ALMOND GWALIOR −73
皇帝の誕生式典も終了し、主役である皇帝もようやく解放された。
「陛下、お疲れではありませんか?」
「いやいや、余は手を振って話を聞いていただけだからな」
幼少期からこの祝われ方しか知らない皇帝は、事も無げに答える。
父達三人は、これもまた何時も通り皇帝に 《疲れたでしょう。明日からは気楽に。気分転換も》 という声をかける。
今までは具体的な 《気分転換方法》 は話題に上がらないのだが、今年は違う。
「明日からはまたロガ姫に会いに行けますね。ロガ姫も楽しみに待っている事でしょう」
式典前日に ”また会いに来る” そう告げた相手がいる。
「……」
「どうなさいました? 陛下」
皇帝は父達の顔を何度も見渡してから、口を開く。
「ロガ姫?」
「呼び捨てにし辛いので。姫と呼ばせていただきましたが、駄目ですか?」
「いや、良い! 何かとっても良いぞ!」
三週間会う事を我慢していた 《奴隷》 に思いをはせる。
最後の日に暴れて、怖がってはいないだろうか? 自分の事を嫌いにはなっていないだろうかと。
《待ってます。本当に待ってますから!》
その言葉を信じて、また尋ねようと。
「……父達よ!」
奴隷に会いたいと思うと同時に、奴隷を手元に置きたいという欲求が皇帝の中に現れた。
即位して二十一年、誰かを手元に置きたいと願った事は一度もない、感情の起伏が少なかった皇帝は、式典の最中考えに考え抜き、そしてついに決意した。
「何でございましょう陛下」
「明日な…………明日、デウデシオンにロガを正妃にしたいと言うつもりだ。その……その前に父達にも……そのー意見というか、何かその……あの! ロガが正妃でも良いか? 奴隷だが、その……妾妃は嫌なのだ! 正妃にして、正妃にして! 一緒に!」
朱の浮かぶ事の少ない 《人造人間の皮膚》 を持つ皇帝の頬が薄紅色に染まる。
「ついに正妃を選ばれましたか。おめでとうございます」
「ロガ姫を連れて来てくださることを、楽しみにしております」
「陛下のお心が正妃で定まっているのならば、姫と呼んでは非礼にあたりますね。后殿下と呼ばせていただきましょうか」
決死の覚悟で父達に打診したつもりだった皇帝は、その答えに驚く。
「正式な認定までロガ姫の方がよかろう」
「陛下がご自分で正妃を選ばれる年になりましたか」
「我々も年を取る訳だ」
「良かったな、デキアクローテムス。お前よりも背の低い正妃だ」
「陛下は何時でも私達のことを考えて下さる、優しいお方ですから。しかし、本当に嬉しいです、小柄な后殿下……夢のようですよ、私よりも10cm以上小柄な方が公式の場に並ぶとは。喜びのあまり、眩暈が」
「落ち着きたまえ、帝婿」
父達の何も問題にしないで、ただ息子が妃を迎える喜びを語る姿に、皇帝本人が驚いた。
「デキアクローテムス、オリヴィアストル、セボリーロスト。三名とも良いのか?」
否定があることは覚悟で語ったのに、あまりにもあっさりと受け入れられてしまい戸惑いを隠せない。
父達は「未来の義理の娘であり皇帝の正妃」の語りを止め、皇帝に向き直る。
「陛下が気になされているのは、ロガ姫が奴隷ということでしょうか?」
「ああ」
「陛下、皇族の婚姻には階級は関係ありません。ロガは女性です、それだけで陛下の妻になる資格はあります」
「この宇宙、全て陛下のものです。生きている者全てが陛下のものです。ご自分の所持している者の中から、最も気に入った者を選ぶ。それは皇帝として当然のことです。そして選ばれた者も陛下の事を嫌っていない、これは喜ぶべきことであります」
「帝国宰相も全面的に協力するでしょう。明日とは言わず、今すぐ呼び立ててはいかがですか?」
父達の歓迎ぶりに、皇帝は安堵する。
「いや、明日でよい。実はデウデシオンの誕生日を祝おうと思ってな。本当は今日が誕生日だが、帝国宰相ともなれば色々とあろう。余は出来る限りゆっくりとデウデシオンを祝いたいので、明日……内緒にしていてくれ! 一度目くらいは驚かせたいのだ!」
