ALMOND GWALIOR −29
 結局私はザウディンダルを殺さなかった。

 彼女に最後の別れのつもりで口付け、屋敷に戻ると父が表情を強張らせ大きな箱を差し出してきた。
 純白の箱に金で象られた皇帝の紋。中身はザウディンダルの生命の安全を保証する書類。公証としてテルロバールノル王の名が入っている書類も。
 箱を受け取った後、父は皇帝の夫達に『この後どうするべき』かを尋ね、教える為にわざわざ皇君が小さな屋敷に出向いて来て、教えてくれた。
 皇帝に直接礼を述べるのが礼儀。
「色々あるけれども、行っておいで。その後また何時もの責苦が続くだろうが、我輩は行くなとは言えないからね」
 二度と皇帝の下に出向きたくはなかったが、
「デウデシオン、みて」
 “おえかき” を自慢げに見せてくる小さなザウディンダル。首をしめて殺そうと思った相手が、無防備に笑顔で近寄ってくる。罪悪感に押しつぶされそうになりながら、
「上手だな」
「うん」
 もう少しだけ我慢してみようと思った。
 彼女はまだ我慢できるようだった、私ももう少しだけ我慢しようと。思いながらふと小さなザウディンダルを見ると、クレヨンで落書きをしていた。
「ザウディンダル! 椅子に描くな!」
「デウデシオン兄、これは水で直ぐに消せるクレヨンです。幼児の落書き用ですから安心してください」
「しらなかった?」
 笑っていた。
 私に殺されそうになっていたなど知らないで。
「ザウディンダル。そのクレヨン、一つ欲しいんだが」
「いいよ! あげるよ」
 皇君が用意してくれていた服を着て、翌日皇帝の下へと向かった。
 教えられたとおりの礼を述べ終え、退出しようとしたが扉は開かず、


「来い、デウデシオン。余の相手をさせてやろう」


 告げられた。何を言っているのだろうか? 目の前で裸になったディブレシアを前に声も出なかった。
 私は私生児とは言え、この女の実子ではなかったのか? 後ずさりする私にディブレシアは語る。
「皇帝の私生児は殺される存在。そんな貴様等を今まで生かしてきた理由、それはこの男狂いと言われるディブレシアを慰める為。成長したら余に差し出されることとなっていたのだ」
「……」
 嘘だ! そう叫ぶことすらできなかった。
 むしろ心の中にあった “生かされている” という奇妙な強迫観念のような思いが胸の中で “すとん” と落ち消えていった。それが私達の存在理由なのだと。だが納得しても、関係を持つつもりはない。
「嫌です。私生児であっても意思はある。実母と肉体関係を持つつもりはない!」
「余は優しいのでお前に拒否権をあたえてやろう。そうか、断るか。ならば次のタバイ=タバシュを呼ぶまでよ。お前よりも身体の発育が良いそうだな。楽しみだ」
「冗談ではない! タバイは繊細で……実母と……」
 そんな事になったら、タバイは血を吐いて死ぬか、戻ってくる前に自殺する。
 ディブレシアは笑う。知っているのだ、この “皇帝” は全て知っていてそう言った。
「弟の為に信念を曲げるのか?」
 私は服を脱ぎ捨て、皇帝の前に立つ。
 目の前の女を皇帝と思うな、目の前の女を母と思うな。目の前にいる女は女。それ以外の何者でもない! そう言い聞かせていると、ディブレシアは手を叩く。
「さて、もう一人呼ぼうか。入ってくるが良い、クレメッシェルファイラ」
 その声に、出入り口以外の扉を振り返る。そこから出てきたのは、いつも通り服を着ていない彼女。
「薬を飲ませた。男性器がそそり立ち、苦しそうであろう。さあ、お前に選択権をあたえてやろう、デウデシオン。一つ目は男王とお前とで余を攻める、二つ目は余とお前で男王を攻める。三つ目は “お前” が男王と余に攻められる。さあ、どれがいい? “もう彼女を陵辱するつもりはない” デウデシオンよ」
 皇帝と両性具有が直接肉体関係を持てば、巴旦杏の塔に入れられ私は二度と会うことはできない。
 彼女は耐えられたのだ、私だって耐えることが出来るだろう。視界に収まる脱ぎ捨てた服を眺め、ポケットに忍ばせてきたクレヨンを思い出しながら、
「三つ目を希望します」
 笑いを浮かべて言い返した。
 母親である筈の女の中に何度放ったのか、覚えてはいない。
 意識が朦朧とするまで攻め立てられたが、ディブレシアはそれでも満足はせずに他の男がいる部屋へと去って行った。取り残された私に、彼女が泣いて謝ってきた。
「シャワー使ってもいいですか?」
 彼女に手を貸してもらい、脱いだ服からクレヨンを取り出してシャワー室へと入った。
「貴方の孫は元気だよ。何か伝えたいことがあるのなら、ここに書いてくれ。これは水で綺麗に消える」
 彼女に渡した。
 ― ごめんなさいね
 指の骨が潰されている箇所もある彼女は、指本体で文字と解る程度のものを書くことは出来ても筆記具を使って書くのは困難だったらしい。だがそれでも書いてくれたが、本当に字は “ぐにゃぐにゃ” で読めない箇所も多かった。
 ― 今まで強姦させて。こんなことずっとお願いしていたなんて
「いいや……また今度もあるかもしれないが、その時も今と同じだ」
 二人で身体を洗い終えた後、温まるまで抱き合っていた。
 その後もずっとこの関係は続く。母を抱き、彼女に抱かれ、シャワーを浴びながら少しだけの会話を交わし、無言で抱き合って別れる。
 彼女が書いてくれたところによれば、彼女は最近全く暴行されていないと。それは見ても解った、彼女の肌から青痣が消えて痛々しい火傷と刺し傷の痕が残るだけになっていた。

