ALMOND GWALIOR −211
 奇襲をかけて兵士たちを逃がすことは成功したザウディンダルだが、コーリノアを倒すことができなかった。
 殿を務めて兵士たちを逃がすつもりだったのだが、相手が追ってこないことを訝しみ周囲を見た時、先が行き止まりであることに気付いたものの引き返して正面突破することは出来ないと判断して先に進み事態解決の為の策を練ることにした。
「行き止まりです」
 到着した先はダーク=ダーマに作られている海。
 皇帝のみが立ち入ることが出来る自然を再現した空間。
「いま開ける。待ってろ」
 ザウディンダルは彼らの間を抜けて、剣を腰から抜き扉を開き全員を中に入れてから鍵をかけ、まずは事情を聞いた。
「お前等、なにしてるんだよ!」
 ザウディンダルに助けられた兵士たちは、工兵が十名に衛生兵が五名。そして一般兵十名の合わせて二十五名。
「艦内環境を回復させるために、環境設備の点検整備をしておりました」
 二十五名中、唯一の一等兵がザウディンダルの問いに答える。
「……えっと、システムその物が乗っ取られているから無理だと思うぞ」
「全システムから分離させ、手動で動かすことも可能です」
「そうなのか?」
「はい。基本全て手動で動かすことが可能です」
 戦艦は暗黒時代以前にほぼ完成しており、現在でもほとんど変わらず、有人形態であろうが無人形態であろうがどちらにも対応できるようになっている。
 暗黒時代を経た今でこそ人口が足りなく、無人艦隊を組みS−555のような全自動機がメンテナンスを行うが、昔は人口が多く雇用のためにも有人艦隊編成が普通であり、艦のメンテナンスも全自動機はあったが、敢えてほとんどを人に割り当て仕事を与えていた。
 その技術は内戦中も途絶えることなく、こうして現在でも工兵たちに受け継がれている。
「だが逃げろ。退却じゃない逃げるんだ。これは命令だ」
 工兵たちの任務に対する忠実さは高く評価できるが、これほど気骨がある者達をこんな所で殺したくはないのも事実。
「畏まりました、レビュラ上級大将閣下。ですが我等、どのように脱出してよいか解りませぬ。ここは一般兵には開放されていない区画ですので、通路図も持っておりません」
「引き返せば解るな?」
「はい」
「近場には、さっき俺が撃った”あいつ”しか居なかったよな」
「はい」
「”あいつ”をどうにかして倒す。そしたら逃げてくれるな?」
「はい。そして協力いたします。なんでも命じて下さい」
 ザウディンダルは波音を聞きながら「海にどのように手を加えて兵器にするか?」を考える。ダーク=ダーマにあるこの海は皇帝の息抜きの場所ではあるが、決してそれだけではない。海は生命の全てを網羅し、破壊をもたらす。

**********


 タバイと別行動となり単身で移動しているビーレウストは、計画が上手く進んでいないことが分かる声を拾った。
―― 走れ! 走れぇ!
 ザウディンダルの叫び声。
「なんでザウディスがいるんだ?」
 計画通りであればザウディンダルはシュスタークとロガ、そしてラティランクレンラセオと共に別の艦に移動していることになっている。
「……まずいな」
 ザウディンダルが居るということはロガは脱出しておらず、特殊装備をしていない人間は簡単に死んでしまうほどの環境下に取り残されている可能性が高い。
 計画通りに進まないことはある程度覚悟はしているが、シュスタークとロガが脱出できていないとなると、計画は失敗していると言っても過言ではない。
「陛下と后殿下を探し……」
 二人を捜そうと歩き出したビーレウストの脳に《ベメテ》を通して直接指示が出た。この指示を出せるのはエーダリロクのみで、返事を受ける機能はないので指示を出すことしかできない。

