ALMOND GWALIOR −191
 ザセリアバが操縦席に戻るまで、一応移動艇のミサイルで威嚇するようにランクレイマセルシュが守る。
「リグレムス。僭主の残り艦隊と交戦しろ」
『畏まりました』
 自軍艦隊を盾にして、ランクレイマセルシュは戦況を背後から見守るという名目で危険区域から離れる。
「ザセリアバ」
「操縦席に戻ったか」
 音声が届いたので急いで画面を立ち上げると、
「戻った。お前の移動艇に仕掛けはない。じゃあな」
 ザセリアバは体の至る所に動かすためのケーブルと自身を繋ぐためのサークルを装着していた。
「ここら辺で見ている」
「それも良いだろう。さあ、皇王族はどれほど奴を弱らせた?」
 ザセリアバは真の目的の為に《降下》し始めた。
 帝星側に陣取り通信を妨害しているバロシアンたちの艦隊も驚いたが、止める術は彼らにはなかった。

「さあ、どうでる? 帝国宰相」

 ランクレイマセルシュは雲の中に消えてゆくザセリアバの赤い機体を見ながら、操縦席で指を組み画面を凝視する。
 司令室のメーバリベユ侯爵とエダ公爵も、その姿を確認した。
「如何なさいますか?」
 防空を全停止させている状態の帝星に悠々と降りてくる赤い機体。
「無視しなさい。帝星に備え付けられている程度の防衛機能では太刀打ちできません。無駄になるだけならまだしも、攻撃がこちらを向いたら取り返しがつきません」
 メーバリベユ侯爵は機動装甲には乗れないが、夫が開発している兵器の性能を軍人として良く理解している。あの兵器に対応できる固定式の防御機能はすでに存在しないことも。
「対防空切っておいて良かったね。あのエネルギー値だ、有無を言わせずに最大機能で撃ち出したことだろう。そして瞬時に破壊される」
「防衛用の衛星は大宮殿だけではありませんから、市街地にも大きな被害が出たことでしょう」
「まあ、あの王様はそういうこと考えない王だからね。通信兵、近衛兵に通達しろ。市民がリスカートーフォンの降下により混乱に陥る可能性あり。と」
 降りてくる機動装甲に打つ手を二人はもたない。市街地で空を見上げる人々と同じほどに無力。
 真紅の機体が帝星の空を、我が物顔で降りてくる。
 その様を画面で眺めながら、二人は進化の速度に異星人との戦いの苛烈さを肌で感じ取った。
「それにしても発達したもんだ。昔作業用ロボットで、陸上戦しかできなかったってのに。今や帝星に降り立つ」
 ”よちよち歩き”とは言わないが、暗黒時代の戦闘の補助として使われだした工業機体。
 決定的な戦力とはならず終いのまま終わる筈だった。それが暗黒時代を抜けきらぬ時期に異星人との遭遇により、百年足らずで帝国に存在する防衛システムの全てを凌駕する破壊力を持ち単身で帝星に降りてくる。
「兵器の転換期とでも言うのでしょうね」
 誰もがこうなることは解っていたが、異星人に勝つことを優先するという名目と、絶対に人には向かわないという勝手な《暗黙の了解》でここまできた。
 いまだ勝てない帝国は、この先も機動装甲の開発に力を入れるだろうことは誰もが用意に想像がつく。
「機動装甲を止めるのは機動装甲しかない。最早僕たちの手を離れた」
 人は愚かであり、また愚かではない。ただ見えぬ未来を手探りで生きてゆくために愚かを装うのだ。その回数があまりに多いことも否定はできない。それを愚かと断じられたら甘んじて受け入れるべきなのであろうが……。

**********


 帝国でもっとも危険な存在を表す色が青空から現れ人々がそれを見る。
 遠く離れ僅かな赤い点でしか確認できないのだが、その色だけで恐怖心を煽りたてる。
 子供が物珍しそうに指さそうとするが、大人が非礼だとそれを叩き、抱きかかえて家へと急ぐ。
 自宅に戻ったところでどうする事もできないのだが。
 それらの混乱を無視し、ザセリアバは銃口を下方むけて大宮殿の廃墟に照準を合わせる。
「さあ、どうでる? 帝国宰相」
 右側の口の端を釣り上げ、首をのけぞらせるようにして引き金を引くように《指示》を出す。ザセリアバの意志を受け取り機体と連動する銃が動く。

