ALMOND GWALIOR −31
銀河帝国滅亡後に《帝国六花》と呼ばれる者達がいる
 
銀河帝国初の平民階級で皇帝の正妃となった皇妃ジオ
侍女から帝后となった、物語の主人公のような娘グラディウス
帝国史上唯一人奴隷出身でありながら皇后に「推挙」されたロガ
六人の中では唯一片親が貴族である皇君ゾローデ
自身の才能で帝婿にまで上り詰めた奴隷出身のラベル
運命の悪戯で帝妃となった平民階級出身のセーファ

四大公爵の血を引かないで皇帝の正配偶者となり、皇帝との間に儲けた子が次代皇帝に即位した、六人の皇帝の親のことを「帝国六花」と呼ぶ

奴隷階級出の《帝国六花》は二名、帝婿ラベルと皇后ロガ
奴隷の血を引いているとなると、そこに《帝国六花で最も有名》な皇君ゾローデも加えられる
そして《帝国六花の中で最も美しい》となると皇后ロガが上げられる

最も美しい六花のロガと、皇帝の容貌を完璧なまでに持ち《歴代屈指の容姿を持つ一人》として名高い第三十七代シュスターク帝
この二人の出会いは他の五人と違い、宮殿や王宮ではなく野外というのもその物語性を高める
皇帝が “一人” お忍びで向かった先で出会った身寄りのない、老犬と共に質素に暮らしていた奴隷の少女

《ロガ皇后の樹木》とされた桜の木の下で二人は運命の出会いをする

初めての出会いで二人は互いに忘れられぬ存在となった



ALMOND GWALIOR

− 永遠と永久の騎士が捧げる物語 −




のちの世に書かれていることは嘘の方が遙かに多かったりする



 皇帝はその日、一人でお忍びをしたわけではない。
「なにぃ! 陛下が行方不明だとぉ! テルロの平民はどうしたあ!」
 銀河帝国の中心、大宮殿《バゼーハイナン》で額と首青筋を立てて絶叫する、銀髪を硬く結い上げた男、帝国宰相デウデシオン。
「陛下をおいて逃げるという、銀河帝国臣民としてあるまじき行為を! このハーダベイ! 今此処で縊死を!」
 倒れそうになっている帝国宰相を後ろから支えつつ、大声を上げているのは《今回の皇帝の外出の総指揮担当》したハーダベイ公爵バロシアン。
「うぉあああ! 陛下! 陛下!」
 顔を覆って床に崩れ落ちたのは、先代皇帝の夫の一人皇婿セボリーロスト。
「インフォメーションは何処かね? 迷子放送を。ん〜」
 ある筈もないことを呟いているのは、先代皇帝の夫の一人皇君オリヴィアストル。先代皇帝の夫達の中では最年長者。
「陛下に迷子札をお渡ししなかったからインフォメーションでも無理だ! 陛下は恐らくご自宅の住所は知らない」
 持たせたこともない迷子札を口にするのは、先代皇帝夫で現皇帝の実父にあたる帝婿デキアクローテムス。


「タバイ兄さん! タバイ兄さん! 早く陛下を発見してください!」


 銀河帝国第三十七代皇帝シュスターク。
 百年ほど前に五十五年続いた内戦が “一応” 終結した。
 誰もが『余が皇帝』と名乗りを上げ人類の半数以上を死に追いやる内戦が終結して百年弱。銀河帝国皇帝以外に皇族は誰一人存在しなかった。
 その上、皇王族にも王族にも『姫』が一人もおらず、若き二十三歳の皇帝の后選考は難航を極めていた。
 皇王族や王族に『姫』は存在するが、「凡人の感性」を持つことを徹底された二十三歳皇帝に百五歳の老王女を勧めるのは、みなちょっと躊躇った。
 最も年の近い六十九歳の既婚王女を離婚させて結婚させるか? とも考えられたが、やはりみな踏みとどまった。


