ALMOND GWALIOR −185
「ナドリウセイス公爵閣下! メーバリベユ侯爵閣下より」
クリュセークはナサニエルパウダから連絡を受け取り、
「手動通信の用意だ」
無人システムの一時停止に備えた。
**********
「全攻撃衛星を自在に操れるのか!」
僭主たちは衛星からの攻撃をかわし、ディブレシアはその有様を見て楽しんでいた。
だがクロノイアルからの信号が遮断されると同時に、エーダリロクの仕込んでおいたプログラムが作動し、攻撃衛星が一斉に攻撃を辞めた。
何事かとディブレシアは自らに繋いだケーブルに意識を集中させ、
「防衛管理はあの小娘か……ふむ」
管理室の様子をある程度”観て”大まかに理解した。
―― 大神殿内の時計のどれか一つでも動けば、再起動するか……なるほど……
「撤退しろ」
時間を動かして再起動させようと思えば《ライフラ》を使うしかない。その時【神殿】とのリンク機能では《ライフラ》に劣るディブレシアは出し抜かれる可能性がある。
エーダリロクが感じたとおり、ディブレシアは《ライフラ》を稼働はさせなかった。だが、
「誰が貴様を使うか《ライフラ》貴様に依頼などせぬは……その駒で遊ぶか」
エーダリロクが予想していなかった”駒”がそこにあった。
塔の防御機能は稼働しており、バリアを張りながら退避する僭主たち。そのバリアを張っているエンデゲルシェントに”目をつけた”
「若造。肉の苦痛に喘ぎ、余に従え!」
ディブレシアの黄金の瞳が輝き、エンデゲルシェントを貫く。瞳から侵入した暗示は、脳の全てを活発に活動させ、いままで感じたことのない苦痛と、数々の性を注ぎ込む。
「う、あああ……ああああ!」
エンデゲルシェントはバリアを霧散させて、頭を抱えて座り込む。
異常な性欲が頭を支配し ―― これから逃れたければ、さあ従え ―― 頭に地図を描かせ、防衛システムを管理している部屋へと向かえと、嬌声には聞こえぬ喘ぎと共に指示を出す。
「あれか!」
塔の中に人がいると聞いていた「暗示」に対応できる男が、重ねられる暗示を遮断し、防御の鋭い風からエンデゲルシェントを救い出し安全な区域まで走る。
……予定であったが、途中でエンデゲルシェントは苦痛に耐えかねて、男の手を弾き目的地へと走り出した。
「ジャスィドバニオン、追え」
腕を弾かれた男・ジャスィドバニオンはケベトネイアの命令に従う。
「はい」
「追いつき確保したら、そのままリスカートーフォン霊廟へと向かえ、そこで合流する。お前は地下迷宮には近付くな」
「……解りました。それでは”元”義理父上殿、霊廟にて会いましょう」
ジャスィドバニオンは奇声を上げながら走り続けるエンデゲルシェントを追った。
「何故ですか? ケベトネイアさま」
近くの地下迷宮に入り、合流ポイントへと進む途中イグゼルメンディドは先程の命令の真意を尋ねた。
作戦内の諸処の対応にはなかったことなので、変更があるのならば知らなくてはならないと考えてのこと。
「ハセティリアンが殺そうとしていたからだ。殺すだけの仕掛けを地下迷宮に用意しているようだ。ジャスィドバニオンを殺そうとしている仕掛けだ。お前たちなど一溜まりもない」
だがそれは作戦ではなかった。
「なぜ……」
ケベトネイアの言葉に従ったジャスィドバニオンも、なんとなしに気付いてはいた。
「嫉妬かもしれぬが……。我が娘がそこまで愛されるとは、少々信じがたいのだがな。ハセティリアンが狂人である、なしに関わらず」
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ジャスィドバニオン=シィドラオン。
青みがかったストレートの黒髪と、右は黒、左は赤の瞳を持ち、肌はやや薄めの褐色で、身長は”妻であった”ハネストよりも低いが、体の造りそのものは大柄で、さほど身長差が感じられない。
強さはもちろんだが、特異な能力として暗示にかからないだけではなく、暗示を妨害したり、解くことが出来る能力を持つ。
「お前が幸せそうでなによりだ、ハネスト」
二人は同い年で、ビュレイツ=ビュレイア王子系統僭主内での決まりで、二十歳の時に結婚した。彼らは概ね二十歳で結婚することになっている。
ジャスィドバニオンはハネストと結婚し《繁殖》することに喜びはなかったが、同時に抵抗もなかった。二人の間に子供はなかった。結婚した翌年、ハネストは皇帝暗殺へと向かい、その後行方不明。
ジャスィドバニオンは満足するまで戦い死んだに違いない妻に花を手向けて再婚した。
ハネストが新しい人生を歩んでいたことに、ジャスィドバニオンは嫉妬もなにもないが、
「面倒な男と結婚したな。あれほど……」
―― あれほどまでに感情が複雑な男とは。面倒ではないか?