「勿論」
「贈り物はな、四大公爵に用意させた。父達に用意してもらうとデウデシオンに知られてしまうだろうとおもってな。ザウディンダルが式典の最中デウデシオンと一緒にいてくれたから出来たことだ」
「もしかして陛下、それがしたくて?」
「お、おお。そうだ」
「デウデシオンもさぞ喜ぶでしょう」
皇帝は父達と四大公爵が用意したプレゼントの中身を確かめ、花を生けるのが得意な皇婿に習い、デウデシオンの為に花を生けてから休んだ。
父達は笑顔で皇帝の就寝まで付き添った後、三者は皇君宮でこれからについてを語り合う。
「帝婿」
「何ですか? 皇君」
「ヴェッティンスィアーンとリスカートーフォンの両名を説得できるか?」
自分達が認めても、王が認めなければ正妃は実現しない。
正妃は皇帝の先日の暴走で認められたが、その階級は帝妃が有力。外戚王だけは皇妃まで譲ったが、三王が帝妃の位を押していてはそれを覆すのは難しい。
「私のことを心配する暇がありますかな? 皇君。貴方の甥の野心は加速しますよ」
「我輩の事は心配せずとも良い。ヤシャルを殺害で足止めする事が可能だ。マルティルディ王が後継者問題と偽って《傍系皇帝》の前例を作ってくれたのが大きい。お陰で跡取りが一人しか存在しない場合は、他の傍系筋に皇位継承権が移動しても、誰も異議は唱えない。ヤシャルとその母であるネイビレームスを処分し、新しい妃を送り込めば、新しい妃は生き延びた前妃の第二子を殺害してくれるだろうよ」
顎髭を撫でるようにしながら、皇君は語る。
「ケシュマリスタ王妃の後釜になってくれそうな女性はいましたか?」
「エダ公爵を忘れてはいけないよ。彼女は未だラティランクレンラセオの愛人でもある。彼女の野心も大きいよ、簒奪までは行かないが、それに近い物がある」
「ヤシャル公爵ケルシェンタマイアルスも憐れと言えば憐れだな。ただの数合わせに存在しているだけなのだから」
「ケシュマリスタ王の寿命が百二十歳で、王太子の寿命が五十歳というのは、王位継承者としては、殺害されてもしかたあるまい」
父達は最大の敵を語り、いかに対処するべきかを話し合う。
かつては何も出来なかった彼等だが、この二十年で大貴族級の力を有するに至った。今までは力を有しても敵を作らぬように控えていたが、皇帝の望みを叶える為に、その全てを解放する誓いをたてる。
「何にせよ、サウダライト帝が民衆に広く知られているのが強いですね」
「サウダライト帝が広く知られているのは、平民出の帝后グラディウスが大きい。軍妃ジオは希有な才能で皇帝の正妃となったが、グラディウスは特別な才能なく皇帝の正妃となり、人々に 《もしかしたら》 という思いを抱かせた。民衆は自分の身に起こるかもしれない出来事として、心を捕らえた」
「“最後の日の光を僅かに残した、だが確実に闇夜に向かう空の色を思わせる帝后の瞳” ……か」
「ビシュミエラが代書したというザロナティオンの回想録 ”黄昏より始まりし帝国の日が沈み夜が訪れた。帝国暗黒時代の始まりである” の序文ですね」
「日が沈んだ直後の空と日が昇る直前の空は同じだ。帝后の瞳は再び帝国の空に太陽を取り戻すか?」
「琥珀は太陽の石とも言われる。あの琥珀色の瞳、帝国の太陽となり得るか?」
帝国に再臨した ”シュスター” と、暗黒から脱する事が未だ叶わない帝国に現れた太陽の瞳
「何にせよ、陛下は宇宙であり動くことなく、太陽も自ら移動することは無い。人々が見上げる空は、自身では色を変えることはできない。我々と帝国宰相は世界を動かし、人々を太陽が仰げる時間へと移動させてやらねばならぬ」
暗黒時代の痕を何時までも嘆いているわけにはいかない。
彼等はその先に向かわねば、その先に向かう為にも 《何か》 が必要だった。
その必要なもの、明確には解らない。
彼等だけではなく、誰にも解らないもの。
だが皇帝だけは、何かを掴み始めた。それが消えてしまうものなのか? 滅亡に向かうものなのか? 再生をもたらすものなのか?
