ALMOND GWALIOR −225
打開策を考えようとしたザウディンダルだが、考えたところでどうにもならないと判断し、剣を構えて悩まずに斬りかかることにした。
ディストヴィエルドの体は硬く、ザウディンダルが振り回す剣程度では傷をつけることはできない。それを知っているのでディストヴィエルドは無防備な体勢で近寄ってくる。急所の一つである首はどうだろうか? と狙いを定めて斬りかかるも、彼の首の両脇の銀髪に阻まれてしまった。
ディストヴィエルドが髪と共に刃を払い除ける。普通の髪の毛と同じように揺れているのだが、その”硬さ”にザウディンダルは驚いたが、
「お前が振り回す剣は遅いからな。斬られたところで、我の髪の再生速度のほうが早い。だから切れないのだ」
実際は硬度ではなく、彼の髪一本の再生速度に、ザウディンダルの剣の速度が劣ったのだ。
―― どんな治癒力だよ……
ザウディンダルは自分が強いとは思ってはいないが、自分の力では髪一本も切り落とせないと知り、その体機能の差に愕然とする。
「コースの肉料理も満足に切り分けられないんじゃないか?」
事実に気付き、同時に疲労にも気付く。
「……」
「ああ、お前はコースの肉料理なんて食べたことないか」
極度の小食である両性具有はコース料理など食べられるはずもない。ザウディンダルはそう言われることには慣れているので怒りを覚えることはなかった。なにより今のザウディンダルは、そんな余裕などない。汗が噴き出し、頬や首に黒髪がへばりつき、隠しようがないほど息が乱れている。
「僭主同士、仲良くしようじゃないか」
「俺は皇帝以外と仲良くする必要はねえよ」
やや大きめで子どもらしさを残している目元に力を込めて、できるだけ蔑むように睨みつけるがザウディンダルが考えているような効果はない。
「我が皇帝にならないと、何故言い切れる?」
体力が減っているように見えないディストヴィエルド。彼相手に時間稼ぎをするため戦うのは、ザウディンダルにはもう不可能であった。
残る僅かな体力を使って、どれだけ時間を引き延ばせるか?
「お前が僭主のトップなのか? そうは見えないけどな」
まともに引き延ばそうとしても、相手に見破られるだろうと――考えて、ザウディンダルは自分を”ゆるり”と殺させて時間を稼ぐことにした。
「どうしてそう見えない? こんなにも強いのに」
「俺からみたら、誰でも強いぜ」
ディストヴィエルドが緩慢に玩び殺そうと考えるとしたら、両性具有に恐怖を与えようと考えるとしたら……それは彼の強い自尊心を傷つけることが近道であろうとザウディンダルは判断した。
体には傷をつけられないが、自尊心なら傷つけられる ――
先程自分を玩んだ態度と、エーダリロクに成りすましていた時の、周囲に向けた眼差しに潜んでいる高慢さが溢れ出していた表情。
それらから強さに自信があることはザウディンダルにも分かった。だが彼はタバイと戦っていない。ダーク=ダーマ艦内では最強と言われるタバイを相手にすることもなく、求めるような素振りもない。
「お前の兄よりは強いが」
だから彼が強いとザウディンダルは思わなかった。本当に強ければ、強さのみを求めるのであれば、自分と遊んでなどいない筈であると踏んだのだ。
「俺に兄貴は大勢いるぜ。本当にあんた強いの?」
「……」
「本当に強いリスカートーフォンなら、俺なんかと遊んでないでカルニスタミアとでも遊べば? カルは強いぞ。それともカル相手だと分が悪いのか? 顔は完全にカルの勝ちだけどさあ」
**********
「瞬間移動できること、もう忘れたか? 僭主」
腕を移動させて逃れたカルニスタミアの声を聞き、ザベゲルンは床に落下した銃を踏みつけて破壊する。
「なぜその力を使って、機動装甲から逃れなかった」
「今回の対異星人戦で体のほとんどが無くなったことか? 当然であろう。儂は瞬間移動できるなど、他者に教えるつもりはなかった。他者に秘密を知られぬために死ぬことは、おかしいことか?」
移動させていた腕を戻し、動きを確認しつつ”なに当然のことを”と、心底呆れた声でザベゲルンに答える。
カルニスタミアとしては当然のことだった。