 彼女を抱きしめ、このまま二人で死ねたら楽なのにと思ったことは何度もある。彼女に言ったこともある……曖昧な笑いで返されて終わってしまったが。

 彼女を強姦しなくてよくなって、私は気が楽だった。
 彼女は私を犯さなくてはならなくなり、薬を使用されることを含めて苦しかった。
 私はどれほど他人だと言い聞かせても母を抱いているという事実が苦しかった。

 ディブレシアがどう思っていたのかは解らない。

 彼女が勃起を続けさせられる薬の投与で体調を崩した時、私は彼女抜きで皇帝を抱くこともあった。
 できる限り興味を私に向けようと、どの男よりも皇帝を突いたと思う。徐々に皇帝は私を気に入ったらしい。
 行為が終わった後、水しか出ないシャワー室で身体を洗い彼女に触れて帰る。笑顔で出迎えるザウディンダルを抱き上げると、
「今日もとってもいい香りがする。この香り好き」
 頬を摺り寄せてくる。
 彼女の香りが精神的に不安定になりやすいザウディンダルを安心させる効果があったようだ。
「そうか」
 私はもっと我慢できたと思う、我慢すればよかったと思う。だが実際は思っていただけで、皇帝の全てを終わらせる一言に簡単に流されてしまった。

「余の腹は今 “空” だ」

 十四人目の子セルトニアードを産んだ後、ディブレシアは私にそう言ってきた。
 言いたいことは全て理解できた。だがそれに追従するつもりはない。
「なら早く仕込んでください。抱くのは構いませんが、貴方を妊娠させるつもりはありません」
 恐ろしいまでに “女” の無くならない “女” だった。あの腰にあの胸、そして膣。どれをとっても衰えることはない女だった。
「取引だ。お前が余を身篭らせたら、余は死んでやろう。ここで余が身篭り出産した後に死ねば次の皇帝は三歳前後だ、帝国摂政が必要となろう。お前を帝国摂政とする算段、つけてやっても良いが」
 屋敷に戻ると、皇帝の夫達が “帝国摂政には確実に就ける” 告げてきた。だがその方法は聞かないで欲しいとも。
「勧めることはしない、この先も皇帝と男王と関係を持ち続けるのも自由だが……あの子は、ザウディンダルはじきに君の行動を理解する年齢になるよ」
 帝君に言われた。
 何時までもザウディンダルは子供ではない、時機に気付かれるだろう。
 私と彼女の関係から、自分が僭主の末裔であるという事実を知る。このままでは何も解決しない、事態は悪い方向に進んでしまうように思えた。
 だがどうしても確認したい相手がいた、彼女に、クレメッシェルファイラの意見を聞いて決めようと、部屋に入り皇帝を無視して彼女が何時も閉じ込められている小部屋へと進んだ。
「ディブレシア帝の次は男性皇帝。男王の貴方は殺されてしまう。それでもいいのか!」
 答えは欲しかったが、欲しくはなかった。
 意思を表すものを何一つ持っていかないで、私は尋ねた。声帯を破壊された彼女に。
 彼女は笑って頷いた。
 そして私は皇帝を身篭らせる。誰もが皇帝が私生児を妊娠することに対し、何の感情もなくなっている。皇帝はもう “生きていることに飽きた” のだ。
 最後の楽しみとして私を苦しませたいのだと、大きくなってゆく皇帝の腹に腕を回しながら、中にいる物体に恐怖を覚える。皇帝を抱くことも、彼女を泣かせることも……私も慣れた。だが、腕に触れる腹の中にいる物体が動く感触は、気味が悪かった。
 自分の母しか同じではない “弟” にこれ程嫌悪感を持ったことはない。セルトニアードが腹にいた時は何も感じなかった、だが今私が抱いている相手の中にもう一人の私が存在する。
 
 ディブレシア享年二十四歳。皇帝は一人の後継者と十四人の私生児を産んで死んだ。

 血に濡れた物体を彼女は抱きかかえ、そして私に手渡した。私はそれを床に置き、彼女を最後に抱いて部屋を後にする。
 彼女は殺されて、私は帝国摂政となった。彼女の死を知った時、私は何故ザウディンダルを助けて、生かしておいてしまったのかと≪後悔≫し後悔した自分の醜さに眩暈を覚えた。
 そんな自分の弱さに打ちのめされながら、私は今も生きている。ディブレシアよりもクレメッシェルファイラよりもはるかに長く生きてしまったことに今年気付く。

 ザウディンダルは二十四歳になった。


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