シュスタークとロガの華燭の典は、皇帝と奴隷の結婚だけではないものを残している。
見え始めた平和と重ねられ、それは当時「祝砲」扱いであった。
だがその祝砲は後に起こる大惨事の原因を警告していた形となった。「帝王の予言であった」と言う者たちもいたが、当の本人が「違う」とはっきり否定した。
「祝砲」は大惨事が起きてから四十二年間、不吉な前触れとして誰もが触れようとはしなくなったが、四十三年目それは「凱歌葬」として帝国に返り咲き、やはり幸せな未来の象徴であったのだとして、広く語られることとなる。
それは様々な呼ばれ方をする。奴隷皇后への祝砲、帝王の予言、凱歌葬。最初の呼び名は
―― 彷徨える帝王 ――
**********
『帝国宰相閣下!』
万全の準備を持ってしても、不測の事態は起き、小さな出来事を処理してゆく必要がある。準備から事後処理まで全てをになっているデウデシオンの元に、血相を変えた帝星防衛主任が「通信」をねじ込んできた。
「どうした?」
『帝王が! 彷徨える帝王が帝星に帰ってきました!』
「なんだと!」
”彷徨える帝王”
それはワープ理論の元となったザロナティオンが撃ち出したエネルギー弾。何処かへと消えて、現れ、そして消えていった”彷徨える帝王”が再びこの帝星に戻って来たのだ。
「セゼナード公爵、状況は?」
暴動や戦争ならばデウデシオン一人で対処できるが「彷徨える帝王」という特殊な問題は、エーダリロクに任せるのが最善である。
「撃ち抜かれても帝星が崩壊しないこと”だけ”は約束してやる」
宇宙空間を切り裂き、別の次元へと消え、次元をも切り裂き戻って来る「彷徨える帝王」
「弾道測定は?」
機動装甲でも操ることのできない銃から放たれた、全てを貫くエネルギー。
「完了した。”予想の弾道”だったらな。次元の出口付近で撓んだら間に合わねえよ。でもこの角度だったら、絶対に軸破壊はない」
「どうにかできんか?」
「あんたが言いたいのは”彷徨える帝王”を帝王に撃ち落としてもらえないか? と言いたいんだろ? 答えは引き受けない。帝王は確実に仕留める自信がない限り撃たない。だから俺たちで対応策を練る」
「ならば仕方あるまい。区域隔離開始だ」
「はやっ!」
「手出しできぬのならば、逃げるしか道はない。違うか? セゼナード公爵」
「まあ……そうだけどよ」
デウデシオンは”彷徨える帝王”のことはエーダリロクに一任し、現状を報告するためにシュスタークとロガが休憩している部屋へとやって来て、淡々と手短に説明をする。
「ザロナティオンが帰ってきたのか」
事態の根源を知っているシュスタークはデウデシオンの説明で粗方のことは理解したが、
「……」
一緒に聞いていたロガは、なにを言っているのか? さっぱり解らなかった。
だがデウデシオンがロガに対して敵意や悪意があるのではないことは解っている。彼はロガに噛み砕いて説明はできるが、その時間を持たない。
「お二人の結婚式を見たくて戻って来たようです。少しばかり騒がしくなりますが、式典は予定通りに、被害は最小限に抑え、人的被害は出ぬように務めますので」
「お、おお。頼む、デウデシオン」
「それでは指揮を執るので、失礼させていただきます」
主役以上に忙しいデウデシオンを見送り、二人は次の行事に備え着換える為に別々の部屋へと入った。
洋服を着せてもらいながら、ロガは一番近くにいるメーバリベユ侯爵に説明を求めた。
「あの……聞きたいことがあるんですけれども」
「なんなりと」
「あのですね……彷徨える帝王ってなんですか?」
「”彷徨える帝王”ですか。私は夫ほど専門的なことは理解できないので、世間一般に流布していることでよろしいでしょうか?」
「はい、もちろんです。ナサニエルパウダさんが解らないこと、私には解るはずないので」
「これに関しては私も皇后も同じだと言い切れますよ。では説明いたします。彷徨える帝王とは……」
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“彷徨える帝王” とは、三十二代皇帝ザロナティオンが放った“弾道”
彼の使っていた銃は彼以外撃つ事ができなかった、その反動の強さから。
驚異的な貫通性エネルギーを撃ちだすその銃は、外部からの制御は不可。
ザロナティオンは元々[全てのエネルギーを敵に向けろ]とい命令で武器を作らせた。利便性やら操作性は全く無視し、ただ敵を遠くから撃てる銃を作らせた。