「帝后の瞳を持つ両性具有ザウディンダル・アグディスティス・エタナエル。貴方は太陽を空に昇らせる為の生贄か、それとも……」
再生に生贄が必要となるのか?
「生贄にはしないだろう、帝国宰相が。生贄になるとしたら……皇婿」
「何でしょう? 皇君」
「お前の生家テルロバールノルはどうする? あの頑固な王をどのように説得する」
「カルニスタミアを即位させましょう」
「カレンティンシスを追い落とすか」
「幸いカルニスタミアはロガ姫に悪意を持ってはいない。少々行き過ぎた好意を持ってしまいましたが、それも節制するでしょう。あの甥は好きではありませんが、だからと言って才能の全てを否定する訳ではありません。カレンティンシスが大君主になったら儂が責任を持って引き取り監視いたします……大君主にしなくてもよろしいが」
彼等は視線を交わし、嗤う。
その嗤いは皇帝は見た事もない、無害な皇帝な父達ではなく、
「良かろう」
「全力を持って、陛下の后殿下を」
「皇后にするぞ」
権力を狙う 《王子》 の物。
これからの事について話し合いをしていると、召使いが来客があると報告しに来た。
「ヴェクターナ大公殿下」
「何用だ?」
「デファイノス伯爵の愛妾アルテイジア殿が」
「通しなさい」
指示を出した後、三人は特に気にするわけでもなく会話を続ける。
通されたアルテイジアは、女性特有の美しさを持って挨拶をし、無言のまま手紙を差し出した。
「元気にしていたようだな。さて……ほう? エーダリロクからの依頼か。これに書かれている事は他言無用だ。解っているな、アルテイジア」
彼女は黙って頷く。
「良い子だ。早急に陛下の寝室の警備を下げろ。本日陛下は一人でお休みになりたいとのことだ」
「帝国宰相に委細を届けてきましょう」
「頼むよ、帝婿。アルテイジアは ”セゼナード公爵殿下” の手伝いをしてきたまえ」
静々と立ち去る彼女と、足早に別室に向かう帝婿。
二人の気配が消え去ってから、残された皇君オリヴィアストルと皇婿セボリーロストは会話を再開する。
「何でしょうね? 皇君」
「さあねえ。何だと思う? 皇婿」
「久しぶりに現れた第五の男と対面でしょう」
第五の男とは、皇帝シュスタークの中に存在するザロナティオンの事を指す。
「おそらくな。ところで第五の男とは、本当は何者なのだろうな?」
皇君はそれが常々気にかかっていた。
「何者とは? 第五の男と……」
「それは ”銀狂殿下” の言葉であって、本当かどうか確かめる術はない。確かに陛下の中には ”銀狂” は存在し ”第五の男” も確かに存在するだろうが、その正体は様として知れない」
彼等の知っている皇帝の暴走原因は、皇帝の暴走を一度止めた事のある人物がもたらした物。
「カルニスタミアに探らせますか?」
カルニスタミアではなく、皇帝の内側に住む者が同じである存在、エーダリロク。エーダリロクは五歳のシュスタークの暴走を鎮め、その際に自分の存在を明かし王家を納得させた。
エーダリロクの内側に銀狂が存在することは誰もが納得するところだが、彼の言葉を全て信じるのは危険だと皇君は考えている。
「あまり陛下の中を探らせたくはない。それに……」
「どうしました? 皇君」
「いいや……ちょっと気になる事が」
「気になる事?」
「ああ……ライハ公爵カルニスタミア。意外と食わせ者かも知れん」
そして皇君はあることに思い当たった。
式典を思い出し、皇君は薄ら笑いを浮かべる。
「皇君ほどではないでしょう」
「そうかね。褒められたと思っておくよ、皇婿」
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