ALMOND GWALIOR −284
 歴史の表舞台に立つ四人の王と皇帝と皇后。
 彼らに捧げられる大歓声をその後方から、人目につかずに聞いている警備の二人。バロシアンとザウディンダル。
「華やかだな、バロシアン」
「そうですね」
 歴史の表舞台に立ちたいと切望するわけではないが、人々に祝福されるのは憧れる――生まれる前から存在を認められなかった二人にとっては、手に入れられないものだと理解し、望んではいないが……それでもどこかで憧れている。
 皇帝と皇后は人々の憧れを全て叶える存在ゆえに、二人の憧れは正しいものでもある。
「ザウディンダル兄」
 バロシアンは生まれた時から頂点に立つ男の背から視線を移動させて、隣に立っている兄であり姉であり――
「なんだ? バロシアン」
「私の母親はご存じでしょうが、父親は帝国宰相デウデシオンなんです」
「……? ……!」
 ザウディンダルは頭も良く賢いが、言われてすぐには理解ができなかった。彼ら異父兄弟は父親の存在については触れない。
 母親であったディブレシアのみで繋がっているから ―― だけではないことを、ザウディンダル自身知っていた。
 だがそれは、自分だけだとばかり思っていた。
「驚くのも無理のないことです」
「あ……お……」
 向かい合いまじまじと顔を見る。”兄貴と似てるな”と思っていた弟が、まさかデウデシオンの実子とは思いもしなかった。
 だが言われてみれば、他の兄弟にはない”似通った”ものがあった。はっきりとした形ではないが、漠然としてもいない。

 全体がデウデシオンと非常によく似ている――

「四歳年下の弟で、実は甥っ子だった私ですが、今度から息子にもなれること嬉しく思っております。よろしくお願いします」
 一人で三役もこなしているバロシアンだが、ザウディンダルはザウディンダルで、兄で姉で、義理の母で、叔父で叔母でもある。
「あ、うん。兄さんたちは知っているのか?」
「はい。ザウディンダル兄が最後です。他の兄たちには気負わずに説明できたのですが、兄の妻が兄で、父の妻が姉で……その、説明が難しくて最後にさせてもらいました」
 奇怪で複雑な貴族の家系図。その中でも群を抜く”存在しない”複雑な系図がここに完成した。
「最後なのは構わないんだが、その……なんだ。あー俺に義理の妹ができるのか。もしかして孫も?」
 バロシアンが息子ということは、結婚相手は義理の娘であり義理の妹にあたる。ザウディンダルは本当に複雑だな……と。だがそれ以上に喜びがこみ上げてきた。
「そうですね。一、二年以内には孫で甥を、お見せすることができるでしょう」
 ザウディンダルの弟の中で唯一結婚しているバロシアン。
 近いうちにフォウレイト侯爵家を継ぐ跡取りが生まれる。
「そっかー。バロシアンは兄貴の息子ってこと、納得してるのか?」
「はい。なのでフォウレイト侯爵家を継ぐことにしました」
「なのでフォウレイト侯爵家を継ぐ……あ、そっか。兄貴の異母姉がフォウレイト侯爵だから。そっか、そういうことか」
 どうしてバロシアンが選ばれたのか? ザウディンダルは深くは考えていなかった。
 他の兄弟が拒否したからなのだろうとばかり思っていたのだが、しっかりとした政略結婚であったのだ。
「そうそう、宰相の家の執事アイバリンゼンは帝国宰相の父なのです」
「本当に説明し辛いな……ま、これからもよろしくな、バロシアン」
 握手しようと差し出された手をバロシアンは握り返す。
「はい」

 より一層大きな歓声が鳴り響き、二人はバルコニーに視線を移した。色を取り戻しつつある空に広がる風にあおられた皇后のヴェール。その端を四王が掴み、そして皇帝が皇后を支える。

