私の名を呼ぶまで【17】
花嫁の名
ヨアキム・ラージュ・ヴィクストレームは目の前の花嫁を見つめる。
彼はいままで自分が花嫁の名前を間違って呼んでいるとは思ってもいなかった。
花嫁から手渡された手紙。
奉じている神が世界に遣わせたと言われている存在が書き記した条件。
彼はもう一度花嫁を見る。
有り触れた黒髪に、中肉中背。二重だが取り立てて目は大きくはなく、濃いグレーの瞳。
頬に薄いほくろが二つ。
黄金で塗り固められている大聖堂に合う用に、シャンパンゴールドの花嫁衣装。ドレスの裾は長く、ヴェールは膝丈程度。
花嫁に渡した宝飾品は血の繋がりのない皇后シュザンナが用立てた、ダイヤモンドのネックレス。
花嫁の手は先日別れたレイチェルよりもしっかりとしており、元侍女らしい手でもあった。
「一度だけチャンスをくれるか?」
花嫁は知らないが、このラージュ皇国にかかっている呪いの全てが解けたら彼は死ぬ。
ここまで名前を間違えておきながら、命をかけて愛を誓うというのも滑稽だが、彼は自分の命をかけることにした。
「よろしければヒントを差し上げますが」
「頼む」
「わたしの名前は、皇子の近くにいた女性の誰とも重なりません。皇子の名前とわたしの名前は少々似ています。そして皇子は一度だけ、わたしの名を正しく呼んだことがあります」
一度だけ正しく名を呼んだことがあると言われた彼は、花嫁の顔を見つめ、出会った時のことを思い出す。
『イザベラに付け、カタリナ』
『皇子、あの方はイザベラと言う名ではありません。****です』
カタリナはなんと言ったか?
別れた相手に花嫁のことを聞かれた時のことを思い出す。
『ヨアキムさま、****なる方をお妃として迎えたのですね』
『お前には関係のないことだ、レイチェル』
レイチェルはなんと言ったか?
皇帝夫妻に会わせたあと、呼び出されて話した時のことを思い出す。
『****。中々良い娘ではないかヨアキム』
『陛下に認められてなによりです』
皇帝マティアスはなんと言ったか?
処刑されるために両手を掴まれ、引き摺り出される隣国の姫のことを思い出す。
『****みたいな侍女よりも! 私のほうが!』
『下がれ、メアリー』
メアリーはなんと言ったか?
後宮に側室としている従兄と、酒を飲んでいる時のことを思い出す。
『ヨアキムさま。****さまとの仲上手くいってますか?』
『ヨアキムでいい、ベニート。二人きりのときはその裏声はやめろ』
ベニートはなんと言ったか?
クロ−ディア王女と駆け落ちしたサイラスを収監した時のことを思い出す。
『****さまに怖ろしい思いをさせてしまいました』
『自分の怪我の治療に専念しろ、シャルロッタ』
シャルロッタはなんと言ったか?
『****さまは私が監禁しました』
『なんだと? アンジェリカ。なんのつもりだ?』
『答えてください。なぜカレヴァさまが裏切ったのか! 本当のことを教えてください』
『****はどこだ? 言え! アンジェリカ』
彼は花嫁の手を取り、祭壇に重ねて、もう片手を掲げて宣誓をする。
「花婿ヨアキム・ラージュ・ヴィクストレームは、花嫁 ――」
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