瞬間移動の能力があることが知られたら、ヤシャルを抜いて皇位継承権第一位所持になることは確実。その上、ヤシャルとは違いシュスタークの子が誕生しても、一位の座を譲れなくなる可能性が高い。
真祖の赤に次ぐ《完全なる皇帝》を表す能力など、親王大公として生まれなかったカルニスタミアにとっては無駄どころか、帝国に仇なす力以外の何物でもなかった。
「そこまで忠誠を誓うところが、癪に障る」
「貴様のごときに、どのように思われようが儂は痛痒など感じぬ。馬鹿か僭主め」
カルニスタミアは腕を振り、まだ充分に動くなと確認してからザベゲルンの懐へと飛び込み殴る。
今まで手足のように使ってきた触手が動かず、体の回復もままらない。死ぬ程ではないが、弱くなった自分にザベゲルンは腹を立てて、八つ当たりで怒鳴りつける。
「貴様、一体何をした!」
「超能力を使える部分を無効化させてもらった。一時的なものか永続的なものかは、行った儂も解らぬがな。触手が動かぬのは、ザンダマイアス機能が破壊されたからではないか?」
答えながら我関せずと、カルニスタミアは殴りつけてザベゲルンを押し、システム中枢の傍から動かないカレンティンシスと、その腕のなかにいるロガとの距離を取る。
「貴様! 無効と超能力の両方が使えるだと……あれは貴様の兄だったな! 貴様の兄は!」
ディストヴィエルドが知っていることは、ザベゲルンも知っていた。
「貴様も儂の兄が両性具有だと言いたいのか?」
《なに?》
《おいおい!》
―― うそだろ!
―― ほぇ?
二人と四つの存在は、カルニスタミアがそんな事を聞かされているとは知らなかったので驚くが《全く疑っていない》その横顔に下手に口を挟むわけにはいかないと黙る。
”両性具有”という単語で、体を強張らせたカレンティンシス。それに気付いたのは、抱きついているロガだけだった。
指を震わせながらキーを打ち込むカレンティンシスと、自らの拳を破壊しながら、白い口だけの顔面をたたき割ったカルニスタミア。
「大概にせい。下賤のその口、縫うには時間はないが潰してやるわい」
カルニスタミアはカレンティンシスが投げ捨てたロケットランチャーの砲身を持ち上げて、ザベゲルンの口に突き刺して壁に縫い止める。砲身を噛み砕かれないようにと両手で顎を破壊して、ザベゲルンを見下ろした。
**********
ザウディンダルは水平に構えていた剣をディストヴィエルドに弾き飛ばされ、そのまま片手で首を絞め上げられる。床から足が離れ、爪先が辛うじて着くかどうか? の高さまで。
「強さ……で敵わないの? それとも……顔で負けたってのが悔し……」
自分の首を締め上げている腕を両手で掴むが、びくともしない。
「口だけは達者な両性具有だな。イデールサウセラのようだ」
ディストヴィエルドが誰の名を言ったのか? 【この時】のザウディンダルには解らなかったのだが――
足をばたつかせているザウディンダルから少し離れたところで、ずっとザウディンダルに付き従っていたS−555改が、破壊された同機種たちの破片を吸収分解していた。
吸える大きさの破片を全て吸い終えたS−555改はザウディンダルの手から離れた皇帝の剣へと近付き、成分を確認し「吸い込んではいけない、届けなくてはいけない」物であると理解し、塵運搬用のトレイを取り出して剣を上手く乗せ、近くにいる生物を捜す。ザウディンダルは足が床についていないので生物に数えられず、それを締め上げているディストヴィエルドに近付こうとした時、
「その陰あたりのようだ」
登録のある声を傍受し、S−555改は向きを変えて持ち主のところへと急いだ。
**********
カルニスタミアが僭主の当主であるザベゲルンを倒し、
「ほお、我が一番手のようだな」
「シベルハム!」
アジェ伯爵 シベルハム=エルハム。彼がもっとも近いところに”突き刺さった”のは、出撃口が偶然近い場所を向いていただけのこと。
「これは好みだ」
深紅の波打つ髪の下から、ザベゲルンを見ると、腰の剣を抜き自分の腹を切り裂いた。
切り裂かれて落ちる内臓と、現れる「第二の胃袋」食わせろと唸り声を上げる、猛犬二頭の顔と前足が現れる。
「さあ、その柔肉食わせてもらおうか」
唸る犬たちと共に、彼を貪り始めた。その後、エヴェドリットが集まり、倒すための食事会が開かれた。
