ALMOND GWALIOR −68
異母姉に今まで自分のために誠心誠意仕えてくれた「父」との時間を過ごさせる。
デウデシオンが同席しなかったのは、遠慮以外にも他に気になる事があった為。フォウレイト侯爵を連れてくる際に無理をして同行し熱がぶり返したザウディンダルが部屋に居ることが気になったので同席しなかった。
デウデシオンの性格から考えるとザウディンダルが熱を出していなくても、異母姉と父との間に入って会話することは無いだろうが、今回は明確な理由があった。
そして断る際の明確な理由があることに安堵している自分に少しばかり驚きもした。
ザウディンダルを理由に、帝国宰相は異母姉に会いに行くことも、長年自由を奪う形になった父にも会わずに、熱にうかされているザウディンダルの傍にいた。
皇帝の生誕祭も残り一週間ほどになり、ザウディンダルの容態も落ち着き始めた頃、別室で書類に目を通していたデウデシオンの所に来訪者が訪れる。
ザウディンダル様子を見に行こうとテーブルに手をつきデウデシオンが立ち上がたと同時に扉をノックし一人の女性が部屋の主の許可も得ずに入ってきた。
「邪魔をするぞ、パスパーダ大公」
「何の用だ? エダ公爵」
青みがかった艶やかな黒髪を持つ元ケシュマリスタ王の愛人で、そこから皇帝の正妃候補になった近衛兵は、帝国宰相の傍に来て首に恋人が抱きつくかのように腕を回し、下唇に軽く噛み付いた後、挑発する。
「暇だと聞いたのでな」
「……」
「何を企んでいるかは聞かないが、良いのか? 調べなくて」
爪を首筋に立てる近衛兵の力の篭った手首を掴み、
「解った。部屋は五部屋向こうの寝室だ。先に行って用意をしておけ」
引きはがす。
「そうか。それにしても邸に可愛い女王が居るのに乗ってくるとは思わなかった。目が覚めねばいいな。目が覚めて愛しいお兄様の上に女が乗っているのを見たら、どれ程ショックを受けるか」
「黙れ。早く行け」
エダ公爵にそう言い、デウデシオンは全てを拒否するように背を向けて手近にあった紙にメモをして、ザウディンダルの様子を見に向かった。
規則正しい寝息を聞かせる口元に指をそっとはわせると、熱で少しかさついていた。用意してあった保湿クリームをそっと塗り、それをペーパーウェイト代わりに先ほど書いたメモを残して部屋を後にする。
“目を覚ますなよ”
そう願いながら。デウデシオンはエダ公爵が裸になって横たわっているベッドの傍まで来て持ってきた薬を瓶から床に落とす程に手に盛り、口に押し込みかみ砕きながら喉に流し込む。
「失礼な男だ。この体を見ても薬に頼らなければ勃たないだなんて」
いつもの有様だが、ことさら面白そうにエダ公爵は声をあげる。エダ公爵のはっきりとした通る声に眉をつり上げて、無言のまま服を脱いだ。
「馬鹿だな。貴様の体が本当に美しいから、薬を飲まねば勃たないだけだ。美しい女と重なって勃たん。貴様の体が私にとって見たこともない程に醜ければ、逆に薬に頼らずに勃っただろう」
口の中に少し残っていたかみ砕いた錠剤を吐き捨て、結っている髪を乱暴に解く。
「ディブレシア帝か。皇帝に比べられたことを感謝したらよいのかな?」
「勝手にするがいい」
エダ公爵の体に自分の体を重ねると、大きなベッドが僅かに軋む音を上げた。普段は気にならない音だが、今日だけは何故か酷く耳につくなと感じながら、薬で熱を持った箇所を無視しながらエダ公爵の体を愛撫する。
“デウデシオン、もっと上手にリンゴの皮むいてよぉ。……可愛くない、このウサギ……泣いてないもん……”
ザウディンダルは熱に浮かされて浅い眠りから覚めた。
夢を見ていたような気はしたが、何を見ていたのかは覚えてはおらず、それを無意味と思いながらも考えつつ腕を添えて体を起こす。
天蓋付きのベッドは薄手のペールブルーで覆われていて、大きな窓は少しだけ開かれ、心地よい風が隙間から舞い込んでくる。
「でも熱もこのくらいなら、前はよくあったし……もう直ぐ治っちまうんだろうな」
体は生来の[体質]によりよく熱を出す虚弱体質。その分[病慣れ]しているザウディンダルにとって、この程度の熱ならば少し無理をすれば日常生活を送ることは出来るし、ここまでくれば直ぐに体調が回復することも経験で知っていた。
治るのはいいのだが、治ればこうやって兄と一緒に過ごすことが出来なくなるなと思いつつ、
「でもまあ……いいか。一緒に居られたし……」
あまり欲を出してはいけないだろうと溜息を吐き出した後に微笑んだ。
喉が渇いたとコップに手を伸ばすと、デウデシオンが残したメモが指先に触れる。何だろうと思いつつ、コップを口に運びもう片方の手で紙を手に取る。
