ALMOND GWALIOR −48

【繋いだこの手はそのままに−44】
【繋いだこの手はそのままに−45】

 皇帝誕生式典に参列した四人は挨拶を終えた後に、ザウディンダルの見舞いに向かう事になりカルニスタミアを除く三人が退出の礼をして去った。
「どうした? カルニスタミア」
 一人残ったライハ公爵に、シュスタークは話すように声をかけた。
 シュスタークも大体の事は想像が付いていた。紛れてしまった “感情” に関する事だと。
「陛下、人払いをお願い致したい」
 膝を付き、頭を床までつけてカルニスタミアは人払いを願い出た。
「四大公爵もか」
「はい」
 全員を遠ざけて話したいと、カルニスタミアは頭を上げて皇帝を真直ぐ見る。
「カルニスタミア!」
 皇帝の傍に控え、皇帝に奏上するものの言動を監視するのが四大公爵の今の役目。
「よい、アルカルターヴァ公爵。全員下がれ」
 全員を退出させた後、静かな部屋に時計の音だけが響く。
 暫くの沈黙の後、カルニスタミアは意を決してこれまでの事を告げた。
「陛下」
「何があった」
「儂はあの娘に触れました。背中に口付けを。それ以上は何もしておりませぬ。信じてくださいとはとても申せませぬが、真実でございます」
 息を飲んで驚いた表情を浮かべた皇帝は、直ぐに笑顔を浮かべて、
「信じる」
 はっきりと言い切り、手を差し出した。カルニスタミアはその手に触れて、両者握り合う。
「陛下……」
「余が信じずして、誰がお前を信じるのだカルニスタミア。嘘は言っておらぬ……多分、解る。この能力で混乱させたが、この能力で信じることもできる。余が暴れて悪かった」
「……いいえ、そんな事は……ございません。そんな事を仰られるな、貴方は新帝王だ」
 シュスタークはゆっくりと頭を振り、
「本当に苦労をかけたな。……こんな事を聞くのはおかしいのかも知れぬが。カルニスタミアよ、余はロガのことが好きなのだな」
 カルニスタミアに尋ねる。
 自分にははっきりと解らない感情を、それを一瞬だけでも共有できる相手に。その問いに、カルニスタミアははっきりと答えた。
「はい。貴方の心はあの娘……ロガにあります」
 目を閉じて少しだけ困ったような笑みを口元に浮かべて、小さな声で「悪いな」と皇帝は告げた。カルニスタミアに対してなのは解っていたが、言われた方は黙っていた。その言葉に返事が返ってくるとは皇帝も思っては居ない。
 そして握り合っていた手にシュスタークは少し力を込め、
「カルニスタミア……前に、余に話してくれた事があったな」
 話し始めた。
 かつてカルニスタミアと “余は恋などせぬであろうから、良ければお前の恋を聞かせてはくれないか? 楽になるというのならば……だが” そんな会話を交わしていた。カスニスタミアは皇帝に『儂の好きな相手は、違う男が好きです』と告げていた。そしてその事を、皇帝に語ると少しは楽になるとも。
 誰とは告げていなかったのだが、
「勝手に女だと勘違いしておった。……ザウディンダルだったのだな」
「はい……そうです」
 これで知られてしまった。ただ、隠されているものでもなく、皇帝以外の者は殆ど知っている。
「ザウディンダルの見舞いに行く時、少し緊張した。カルニスタミアがそうであるように、余もザウディンダルの顔を見たら……だが、直ぐに……。諦めておるのだなカルニスタミア、もう諦めておるのだなザウディンダルの事を」
 皇帝はカルニスタミアの感情を引き摺り、ザウディンダルに会いに向かった。異父兄の顔を見て感情が噴出すのではないかと、恐れながらも。
 だが、そんな事はなかった。むしろ、寂しさを感じる。
 それはカルニスタミア本人も徐々に認めつつある “諦め”
 十年近く続いた関係も、カルニスタミアにはデウデシオンを越える事はできない。正確に言えば、ザウディンダルが越えさせてくれない。
「余はザウディンダルが誰を思っておるのかは知らぬが……カルニスタミア……上手くは言えぬが、お前がそれで良いのならば、良い。だが、余はその寂しさを味わいたくはない。わがままであろうが、余はロガを見てお前の“知っている”寂しさを感じたくはない」
 恋と気付く前に、それが壊れる感情を覚えてしまった皇帝は臆病になる。
「それが当然のことでしょう。儂に何でも命じてください、あの娘を……妃にする為に、何でもいたしましょう。信じてください、儂は貴方とロガに幸せになって欲しいと、本心から願っているということを。陛下、泣くのは我慢してください。これから暫く式典が続きますので、陛下が泣き顔ですと」
「済まぬな、言われないと泣く所であった」
 時間の押してきた皇帝は、タウトライバの警護のもと、着替えに向かいカルニスタミアは部屋を辞した。
 そこに待ち構えていたのが、四大公爵と帝国宰相。
 カルニスタミアが戻って来た事で、直接問いただしたい事が彼等にあった。
「お前が見た陛下のお考えを、細大漏らさず言え」
 五人に詰め寄られる事など元から解っていたカルニスタミア。彼は語る順番を考えてきていた。皇帝とその想い人ロガを正妃にする為に必要なのは、語る順番。
「儂としても是非ともお知らせしたかった」
「何だ」
「陛下の意識を取り戻したのは……ザウディンダルです。陛下の意識の奥底のあったのは、ザウディンダル」

