ALMOND GWALIOR −260
もう閉鎖されてしまった故郷の衛星に住み、ナイトオリバルド様が皇帝陛下だとは知らなかったころ ――
「キャメルクラッチとあの警官似てるよな」
みんなで食事をしているとき、そんな話になった。
「?」
シャバラはキャッセルさんとキュラさんが似ていると言っていた。シャバラだけじゃなくてロレンも、
「そっくりだよな」
「……」
他の人たちにはそう見えていたらしい。
言われるまで私はキャッセルさんとキュラさんが似ているとは思わなかった。
「ポーリンさん。汚れ物取りに来ました」
「ありがとう、ロガ」
”ポーリン”さんと”キャメルクラッチ”さん、そしてナイトオリバルド様は似ている気がした。恐くて当時ははっきりと観られなかったタバイさんは似てて……でもナイトオリバルド様以外の三人とキュラさんはやっぱり似ていない。
ナイトオリバルド様とキュラさんはなんか似ている。キュラさんとカルニスタミアさんは少しだけ似ている感じがして、カルニスタミアさんとザウディンダルさんは凄く似ている姉弟に見えた。
でもキュラさんとザウディンダルさんは似ていない。
ザウディンダルさんはナイトオリバルド様とエーダリロクさんに似てて、エーダリロクさんとビーレウストさんは似てる。
顔立ちや体型関係なしに、ビーレウストさんとキャッセルさんは似てる感じがした。
正体が分からなかった頃は、なんかとても不思議だった。解ったら、間違ってなくて良かったな……と思ったけど、同時にあまり口にしない方が良いことも解った。だからキュラさんの本当の姿のことも黙っていた。本当の姿のことは言っても良かったのだろうけれども……ナイトオリバルド様に……
「どうした? ロガ」
「なんでもないよ! シャバラ。似てるね、キャメルクラッチさんと声の高い警察の人。あのね、声が高い警察の人、キュラさんて言うんだよ」
「キュラね。たしかに他の奴等がそう呼んでるような気はしたけど、本名なんだ」
「そうみたい」
「あの黒髪で、ザウとザウディスとザウディンダルって呼ばれてるのは、どれが本名なんだろうな?」
「普通一番長いのじゃないか? シャバラ」
「解らないぞ、ロレン。貴族だからな、ナイトと同じ思考回路だったらザウディスあたりが本名かもよ」
「ナイトとね……ナイトと同じなあ。だったらザウディスかもなあ」
ナイトオリバルド様は顔も名前も秘密にしているから、ポーリンさんと似ているとは何となく言いだし辛かった。
私を連れて行く時に本当の姿になったタウトライバさんは、本当にナイトオリバルド様に似ていた。
「私ね、キュラさんから手鏡とヘアブラシもらったの」
「ナイトにために身綺麗にしろってことか」
「そうみたい。いっつもシャバラの家の鏡を覗いてたの観られてたみたいで」
「……あいつら、ロガが俺の家の鏡観てるの何処で知ったんだ?」
全部観られてたんだろうな、そう思うと恥ずかしいけれども、お仕事だしナイトオリバルド様の安全の為には当然のことだから。
**********
キュラさんの「整形前」の顔は、ナイトオリバルド様に似ていている。
いつものキュラさんのお顔も好きだけれども、本来のお顔も素敵。
「陛下は知らないよ。他の奴等は勝手に気付いたみたいだけどね」
皇后になってからもキュラさんは私の警備に付いてくてた。
「そうですか……」
「言うべきか? 言わないべきか悩んでる顔だね」
人には言えない理由があるらしい。
「はい」
「僕の意見は、陛下には知らせて欲しくない、だよ」
「ではそれを尊重……」
キュラさんは私が言いたいと希望したら許してくれる。同時に私がキュラさんの希望を押しのけることがないことも解っている。
「陛下はね、僕の顔で”ケシュマリスタ顔”を覚えたんだよ。聞いたことあるだろ? 君が来る前、陛下が同性愛者になるのを恐れて、特に相性がいい”ケシュマリスタ顔”は徹底的に排除された。四大公爵すら一人で陛下の傍に近付くことができなかったって。異父兄弟もおなじこと。そんな中で直接観て話をすることができたケシュマリスタ顔の男は僕一人。この姿でいることは大変だけれども、この姿でいることは名誉なんだよ。陛下のなかにある”ケシュマリスタ”それを存在させたのが僕だってことがね」
ナイトオリバルド様はキュラさんの容姿について、生涯気付かなかった。
それで良かったのだと私は思っている。
私は嘘をつくのは……エーダリロクさんほど上手ではないけれど、知らないふりをすることはできた。得意だったかどうかは解らない。
もしかしたらナイトオリバルド様は私の態度から気付いていたかも知れない。
でもナイトオリバルド様は決して容姿について触れなかった。
キュラさんのことと言えば、カルニスタミアさんも私の些細な態度から『あの約束』について気付いていたかもしれない。
「あのさ……」
「なんですか? キュラさん」
「君にだけ教えておくけれど、僕は自殺するよ」
「自殺?」
「自殺に見えない自殺だよ。名誉の戦死っていうか、第六代オーランドリス伯爵は戦死ってことで。辛くなったらそうするって決めてるんだ」
「辛いことがあるのなら……」
「幸せなだけだよ。この幸せが何時までも続けばいいなって思う半面、恐くて恐くて仕方ないんだ。壊れる日がくるんじゃないかって……壊しちゃったほうがいいんじゃないかなあって。この身に余るほどの幸せに狂いそうだ」
―― 君の”お姉様”を強姦したのは僕だよ ――
―― それがどうしたと言うのじゃ?
