ALMOND GWALIOR −64
私は可愛い物が好きだけど、可愛らしい顔はしていない。
縦ロールの髪型が好きでしているけれど、似合ってはいない。それは解っているけれど、好きだから縦ロールにしている。
似合わないから別の髪型にしたほうが ”良いと思うよ” と言われるのは、受け入れはしないけれど、納得はできる。
でも何故か人は ”違う髪型のほうが男の人に言い寄られるよ” という。男の人に好かれた方が良いに決まっているけれど、そう言われるのは好きじゃない。
見た目じゃなくて、中身で判断してもらうために ”そんな髪型にしているの” と言われた事もある。
私は男の人を選ぶ為にこの髪型にしているわけじゃなくて、好きだからしているだけ。
煩いなと思いながら、それらを無視していた。
あまり可愛くない顔立ちと、可愛くない態度に両親は心配しているけれども、心配したところでどうにもならない。
『唯でさえ可愛げがないのに、仕事までそんな物に。考え直しなさい』
私は医者になった後、軍属になった。
軍属と言っても派手な防衛部隊ではなく、地上の治安維持部隊。
帝星や王国首都惑星の周辺の治安は回復しているけれど、中央から離れた惑星では治安が完全に回復しているとは言えない。
だから治安維持部隊の仕事は多く、危険と隣り合わせ。
親は危ないから止めなさいというけれども、私は治安を守ろうと必死に戦っている人達を治療する仕事に誇りを持っている。
「ミスカネイア」
「アルディーズ」
私は冷たい床の上で眠っていた。
「良かった。誰も診察できないから、ミスカネイアの頭の傷が深くて心配だったんだ」
私は強ばった体を起こす。眠っていた床をみると、アルディーズの上着が枕代わりにされていた。
私は自分の頭を触って、
「このくらいなら何てことはないわ。ただの脳震盪ね」
何故此処にいるのかを思い出す。
暴動が起こり鎮圧に向かう部隊に、医師として同行して、そのまま暴動を起こした相手に部隊ごと誘拐されたんだった。
その際に当然応戦し、応戦の最中に飛んで来た物が頭にあたって私は意識を失った。
「現状は?」
「さっぱり解らない。何で俺たちが誘拐されたのかも、全く」
私は寒さに体を震わせた。
どうなるのだろうと、不安に思っていると轟音が響き渡る。
「何だ?」
「ミサイルか?」
「ミサイルの使用許可なんて、鎮圧には下りないだろ?」
内乱で武器が乱用された為、現在は武器の使用は事細かに定められ、強力な物は中々許可が下りない。
「大丈夫か? ミスカネイア」
「平気よ、アルディーズ」
小隊長のアルディーズは、捕らえられている部下達の安全を第一に考えている。そんな彼は信頼があつい。
私も彼のことは嫌いじゃなかった。
私達を捕らえている牢獄の前まで走って来た、暴動を起こしていた主犯格の男は血まみれ。
「行き止まりだ!」
私達の存在など無視し、袋小路に追い詰められた絶望を叫ぶ。
「何だ」
足音が聞こえてくる。
そして現れたのは背の高い男性。王家の人名図鑑に載っていそうな顔立ちの若い男性。近衛兵の格好をしていた。
「頼む! 助けてくれ! 元々は仲間じゃない……」
「お前などと仲間だった事は 《過去》 一度もない」
頭を潰された男に、それが聞こえたのかどうか?
私は潰された男の頭を見ながら、思考を止めた
彼は私達を見て、
「誘拐された者達か?」
「はい、そうです」
「もう暫くそこに居るように。見捨てはしない」
それだけ言って立ち去っていった。
彼の言葉通り、すぐに救出部隊が来て私達は助け出される。
あちらこちらに散らばっている死体と、
「帝国近衛兵」
周囲を取り囲んでいる近衛兵の集団。
着衣から帝国近衛兵団の面々であることは、私にも解った。
あの背の高い男性が、指揮をしているらしい。
イグラスト公爵 タバイ=タバシュ
検査入院を終えて仕事に戻ると、アルディーズが結婚するのだという事を知った。入院中の彼に付き添っていた、最近つきあい始めたと言って良い可愛らしい女性。
それを聞かされた私は同僚に向かって言った言葉は、
「近衛兵の人達は帰ってしまったの?」
「あ、あ、うん。もう戻られたって」
同僚にとっては意外だったらしい。
色恋沙汰よりも、私は知りたかった。あの時一人が言っていた
− 全て持ち帰るぞ −
あの言葉の意味を。
何を持ち帰ったのかはすぐに解った。
暴動を起こした者達の死体。それら全てが持ち去られ、現場は爆破されたと。
私は平地になってしまった場所へと向かい、あの日の言葉を思い出し、そして 《あの瞬間に感じた異変》 を思い返す。
− 頼む! 助けてくれ! 元々は仲間じゃない…… −
− お前などと仲間だった事は 《過去》 一度もない −
