ALMOND GWALIOR −183
「仕方ない、場所を移動するか」
 皇君は神殿前庭入り口で、死体の山を築きあげ、一息ついてから移動を開始した。
 神殿の近くならば安全だろうと皇王族が大挙して訪れ、入り口が開いているのを見て、我先にと中へと入ろうとしたので、警備担当の皇君は彼らを排除したのだ。
「君たちの身分では、ここに近付くことだって許されまい」
 流れることなく固まった血に沈む冷たくなりつつある肉を踏みつけ骨を砕きながらその中に立ち、端末を開き”僭主”たちに、場所の移動を通達する。
『どこに』
 連絡を受け取ったケベトネイアの表情は、最初に皇君と出会ったときよりも、随分と若返っていた。
「君たちの好きな場所にしたまえ」
 実際に若返っているのではなく、戦いで高揚し表情が若き日のそれとなっているのだ。重厚さはあれど若者特有の”何者も恐れない”性質が呼び起こされ、それと相俟って若々しいと画面越しでも感じさせる。
『では、ターレセロハイが逃げ込んだらしいリスカートーフォン皇王族霊廟の前で』
「そこはちょっと嫌だなあ」
『そうか』
「中に人がいたら、それを殺してくれたら行くよ。ケベトネイア」
『中に人?』
「うん、そう。中にね”超能力無効化体質”の者が、一人監禁されているのだよ。だからそこに近付いたら、我輩は君たちになんの抵抗もすることができないまま殺されてしまうのだ」
 血と骨と肉に足首まで埋まりながら、皇君は”殺すつもりだろ”と尋ねる。
『抵抗できない……な。部分異形限定異形・脊柱骨尾変異体は超能力を必要としないはずだが』
 部分異形限定異形・脊柱骨尾変異体。それは白骨の尾の正式名称。
「ははは、正式名称で攻め込まれると、ちょっと困るね」
『なぜその体質の者が監禁されている?』
「ちょっと解らないよ。全ての作戦を我輩は知らない。知らなくても良い事実かも知れないしね。深追いは禁物だ」
 知りたいという欲求から、ケシュマリスタの王城で《異形》として監禁され人生を終えることを拒み、多くの者を巻き込みそして自らの欲求を肥大化させてここまで来てしまった皇君は、己の行動を振り返り ―― でも満足だ ―― と表情にして返事をする。
『了解した。霊廟内で生きている者を殺害し、ターレセロハイを捕獲したら再度連絡する』
「解った。君を信じて待つとしよう、ケベトネイア」
『それでは』
 通信を切り、足首のあたりを多う血肉の鬱陶しさに眉をしかめて、
「なんで僭主を信用して……ま、信用してるか」
 ケベトネイアの口元と声を思い出して、あっさりと彼を信用した自分は一体何を考えているのだろうと悩む。
「……ああ、これがロヴィニア的な考え方か。ふむ、悪くはないね」
 ケベトネイアを信用したのは、ケベトネイアが利害が一致している間は裏切らないという確証があってのこと。その確証がどこから生まれたのか? 皇君も解らないが、この基準が世界に存在することを教えてくれたのは、ロヴィニア王子のデキアクローテムス。
 ターレセロハイを手に入れ、情報を書き換えるまでは彼らは自分を襲わないということ。その後がどうなるのかは……皇君にははっきりとは解らなかった。
「ヴェクターナ大公殿下」
 呼び出されるまでどうしようか? と、殺し血にまみれた肉たちを見下ろしていると、
「おやおやアウロハニア。元気そうでなによりだ」
 近衛兵の副団長で、この作戦の実働部隊の総指揮を執っているバイスレムハイブ公爵が近付いてきた。
「大公殿下もご無事でなによりです。お二人に聞いても行方が解らないと言われたので」
 バイスレムハイブ公爵が言う”お二人”はセボリーロストとデキアクローテムス。
「それは心配をかけたねえ。我輩は我輩の仕事として神殿警備についていたのだよ」
 作戦の九割近くを知っているバイスレムハイブ公爵は”ここ”を開く必要があったことを知っている。それが兄であり上司でもあるイグラスト公爵タバイの掛けであったことも。
 デウデシオンが裏切るのではないか? 簒奪するのではないかと思いながら前線に出向いたタバイ。
 バイスレムハイブ公爵はもしもデウデシオンが裏切ったら、タバイに付くことを決めていた。
 もちろん悩んだ結果であり、誰にも解って欲しいとは思っていない。
 兄弟たちと話合って付くのを決めることはできなかった。他の兄弟がデウデシオンにつくのならそれは仕方のないことだと。バイスレムハイブ公爵がデウデシオンの反逆に従わないのは恩があるからだ。
 恩義の感じ方はそれぞれだ。
 恩義があるから《従う》者もいれば、あるからこそ《従わず》に止めようとする者もいる。
「そろそろ前庭入り口を閉じても良いのでは?」
 それは正しさではなく生き方。それだけだとバイスレムハイブ公爵は思っている。兄弟なのだから生き方が違うのは当然のこと。
 自分たちは肩を寄せ合い生きてきたが、今は個人個人ある程度の権力を持った。だからこそ、自らの判断のみで進みたいと考えた。
 もちろんデウデシオンが簒奪しなければ良い。それが最良だが、最早それは祈るしかなかった。今までの自分たちの存在が少しでも引き留めの役に立てばと願いながら。
「そうだね、ここにはもう誰もいないしね。閉じて別の場所に移動するよ。余裕があったら、ここらも巡回してくれたまえ」
「はい。まあこれだけの死体が散らばっていれば、臆するでしょうが」
「そうだと良いし、この先に進んだとしてもどうにもならないけれどね……ではね、アウロハニア」
「はい。ヴェクターナ大公殿下も」
「我輩のことは心配せずとも大丈夫だよ。二人に顔を見せるために、一度戻るとしよう。ではね」
 白骨の騎士を背負い、地球によく似た核と共に皇君はバイスレムハイブ公爵に手を振って一度帰宅した。