そのため、銃を発射した際の反動を制御する装置などは付けられていなかった。ただ銃内部に攻撃に使うエネルギーを圧縮する、それのみに重点が置かれ極限までシンプルな構造にそぎ落とされた銃。
それに制御装置などつける場所はなかった。
そもそも制御装置や安全装置をつけても、内部エネルギーの“質量”を前にどんなコーティングを施した制御回路でも破壊されてしまい取り付けようがなかった。
最も原始的でありながら、歴史上最高の射程距離を誇る銃を制御する装置は現在でも開発されていない。
直系50cmの銃口から発射された貫通性エネルギーは十三星系を貫いたと記録にあるが、これ以上の距離を移動したエネルギーも確認されている。それが “彷徨える帝王” 十三の星系を貫くよりも前、未完成だった銃でイゼルケルト鉱光分解により作られた “エネルギー” を放ったのだが、それは目的を射抜く前に消え去った。その放たれた軌跡が確認されるのは、それから五年後の事。
貫通性の「直線型」エネルギーがありえない方向で確認された、それは放った方向の後ろ側から、再び放った方向へと向かっていった。エネルギー流波の形状と、組成分子からザロナティオンが撃ったものだと言う事が判明する。
当然ながらザロナティオンは[それ]を追跡させたが、再び消え去る。
そして三年後、再びザロナティオンが銃を放った後方42000Mからそれは“現れた”
エネルギーが無限の回廊に囚われたような状況。これを調査し、そこからワープの基本原理が作られる。
**********
「ワープってなんですか?」
洋服を着終えて背もたれのない椅子に座り髪を梳かれながら、何一つ聞き漏らさないように全身でメーバリベユ侯爵の言葉を聞いていた。
「移動距離を縮めるもので、昔よく使われていた表現は……皇后のリボンをお借りしますね。このように端から端へと移動する際、普通はリボンの上を歩いて移動しなくてはなりませんが、ワープというのはこの端と端を無理矢理くっつけて、直ぐに目的の場所へと移動できることを指すそうです。宇宙歴以前に”不可能”と一度結論が出されたそうですが、帝国歴に入ってからこの理論を構築できる”力”が確認されたというわけです」
メーバリベユ侯爵は使ったリボンを侍女に預ける
「無理矢理くっつけられたのは戻るんですか?」
「もちろん戻ります。くっつけていられるのは、ほんの僅かな時間だけです。空間や次元が戻る強さのほうが遥かに大きいので」
「そうなんですか……その彷徨える帝王というのは、帝王ザロナティオンが生前放ったものなのですね?」
「はい。今から118年前のものだと、夫が興奮して喋っていました」
―― 俺の弟がザロナティオンで三十二代目の皇帝だ。その人格も他の体に存在している。それがエーダリロクって呼ばれてる奴だ ――
ほとんどの人が知らないことを、勝手に語り出す
―― エーダリロクさんがザロナティオン帝? ――
―― エーダリロクはエーダリロクだ。その中にシャロセルテ……じゃなくてザロナティオンがいる。人格としては独立しているし、あそこには他の人格は一切存在しない。天然……じゃねえよ、こいつみたいに俺やビシュミエラ、ラバティアーニやその他色々な人格があるタイプじゃなくて、ザロナティオンただ一人だ ――
「……」
ロガは指先から二の腕まで自分では名も知らない、ただ美しいとしか表現できない宝石で飾られている自分の腕を見る。
「どうなさいました?」
「エーダリロクさんと至急会ってお話したいのですが」
「畏まりました」
「それと、エーダリロクさんに会う前に陛下とも」
「お任せください」
「あの言ってから言うのもおかしいのですが……予定を変えてしまって……その」
「お気になさらないでください皇后。立てた予定に不測の事態があっても対応し、主の希望を叶えるために予定を調節する、それがこのメーバリベユ侯爵の役割です。予定通り”だけ”しかできない様な者は、陛下や皇后の傍にはおりません」
「あ、はい! お願いします。とても大事なことなので!」
「はい」
予定の変更はデウデシオンに連絡し、互いに調整し合うという面倒があるのだが、それをする為に彼女たちはいる。
予定通りに物事を運ばせるしか能のない者など、一ヶ月近くに及ぶ式典の運営に携わる資格はない。
『陛下と?』
「あの控え目で式典の重要性を熟知している皇后が、予定変更を早急に希望したのです。余程のことかと」
『解った。大至急時間を作る』