『ビーレウスト。俺にそっくりなヤツがうろついてるから、殺しておいてくれ』
「了解した」

 ビーレウストは声に出して了承し、そのままシュスタークの私室へと向かった。ロガが艦内にいた場合は僭主たちが人質として誘拐するのは確実。その場合、誘拐するとなると近付くまでが厄介。
 エーダリロクの”俺にそっくりなヤツ”という言葉を聞いて、ロガを誘拐するのならばエーダリロクと瓜二つであれば適任だろうと判断を下してのこと。

**********


「ラティランクレンラセオ」
「カレンティンシス」
 ダーク=ダーマに到着したカレンティンシスは、港で身柄を確保警備されているラティランクレンラセオと向かいあった。
「アロドリアス」
「はい」
「行け」
 ラティランクレンラセオを見張らせていたアロドリアスを艦内に行かせ、プネモスを少しばかり離れたところに待機させて二人はしばし無言となる。
「……」
「……」
「儂はゆく。貴様はここでプネモスに保護されておるがいい」
 カレンティンシスはラティランクレンラセオに背を向けた。すると直ぐに肩から首へとラティランクレンラセオの手が伸びて首を抱きすくめるかのようにして、片腕で軽く絞める。
「何処へ行くつもりだ? カレンティンシス」
 耳元で囁くその声は、かつてカレンティンシスに”弟を責任もって預かるよ”と言った頃と同じ、優しげで安心を呼び起こすもの。
「貴様には関係のないことじゃ、ラティランクレンラセオ」
 ラティランクレンラセオはカレンティンシスの耳たぶを、色のない唇で触れながら、
「一人で行くのかい?」
 もう片方の腕で上半身を抱き締める。離れていたローグ公爵が近付こうとしたが、カレンティンシスが手の動きで制する。
「一人でゆく」
 シュスタークの咆吼が入れば僭主も護衛も無力となる。
 その時に味方を騙すために苦痛を感じている芝居をするくらいならば、人知れず進むとカレンティンシスは決めた。
 ラティランクレンラセオは目を細め、顔を近づけて頬を触れさせて、
「死んじゃうよ」
 触れている箇所全てから、他の言葉一つなく―― 死ぬよ、死ぬよ、死ぬよ、死ぬよ、死ぬよ ――と伝えてくる。
「死なぬわ」
 ”自ら死ぬ”ことを選べない両性具有の動きを止めようと、執拗に死を心で連呼し、それを触れながら伝えてくる。
「君は本当に強情だね」
―― 死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ
「死なぬと言っておるじゃろうが」
「一緒に行ってあげるから、僕を自由にしてよ」
―― 死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ
「しつこい」
 体を抱き締める腕に力が入り、首に回した腕にも力が入る。
 息苦しさを感じながら、カレンティンシスはラティランクレンラセオを拒否した。
―― 死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ


「本当に一人で行っちゃうのかい?」

死ぬよ。僕と一緒に行こうよ

「ああ、一人で行く」


 決別とは違う、だが道を違えた時、二人を引き裂くように港を黄金の光が貫いた。
「何事じゃ? 誰が……」
「……」
 ラティランクレンラセオはカレンティンシスを自由にして、弾道の出所を捜そうと、扉が開いたままになった状態の港を開口部から宇宙空間を眺める。
「ではな、ラティランクレンラセオ。プネモス、これを警備しておけ」
 カレンティンシスは武装のまま歩き、ローグ公爵とすれ違った。
「御意」
―― この扉を開けた先は一人じゃ ―― カレンティンシスが、死の恐怖を越えて最初の一歩を踏みだそうと、扉の前で躊躇っていると、また背後からラティランクレンラセオが声をかけてきた。
「カレンティンシス」
「煩い」

「私が皇帝となれば、お前はもっと自由になれるんだぞ。私が皇帝になったらお前の弟を王にする。お前の息子たちも私が殺してやるから、お前の弟は汚れない。そしてお前は死んだことになり、私と共にあればいい」