「月並みな理由だよ」
「あの……」
その感情は私にも覚えがあった。
ナイトオリバルド様が寿命で亡くなられる前に、私が先に死んでしまいたいなと……思う時もある。
「これはカルニスタミアに言っちゃ駄目だよ。僕が死んだあとなら、どうにもできないから何もしないけれど。僕が生きている間に対処しようと誰かに言ったりしたら、僕は君を殺しちゃうよ」
私は自分で死ぬことはできない。死ぬのが怖い。
「……」
たまに”強い”と言われるが、そんなことはない。私はとても弱い。それを気付かれないようにするために、ちょっとだけ強いふりをする。
「君が死んだら陛下は終わりだよ。解るね? 君が僕に殺されたらカルニスタミアの立場もなくなるし、殺そうとしている僕を殺したら、それで自殺は完成だ」
「言いません」
「ありがとう。僕は生きている間は君の為に働くから、絶対に裏切りはしないから。……あのさ、僕が死んだらお願いがあるんだ」
「カルニスタミアさんのことですか?」
「なんで解るの?」
「自殺というのは自分で身の回りのものを整理して死ぬことだと聞きました。だからキュラさんの遺品はすべて片付いているはずです。ただ一つ整理出来ない”もの”があるとしたら、それは絶対に知られてはならない相手であるカルニスタミアさんのことだと」
「さすがだなあ、そうカルニスタミアのこと。ないとは思うんだけど、カルニスタミアが悲しんでたら、少しだけ慰めてやってくれない? あそこのお兄さんは絶対にそういうこと許すような人じゃないし。ま、カルニスタミア自身悲しそうな素振りをすることはないだろから、必要ないと思うんだけどさ」
「解りました」
キュラさんと一緒にいるカルニスタミアさんは幸せだったと……皇君様も言っていた。《あの子があんなに幸せになれるとは……我輩は思ってもいなかったよ》
キュラさんは幸せだった。そしてカルニスタミアさんも幸せだった。
皇君様はお墓参りから帰ってきて、私に教えてくれた。
空で墓石にはなにも刻まれてはいなかったと。
後半の言葉の意味は、当時の私には解らなかった。ずっと後で、皇君様が亡くなった後でケシュマリスタ王が教えてくれた。
「アルカルターヴァがまだ王弟であった頃、預かった。本来ならば大宮殿で預かる筈であったが、私が手元に置くようにに進言したのだ。大君主リディカリュオンは私を信用して預け、そして兄弟の仲は最悪となった」
「感謝しておるぞ、ケスヴァーンターン」
「それは良かった、アルカルターヴァ」
「ああ、お前は儂の超えるべき父となってくれた。死んだ父は超えられぬが、生きている超えるべき年長者として立ちはだかってくれた」
「まだ超えさせてやった記憶はないが」
「そうじゃな。だが越されそうで焦ってはおるであろう」
**********
「私はあの日、貴方に幻覚という存在を教えてもらったことで、皇后として認められたと確信しました。ケシュマリスタ王」
「その通り、私はあの日貴方を認めましたとも皇太后」
青空の下に広がった、審判の日。そして楽園。
―― 人間は簡単に超えてゆく。お前にも見せてやるよ、カレティア
「だから今回も認めて欲しいのです。私とアルカルターヴァ公爵の結婚を。少し先の話にはなりますが」
「なぜアルカルターヴァなのだ。私でも良いではないか、ロガよ。それに貴方のことは大君主リディカリュオンにも頼まれている」
「なぜ”故”大君主リディカリュオンと言わぬのだ。助けきれなかったことが、それほど悔しかったのか? ケスヴァーンターン」
「悔しくはない。私の腕の中で死んだ大君主リディカリュオンは悔しかったであろうがな」
「全くだ。いま兄貴は全力で儂を応援しておるだろうよ」
帝国宰相が亡くなられると、私一人の力では、孫が皇帝に就くことができない恐れもあるので……ナイトオリバルド様がゾイの約束を果たすためにも、私は孫を即位させなくてはならないのです。
「あいつに応援なんて出来るものか。怒鳴って叫んで倒れるのが関の山だ。アルカルターヴァ」
私一人と言い貫いてくださったナイトオリバルド様に感謝を込めて、時が来たら私はカルニスタミアさんと再婚します。
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