ALMOND GWALIOR −194
 バロシアンたちが搭乗している格納庫に無事に到着したランクレイマセルシュと、
「いやー済みません! まさか割れちゃうとは。本当に反省しているので許してください。でもお金は払いません☆」
 体に穴が空いている状態のハイネルズ。
「金は要らん」
「天変地異の前触れですか」
「今なら帝星に天変地異が起こっても構いはせん。陛下も私も帝星にはいないのだからな」
「うわー☆ひどーい」
 二人は格納庫の内部で、ランクレイマセルシュの移動艇の画面を通して周囲の状況を観ていた。
『そっちに割く人員がないから。ハイネルズ、怪我してるだろうけれどもロヴィニア王殿下をお守りして』
 そのような命令が下ったので、この場で二人きりになっていた。
 ”お守り”とは言うが、半分は”監視”の意味を含めている。
「そうですか。おや、エルティルザ。さすがに良い腕ですね……でもね」
 戦闘は機動性の低いエルティルザが、機動性の高いザセリアバに対して優位を保っている。
「腕だけでは勝てんな」
「そうなんですよね。異星人相手なら勝てますが、人間相手に勝つのは難しいです。キャッセル伯父様くらい実力があればまた別ですが」
「帝国最強騎士でもどうか解らんぞ。あいつらは”そのタイプ”の対処法を知っている。戦争は過去の積み重ねであり、知識であり財産だとぬけぬけという一族だ」
「まあ私も”ぬけぬけ”と言いますがね」
「そうか。まあいい、私を見張れ、守れ」
「そして、連絡を阻害します」
「好きにしろ」

**********


「一本!」
 機体の足二本を失ったザセリアバではあったが、悲観してはいないどころか、危機とも感じていない。
 エルティルザは両足の推進力を失い動きが鈍くなった機体の頭部に狙いを定め、

―― 朝日を観ることはできないのですねアルテイジア。ええ、指示通りカーテンを引いておきます。この子も寝ていることですし…… ――

 殺意を持って引き金を引いた。
 頭部を目がけて直進するエネルギー波。
「見事だな。乗っている我を射貫ける軌道で撃って来やがった」
 だがそれはザセリアバの機体に到達する前に別方向へと曲がり、僭主とロヴィニア艦隊の幾つかを破壊した。
「なに?」
 エルティルザは銃の不具合を急いで調べ、
「どういうこと?」
 バルミンセルフィドも他の要因がないかを捜すように指示を出す。その調査結果が出る前に原因が”現れた”
『ザセリアバ』
 帝星から現れた艦隊。
「ジュシス公爵殿下……」
 指揮艦はアシュレート。彼は帝星から少数の艦を率いてザセリアバの元へとやってきた。

「エルティルザ! 今のは磁界だよ。強力な磁界が用意されていたんだ」

**********


 地上の防衛管理室でこの状況を見ているメーバリベユ侯爵とエダ公爵は、用意の良さに溜息をついた。
「さすがジュシス公爵。僕はこういう奇策苦手だから、まったく想像できなかった」
 アシュレートは漂うだけになった防衛用の衛星を使い、強力な磁界を発生させたのだ。稼働している時にこのようなことを行うと衛星は壊れてしまうが、機能停止時はシステムが保護されるので発生させても機体が破壊されることはない。
 この機能そのものは、防衛用の衛星の機能が破壊されつくし、最終手段として備わっているもの。
「殿下が防衛の総指揮であることを失念しておりましたわ。仕掛けを多数用意していると考えるべきでした」
 アシュレートは最初から《ザセリアバが単体で攻め込んできたら》防衛用の衛星を機能停止にするつもりで、全ての衛星に細工をしていた。
 メーバリベユ侯爵に権限を譲渡する流れとなったが、彼女が「成績優秀だが基礎から一歩も出ることのない」生徒であったことを、学長であったアシュレートはよく知っている。最初の”機能停止”させなくてはならない場面で、メーバリベユ侯爵の優秀さから、必ず習った通りに動くと。
「ジュシス公爵は君の教師でもあるわけだしさ。さて、どうなること……あれ? 帝国宰相の機体」
「そろそろお目覚めになりそうですね」
「通信入れて声をかけなくていいのかい? 誰かからの呼びかけが最も効率的だって言うじゃない」
「目覚める前に周囲に気付かれては困ります。エダ公爵が優しく囁いたほうが起きるかもしれませんよ」
「嫌だよ。僕は男には甘くないよ。目覚める時は自ら目覚めるべきだ」
「それに関しては同意します」