「それでエーダリロク」
「なんでしょう? 陛下」
「あのな。小型の艦内マップと人員が何処に居るかが解る機械持っておらぬか?」
「それは持っておりますが?」
「それを貸してくれぬか」
「なんでまた」
「それを持って、ロガとちょっと離れたところで待っておる。あの……あれが悪いとは言わんが、ロガには辛いかなと思って。その間、ロガと一緒に見ながら……」
”しどろもどろ”のシュスタークと、人間の物とは全く違う咀嚼音。
肉を引きちぎり骨を噛み砕き、内臓をつかみ出す。攻撃型生体兵器の機能停止にもっとも効果的だが、シュスタークがマントの内側にロガを包み込み、視界を遮っていた。
「ザセリアバが到着したか」
触手を食いちぎりながらビーレウストが見上げていると、ザセリアバは操縦席を開く。ドームと操縦席を接着させたまま、拳でその境を割り飛び降りてきた。
ドームに空いた穴からバラーザダル液も流れ込む。その液体で濡れた体のまま、ヘルメットを脱ぎ捨てて、
「タン残ってるだろうな! タン!」
豪奢な黄金の髪を振り乱し、大好物の名を上げた。
「もちろん、取り置いてますよ」
答えるシベルハムは胃袋が直接、ザベゲルンの肉を貪っている。
「はい、王どうぞ! お好きなタンですよ」
カルニスタミアが突き刺したロケットランチャーの砲身を引き抜くのは、エレスバリダ。
「タンですよ」
駆け出しその「残酷な月が笑うよう」とカルニスタミアが評した亀裂に噛みつき、舌を吸い出して噛み千切る。
「舌の量が多いな。これは楽しめる」
奴隷から皇帝の正妃になったロガに、これらの光景を直接見せるのは憚られた。
狂宴が絶頂になりつつある様を見て、エーダリロクはカレンティンシスと目で語り合い、頷いて、
「どうぞ。できればこの近くにいてくださいね」
ロガとシュスタークを別の区画に移動させることにした。
―― ラードルストルバイアがいれば大丈夫だろうしな
《ああ、ここで食われているのが最強らしいからな。あとはどんなのと遭遇しても、奴隷を護ることは可能だ》
エーダリロクとザロナティオンはシュスタークの内側に潜む男がいる限り安全だろうと判断して。
触手を千切って食べていたビーレウストは、シベルハムの脱ぎ捨てたマントを拾い上げて手渡した。
「陛下。部屋の扉にこいつを掛けて目印にしておいてください」
赤地に白の朝顔が一つのエヴェドリット王族のマント。
装着する物の頭の大きさと同じサイズの白い夕顔が一つだけ。夕顔の位置は、装着者の右肩胛骨下と決まっている。
裏地は黒で白の縁取りがあり、両端に装着者の爵位を表す紋章が描かれている。
受け取ったシュスタークは、シベルハムに手で軽く”借りて行くぞ”と挨拶し、シベルハムも笑顔で頷いた。胃袋は食べ続けたままであるが。
「ロガ、少し別のところで休もうか」
「はい」
「それと……ビーレウスト、耳を貸してくれ」
「幾らでも」
”なんだろう?”と思いながらビーレウストは黒髪をかきあげて、耳朶を露わにする。
「あのなビーレウスト。ロガと折り入って……あの聞かれたくないので、聞かないでくれるか?」
「……畏まりました。あなたの家臣として確約いたします」
ビーレウストはシュスタークの言葉を”別の意味”で解釈した。《ロガと逢瀬を楽しむので、聞かないでくれ》と解釈したのだ。
死に直面すると男女ともに”繁殖”を行おうとする本能が高まる。シュスタークも”それ”だろうと。もちろんシュスタークの意図は違うのだが。
そしてロガはシュスタークに手をひかれて半ドームの部屋から去った。
その後ろ姿を見送りながら、
「こういう時、抱きかかえて歩かないのが陛下らしいよな」
ビーレウストは溜息混じりに言いつつ、部屋から消えた二人の後ろ姿に目を細めた。
―― 后殿下としちゃあ、初めてはもうちょっと色気のある場所の方が良いかも知れねえが、この状況下だと生命力が上向いてるから子供出来やすいしなあ そんなことを考えながら、手に持っていた触手を再び口に入れて噛む。
ちなみに触手体は「通常の血液」を持たないため、ビーレウストも狂うことはない。
食べている姿は、明かに狂っているような状態だが、本人としては狂っていない状態だった。
