ALMOND GWALIOR −189
ザセリアバの到着が近付く中、
「金を集めろ!」
インヴァニエンスは金集めに奔走していた。ビュレイツ=ビュレイア王子系統僭主は金は持っている。資金がなければここまで艦隊を揃えることはできない。
インヴァニエンスは現当主ザベゲルンの叔母であり、
「ザベゲルンが敗北したのだ、負けたら資金は全て没収される」
ザベゲルンの敗北により資産を扱うのはおかしいことではないようにも見えるのだが、会計ではないので思う様に金が集まらないでいた。
僭主の資金の管理はジャスィドバニオン。いま帝星で入れ替わりを行っているハネストの元夫である。
彼は一族でその冷静さを買われて、会計を任されていた。
このジャスィドバニオン一派がインヴァニエンスの命令通りに動かず、簡単に金を融通させることができないでいた。
そもそもインヴァニエンスは僭主の中では《人気》がない。
圧倒的な強さのザベゲルンや、やや前者に劣るもののそれでも《圧倒》を冠してもよいヴィクトレイほど強くはなく、ケベトネイアやジャスィドバニオンほどの冷静さもない。
強いには強く、冷酷だが冷静さはない。
このインヴァニエンスを進んで王にしたいと思うものは、それほどいない。
副官のディーディスも好んでインヴァニエンスを王にしたいとは思わない。だが副官である以上、交渉はせねばと手を尽くしてジャスィドバニオンに連絡をつけた。
『……なるほど』
話を聞いたジャスィドバニオンはディーディスに全資産が開放できるように取り計らう。
《インヴァニエンスの性格では全額は投じられまい。だが全額投じなければ負けるだろう》
「ジャスィドバニオンが」
「はい」
インヴァニエンスは全資産を手に収めた瞬間、損得勘定が働いた。働いて当たり前のことだが、全額を振り込んで王位を獲ったとしても、手元に金は返ってこない。
現エヴェドリット王の資産は手に入るが、それがインヴァニエンスの手に入ることはない。何故ならば、僭主全体の資産を用いて自らの地位を買うのだ。王位に就いた代償として、全ての金を最低でも均等に配分する必要が生じる。
―― 金が惜しい ――
「さて、時間だ」
ランクレイマセルシュはそう言い立ち上がり、自らの移動艇が停泊している港へと向かった。
**********
ディーディスから連絡を受け取り《インヴァニエンスを王にしないために》資産を全額自由にしたジャスィドバニオンは、まだ意識が戻らないエンデゲルシェントを肩に担ぎ、霊廟を飛び出してゆく、背に剣を生やしたクローンとそれを追う情報にある二人を黙って見ていた。
「……奇妙な生き物だ」
手元の情報にはない《クローン》
誰がなんの目的で《クローン》を稼働させたのか?
「普通に考えれば、帝国宰相だが。目的が……簒奪でもするつもりならば。だが……」
考えても解らないなと完全に遠ざかった三人を見て、
「ケベトネイア殿。此方へどうぞ、安全は確保しました」
ケベトネイアたちに通信を入れた。
僭主たちの通信は大宮殿にあるものではなく、帝国騎士統括本部にあるものを流用している。
この襲撃のためにディストヴィエルドは「エーダリロク」と名乗り、施設に頻繁に出入りしていた。篭もって自分の研究をすることが多く、隙をついて帝星から頻繁に遊びに出ていたので、鉢合わせすることは全く無かった。
それとディストヴィエルドが通っても《普通》の範囲で留まることができるくらいに、エーダリロクは足を運んでいなかったこともある。
連絡を受け取ったケベトネイアは、
「皇君に連絡を入れろ。霊廟で会おうとな」
古来より霊廟と脱出経路は繋がっていることが多い。この膨大に張り巡らされた帝星地下迷宮は、古来よりのそれ”も”継承していた。
ケベトネイアたちは地下迷宮を進み、リスカートーフォン霊廟を目指す。
「ケベトネイアさま」
「なんだ? イグゼルメンディド」
「先日の塔の中にいた女ですが、確かに女ですが……確実に両性具有の”女”を持っていました」
「両性具有の女……な」
両性具有の女とは《女性型両性具有》の元となる永久の瞳を指す。
