君雪 −17
 景色を眺め満足したのか、カウタは私に身体を預けてきた。背中から肩に手を回しつつ、身体を少し沈めてもう片方の手で膝の裏に腕を回して抱き上げる。
 溢れる黄金髪と私に向けてくる笑顔。
 その笑顔をすっと消して目を閉じ、首を伸ばし口付けを求めてくる。その望みをかなえながら歩き、ベッドにゆっくりとカウタを横たえる。
 延々と口付けを繰り返しながら、服を脱がせる、カウタは私の髪をぐしゃぐしゃにするほど、何度も髪をつかまえては指を解きを繰り返す。
 着衣を脱がせ、最後に靴を脱がせる為に身体を離す。カウタはそれでも髪を指ですき続ける。
 付け直した足を両手で持ち、私は口付け甘噛みを繰り返す。この足がカウタの足でないことは、誰よりも触れている私が最もよく解っている。舌に触れる肌の感触、同じに復元したのにも関わらず、何かが違う。
 それでも内腿に舌を這わせれば、カウタは小さな嬌声を上げる。
 意志の疎通の少ない私とカウタの交渉は、会話ではなく吐息と色気のないことだが心拍数の確認と、性器の状態で判断して最後まで追える。
 達するという意思表示もなければ、何をして欲しいと望むこともない。それこそ私に全てを委ね、身体を動かすことも殆どない。
 私はそれでも充分満足だ、カウタがどうなのかは解らないが、望みすぎても仕方ないし、どうにもならない。
 達した後の生きている人間らしさの抜けた表情は、腕の下にいる男が人間とは程遠いところにいるのだと思い知らされる。
 行為の後、暫くは普通なのだが徐々に呂律がまわらなくなってゆく。
 最後には言葉の区切りすらも可笑しくなり、表情が凍って動かなくなる。そのカウタを抱きしめて、戻って来いと言いながら、戻ってこなくてもいいと思う自分も確かに存在していた。
 このまま何も知らない状態であれば、私は諦めが付く。

 意識が戻らなければ、私は思い残すこともなく死んでゆけるのだが。


**************


 近くの惑星に雪を降らせた。見渡す限りの雪原と、意識が戻りつつあるカウタ。
 隣に座り、マカロンを口元まで持ってゆき、声をかける。
「口を開けろ、カウタマロリオオレト」
 ゆっくりと開いた、鴇色の口元に押し込むように入れる。口に入れても全く咀嚼しようとしないので、顎を押してやると『思い出した!』といった風に噛みはじめる。
 一つ食べ終わるまでに、想像もつかないほど時間がかかる。
「人の菓子奪って食べている時は、早いのにな」
 口を動かし続けるだけのカウタに、タイミングを見計らってコップを口元に運び飲み込ませる。
 私の菓子を奪って食べるのは構いはしない。『私のもの』と解って食べ、その後『許して』と持ってきてくれるお前が……可愛らしくて、いつもそうして遊んでいた。
 結果、お前を傷つけることもあったが、今でもそれをやめることはない。
 ロヴィニアの王太子を殺したことには、何の後悔もない。あれは殺されて当然だ、私のカウタを馬鹿にしたのだから。

