「出してー! 出してー!」
エーダリロクは、
「演技もお上手ですこと」
メーバリベユ侯爵と共に宮殿のロヴィニア宿舎にある光が一切差さない牢獄に閉じ込められていた。
「ビーレウスト! 俺の声が聞こえてたら、助けに来てくれぇぇ」
帝星にはいない聴覚の優れた親友の名を叫ぶ。
「本当に聞こえて助けにきそうですけれど……それで ”ロヴィニア王に関係を持つように厳命を下され、一部屋に監禁される” わざわざこんな芝居まで打って何をお望みですの? 殿下」
他者には見分けが付かないが、逃げられること二年の賢い妻には、それが演技であることは直ぐに解った。
ロヴィニア王が雇ったエヴェドリットの上級貴族団に捕らえられ、運ばれるエーダリロク、そして 《やってくるといい》 なるロヴィニア王のありがたいお言葉を貰い彼女はこの暗がりにいた。
「俺の演技は完璧だったか?」
エーダリロクの依頼に王が即座に応じ、この状況が作られた。
「私が見破れたのですから、下手な役者の部類でしょう」
「そうか。あんたのそう言う所が気に入っているし、信頼もしている。さて話の続きだ 《幼児体》 の所まで説明したが、理解はできているか?」
フォウレイト侯爵を連れて来る時、三十分だけ二人でした会話。
その内容はザウディンダルの 《特性》
「はい。両性具有には多様な種類があり、それを判別できるのは両性具有隔離棟にある <ライフラ> のみ。それによりレビュラ公爵は 《幼児体》 との判定が下される。《幼児体》 とは主に対する依存度が高い、本来ならば体も成長しないもの」
この状況下で出される話題の予想をつけ、問われたら直ぐに答える。
そのくらいの機転が何時でもきかなければ、王族など務まるものではない。
「よろしい。では続けよう。俺はこれから暫くの間、レビュラ公爵に添い寝する。妃であるお前に伝えるが、許可は貰わない。これは管理者としての責務だ」
「理由はお教えいただけますか?」
「メーバリベユ、レビュラ公爵があのホテルで目を覚ました時なんと言ったか覚えているか?」
**********
「う……ん?」
「目が覚めましたか、レビュラ公爵」
「あ、ああ」
ザウディンダルが目を覚ました。
「帝国宰相は一足先に戻られました」
「あ、そうか……」
「機動装甲で移動するのは、行きはなんとか耐えられましたが、帰りは耐えられない状態のようですので。諦めて私と夫であるセゼナ−ド公爵殿下と、フォウレイト侯爵と一緒で我慢してください」
「……なあ、カルは?」
「もう戻られましたよ」
「そうか」
**********
「そう言いました」
一切の感情を排して彼女は答える。この場に情愛や感情、嫉妬などを持ち込んでは 《負ける》 今彼女は王子と共に 《商談》 をしているのであって、そこに感情を絡めようものなら見下され、最悪商談を破棄される。
「《カルは?》 そう尋ねてきた理由は、二人の関係にある。レビュラ公爵と性行為に及んだあと、ライハ公爵は目を覚ますまで隣にいた。それをレビュラ公爵が望むからだ。あの個体は極端に寂しさに弱く、性行為の後に添い寝してやることで言う事を聞きやすくなる。ご褒美に添い寝ってヤツが、設定されている。長いこと添い寝をしてくれていた相手が無条件で出てくる」
「……」
「ライハ公爵はその特性を知っているのか知らないのか? 俺には解らない」
「どういう事ですか?」
「ライハ公爵は少年期、両性具有の大本であり膨大な記録を有しているケシュマリスタ王の元で生活していた。その際に教えられた可能性もある」
「ライハ公爵がレビュラ公爵と関係を絶つので、その代理として殿下が添い寝するという事ですか」
「そうだ。性行為を行わなければ、喪失や不安感は襲って来ないが、レビュラ公爵が覚えてしまった性行為の後にある安らぎである添い寝。それを求めて別の人間と寝るだろう」
「誰ですか?」
「デファイノス伯爵。これから管理区画でデファイノス伯爵が抱く。お前も知っての通り、デファイノス伯爵人の隣で睡眠を得る事は出来ない。依頼されれば抱くだろうが、それ以上のことはしないし、望まれても断る」
「最初から添い寝だけをなさったらいかがですか?」
「レビュラ公爵は自分の特性を知らない。両性具有本人に自分の特性を教える事は禁止されている」
そう言うと、エーダリロクは持ち込んでいた端末を開き、画面を立ち上げ彼女にはアクセスできない事を確認させたあと、自らの権限で語った項目を開く。
「畏まりました。精々レビュラ公爵に恋い焦がれられないよう努力して下さい。殿下は魅力的な御方ですから」
「ありがたい」
端末を閉じ再び暗闇に戻った牢で、彼女は続きを促す。
「それだけではないでしょう?」
「お前は察しの良い女……いや、侯爵だ。陛下が奴隷を妃として帝星に連れて帰ってきてから、初陣までの間に俺はレビュラ公爵を技術庁の職員にする」
それは庶子が皇帝に立つよりも困難なこと。
「両性具有にそのような自由がないことは存じております。それを殿下が覆すと言われるのなら、私を納得させるだけの案を提示して下さい。私は貴方の妃でありますが、貴方に無条件に従う侯爵ではありません。作戦が取るに足らない、穴がある、私に取って何の利益にもならない場合はお断りさせていただきます」
「それでこそロヴィニアの家臣だ。無条件で従うと言ったら、この場で犯し殺してやった」
彼女を見下ろす目が、それが真実だと告げていた。