 銃口に光球が現れ

「撃て! ザセリアバ!」実弟は叫び、

 それが銃口から離れ落ち爆心が出現する。
 光球は広がり周囲を覆い、廃墟であった大宮殿の一部が消失した。
 揺れは続き人々が降りてきたのがリスカートーフォンだと理解して、恐怖に顔を引きつらせて秩序を失いかける。
 それらの秩序を回復しようと市街地で艦隊戦の流れ弾処理を行っていた近衛兵が動くが、恐怖に我を忘れ始めた人々には何を言っても聞いてはもらえない。
 いまだ広がる地上に現れた光のドームと、禍々しい雲。そして再度銃口が光を持ち、躊躇いなく地上に落とす。

 その混乱の解決策、現時点の帝国には「一つ」しかない。

**********


「食料は現地調達が”楽しみ”でな」
 開いた彼らの口。血濡れてはおらず、肉もこびり付いていないが、その口は如実に《食った》と物語る。
「……さすがリスカートーフォン。戦争狂人、殺戮人、食人愛……そして人殺し。素晴らしく人を愛する一族だね」
「かも知れぬな」
 もぬけの殻になれるほど真摯に生きてはいなかったターレセロハイの首を掴み、皇君が宮へと戻ろうとしたその時、大宮殿上空が閃光に包まれた。
「ザセリアバだね」
 皇君は降り立った機体に描かれている王の紋を見ながら、やれやれと肩を窄める。
「あれが現エヴェドリット王か」
「そうだよ」
 大宮殿に向けて銃を撃っていたザセリアバは、もっと地表に近付き大宮殿の儀式用に使われる拡声器に腕を乗せて、装置を同調させて同族に命じる。
「なにをしている貴様等。なぜ動きを止めている」
 リスカートーフォン霊廟の前にいる僭主たちが立ち止まっていることを責め立てる。
「貴様等は”なんだ”!」
 ザセリアバの声に、僭主たちが咆吼を挙げて応える。その獣じみてはいない、何者でもない。人を殺すことに飢えているものの叫び。―― これ程の殺人に対する渇望が存在するのだ ―― 皇君は己はおろか白骨の騎士までその骨を粟立たせるのではないかと思ったほどに。
 彼らは殺すためにその場から離れた。我先にと殺す相手を求めて。残ったのは三名、ジャスィドバニオンとケベトネイア。そして意識を回復したばかりのエンデゲルシェント。
「お前も行け、ジャスィドバニオン」
「では」
 ジャスィドバニオンも口を大きく開き走り出す。
「動けるかエンデゲルシェント」
「はい」
「折角の王の命令だ。殺しに行こうではないか、エンデゲルシェント」
「は……い」
「そんな表情をするな。お前の母親を殺した王のご命令だぞ、もっと良い表情をするがいいエンデゲルシェント」
 母親が死んだと知ったエンデゲルシェントの表情は「それは楽しそうだった」と皇君には見えた。
 事実彼は楽しかった。胸に引っ掛かっていた存在が殺されたのだ、喜ばずにはいられない。
「ではゆくぞ」
「はい!」
 彼らの独自の感性と理論と世界を見送り、皇君は”それ”を掴み皇君宮へ戻ろうとした、その進行方向に、空に登る薄い灰色の機動装甲の姿があった。

 大宮殿から撃って出ることのできる唯一の機動装甲。混乱を収束させることができる、帝星唯一の存在。

「きたな、ザセリアバ。そう来ると思っていたぞ」
 上空で僭主艦隊とザセリアバが接触した時点で、こうなることを予測していたデウデシオンは、彼の権力の象徴でもある己だけの機動装甲の格納庫で準備をしていた。
『きたな! デウデシオン!』
 大宮殿にザセリアバの叫び声。互いに剣を振り下ろし、最早《異星人相手では》使わぬ接近用の剣をクロスさせ上空登り重力圏から脱し明るき暗闇へと飛び出す。

「デウデシオン……君は味方は増えないと言うけれども、味方は君の知らないところで生まれるものだよ」
 皇君は”それ”を連れて歩きだした。
 もはや彼に出来ることはなにもない。


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