「ラス、おはよー」
「おはよう」

 意識を取り戻したカウタは、雪原を見て喜び今すぐにでも外に出たいと騒いだが、暫く身体を動かしていなかったので上手く歩くことができない。室内で動く練習をしてからだと言い聞かせて、私は仕事を開始する。
 その脇に来て笑いながら、カウタはサベルスの用意させた私の名前の書き取りを開始する。
 向かい側に座り書き取りをしているカウタは、私のスペースの境にある菓子に手を伸ばして食べている。書き取りよりも、菓子を食べている時間の方が長いような気も。
 私も手を止めて菓子をつまみながら、目の前にひろがる紙の束をながめる。
 昔はもう少し “まし” な字を書いていたはずなのだが、今では好意的に字と判断してやらなければ、字には見えないものになってしまっている。
 その最大の原因は私であるのだが……
 容赦なく口に運んでゆくカウタと、それを見ながら菓子を口に運ぶ私。
「明日遊ぼうね」
「遊ぼうな」
「雪遊び」
「雪しかないからな」
 何時か私がいなくなって、この行為を覚えていたとしよう。その場合、総帥が代わりにカウタと共に菓子を食べ、偶にカウタは総帥の菓子を一人で食べてしまい、そしてカウタは総帥に謝りにゆくであろう。
 その行動はかつて私、いや「ケセリーテファウナーフ・ダイシュリアス・アウグスラス」という男と行っていた児戯である。
 行動は覚えていても良いが、相手を覚えている必要はない。
 忘れてしまえば良いのだ。
 私はカウタを抱く。その欲求の中に、抱いたことにより私を忘れてしまえばいいと考えていることも含まれている。
 菓子を食べて再び私の名前を書き始めるカウタ。幾ら書こうとも声に出していう事もできないというのに。
「忘れて良いといっているだろう?」
 境にあった菓子の乗っていた皿を手でよけて、書いている紙を取り上げる。
「いやだ」
 おかしな文字の羅列を見るだけで、苦しくなってくる。
 忘れてしまえばいいのだ、私のことは。どれ程努力しようとも、私はお前よりも先に死ぬのだから、お前は覚えていることは出来ない。
「忘れた方が、お前にとって幸せだ」
「いやだ。絶対に忘れないもん」
 書いた紙を全て机からはじき落とし、カウタの襟を掴む。
「忘れろと言ったのだ」
 お前が忘れてくれたら、私は死に行くだけだ。
「だってラスは先にいなくなるけど、私はその後もずっとムームーと一緒だから……絶対に忘れない。毎日書くってムームーに言ってるもん、だから絶対毎日書ける。ムームー絶対忘れないもん」


どうしても忘れないと言い張る強情なお前が悪い、カウタマロリオオレト


 私は掴んでいた襟に力を込めて持ち上げ、机にカウタの身体を叩きつける。
 ― 衝撃を加えれば忘れる ―
「クロトハウセ親王大公殿下?」
 傍にいたサベルスが驚きの声を上げるが、まだ私が何をするか解らないので動けないでいる。受身も取れず、咄嗟に頭を庇うこともできなかったカウタは後頭部を強かに打ったはずなのに、痛がる素振りも見せない。
 上に乗っている私を黙って見つめている。
 カウタの瞳には感情がない、だが意識がなくなる時とは正反対の穏やかさがある。
「やめなさい」
 その穏やかな声に掴んでいた襟ごと身体を引き上げ、再び強く叩き付けた。
 [まとも]なお前など要らない。お前は私のことを忘れて、幸せに生涯を終えればいい。お前が私のことを覚えていると思えば……
 襟をつかんでいる手に力を込め首をしめながら、顔を叩く。横を向いた顔を真上の私の方向に戻し、
「やめなさい」
 再びそれを口にした。

 優しく抱いているうちに、忘れて欲しかった

 顔を殴りつけて、首の辺りを締める手に力を込める。カウタの顔が暗青色になり、顔が腫れ上がりだす。
 何が起こったのか理解したサベルスが、叫んでくる。
「おやめ下さい! 親王大公殿下」
「近寄ってきたら殺すぞ、男爵」
 それでもサベルスは近寄ってきた。腕が届く範囲に踏み込んできた所で、弾き飛ばした。サベルスが壁に打ち付けられた音に異変を感じて、別の者達も室内に入ってきたが、私はカウタを殴りつけた。
 美しい顔はパンパンに腫れ上がり、目尻や口元、額などが切れて血が流れだした。カウタが意識を失ったところで私はカウタから離れて、治療しろと命じた。

 カウタは最後まで助けを呼ばず『やめなさい』と言っただけ。

 だが、これで私のことを忘れるはず。忘れてしまえ、忘れてしまえ。
 お前が私のことを忘れたら、私は総帥にお詫びする為に死んでくる。本当は私があの場面で死ぬはずだったのだ。
 躊躇ったのは

― カウタマロリオオレトが帝星にいるから帰りたい ―


 一瞬そう思い、出遅れた。結果、兄上を失うことになった。
 あの瞬間、私は帝国ではなくお前を想い、兄上は帝国の勝利を願い、それを叶えた。
 生粋の軍人といわれながら、情けないことだ。

 カウタマロリオオレト、目が覚めたら私に向かって『あなたはだれですか』と言ってくれ。あのような行動をとっておきながら言える立場ではないが、そうなってしまえば願ったとは言え私は悲しいが、諦めもつく。
 そして何の憂いもなく死を選ぶことができる。

 お前に暴行を加えた愚かさをお前に謝罪しながら、私は死のう。もう私は、帝国のために死ぬ機会も権利も失っているのだから。


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