国家の根源を覆すことを考え、実行しようとしている男の目に優しさなど必要は無い。
必要なのは冷酷であり、自信であり、ある種の傲慢。
薄っぺらな感情も、深い情愛も必要ではない。突き放し、時には見捨て、大きな犠牲を払ってでも成し遂げる。
結末が死であろうとも、滅びであろうとも引かないその眼差しに、彼女は答える。そこに愛情はない、安い取引として、縛り付ける方法としての肉体関係を望むことなどはない。
「私は帝国の第一級の貴族であり王弟殿下の妃。契約に情や肉体関係は不要、存在するのは契約と金、それ以上の完璧な作戦。言うのも馬鹿らしいことですが、ご安心下さい。私はこの作戦の代価に殿下のお体を求めるような愚かな真似は致しませんよ。私は女ではない、名門侯爵家の当主ナサニエルパウダ・マイゼンハイレ・バウルベーシュレイド」
「お前は秘密裏に行われる二王国の国家的事業に携わるに充分な素質を持った人間だ。そして俺はお前に期待はしていない、しているのは確実だ。希望的観測ではない、絶対の現実遂行してもらう」
かつてロヴィニアの初代王、ゼオンがしたように二人は国家を 《買う》
「そこまで言われる任務とは?」
その銀色の髪の下からのぞく眼差しは真剣そのもの。薄い唇が開かれ、そして作戦の第二弾開始合図が発表された。
「チューしにいかないから」
「はい?」
「……と言うわけだ」
「畏まりました。壮大な作戦でいらっしゃいますこと」
作戦を聞き終えて 《そう言う事ですか》 と納得し、引き受けることになった。作戦の重要なポジションに置かれた事を満足し、それと同時に確認しなくてはならない事も発見する。
「作戦だが何か不備があったら……なんだ?」
「でも殿下 《真の理由》 は仰ってませんよね」
《真の理由》 が彼女には語られていない。
「気付いたか。お前を作戦のパートナーに選んだ自分の眼力に惚れるな」
「言いたくないのでしたら、それ相応の口止め料をお願いしましょう」
「残念ながら、俺の資産の殆どはロヴィニア王に」
「金のかかる作戦ですから、兄王殿下に資金を増やして頂いているのでしょう? 立案や決行と資金集めは別の物。ゼオン・ロヴィニアは資金を集めて設備を整えましたが、戦争には一度も出ませんでした。前線に赴くどころか、戦場になっている惑星に近付く事すらありませんでしたね。資金を集めている自分が死んだら全てが無に帰すことを知っているから」
「そうだ」
「詳しく言える日が来ますか?」
「三年後には全て語ろう」
彼女は頷き、半歩下がり礼をする。
「その期間の理由も聞きません。ではどうぞ行って下さい」
「良いのか?」
ゆっくりと彼女は顔を上げ、
「口止め料は貰います。ランクレイマセルシュ王から貴方の資産を奪いますから、気にする事はありません。そしてその資産を王に劣らぬ程に運用し、貴方の自由にさせましょう。貴方は私に口止め料を支払った事を今から三年後私に感謝するでしょう。そして感謝の言葉と共に理由を語ればよろしいのです」
これ以上は 《聞きません》 とはっきりと言い返す。
建国以来の国家法を覆す為の資金くらい調達してみせると言い切った彼女に、エーダリロクは偽装して持ち込んだ飛行用ユニットを起動させ、背に水色を帯びた硬質さを感じさせる半透明の翼を背負う。
「メーバリベユ侯爵 ナサニエルパウダ・マイゼンハイレ・バウルベーシュレイド。褒めはしないし、期待もしない。言った事を成し遂げろ」
そう言ってエーダリロクは彼女に背を向けた。
「セゼナード公爵 エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル 殿下。貴方は言われないことを成し遂げて下さい。誰のためでもない、貴方自身の為に」
持ち込んだ爆薬で牢を破壊し、飛び出していった。破壊直後の塵芥の煙の中から、彼女は空を見上げた、その先にいるのは式典用の青空に舞うエーダリロク。
**********
― ザロナティオン ザロナティオン 空に舞わぬ純白の翼持つ銀狂の帝王よ
― 貴方の翼の下で泣く ”女” が 憐れと思うなら 貴方を見送らせて 青い空 消える貴方の全てを欲しいとは言わないから 言わないから 最後まで傍に居させて
― 貴方が贈ってくれた真珠が好きでした それは私の故郷のものだからではなく 貴方を彩る花に良く似ていたから
― この花を見るたびにこの腕の中で死んでいった貴方を想う
**********
《助けてー》 が本当に聞こえていたらしく、赤い戦闘機も同じ青空にあり、そのコックピットが開いて、エーダリロクは迎えに来てくれた黒髪の親友の操縦する機体に乗り込み去っていった。
「逃げられたか!」
部下とともに乗り込んできたランクレイマセルシュの 《演技》 の見事さに負けぬようにと彼女も 《演技》 を続ける。
「王」
「メーバリベユか」
「ここに傷がついてしまいました」
わざと顔に付けていっただろう傷。
「なんと言う事だ!」
「慰謝料をいただきますから、覚悟していて下さい、王よ。国家を買うくらいの金は頂きますよ。それを増やして国家を買うかもしれませんけれど」
そう言って彼女はその場を後にする。その後ろ姿を眺めながら、小刻みに震えるランクレイマセルシュ。
「それでこそ、ロヴィニアの妃だ!」
破壊された牢にランクレイマセルシュの嬉しそうな叫びが木霊した。
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