そんな咀嚼音というより”人体破壊音”といった方が正しいような音の聞こえない部屋の扉にマントをかけて入ってすぐ、
「ロガ!」
シュスタークはロガを拝むようにして”しなくてはならない”ことを告げた。
「はい?」
「ちょっとだけ、一人で待っていてくれないか? ここら辺には敵もおらぬし、来たとしてもザロナティ……じゃなくて、エーダリロクが気付く筈だから。その、ちょっと、どうしても行かねばならぬところが」
シュスタークが向かおうとしているのは、
「何処ですか?」
「ザウディンダルを迎えにいくと言っておいてきたのだ。怪我もしておったので」
下半身に性的暴行で怪我を負っていたザウディンダル。
シュスタークはザウディンダルが既に治療を終えたことは知らない。
「ザウディンダルさん、どこにいるんですか?」
「待ってくれ」
エーダリロクから渡された小型機で《シュスタークの偽造コード》を捜す。艦内はまだ完全に機能が戻っていないが、
「えっと格納庫の傍だ」
皇帝のコードは復活していた。
カレンティンシスはこれを最初に復活させた。
カレンティンシスはザウディンダルが《シュスタークの偽造コード》を持っていることを知らず、自分の目の前にシュスタークがいるので”これを復活させ、僭主が騙されること”を考えてまず第一に復活させたのだ。
それと帝王のコードはリセットし、シュスタークとエーダリロクが使えるようになっている。
まずは偽装をおこない、そこからシステム全体を復活させようとしていたのだ。
ザウディンダルがシュスタークの偽装コードを持っていることなど、カレンティンシスが知るはずもない。
「格納庫って?」
「機動装甲の格納庫の……裏側だ。ロガ?」
ロガは治療用薬品の残量を確認して、シュスタークの手を引き、
「私がお守りしますから、一緒に行きましょう! ナイトオリバルド様」
”二人で”行く事を提案してきた。
《まあ、良いんじゃねえのか? さあ、とっとと行こうぜ》
「ではロガ、一緒に行こうか」
「はい。もちろん皆さんには秘密なんですね?」
「ああ。別にその……ちょっと怪我が怪我だったので……」
「私、誰にも言いませんから! 安心してください」
二人は歩き出し、ロガは画面を見ながら話しかける。
「ザウディンダルさんの傍にいる人って、誰かわかりますか?」
システムが完全回復していないので、画面には認識番号で表示されていた。シュスタークは自分の偽装コードは《マスク》がかかっていない状態でも解る。
「この番号は……エーダリロクだな。ちょっとしたエラーであろう」
自らが許可した「エーダリロクの偽装コード」も、マスクなしの直接番号と生体波形で見分けがつく。
ドーム状の部屋にエーダリロクが居ることを知っているシュスタークは「エラーであろう」と考えて。
幾つかのモノレールを乗り継ぎ、手を握りシュスタークとロガは下車した。
「あ、到着するみたいですね」
「おお、そうだな」
二人は目的地近くの停車所で降り立ってから、地図を見ながら近付いてゆく。
「これは誰ですか?」
皇帝の剣とエーダリロクの近くにある《生体コード》
「このコードは解らん。格納庫の中にいるようだが。格納庫も出入りは自由ではなから、エラーであろう」
「そうなんですか」
華々しく人々の目に触れることが《責務》であるシュスターク、その皇帝が決して歩く場所ではない格納庫裏に向かう通路。
剥き出しの骨組みと、
「うわあ、落ちたら大変そう」
底が見えないほどの吹き抜け。
「ロガ危ないから、こっちへ。手すりがあるとは言え、そこから落ちたら大変だ」
《人間だったら簡単に死ぬからな》
シュスタークは扉の開いたエレベーターに乗る。
「珍しいですね」
誰もが”古めかしい”と感じる、塗装剥げているエレベーター内を、ロガとシュスタークは興味深く見回した。
「ここで降りるぞ」
「はい」
二人は手を繋いでエレベーターを降り、画面を再度見る。
「その陰あたりのようだ」
目の前の吸い込まれそうな吹き抜けと、反対側のギャラリーの間にある通路。角度のついているその先を地図は示していた。
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