“少し体調が回復したからといって油断するな。完全に回復するまで、病人らしくしろ。用事があったら自分で何かしようとはせず、全て召使にさせろ。いいな、これは命令だからな”
水を飲み終えたコップを置き、何時もどおりの命令口調で認めているメモを見ながら、何となしにザウディンダルは嬉しくなる。
「兄貴らしい」
そう思いながらゆっくりとベッドに体を横たえ、指示に従おうとしたのだが、
「天蓋の模様、あきた……」
体調が良くなってくると安静にしているのが辛くなるもの。ザウディンダルもその一人で天蓋を見ているのもつまらなく、目を閉じることにも飽きてしまった。
周囲には人の気配がなく “少しくらいなら” とベッドから降りて、開いている窓から外へと出る。
日差しの眩しさに目を細め手をかざし、裸足の足が感じる石畳の熱さに柔らかい熱さを求めて、刈り揃えられている芝生へと足を向け、そこを通り抜けて樹木のアーチが作り出す日陰を歩きながら周囲を見回す。
「やべ……邸から離れすぎた」
景色を見ながら歩いて、随分と邸から離れてしまったことに気付いたザウディンダルは、急いで邸へと戻ることにした。
外を歩いていなければ、室内なら見つかってもそれほど叱られないだろうと、廊下の窓に足をかけて急いで室内へと入る。
「痛ぇ……」
いつもなら簡単に、窓枠に手を付かなくても跳び越えられる程度の高さをやっとの思いで乗り越える。窓枠についた土と自分の足の裏を見て、
「あー」
廊下に腰を下ろして手で払うも、綺麗にはならない。
どうしよう? と焦りだしたザウディンダルは、この廊下の突き当たりにある部屋に備え付けの小さな浴室があることを思い出した。
「滅多に使うことないって兄貴言ってたから。よし、そこで足だけでも洗っておこう」
ゆっくりと立ち上がり “滅多に使うことはない” 部屋へと向かった。滅多に使うことはない部屋の数少ない日が今日であることも知らずに。召使いなどに見つからないうちに使用して部屋へと戻ろうと、うかがう様に扉に手をかけて押す。
僅かに開いた扉から耳に飛び込んできた女の声に身を硬直させる。
開くに任せた扉は視界を覆い隠してくれることはなく、正面にあるベッドで何が起こっているのかをザウディンダルの目の前にさらけ出した。
兄が女性と寝ていると理解するまで時間はかからず、ベッドの上にいた二人もザウディンダルの存在にすぐに気付いた。気付いたが気にもしていないかのように、行為は続く。
エダ公爵は手を伸ばし、天幕を握ると力任せに引く。近衛兵の力で裂かれ遮る物のなくなったベッドを前に、ザウディンダルは後退る。
背中が廊下の壁にぶつかった衝撃に驚きへたり込み、膝を抱えて耳を押さえて音を拒絶するが、完全に拒絶することは出来なかった。
暫くして座り込み、拒絶を露わにしているザウディンダルの前にエダ公爵が立った。全裸の女性を見上げるザウディンダルに、
「おや? 泣いてはいないのか。予想外だったな」
からかいの声をかける。
彼女の内腿を伝う白濁を見て何も答えられなくなったザウディンダルの傍に膝をつき、片手で顎を固定し、
「少し混じっているけれども、味わうといい」
もう片方で自分の愛液の混じった白濁を指で掬い、ザウディンダルの口へとねじ込む。
「お兄様と思えば異物が混じっていても美味しいのかね」
何をされているのか解らないまま、反射的に指を舐める。
それを見ているエダ公爵の表情までザウディンダルは注意が回らなかった。指を引き抜かれ、
「お兄様は私という女を抱いた汚れを落とされているよ。じゃあな、女王」
彼女は別の部屋へと入っていった。
ザウディンダルはふらふらと立ち上がり、デウデシオンが居ると思われる、自分の当初の目的であった浴室へと無心のまま進んだ。
浴室の扉をゆっくりと開くと、そこには腕を組んで俯いたままシャワーを浴びているデウデシオンの姿。
ザウディンダルが居ることに気付いていながら声をかけることをしないデウデシオン。反響する水音だけが小さな浴室を満たしていた。
「あ、あの……覗くつもりはなかった……んだ」
その冷たい音に先に耐えられなくなったのはザウディンダル。近くで謝罪するために、浴室へと進もうとすると、デウデシオンは組んでいる腕を解き、ザウディンダルの方を向いて声をかけた。
「待て」
「……」
「冷水を浴びている。今のお前の体には毒だ、だから少し待て」
湯気一つ無い冷え切った浴室に湯気が立ち上る。デウデシオンは無言のままザウディンダルの傍まで近寄り、手をさしのべた。
「転ぶなよ」
デウデシオンの手に躊躇いがちに触れると、それは冷え切っていて、
「ザウディンダル……」
我慢できずにザウディンダルは泣き出した。
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