 カレンティンシスは振り返る。
 暗い深海にも似た開口部から望める星空を背に深海の王は立ち、救い主のように手を差し伸べている。表情はない、哀れみもなく、笑いもなく、だが美しい。
 その手を取れば”笑ってくれるだろうか”と思えば、取りたくもなる程切なげに。
 この男に何度も裏切られたカレンティンシスだが、それでもこの男の手をとれば楽になれることは知っている。
 だが所詮”楽になる”だけ。決して”幸せになれる”わけではない。カルニスタミアが王となることがカレンティンシスの幸せだが、弟が王になることだけが幸せなのではない。
 ラティランクレンラセオはそれを知っているから誘うが、ケシュマリスタ王の手によってテルロバールノル王となったカルニスタミアは《幸せ》ではないのだ。

 それはカレンティンシスの解放であって、カルニスタミアの幸せには繋がらない。兄は弟が幸せになることを願っている。

「断る。カルニスタミアは貴様なぞの力を借りずとも王となれる。誰が二度も同じ過ちを犯すものか」
 かつて”王”となるために、この男の助けを借りてほぼ全てを失ったカレンティンシスにとって、皇帝シュスタークは最後の砦だった。
「君は自分を殺すかもしれない男を助けに行くのかい?」

 カレンティンシスはラティランクレンラセオの問いに答えず、扉を開き歩き出した。

**********


 アロドリアスは道すがら一部隊と遭遇し、彼らを連れて皇帝の私室へと向かった。いまだシュスタークが見つかっていないので「もしかしたら」という思いと、なにか手掛かりがあればという考えで。
 皇帝の私室の前に到着し、内部と連絡を取るために通信機に自分の認証番号を入力すると、通路に面している壁一面が《透過》状態となり、中にいるミスカネイアが現れた。
「陛下は?」
「お答えできません」
 武装したミスカネイアとアロドリアスが壁越しに睨み合う。
 アロドリアスの腹の中は苛立たしさ三分の一だけで、あとはミスカネイアの答えを評価していた。聞かれてすぐに答えてしまう様では頼りない、ただの足手まといである。
「どうしたら答えるのじゃ?」
「近衛兵団団長閣下を連れて来て下されば」
「……」
 口を開こうとしたアロドリアスは向こう側からやってくる相手を見て、奥歯を強く噛んだ。

―― セゼナード公爵殿下か? それとも”スペーロ”か?

 やって来たのはアロドリアスたちが”スペーロ”と呼ぶディストヴィエルド。
「壁が透過状態になってるのか。おい、ロッティス。后殿下は? 居るなら俺が連れて脱出させるぜ」
 ”偽物がいる”と告げたいアロドリアスだが、相手が”ディストヴィエルド”であった場合、言いきる前に殺されてしまう。実力の差は先程の負傷ではっきりと分かっている。既に治った腕だが、痛みが走り警戒心が高まる。
「お断りします。セゼナード公爵殿下が連れて逃げるとは聞いておりません」
「お前が聞いてないだけだ。お前だって全部の計画を知っていると言い切れないだろ?」
 アロドリアスは「偽物だ」と感じたが、それを伝える術がない。アロドリアスは臆病ではなく、死ぬのも恐くはない。彼が口を出さないのは、瞬時に導き出したある仮定が原因。