その異変。死体の一つでもあれば答えは見つかったのにと思いながら、帰宅して両親に散々危ない仕事は辞めろと言われた。
その後私はすぐに帝星に移動になった。
「結婚式には参加出来ないでごめんなさいね、アルディーズ。幸せになってね」
「ありがとうミスカネイア。帝星でも頑張ってくれよ」
「両親のコネで帝星の宮殿勤務になるとはね」
「それだけ心配してるんだよ」
両親は治安の良い帝星に私を配属してくれるように知り合いに頼み、お陰で私は帝星宮殿の下働きの健康管理を担当することになった。
私は驚いた。
宮殿にはまだ内乱の爪痕が生々しく残っていることに。
表面上は何事もないようにしているけれども、内部はまだ立ち直っていない。財政再建にも苦労しているようで、下働きの住んで居る箇所は、先達て私が捕まっていた廃墟とあまり違いがない。
「また、暴行事件……」
その上、治安も悪かった。
宮殿の下働きが住む区画の治安の悪さは、私の住んでいた惑星と変わらない。
暴行事件の被害者は男性で、名乗り出ていない人もいるらしい。何か対応策を練って欲しいのだけれども、誰も何もしてくれない。
そのうちに暴行致死事件にまで発展した。検視をしたのは私で、暴行が死に至らしめたのは確実だった。
下働きの統括をしている人物に申し出たが、話にならなかった。話にならないどころか、脅される始末。
『君は紹介してくれた人に恩を仇で返すのかな?』
私は此処に配属された事に関しては、恩などとは思ってはいない。
溜息をつきながら、私は新近衛兵団団長就任の記事に目を通す。
「あ……」
近衛兵団の新団長閣下は、あの暴動を鎮圧しに来た人だった。私は彼に望みを賭けて、書類を作り近衛兵団本部へと直接向かう。
事前の面会許可など、普通貴族の医師風情が得られる訳などない。だから直接向かった。
「いきなり来られても団長閣下と面会出来ないことくらい解るでしょう」
受付でその様に言われた。そう言われる事くらいは解っている。
「一年程前に起きたナビエスト星での暴動についての追加報告だと伝えて頂きたい。私はその時に拘束されていた軍警察の医師ロッティス伯爵家のミスカネイア・エーデルス・ミルフェルドアルマンスと申します。必要ないのならば良いのですが……ちょっと」
言いながら私は受付の端末でナビエスト星での暴動を調べて、団長閣下が団長になる以前にそこで暴動を鎮圧したことを指し示す。
受付は ”確かにイグラスト公爵閣下が鎮圧指揮してましたね……” そう言って仕方ないと秘書課に連絡を入れた。
「……はいそうです。はい、ロッティス伯爵令嬢ミスカネイア、本人照会は完了しています。解りました」
通信を終えた受付は、
「そちらでお待ちください。案内の方が来られますので」
受付に案合いされ、待合室に入った。
すぐに案内の人が訪れ、促されるまま無言でその人の後ろを歩き、会議室へと連れて行かれた。
「報告とは何かな? ロッティス伯爵令嬢」
会議室には団長閣下がいた。会議をしていたらしく、周囲には多数の人がいたので、出来れば内密に話したいと告げると、
「宜しい。一時休憩だ」
そう言って私は団長の休憩室へと連れて行かれた。
「それで、ナビエスト星で……」
「申し訳ありません!」
「どうした?」
「ナビエスト星ではなく、宮殿の下働きに対して暴行が繰り返されています。ついには暴行致死にまで発展してしまったのですが、責任者は全く手を打ちません。犯人を捜すように言った私に対して、脅し共取れる発言をした所から……どうも犯人を知っているようなのですが」
私は頭を下げて、作ってきた書類を差し出した。
団長閣下は穏やかに書類を受け取ると、
「読み終えるまでそこで楽にしていなさい」
それだけ言って、持って来た書類に目を通してくれた。団長閣下が正しい判断を下してくれるという保証はなかったが、何かをしてくれるのではないかと思った。
宮殿の下働きなどの区画で力を持っているのは皇王族。
陛下のお側にあたる後宮近辺で力を持っているのは帝国宰相の一派。
宮殿に来てそのことを知り、私は宮殿の下働きの区画管理者とは敵対者にあたる人物で、唯一僅かながら面識のある団長閣下に賭けたのだ。
「良く出来ていますね。見事な報告書だ」
「あの……」
「少々聞きたいのですが、暴行事件は人目の無い所で行われていますが、被害者達は態々人気のない場所に自分から出向いている証言が多いですね。この理由は?」
「それは……帝国のシンデレラが」
「あ、ああ……ザウディンダルではなく、ザウデード侯爵か。歴史の域を超えた御伽話の威力は凄まじいものがあるな」
それだけ言うと、団長閣下は目を閉じて頷かれた。
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