「まだ情報は足りぬが、それが足がかりになりそうだ」
地下迷宮と両性具有を良く知るケベトネイアは、徐々にその形が見えてきた。
日ではなく闇の下、合流を果たし、
「時間がかかったな、ジャスィドバニオン」
「現王の実弟と、戦争狂人。そしてオリバルセバドらしき人物。現皇帝かも知れませんが、それが戦闘を繰り広げておりました。楽しみを邪魔してはいけないと思いましてな。ここにはまだ、色々な物が残っているようです」
皇君が到着するのを待った。
「やあ、お待たせしたかな」
連絡を受けた皇君は、宮では普通の姿、途中で白骨の騎士を用意し、核も浮かせてやってきた。明るさの元でも目立つ地球に似た核の輝きは、闇ではより一層鮮やかであった。
「いいや。此方こそ待たせたであろう。ジャスィドバニオン、ターレセロハイの意識を回復させろ」
「畏まりました」
皇君とケベトネイアは集団より少し離れた位置に立ち、互いの腹を探り合った。
「塔にとんでもない化け物を飼っているようだな、皇君」
ケベトネイアは”あれは何だ”と尋ねると、
「いやいや、飼ってなどいないよ。飼われているのは我輩たちだよ」
完全なる答えが返ってくる。
**********
―― 塔の中にいるのは、十回以上は出産した女です!
―― 確実に両性具有の”女”を持っていました
「歴代陛下が命じなかったんだろうな」
巴旦杏の塔再建の費用がなければ、王家から回収しても良かった。
塔の再建に関しては ”存在しない塔を製造” するのだから ”闇の資金” であり、返金する必要は無く、どの王家であろうとも、たとえロヴィニア王家であろうとも返金を求めることはない。
「それが不思議でたまらねえんだ。そして命じたのは、悪名高く性欲に沈んだ皇帝ディブレシアだ。再建後のベルレーヒドリク朝をまともに支配していた皇帝は、誰も触れてねえよな」
―― 過去に文句を言っても仕方ないが、もう少し誤魔化せるような 《皇帝》 で会って欲しかったものだ ――
「女だな」
「何がだ? エーダリロク」
「ディブレシアは帝国再建後、ベルレーヒドリク朝初の女性皇帝だ」
―― 円錐から円柱に
―― オリバルセバドらしき人物。現皇帝かも知れませんが
**********
「成る程。それは失礼したな……皇君、お前は巴旦杏の塔が円柱で再建された理由を知っているか?」
「いいや知らないね」
「あの塔が再建されたのは、三十年ほど前であったな?」
「そうだね」
「あの塔の再建を命じたのは”飼い主”か?」
「前皇帝陛下だよ」
「どうして”飼い主”が塔の再建を命じることができたか、解るか?」
「?」
「両性具有を隔離する秘密、教えてやろうか」
―― 我輩はまだ知りたいことがある。身の程知らずだとしても。愚かだからこそ ――
「目を覚ましました」
ジャスィドバニオンの手により目を覚ました顔色の悪いターレセロハイは、皇君を見てますます顔色を失った。皇君の《異形化》した姿に恐れをなしたのだ。
そんなターレセロハイを無視し、
「お前と我が入れ替わるのだ。我はこれから貴様として生きる」
ケベトネイアが告げる。
「容姿が、容姿が全く違うだろう!」
入れ替わりの意味はすぐに理解できるくらいには脳が働いているターレセロハイは、青みがかった白銀のストレートの髪と、やや女性的な顔立ちの自分とケベトネイアは”何事もなかったかのように”入れ替わるのは無理だと叫び助けを求める。
「その程度、問題ではなかろう」
「全ては帝国宰相が決めたことだよ」
皇君が告げ、
「ジルオーヌの死で相殺されたはずだ! ジルオーヌの死を追求しなかったことで、痛み分けだろう!」
ターレセロハイの意見に白骨の騎士たちは、歯を打ち鳴らし嘲笑う。表情なく声も無いのに、誰もがその嘲笑を聞いた。
ターレセロハイ自身も。
「それは君の考えだよ、ターレセロハイ」
「なっ!」
「彼らはジルオーヌの事件を追及されても困りはしなかったのだよ」
白骨の騎士たちの嘲笑は大きくなり、
「……」