完璧な皇帝容姿を持ち合わせているということは、同性愛者になる確率が極めて高い


 その為、皇帝の《相手》を選ぶ際に、彼らは細心の注意を払う。
 下手な女を勧めて男に走られたら帝国は崩壊する。未だ宇宙には《僭主》と呼ばれ、皇帝の座を狙う者達が力を持ったまま帝国に攻撃を仕掛けてくることもあるくらいに、治世は安定していない。
「やはり上位貴族の姫の選考で折り合いをつけてしまえば良かったなあ」
「過ぎ去ったことを言っても仕方あるまい、オリヴィアストル」
 王女が無理なため、上位貴族の姫君にしようと各王家に代表を一名選ばせたこともあった。
 この四人で決まるのではないか? 誰もがそう思ったのだが、各王家の王が選んでおきながら納得できず、結局この四人の候補は候補のままで終わった。
「平民の娘と比べられないが、メーバリベユ侯爵やエダ公爵は逃げはしまい」
「あの二人はね」
 かつての皇后候補「メーバリベユ侯爵(現セゼナード公爵妃)」とかつての帝后候補「エダ公爵(近衛兵)」の名を口にしつつ、
「ところで陛下は?」
「まだみつからないー!」


 皇帝は無事戻ってきたが、下半身は丸裸、靴すら履いていない皇帝の最後の砦は腰を覆っているバスタオル。
 貴族階級では小さすぎるサイズで、腰で結ぶにも結べない大きさのタオルの両端を、皇帝自身が右手で握り締めている。その表情は憮然よりも泣きそうな顔。


皇帝、フルチンにされたのだ


 皇帝がフルチンにされた経緯はこうだ。
 晩熟甚だしい彼に《正妃候補として連れて来た平民》に手を出してもらおうということで「娘を驚かせる」ことにした。
 感情が昂ぶり、そこから……と考えて。
 皇帝は内幕を知っていたのだが、驚かせる為に配置された奴隷娘の顔を見て失神した。奴隷娘は顔の半分が崩れているので、驚かせ役を引き受けた「彼女の顔」は携わった者達は全て確認していた。
 彼等の認識では「先天性に崩れた顔」だけだったが、大切に育てられた皇帝には「失神するに値する顔」だった。
「失神と失禁、白目剥いて泡吹かれたようです」
 ハーダベイ公爵から「肝試し」を用意するように命じられた奴隷娘と姉妹同然に育ったゾイ。彼女に頼まれて、奴隷娘と仲の良いシャバラはゾイと三人で用意をしておいた。
 奴隷娘は「男性貴族の方は内幕を知っているから」と言われていたので、こんなことになるとは思ってもいなかった。
 目の前で奇声を上げて倒れた210cm120kgの大男に驚き、泡を吹いてピクピクと痙攣しているのにも驚き、急いで死体運び用シートで家まで運び後し始末をする。

「美女皇后」は容姿だけではなく、性格も慈愛に満ち溢れている人だと残されているが、その慈愛はここでも遺憾なく発揮されていた。

『目が覚めたとき、漏らしたのに気付いたら気分悪くなるかも』
 当時十五歳前後だった奴隷娘は、見るからに年上の貴族《皇帝二十三歳》のプライドを第一に考え、服を脱がせて身体を拭き先ずは汚れを流しておこうと急いで服も洗ってくれた。脱がせて拭いて洗って奴隷娘は気付いた、目の前の210cmの大男に当座着せる服が無いことを。
 奴隷娘は、モロだし状態の貴族に家で最も綺麗なバスタオルをかけて困り果てる。そして彼は目を覚ました。


 フルチンにした方に悪意はない。フルチンにされた皇帝にも悪意はなかった


 初対面で皇帝をフルチンにした奴隷娘こそが《皇后ロガ》まさしく二人は、違う方向で運命の出会いを果たした。
 後に皇帝は皇后となったロガとレビュラ公爵が仲良く話をしているのを帝国宰相と共に遠巻きに眺めながら言う。


「失禁だけでよかった。あの日ロガの前で脱糞までかましていたら、余はあの後ロガに直接会いに行く勇気はなかった」
 それはロガ皇后が誕生していなかった事をも指す。
「まさに奇跡でございます」


 これが帝国六花唯一《宮殿の外で生まれた運命の出会い》の真実である


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