「あの女王がか!」

 彼等の驚きの中にある “やはり” という感情。
 カルニスタミアはその感情を先ず呼び起こさせる。この場面で先に「ロガ」の事を口にするよりは、先にザウディンダル[女王]と呼ばれる両性具有を出す事が重要だった。
 エターナ・ケシュマリスタ、ロターヌ・ケシュマリスタの両名は、人工的に作られた両性を有した性処理玩具。
 己の体を嫌い呪ったケシュマリスタは、この地上から両方の性を持ったものを消したがり、それは実行される。[通常の人間]は国の定期健診で、知らない間に揺らいでいる性別の背を押す薬を投与され、どちらか片方の性別だけを持って生きる。
 だが、彼等[ケシュマリスタ]の血を引いている[両性具有]はどちらか一方になることは決してない。
 これは彼等が「核」を所有する生物である事が関係する。
 通常は人によって違う核だが、両性具有は決まっている。それも「男性器」と「女性器」の両方。それが核である為に手を加える事ができないのだ。どちらかを失わせれば、それは死を意味する。

 両性具有に死を与えられるのは皇帝のみ。

 そして男皇帝に[女王] 女皇帝に[男王]これらは歴史上「皇帝が両性具有を性的玩具として扱う」事が許されている。
 両性具有は皇帝への献上”品”でありそこに人格はない。品物である以上、両性具有は「皇帝」にも「王」にも就くことができない。正妃、王妃も然り。帝国はケシュマリスタ型両性具有に地位も人格も認めない。
 それが ”初代両性具有の強い望み” であった為に。 
「やはり……帝王か」
「元々……陛下は……」
 ただ献上品は、あくまでも繁殖機能が皇帝と同じである者。そして献上され、一度でも皇帝と関係を持った両性具有は「巴旦杏の塔」なる隔離棟に閉じ込められる。
 両性具有は人格を認められていない、それの子が次の皇帝に就くのは禁止。子が出来てしまえば、皇帝は確実に退位しなくてはならない法典が存在する。
 それを考慮しての繁殖機能同体なのだが、現在の科学では生体機能を変換させる事は可能。献上された ”品” の生体機能を反転させれば子は出来る。
 女性皇帝と男王ならばまだ「皇帝が母」であり、それを即座に堕胎させる事も可能だが、男性皇帝と女王となると「女王の命」と引き換えになる。
 前に述べたように「両性具有の核は両性器」
 そして完全な人間ではない彼等は受精したと同時に胎盤が形成され、子宮壁に侵入を開始する。
 これを堕胎、要するに胎盤を剥がし取り出す作業を行うと、薬品で行おうと外科手術で行おうと両性具有の子宮は耐えられないほどの破損を被り、九割以上の者が死を迎える。

