ALMOND GWALIOR −293
ダーク=ダーマに乗り込んで、お二人で奴隷たちを見送りたいと? 一つだけ条件があります。デキュゼーク親王大公殿下を大宮殿に。はい皇帝と皇太子候補というのは、同じ乗り物に乗り、同じ場所へ旅行へ行くことは禁じられています……皇后がもう一人産んでくだされば、もっと自由になれます。
デキュゼーク親王大公殿下のことは、このデウデシオンにお任せください。ザウディンダルも? あれは精神年齢が近いので、親王大公殿下とよく遊ぶことでしょう
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仲間の奴隷たちが全員居なくなり、帝星に一人になったロレンは、与えられた官舎の一室で考えた結果 ―― 帝国騎士本部へとやって来た。
また異星人との会戦があり、従軍する将校のリストが公表され、その中にエルティルザの名前があった。
エルティルザは帝国軍の中でも特殊な立場「帝国騎士」として出撃する。
シャバラが情報を集めたところ、帝国騎士は出陣一ヶ月前から、ほとんど帝国騎士本部に詰めて機動装甲の最終調整を行う”らしい”と聞いたので、それに賭けてやってきたのだ。
入り口に立つ兵士に、
「エルティルザ卿の知り合いなんだよ!」
取り次いで貰おうと必死に話かけるも、完全に無視される。それでも必死に言い募っていたところ、迷惑行為を働いているとして逮捕されそうになる。これは明かにロレンが悪い。ロレン自身、思っているのだが、それでも諦めずに騒ぐ。
つかまれて必死に暴れるロレンと兵士たちの耳に、低いが良く通り、落ち着きのある声が聞こえた。
「なにをしておるのじゃ」
鎖骨の隠す程度の長さの、光沢のある榛色の髪に緋色のマントをまとった、カルニスタミアが車から降り声をかけてきた。
「ライハ公爵殿下」
兵士はロレンの腕を掴み、門から遠ざける。
「あのっ!」
「その者、自由にして構わぬ」
兵士は言われた通りにロレンの腕を放し、頭を下げた。
「どうしたのじゃ?」
「あの! エルティルザに会いに……」
「そうか。では儂が会わせてやろう。付いてくるが良い」
運良くやってきたカルニスタミアに伴われ、ロレンは帝国騎士本部へと入り、
「エルティルザ!」
「ロレン! どうしたの?」
無事にエルティルザと会うことができた。
「お主に用があるそうじゃ」
「茶色……じゃなくてライハ公爵殿下に連れてきて貰ったんだ」
”ちょっ! 茶色言っちゃだめ!”
エルティルザは内心焦ったものの、フォローもできないので敢えて触れず、
「ありがとうございます。それで、どうしたの? ロレン」
無難にお礼をして、用件を尋ねた。
「あのよ……俺、シャバラたちと一緒に行こうと思って! 迷惑なのは解ってるんだが、乗り物とか用意してもらえるか!」
望んだ仕事だった筈なのに、まったく楽しくない。新しい知り合いを作るのは楽しいが、兄のシャバラやゾイ、その他のみんなと気軽に会えないのは寂しい。
それは理屈ではなくロレンという個人を構成する大事なもの。
「え……あ、ああ! そうだね!」
”せっかくあの倍率を潜り抜けたのに”と思うよりも先に、エルティルザは納得する。彼は家族をなによりも大切にしているので、ロレンの決断を難なく受け入れた ――
ただ受け入れるのと、取れる行動は違う。
「追いつけるかな?」
「無理じゃないかなあ。ちょっと待って、デウデシオン伯父様に頼んで、滞在期間を延ばしてもらうか……」
ゾイたちが出発して既に一ヶ月。収容される移民管理局コロニーに到着し、選別されて送りだされるのを待つのみになっている時期。
デウデシオンに頼めばそのくらいは融通してもらえる ―― のだが、
「エルティルザ」
「は、はい! ライハ公爵殿下」
話を聞いていたカルニスタミアが動いた。
「帝国宰相に、ロレンをシャバラたちの班に入れるよう連絡しろ」
「はい」
「ロレン、行くぞ」
「え、あの……どこへ?」
「付いてこい」
カルニスタミアは問いには答えず、目的の場所である機動装甲格納庫へと向かう。ロレンは前方を悠然と歩むカルニスタミアの背中を必死に追いかける。
連絡するように命じられたエルティルザは、急いでデウデシオンに通信を入れ、言われた通りに伝えた。
話を聞いたデウデシオンは”解った”とだけ言い、中断させている会議へと戻る。
連絡を終えたエルティルザは部屋を飛び出し、近くにいた者たちにカルニスタミアがどちらへ向かったかを尋ね、
「ライハ公爵殿下の機動装甲格納庫の方へ」
”まさか!”と思いながら、走り出した。
―― まさか、機動装甲で連れて行くつもりでは……
そのエルティルザの”まさか”は的中していた。
「これで行く」
自分の機体の一つを稼働させ、操縦席を開く。
ロレンは遠くから見た全容に驚き、そして走り近付き、徐々にその全体像が見えなくなることに焦り恐怖し、最後は目の前にある湾曲した巨大なカルニスタミアのマントと同じ緋色で固そうな物質の前で立ち尽くす。
「ライハ公爵殿下! あの、キャッセル伯父さん……ではなく、ガーベオルロド公爵閣下に許可を貰ってか……」
全速力で駆けてやってきたエルティルザが、機動装甲の私的使用は問題になりますよ ―― カルニスタミアが知っていてこのように言っていることを知りながらも止める。