**********


 アシュレートが援護に訪れることは、予定にはなかった。援護など彼らのなかには、ほとんど存在しないためだ。各々が全ての状況に対応できるように準備を整えておく。それが彼らであり、その援護に答えるのも実力。
『ザセリアバ』
「アシュレート」
『ハゼルを持って来た。操縦席は空、入り口は開いた状態。テオフィラをこのポイントに向けて発射し、お前は脱出しろ。お前が脱出したと同時にハゼルを投下する。入り口が閉じたと同時にバラーザダル液が大量に流れ込む』
「解った。三秒後には出る」
 ”ハゼル”はまだ帝国に登録されていない、エヴェドリット国内で作成されたザセリアバの機動装甲の一つ。
 それをアシュレートが自分の旗艦に隠し持っていた。
 ザセリアバは壊れたテオフィラを向かわせるポイントを入力すると同時に出入り口を開き飛び出す。そしてハゼルもアシュレートが説明した通りのタイミングで投下され、新しい機体の操縦席を背中で感じ、すぐに視界はバラーザダル液で満たされた。
『聞こえているか? ザセリアバ』
「ああ」
『この策は決定的な穴がある』
『なにが足りないんだ?』

『決定的な破壊力だ』

 アシュレートは策を立てたが、この作戦に決定的に足りない「破壊力」に気付き、作戦そのものを廃棄していた。―― 帝星周辺に固有の武力は持ち込めないからな……いまは ―― 以前ならばアシュレートの策は使えたのだが、現在は帝星周辺に武力を近づけることは禁止されている。
 だがその破壊力を行使できる機体が”ここ”に現れた。
「そうか。我のことはもう良い。お前は僭主艦隊を説得……できるか?」
『司令室に誰かが辿り着いたら説得させよう』
「お前が説得する気はないのか?」
『ないな。そろそろ磁界が切れる、あとは任せた』

 奴隷衛星を背負った形のエルティルザ。帝星を背負うザセリアバ。

 互いに銃口を向ける。

―― あんたさ、陛下の后殿下に対する愛情の深さに、ザセリアバが攻撃を躊躇うと思うか?
「撃たんのか、エルティルザアァァァ!」
《ディルレダバルト=セバインの末王が躊躇うはずなどなかろう》
 ザセリアバは引き金を引けと叫ぶ。
 エルティルザの銃はザセリアバに的中しても貫通して、帝星にまで届く威力。赤い機体の背後に見える雲の下を思いエルティルザは《また》躊躇う。
―― そうだよな。エヴェドリット王が躊躇うはずなんかねえよな
 その躊躇っているエルティルザの脇を光球がすり抜けて奴隷衛星に落ちた……かのように見えたのだが、光球は奴隷衛星の上空60kmの所で《なにか》に衝突し、水の波紋のような光が現れ障害に阻まれた。奴隷衛星よりも大きく広がった円の傘。
「なんだ?」
 ザセリアバは今まで意識していなかった、奴隷衛星の表面を探索させる。解析画面はいつもと変わらぬ《バリア》の文字。そして耐えられる威力など必要な数値を並べ伝える。
「この規模のバリアを稼働させるために必要な動力……不可能ではないか?」
 バリアの耐性能力と自らの武器の性能、基本的な機動装甲の動力と、使用している武器の威力から割り出した必要動力。エルティルザの機動装甲の動力を奴隷衛星から得ているとしたら?
「この規模のバリアは不可能だ!」
 だからザセリアバは動力となる奴隷衛星に向け銃を放った。
「どういう事だ? そもそも物理バリアは通信も……」
 最初からずっと聞こえているバルミンセルフィドの声が、バリアはないと思い込んでいたのだが。

**********


 持ち込まれたベッドは、バリア発生装置とそれを維持する外部動力を覆ったものである。キャッセルは部屋から出る前にスイッチを入れて、軽く空に手を上げてポーリンことタウトライバの元へ向かった。
 それを見送った皇帝とロガは家の中に入った。それを監視映像で見守っていたデウデシオンと、
「さて、これでロガの安全も確保できたというわけか。室内の映像を出せ、クリュセーク」
 弟の一人クリュセーク。
 命令どおり、内部映像を出そうとしたのだが、
「閣下!」
「どうした? クリュセーク!」
「映像が映りません!」
「何だと!」
 急いで彼は機器の故障を探る。操作卓を変えたり透過映像用の衛星を変えたりと必死に作業をするが、画面は真黒なまま。
 そうしているうちに、一人の男が部屋に入ってきた。
「帝国宰相。大分前に渡したバリア発生装置だが、ベータ版だったために透視映像不可になることが判明した。だから、こっちに……」
 同じ形のバリア発生装置を持って来たリスカートーフォン公爵。
「……ザセリアバ」

**********


「あれ……か。あの帝王め! 完成させていたのか! それも……うおぉぉぉ!」
 ザセリアバは叫びながら、銃を奴隷衛星目がけて乱射する。
 自らが乗っている”ハゼル”同様、帝国にはまだ申請していない種類であり、ザセリアバが依頼した物よりも遥かに大きく《依頼品ではないので報告する必要もない》
「なんでこんなに耐えられるんだ? おい。奴隷衛星にある動力だけじゃあ無理だろ!」


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