 ”献上品・ザウディンダル” に皇帝・シュスタークが興味を持った、その一点が問題だった。

 先に述べたとおり、両性具有との間に子が出来れば、皇帝は退位しなくてはならない。ザウディンダルが男性型であっても、それを女性型に変える事は不可能ではない事も周知の事実。
 どちらかの性別に完全に変える事は不可能であっても、どちらかの機能を高くする事は薬品で簡単に行える。
 (身体の構造上、女王を変異させるほうが容易い)
 それを阻止する為に隔離しての関係だが、暗黒時代以後破綻が現れた。
『対異星人戦役』
 元来、両性具有は身体能力が低く、皇帝の相手を務めるだけしか価値はないとされてきた。ただその低い身体能力は『肉体的』なものであり『機動装甲の操縦の有無』はなかった。
 暗黒時代に生まれた機動装甲、その操縦席に座れる能力。それはケシュマリスタの因子に頼る所が大きい。
 要するに両性具有因子と隣り合わせであり、両性具有にもその能力を持ったものが現れる。
 それがザウディンダルだった。
 過去ならば、何の価値も無く直ぐに隔離棟に放り込まれる[女王・ザウディンダル]はその能力によって、前線まで出向く価値のある[帝国騎士]となった。
 皇帝が手を出せば即座に隔離棟に送れるが、前線となればそうはいかない。
 ザウディンダルを外せば良いようにも思えるが、「帝国騎士一名」を外せるほど戦力に余裕がないのが帝国の実情。
 特にシュスタークの初陣の際には陣容を固める為にはどうしても必要な戦力でもある。

 皇帝と関係を持っている両性具有に他者が接触できる状況となるのだ。

 またシュスタークの性格を考えれば、自分の子を宿した ”兄” を殺害するなど命じるはずはない。
 それは皇帝の美点であり、弱点でもあった。


 そして何より、彼以上に強い執着心を抱いていた “男” が、シュスタークの中に確実に存在する。


「陛下が両性具有にこれ以上の興味を持たれる前に、奴隷の娘を正妃にする事が帝国にとって最良の道でしょう。階級的に奴隷を嫌う気持ちは解りますが、他に女性の影は見えませんでしたので、確実を記す為にもあの奴隷を正妃にする事を勧めます」
 両性具有に興味を持っている皇帝を “引き戻す為” ならば奴隷を正妃にするのも “やむを得ない” と “言わざるを得ない”
 皇帝の座を狙っているケシュマリスタ王は、これを好機と考えるのはカルニスタミアにも解っていたが、表面上は足並みをそろえなくてはならない。両性具有を皇帝に勧めるような言動をしようものならば、他王家と帝国宰相が手を結ぶ可能性もある。
「本当に、あの奴隷以外には興味を持たれていないのか? カルニスタミア」
 実兄が強い口調で問いただす。
「ああ。他には女性の影すらありませんでした。宮殿の現状を考えれば、当然でしょうアルカルターヴァ公爵殿下」
 不仲で有名な二人は少し視線を交わしただけで、互いに別方向を向く。
 その脇で、
「だが、陛下がなんと言われるかな」
 これを狙っていたケシュマリスタ王が口を開く。わざわざ「我が永遠の友」を両性具有と関係を持たせ、その感情を皇帝に流すべく画策していた男。
 だが、そのケシュマリスタ王の表情と声に、帝国宰相は焦り一つなく淡々と返す。
「 “陛下” はザウディンダルの事など、なんとも思っておらぬ」
「ほぉ? 何故そのように言い切れるのかな、帝国宰相閣下」
「陛下はザウディンダルが女王だとは知らぬ。陛下にとってレビュラ公爵は異父兄であって、両性具有ではない」
「何だと……」
 他の三王も顔を見合わせ、カルニスタミアは帝国宰相の横顔とケシュマリスタ王の横顔を見比べる。
「陛下にそんな見苦しい出来損ないの事を告げるべきではないと思ってな。貴様等もそう思わぬか? 陛下は女王の存在など知る必要はないと思わぬか?」
 帝国の機密事項・両性具有。
 シュスタークは両性具有の事は知っていても、自分の異父兄と呼ばれているザウディンダルがそうであるとは知らない。
「帝国宰相に同意するのは不本意極まりないが、確かにそうであろうな」
 テルロバールノル王が帝国宰相の言葉に頷きながら、それを肯定する。
 ケシュマリスタ王は、シュスタークが “両性具有” の存在を知っている事と、デウデシオンが滅多にザウディンダルを皇帝に会わせたがらなかった事から先入観を抱いていたのだ。
「それは言える」
「それは事実か? 帝国宰相」
「信じぬのならば皇帝陛下に直接お尋ねしたらどうだ? ケシュマリスタ王。あのお優しい陛下が異父兄を両性具有呼ばわりされたらどうなるか。お前であっても、ただでは済まぬであろうな」
「ならばお前は陛下に、あれを “なんと” 説明したのだ」
「ザウディンダル・アグティティス・エルター。偽名もこの際仕方あるまい。むしろ誰も困りはせぬであろう」
 誰もが帝国宰相は、ザウディンダルが両性具有だから皇帝の前に殆ど連れてゆかなかったのだろうと見ていたのだが、皇帝はそれ自体知らない。
 これに関しては、帝国宰相とシュスタークの父親達が決めていた。
 両性具有を好む歴代皇帝の性癖も然る事ながら、先代皇帝ディブレシアに殺されたザウディンダルの父親の事も考えて口をつぐんでいたのだ。