 その後ろ姿に二人は笑みを零した ――

 こうして皇帝の挙式も無事に終了し、一息ついている兄弟たちにザウディンダルがデウデシオンとバロシアンの関係を知ったことが知らされ、これで胸のつかえも取れたと全員で喜ぶ。
「良かったですね☆」
 帝星防衛において活躍したこともあり、エルティルザとバルミンセルフィド、そしてハイネルズも一人前に認められ、集まりに出席することが許可された。
 兄弟たちの集まりの出席に関し特に基準はないのだが、妻たちが息子がある程度成長してから……と決めており、今回の件で出席してもいいと許可したのだ。
「ところで☆これからザウディンダルさんを、どのように呼べばよろしいのですか? 伯父様と結婚した叔父さんを”おじさん”って呼ぶのは、私のような若輩ものには辛すぎます」
 なにが、どう辛いのか? 不明だが、良い人殺し笑顔のハイネルズの提案に、
「今まで通りでいいだろ」
 ザウディンダルは当たり障りなく大人の返答をしたものの、兄たちが反応した
「たしかに妃は使えないからなあ」
「妃というのを全面に出したいですけれどもね」
「要らねえよ! タウトライバ兄! アニアス兄! そんな下らないこと考えるくらいなら、タウトライバ兄はデゼの名前考えろよ!」
 このままでは恥ずかしい呼び名がついてしまうと焦るザウディンダルが、娘の名前を決めかね、提出期限を守れずシュスタークに泣きつき期限を延長してもらったタウトライバに”この話題から離れてくれ!”と叫ぶ。
「姫(デゼ)でよくないか? ザウディンダル姫……いや、弟姫かな」
 姫は未婚の女性に使われる物だと皇君に教えられたキャッセルは、正式に結婚できないので妃とは呼ばれない弟に「姫」はどうだろうと。
「兄さん……」
「タウトライバ。私、またなにか変なこと言っ……」
 自分の両肩を強く、それこそ肩の骨を砕くかの勢いで握り顔を近づけてくる弟に”失敗したんだ”と解釈したキャッセルだったが、今回ばかりは違った。
「いいえ! さすが兄さんです! 弟姫に決定!」

―― あ? 良かったの? それは良かったねー

「ちょっ! 弟と姫って相反してるだろ!」
 弟姫と連呼している兄たちの脇で、
「私たちは”兄姫さま”と呼ぶわけか」
「それはそれで、いいのでは?」
 セルトニアードとクルフェルの弟たちが、二人にしか呼べない呼び名を作りあげ、
「兄姫もおかしいだろ!」
「じゃあ私たちは叔父姫さまですね」
 ハイネルズが更にかき混ぜる。

「あああ! 姫から離れろ! 離れてくれよ!」

 兄弟たちは”姫”という呼び名から離れることはなく、ザウディンダルから姫の呼び名が遠ざかることはなく ――

「兄貴からもなんとか言ってくれよ!」
 時間を作りザウディンダルのところへ戻って来たデウデシオンは、兄弟や甥たちに「ひめ☆ひめ」と呼ばれて顔をまっ赤にして叫んでいるザウディンダルに、
「いいと思うぞ」
 以前ならば本心を漏らさなかったが、今のデウデシオンはあっさりと本心を口に出してしまう。
 長く美しい黒髪をやや乱し、まっ赤な顔が別種の朱に染まる。肉親に対する羞恥ではなく、好きな人を相手にしたときの喜びが入り交じった可愛らしい照れ。
 同じ赤く染まるでも、これほど表情が違うものかと ―― デウデシオンとザウディンダルを残して全員音もなく速やかに退出し、
「……そ、そう?」
「ああ」
 残された二人は、二人だけの世界を作り久しぶりの触れ合いを楽しむ。

 幸せそうに自分の腕の中で眠っているザウディンダルを眺めながら、デウデシオンはいつもより少し伸びた髪をかき上げて目を閉じ、なめらかなザウディンダルの肌に指を這わせながら、安心して自分の腕の中で眠る、愛しい両性具有を殺害する決意を固めた。


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