**********


「関係はしていないようですね、ケベトネイア殿」
「そのようだな」
 皇君に”リスカートーフォン霊廟にターレセロハイがいる”と言ったケベトネイアは”それ”を生け捕りが得意な部下に任せて、別の場所へと向かっていた。
「だが本当に知らないのでしょうか」
「知らぬだろうし、あれを使おうという気はないようだ」
 ケベトネイアたちは、大宮殿内の各所に隠されるように配置されている、手足の自由を奪われた《超能力無効化》能力を持つ者たちに”なにかある”と感じ、調査しながら進んでいた。
 彼ら襲撃部隊は強さはもちろんのこと、全員が超能力を持っていた。その為、配置されている《無効化》に気付くのも早かった。
「皇君はあの能力で我々を威嚇しているのだから、配置するはずはなく、配置しているとしたら場所を知っているだろうが……だが霊廟にいるのは知っていたか。解らん男だ、皇君」

「司令。ターレセロハイを捕まえたとのこと」

 ケベトネイアがエンデゲルシェントと話していると、ターレセロハイ捕獲の知らせが入った。
「ではそのまま、霊廟を離れろ。ターレセロハイは薬で眠らせてから、お前たちは一度地下迷宮に戻り体を休めろ。我々も確認後、そちらへ向かう」
「ヴェクターナに連絡しますか?」
「まだだ。体調を万全にしてからだ。それと……調査もせねばな」
「何処へ? そしてなにを?」
「皇帝宮だ。報告書には皇帝には特定の愛妾はないとある。これ自体は驚くに値はしないことだが、女をまったく傍に置いていないという報告が気になる」
「ロヴィニア寄りの皇帝でしたな」
「そうだ。”あの”ロヴィニアだぞ。現王ランクレイマセルシュも愛人の数は六桁を越えている」
「ですが第三子はいまだ童貞とか……本当かどうかは解りませんが」
「第三子はいいが、皇帝はそうは行かん。皇帝の傍に女が一人もおらず、奴隷を正妃にするという流れが異様だ」
「その答えが皇帝宮にあると?」
 シュスタークに「男」の影はない。だが「女」を好む性質でもない。人が嫌いという性質か? それとも、
「皇帝が両性具有に入れ揚げているとしたら」
 皇帝にしか手に入れられない存在を寵愛しているか。
 かつて帝国を滅亡寸前に追い込んだ、その切欠の一つ両性具有。それがそこに居るか、居ないかはケベトネイアにとり、実は重要ではない。
「両性具有はいないと……」
 だがそこへ行くのには重大な理由があった。
「言い切れまい。両性具有は一般には解らんからな」
「ですが両性具有がいたとして……その何が関係するのですか?」
 エンデゲルシェントは皇帝の性癖など現段階で調べる必要は無いと思い、他の者たちも大方はそう考えていたのだが、
「我の知識の確認も兼ねている」
 僭主側の”知識”そのものであるケベトネイアは、非常に興味を惹く言い方をしながら、全員を見回した。
「ケベトネイア殿の知識の確認?」
 両性具有の実弟、もしくは実妹は稀にだが、超能力無効の範囲を操ることができる……等。ケベトネイアは地下迷宮もそうだが”両性具有”に関して大量の知識を有している。
