあに、スズメちゃん」
「結婚しよう」
用事が済んだら遊びに来いよと言いそびれたのが残念だ。もしも機会があったら、来て欲しい。そしてどう片付いたのか、教えて欲しい。
あんたが語った物語、ほんの少しだけ……気になっている。
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