そう思いはした。
戦うことに全てを掛け、それ以外のことをほぼ排除した女が選んだにしては、あまりにも幼稚だと。思うと同時に一族には存在しない男を選んだあたりに、ハネストの変化を感じ、再会できたら楽しめるだろうと考えながら、エンデゲルシェントが破壊しながら進んだ道をひた走る。
**********
「さてと、時計が止まったね……」
エダ公爵は十二分経過し、一秒たりとも遅れることなく止まった時計を確認して、銃を握る手に力を込めてより一層速度を上げて走り続ける。
作戦その物は簡単で、通路も近衛兵としては慣れたもの。
違うのは帝星が僭主に襲撃され、迎撃するはずの者たちが、僭主と手を組んで”好き放題”しているということ。
デウデシオンたちにしてみれば好き放題ではないのだが、部外者のエダ公爵からすると”好き放題”としか表現できない。
「まあ、僕も好き勝手に簒奪を勧めたけどね」
独り言を言い声を響かせて、周囲の音で異変を探りながら進む。その途中 ――あれ? ここら辺に一体設置したはずだけど ―― 生物に反響して返ってくる音がしないことに気付き、確認のためにそちらへと進む。
「ここは通過したのか」
用意しておいた”皇王族”は原型がないほどに撃たれて粉々になり、その周囲は壁が抉れるだけではなく、天井まで破壊され日差しが降り注ぐ。
「いい天気だね。簒奪には持ってこいだよ」
ここを通れば予定している時間よりも短縮できるが、その先に皇王族を殺害した存在が息を潜めている可能性もあれば、
「バーローズ公爵! いるかい」
敵よりも厄介な味方が狂いつつ天井から狙い撃ってくるかもしれない。
「……やっぱり、ここは遠回りだよね」
そう思い天井から空を眺めると《存在するはず》の防衛用衛星が一つも目に写らず―― 壊しちゃったのかな ―― と、出て来る時に掛けられた言葉を思い出しエダ公爵は自分で立てた計画通りの道を進み、クロノイアルの元へと急いだ。
装飾華美な大宮殿の廊下を抜け、器機が設置されていると解る余分なものをそぎ落とした無機質な通路へと出る。
この通路にでれば、後は一本道。
対僭主用銃を予備ホルスターに挿し、”人間”を排除する通路の上下両サイドを結ぶ交錯するレーザーの仕掛けを腕を切り、足を切りながら進む。
細かいレーザー線は人造人間ならば見えて、ある程度なら”かわせる”ように見える。だが、
「ここは右腕か」
無傷では決して進めない。エダ公爵はまずは右腕の肘下五pをレーザーで切り落とされるように進み、落ちた腕を蹴り上げて左手で掴み傷口にあてて、次は左足脹ら脛中程を切らせて、沈み込む体で切られた足を拾いまた傷口同士を合わせ、続くレーザー線に左の二の腕の真ん中を切らせて”くっついた”右手で左手首を掴み傷口に押しつける。
これらを繰り返し、エダ公爵はクロノイアルの入り口に辿り着いた。
暗証番号とエーダリロクが寄越したカードを差し込み扉を開く。
「僭主も時計なんて気にしないよね」
巨大な時間計測機に対僭主用の銃を撃ち込む。
銀色の巨大な歯車が外れ、周囲の壁にめり込む、その歯車の上に立ち、
「もうちょっと破壊していこうかな」
重要そうに見える部品と、無くても良さそうな部品、そして小さめな部品の三つを完全破壊した。
エダ公爵はこの器機の何処が重要で、なにが代用で済むかは解らない。
だから見た目に派手に、そしてもしかしたら重要かも知れない場所に、最後に見過ごしそうな箇所を破壊した。
破壊した破片がぶつかり、出入り口がねじ曲がった部屋から体を捩らせ通路に出て、防衛管理室へと来た道を再び戻っていった。
戻る途中の道に変化は何一つなく、衛星からの攻撃音もなくなり、静まり返っている大宮殿をエダ公爵は急ぎ戻った。
「……ん?」
突然届いた叫び声に、エダ公爵は対僭主用銃を握り足を止めて、静かに近寄った。
管理室近辺から異様な音が響いている。
―― なんだ?
防衛上、角などが傍にないので隠れることはできず、まっすぐにそれを見ることになる。そこにいたのは、 叫び声を上げているケシュマリスタ容姿のエンデゲルシェントと、顔で区別するなら、
「ベロフォッツ似だな。どう考えても同族だよね」
無言で殴りかかる五代皇帝ベロフォッツによく似たジャスィドバニオン。
エンデゲルシェントは男か女か容姿からは判断しがたいが、ベロフォッツ似の人物はジャスィドバニオンは男と簡単に判断できる。
―― 間違ったとしてもあの容姿では気にしないだろう ―― とエダ公爵が思う程。
エダ公爵は内紛か、それとも「ただ気が狂った」だけなのか? エヴェドリットの特質を考えながら銃口を向けた。
「今のところ危害は加えん。貴様が撃ってきたら話は別だが」
エンデゲルシェントの顔を床に押しつけながら暗示を解いているジャスィドバニオンが、大きく通る声で”邪魔をするな”と突き放す。
エダ公爵は周囲を見て、管理室警備の兵士が負傷はしているが、死亡していないことを確認して銃を構えたまま話しかける。
「危害を加えるつもりながないなら、早く何処かへ行ってくれよ」
「そうだな。どちらへ向かえば人がいない?」
立ち上がろうとしていたエンデゲルシェントの腹を蹴り上げ、動きを止めて肩に担ぐ。
「廃墟ならあっち。はやくあっち行けよ」
「そうか。ではな、エダ公爵バーハリウリリステン・モディレッシェル・サンファオンディラード」
「……僕は君の名前は聞かないよ」
去ってゆく二名に銃口を向けたまま、
「負傷者回収、手当。陣形変更」
指示を出し、姿が完全に見えなくなったところで、管理室へと戻り、任務の完了を口頭で伝えた。
壊れたことは伝えなくても解るのだが、
「お疲れさまでした」
「本当に疲れた。とくに入り口前に来た二人。あれ、君の知り合い?」
「いいえ。後で知り合いになるかもしれませんけれども」
「知り合いになるならいいか」
「どうしてですの?」
「あの二人だったら管理室陥落してたよ。正直あの二人と戦いたくなんてないね。ま、あの二人も戦いたくなどないだろうね。僕なんかじゃあ、面白くないだろうさ」
《陛下率いる帝国軍が僭主を退けたそうです!》
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