―― 開けられないのだろう。本物の殿下であれば自分で開けて入る筈だ

 ”スペーロ”はミスカネイアに扉を開けさせようとしていることに気付いた。
 ザウディンダルがロガが持っていた旧型の辞書で私室の住環境システムを操作するように切り替えてしまったので、実際は本物のエーダリロクであっても、現在の私室扉を開くことは出来ないが、アロドリアスはそのことを知らない。
 だが、ミスカネイアはそのことを知っている。即ち「エーダリロクが開けられないことに気付き、自分に指示を出している」と解釈してしまうのだ。
 作戦の全てを知らない ―― それも確かである。
 だが彼女も何かに引っ掛かった。
 違和感。それも大きな物で、気付かない自分が腹立たしいほどのもの。
 早く違和感の原因に到達しなくては……そう考えていたミスカネイアは背後の物音に振り返る。
「ばう……ばう」
 ロガの数少ない身内とも言える老犬ボーデン。
「ボーデン卿……」
 老犬はよぼよぼと立ち上がり、斜めになりながらサイドボードへと近付く。ミスカネイアは急いで近寄り、ぶつからないようにとボーデンを抱き締める。
 そして違和感の原因に辿り着いた。
 通路にいる《エーダリロク》がボーデンについて何も言わないことを。
 ボーデンは犬だがロガの大切な飼い犬であるため、救出順位は非常に高い。彼女の夫であるタバイもはっきりと「一番は陛下、二番目は后殿下。三番目はボーデン卿だ。この順位は変わらないし徹底している」彼女に告げていた。
 彼女は再度通路にいる《エーダリロク》を見る。そして彼女ははっきりと理解した。そこにいる《エーダリロク》に《銀の狂気》がないことを。

**********


「セゼナード公爵殿下。ロッティス伯爵ミスカネイアです。お願い……」
 ミスカネイアはその光景に言葉を失い、危うく手から鞄を落としそうになった。自らの誇りである医療器具を落としそうになるほどに驚き、息を飲み、そして言葉を失った風景。
 透過された壁が映し出す宇宙と、ミスカネイアには何の為に使われるのか解らない青白い光。光の中心にあるのはキーサミーナ、銀狂の銃。
 普段は平行に設置されている皇帝の権威たる長大な白銃は今、天を向いていた。
 宇宙を撃つように垂直に立っている銃は、抱かれていた。持っているのではない、抱かれているのだ。
 青と白の服、そして白銀の髪。
 かつてこの銃を使い宇宙を再統一した帝王のように膝をつき、銃を垂直にして抱き締めている。
 右腕は銃身に添うように、左腕は銃把を包み込むように。
 目を閉じ、表情はなく、何もかもが静止しているかのようなその場。
 だがよく見ると、白い銃を抱き締めている白銀の男は、何かを呟いていた。音なく唇を動かし続ける。
 全く聞こえてこないのに、ミスカネイアは 《歌っている》 のだと確信した。”無言の歌” は終わり、口を閉じた男はゆっくりとミスカネイアの方を向き目を開く。
 男の瞳は夫の苦悩が秘められた昏い瞳よりも遙かに深く、ミスカネイアは自分の息が止まり、このまま止まり続けてしまうのではないかとまで思った。

「気付かなくて悪かったな」

 ミスカネイアは言葉につまりながらも、キャッセルを運んで欲しいと告げると、いつの間にかエーダリロクは何時ものエーダリロクになり、部屋から出て行った。

 もしもミスカネイアが ”戦争好き” であったなら、エーダリロクが銃から離れるときの腕の動かし方、立ち上がり方その全てが ”ザロナティオン” と寸分違わず同じであることが解ったであろう。

**********


 感覚で偽物だと知ったミスカネイアは、会話してはっきりと別人であることを証明したかった。誰に対してでもない、ただ自分に対して。
 ボーデンがミスカネイアの腕をすり抜けてまたサイドボードに近寄り、倒れるように体当たりをすると、乗せていた本が落ちた。

―― 息子と話が合うかな……と思って
―― 貴方らしいは
―― よかったらミスカネイアも読んでみたらどうだ?
―― イデスア殿下が書かれた戦争の理論と戦争……ですか?
―― これが何故か戦争に触れていないから、ミスカネイアが読んでも大丈夫だろう
―― 何に触れていらっしゃるのですか?
―― 刺繍の歴史だ

「殿下」
「なんだ」
「殿下であることを確認するために、一つ質問をさせていただきます」
「なんだ?」
「私の夫が皇君殿下からいただいた形見分けの品であるイデスア公爵殿下が書いた本のタイトルは?」


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