「事前承認など降りるものか。事後承認しか方法はない。ロレン、自宅に取りに戻らなければならない私物はあるか?」
”こう”と決めたら考えを変えない、それがカルニスタミア。罰も咎も彼を止めることはできない。
「え、あ……はい! あります」
機動装甲の使用に関する云々など知らないロレンは、カルニスタミアの有無言わせぬ口調に背筋を正し、少々天井を見るようにして考えて幾つか持って行きたい品があることを正直に申告する。
「そうか。では取りに行って、そのまま出発するぞ」
カルニスタミアはロレンを小脇に抱えて、固い機動装甲の外装を蹴りながら登る。
「あの、俺のまだ辞職届けを出してなくて……」
”ふわり、ふわり”する感覚と、一気に決まり、怒涛の速さで進む現状に食らいつく。
「エルティルザ、それも任せた」
格納庫の天井が開き、眩しい陽射しが差し込み、巨大と言っても過言ではない機動装甲の影が硬質の床に描かれる。
人工光とは違う、色濃い影に包まれながらエルティルザは叫んだ。
「あの……その……はい! ロレン! 元気でね」
「あ、ああ。元気でな! エルティルザ、戦死すんなよ! バルミンセルフィドやハイネルズにもよろしく!」
”それは約束できないよ”そうは思ったが、
「絶対生きて帰ってくるよ!」
返す言葉は否定ではなく、前向きな方が良い。
カルニスタミアはロレンと共に操縦席に入り、エルティルザは巻き込まれないように離れる。最終確認中であった技師たちが呆然としている最中、緋色の機動装甲は陽射しが眩しい空へと消えた。
後日叱責されることも、様々な罰を科せられることも解っているのだが、悪いことをしているとは思っていない。
カルニスタミアは優雅に緋色の機動装甲を操り、ロレンの住む官舎へと向かい、空中に静止させたまま、連れて飛び降り荷物を持ってくるように命じる。
もともと私物が少なく、みんなの後を追おうと大事なものをまとめていたロレンの準備は直ぐに終わった。
官舎はみすぼらしくはなかったのだが、カルニスタミアが部屋に居ることで、とても薄っぺらで悲しいほど安っぽく見えてしまう。
―― さすが王子様だ
カルニスタミアは狭い官舎を好奇心を持って、あちらこちら見ていた。ただし不躾に見てはみっともないと、王族としての尊厳さを損なわないよう典雅に。そのような動きが上手なので、ロレンには当然「興味深く、きょろきょろしている」等とは見られず、王子らしさで感動を与えることに成功していた。
「用意がいいな。戻るぞ」
「はい」
ロレンを抱えて空中静止している機体に乗り込み、帝星軌道上へと出て、三回ほどぐるりと回り全容を見せてやり、移動を開始した。
目的地までの距離と、人間を乗せて移動できる速度で、かかる時間を算出し、到着まで閉ざされた空間で出来ること ―― 主に会話だが ―― をして過ごした。
「あの、ありがとう、ございます」
「以前のように喋って構わん」
シュスタークが身分を隠してロガの元に通っていた頃、普通に近い口調で話しかけてきていたので、それで良いと促す。
「あー……はい」
そうは言われても、ロレンとしては”解った”とは言い辛い。
知らなければそのように接することも出来るが、相手の身分を知ったあとでは難しい。
―― ナイトだったら、そう言われたら普通に会話できそうだけど、この茶色……じゃなくて、アルカルターヴァの王弟殿下は無理
内心甚だまずいことを考えながら、ロレンはお礼を差し出す。
「これ受け取ってください」
差し出されたのは財布として使われているカード。
奴隷から金を貰うなど、考えたこともなかったカルニスタミアは”受け取るべきかどうか”悩んだが、奴隷と言えどもある程度顔を立ててやることは必要だろうと、ともかく受け取ることにした。
「それで、これは何のつもりじゃ?」
「開拓者には必要ないからって、シャバラが全額持たせてくれた蓄えで……その、連れて行ってもらうお礼ってことで」
表示された金額は、微々たるもの ―― カルニスタミアにとってはそうだが、彼らにとっては大金。
「要らぬのじゃが……貰っておこう。いつかお前の子孫が帰ってきた時に、利子をつけて返してやる」
宇宙船では出す事の出来ない速度で、通常の航路を無視し最短距離で、シャバラたちが集められた移民管理局コロニーに僅か四日で到着した。
コロニーに居たゾイやシャバラは、近付いてくる見たこともない人工物に驚いていた。誰かが”機動装甲だ”と叫んだのを聞いて、初めてモニターに映っている物体が、戦闘兵器であることを知る。
機動装甲はコロニーの宇宙船停泊港に四つん這いになり着陸し、腹部の操縦席を開き、ロレンと荷物を持ったカルニスタミアは飛び降りて、
「ありがとう! カルニスタミア」
「おう。壮健であれよ」
「うん……あのさ、カルニスタミアも、その戦死しないように気をつけてくれ!」
「ああ」
短い別れの挨拶を交わし、すぐに離脱した。
突然現れ、すぐに遠ざかっていった緋色の機動装甲。
何ごとだったのだろうか? と、驚いているゾイとシャバラは、
「シャバラ! ゾイ!」
「ロレン?」
「来ちゃった……」
もっと驚くことになる。
そして彼らは翌日、移民管理局コロニーから外惑星へと出立した。
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