自分たちが作った予定通りに進んでもらえば楽だが、楽をしたいがために皇帝の意志を蔑ろにするのは本末転倒。
「ナイトオリバルド様」
「どうした? ロガ。話があると聞いたぞ」
「あのですね、ナイトオリバルド様……お願いがあるんです!」
ロガがシュスタークに頼んだこと。
それは先程のデウデシオンと同じく、短い時間で簡潔に。違うのは淡々としてはおらず感情がこもっていること。だがその感情を言葉で表すとしたら冷静でまっすぐ。
「……」
その迷いのない視線を前にして、願いを叶えてやるためにシュスタークが即座に決断を下す必要があった。
「あの……」
意見も眼差しもまっすぐなロガだが、心中はいまだに複雑な葛藤がある。だが機会は今しかない。
「ロガの思う通りにすると良い。余もその考えに同意する。出来る事なら……」
―― この持ち主は帰りたがっていると思うのです。彷徨える帝王が現れたのは118年ぶりだと聞きました。この機会を失えば帝王に神聖帝を返すことは私にはできません。でも遺言に残すことはできません。今ここで、ナイトオリバルド様と私が返さなければ永遠に返せません ――
メーバリベユ侯爵に呼び出されたエーダリロクは、目の前にには「処女の純白」と名付けられている、もう存在しない惑星の真珠をふんだんに使ったネックレス。それを前にして命じられた言葉に驚き思わず聞き返す。
「はい?」
他人の言動を読むことにも長けているエーダリロクは、相手が大体何を言うのか? 予想をつけてやってくる。幾通りもの言動を予測してやってくるので、予想外の出来事に出くわすことはほとんど無い。
そのほとんど無いことに出くわし、思わずロガの顔を見直す。
「これを返して欲しいんです」
「えっと、それは陛下に」
「そういうことではなくて、この処女の純白を彷徨える帝王に捧げてください」
「”壊す”ということですか?」
「そうなると思います」
「陛下には許可をいただいたのですね」
「はい。帝王に返したいのです。それは失われるだけであって、私の自己満足かもしれませんが」
「そんな事は無いようです。喜んでおります。ここにいる帝王が」
「エーダリロクさん……」
「確実に射貫かせます。ご安心ください」
「お願いします」
処女の純白を持ってロガの前を辞したエーダリロクは、望みを叶える装置を作りながら《返される人》に尋ねた。
「いいのか?」
《構いはしない。もうそれは……なにより……》
「あんたがいいならいいや」
生まれたばかりの赤子の小指の爪程度の大きさの装置を作り、処女の純白の鎖に接着する。
「これでこいつは手を放せば”下”に落下する。宇宙空間であってもな」
エーダリロクは機動装甲に乗り込み、弾道観測へと向かった。安全圏で機体を手を伸ばした形で静止させ、操作部から出る。専用のスーツではなく、皇帝が即位する際の純白の着衣で、防護フィルターでまいた処女の純白を持ち、機体表面をゆっくりと歩き指先に到着する。
「本当にいいんだな?」
《ああ。なによりも、それは……死んだ私が死んだバオフォウラーに送ったものだ。いまお前の中にいる私は……》
エーダリロクの体を明け渡してもらったザロナティオンは指先に懐かしいネックレスを掲げる。
いつしか処女の純白と呼ばれるようになった、ビシュミエラが家族を殺害したザロナティオンに対する恨みを忘れないために、肌身離さず持っていた筈のネックレス。
―― いまだ、手を放せ
エーダリロクの指示に従い指先を”下”に向ける。ネックレスは指先をあっさりと滑り落ち、星々の中へと落ちていった。
《私はもう”あの時”の私ではない》
弾道を見下ろすエーダリロク
―― 彷徨える帝王は、これを示唆していたのか? いやそんなものは示唆していない。私は知らない
彷徨える帝王よ、あなたはやはり帝国のことを ――
弾道を見上げるシュスターク
《僕は”あの頃”の僕じゃない》
彷徨える帝王は処女の純白を撃ち抜き、弾道を僅かに変えて帝星大気圏をかすめて、また次元へと消えていった。
僅かに歪んだ空間は戻る際に幾つもの虹を帝星の空に架けた。昼も夜も全ての帝星の空に。
人々は帝王が皇帝と奴隷の結婚を喜んでいるのだと解釈し、虹に向かって拍手をする。何度目になるかも解らない祝福を二人に送った。
彷徨える帝王を放ったシャロセルテと、家族の死を嘆き恨んでいたバオフォウラーはもう居ない。
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