皇君はその喧しさを背負ったまま、目を細めてターレセロハイに顔を近づける。
「君の頭の中身は、いまだにキャッセルに奉仕させている頃で止まっているのかな? もうジルオーヌが殺された頃には、君と帝国宰相の権力の差は歴然だっただろう。追求したら君が殺されるところだったんだよ」
「……」
「君も気付いていたんじゃないか? だから相殺ではなく、なかったことにして生き延びた。違うのかね?」
「だ、だが! ジルオーヌの件はもういい! だが、私が私の罪状は、これほど重くはないはずだ! 性的略取だとしても、もう時効だ!」
「そうだね。ジルオーヌが殺された頃は、まだ時効じゃなかったから、騒げなかったんだよね」
「……」
「悪いとか悪くないとかじゃなくて、君に対して憎悪を抱いているだけなんだよ」
「は?」
「我輩も上手くは説明できないが、君が時効云々騒ぐのと同じように、彼らにとっては時効などどうでもいいのだよ。最早キャッセルがどう思ったかなど関係はないということだよ。キャッセルを愛する兄弟たちの気が済まないということ。代価として食料を恵んでやったとか、そういうことは関係ないということ」
「……」
そこには冷静な判断も理知的な答えもない。あるのは感情だけ。それも恐ろしい程に幼く、排他的で残酷なもの。
デウデシオンたちは正に権力を持った残酷な子供たちに《成長してしまった》のだ。残酷な子供に育った彼らの時間を治すには、彼らの時間を止めてしまったターレセロハイとそれに連なるものを排除するしかない。その治療方法はやはり《残酷な子供》のそれで間違っているのだが、成長を止められてしまった彼らが”そうだ”と口を揃えて叫ぶ。
「我輩にとっては、君とそれを取り巻く一族が変わったところでどうでもいい。あれだね、権力者には逆らえないし逆らいたくない。なにより”逆らわなくていい”」
「……」
「我輩は権力者にはなりたくはない。権力者に使われ、切り捨てられない程度がいい。君は切り捨てられるだけ。解ったかね?」
力が抜けて全身が弛緩したターレセロハイに、
「お前はアシュ=アリラシュ・エヴェドリットになれなかっただけのことだ。だからリスカートーフォン皇王族を辞めてもらう」
汚辱に満ちた名を受けるケベトネイアは胸を張る。
「二代皇帝を強姦し、三代皇帝を殺害しても王の座に君臨した男の子孫を名乗るには相応しくないな」
ジャスィドバニオンの言葉に、襲撃部隊の者たちが頷く。
「……」
エヴェドリットは人を殺す。だがそれは納得させるだけの実力があることが前提。その実力は王家や血に寄るものではなく、己の自身にあるべき物。
ターレセロハイにはそれがなかった。
そして新たなターレセロハイは、それを持っている。皇君は二人の目の前で生体データを書き換えて殆どの物を失った”それ”に声をかける。
「君は、生き方を間違ったのかもね」
「殺すのか?」
「さあ? ”これ”の処遇は我輩には関係のないことだよ。”これ”を引き渡すだけのこと」
「誰に?」
だが”それ”は全てを失っていない。”それ”が失っていない物、それは憎悪。地位や財産、名に存在を失おうとも”それ”に対する憎悪は失われない。
”それ”は命が費えるまで、憎悪と共に苦しみ生き続ける。
「タバイ=タバシュ、近衛兵団団長だ。彼が帰ってくるまで”これ”の身柄は我輩が預かる。ところで君たち、入れ替わり書き換えに持参した死体はどのように処理したかのかね? 焼却処分場が空いているから……」
”それ”以外の者たちは、取り込まれていた。
「食料は現地調達が”楽しみ”でな」
開いた彼らの口。血濡れてはおらず、肉もこびり付いていないが、その口は如実に《食った》と物語る。
「……さすがリスカートーフォン。戦争狂人、殺戮人、食人愛……そして人殺し。素晴らしく人を愛する一族だね」
「かも知れぬな」
もぬけの殻になれるほど真摯に生きてはいなかったターレセロハイの首を掴み、皇君が宮へと戻ろうとしたその時、大宮殿上空が閃光に包まれた。
Copyright © Teduka Romeo. All rights reserved.