 ザウディンダルの父親は僭主の末裔。

 庶子達の中で唯一の僭主の末裔がいることを皇帝に告げ、その経緯を知る事で僭主殺害の手を緩める事を指示するかもしれないと考えて、彼等は敢えて皇帝に真実を教えてはいない。僭主はあくまでも残らず殺すのが帝国の方針。
 ちなみに僭主の末裔であるザウディンダルが生かされているのは、両性具有の生殺与奪権は皇帝のみにあり、それの比重が[両性具有 > 僭主の末裔]となっている為だ。
 ザウディンダル本人は嫌っている両性具有の体だが、それでなければ彼は生き延びる事はできなかった。
 
「奴隷正妃の件については後で話し合おうではないか。それでは四大公爵、私は陛下のご命令どおり “女王” の元に戻る。そちらは陛下のお傍に侍れ。では」

 帝国宰相がザウディンダルに関係する情報の殆どを握り潰している為、知っている者は殆どいない。ザウディンダル本人すら知らない。 
 それだけ言い残すと、デウデシオンは四大公爵に背を向けて歩き出した。カルニスタミアはそれに続く。
 後姿を見送りながら、テルロバールノル王が笑いを含んだ声で話しかける。
「策士、策に溺れるだなラティランクレンラセオ」
「カレンティンシス」
「ライハ公爵を使ってまで陛下から皇位を剥奪しようとしたようだが、そう上手くいくものでもない」
「……ふん」
「精々努力するがいい “我が永遠の友” よ」
 その二人の脇で、この両者も双方向に感情を行き来させる事の出来るヴェッティンスィアーン公爵と、リスカートーフォン公爵が会話をはじめた。
「どうする? ヴェッティンスィアーン公爵」
「さあな、リスカートーフォン公爵。だが、ラティランクレンラセオとその息子に従うよりかなら、陛下と奴隷女の間にできた御子のほうがマシだな」
 ケリュマリスタ王の傍で、ロヴィニア王とエヴェドリット王は、声を潜めるでもなく話し合う。
「そちらは良いだろうな、ヴェッティンスィアーン公爵よ。奴隷が正妃であれば、外戚がいない。そちらの家が次の代まで陛下の外戚として権力を握っていられるからな」
「まあ、それが大きいな……。そう考えれば悪くないかも知れぬな。何処かの誰かは奴隷正妃は認めないであろうが」
「認めなければ認めないで、陛下に処刑される可能性もあるだろうな。あの状況では……それも良いかも知れないが。自由を与えて皇帝陛下を陥れるつもりだったようだが、黙って“ザウディンダル・アグディスティス・エタナエル” を ”巴旦杏の塔” に突っ込んでおけば良かったものを」
 ”アグディスティス・エタナエル”それは男性型両性具有を表す[分類名]であり、必ず名として付けられる規則がある。
「陛下に偽名を教えるとは……あの男、何を考えているのやら」
「だが、真実を知ったとしても陛下はそれを罪とはなさらぬであろう。むしろ “帝国宰相の優しさ” にますます信頼を強めるであろうな」
「どっちに転んでも、あの男の不利益にはならぬという事か。帝国宰相め」


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