「そうだ。両性具有全般に関するものではなく、とある両性具有に関する知識だ」
「とある? ……誰ですか」
「今は教えられぬが我の知識が正しければ、再建された巴旦杏の塔は円錐ではなく円柱になっているはずだ。我等が皇帝の支配下にはいれば、ここには来られん。確認するのならば”今”しかない。この知識が正しければこの先、皇王族になって切り捨てられるようなことがあろうとも、交渉により生き延びることができる」
 ターレセロハイを捕らえた僭主たちが、無事地下迷宮に戻り休憩にはいった報告を受けた頃、ケベトネイアたちは夕べの園を抜けている最中だった。
 そして見えてきた”巴旦杏の塔”
 緑の蔦に覆われた塔は、間違いなく円柱。
「……どうやら、我の知識は完璧だったようだな」
 上空には監視システムを妨害する衛星が座す、その塔。


「ビュレイツ=ビュレイアの子孫か。何をしにきたのかは知らんが……少しからかってやるか。折角のスタルシステムも使わねば錆びるであろう。どれどれ、どれ程の攻撃力を付随させた? ウキリベリスタルよ」
 蔦に覆われし塔の内部には、確かに人が存在する。それは両性具有ではなく、黄金の右目と永久の瞳を持つ女。彼らもその存在は知っているが、生きていることは当然知らない。


「円柱だ……」
 エンデゲルシェントも巴旦杏の塔は「円錐だ」と聞かされていたので、現在の姿に驚いた。
「やはり”稼働”していたか。イグゼルメンディド、内部を確認しろ」
 ケベトネイアは蔦に隠れた塔の奥に居るだろう両性具有の存在を、透視の能力を持つイグゼルメンディドに命じる。
 彼女は命令に従い内部を探る。
 中心にある濾過された真水の湖。食料となる中庭を彩る果物と野菜。中心は吹き抜けで、壁側に張り付いた形の螺旋の階段。
 飾り模様の付いたタイル張りの部屋、そして中央部にある制御室。
「一人確認できました……なんだ? これは」
 両性具有とは思えぬ胸と尻の張り。優美な黒髪と赤い唇。そこからのぞく舌が唇を舐め上げる。
「どうした? イグゼルメンディド」
「塔の中にいるのは女です! 両性具有ではありません! 女が一人。それも……」
 イグゼルメンディドの声をかき消すように、
「エンデゲルシェント! 衝撃用最大!」
 ケベトネイアが叫ぶ。呼ばれたエンデゲルシェントは自らのもっとも得意とする《バリア》で部隊を覆った。
 覆い終わると同時に塔が防御機能を最大限にした攻撃が届く。
「このくらいでしたら、バリアを張らずとも回避行動だけで」
「ゆっくりと退避するぞ」
「ケベトネイア殿?」
「上空を見ろ!」
 塔の上空に座す衛星が姿形を変えはじめた。人間には見えるはずもない高度にある映像妨害用の衛星から、
「砲台……」
 巨大砲台が姿を現し、青白いエネルギーが溜まり始めた。
「あの色からして、貫通性の高いものだ。性質に合わせられるか?」
「伝説のキーサミーナ銃でなければ、防ぎきれるかと」
 エンデゲルシェントは上空から落ちてくるエネルギーに全神経を集中させ、ケベトネイアは塔の防御攻撃を防ぐために他の者にもバリアを張らせ退却を指示する。
 さすがのケベトネイアも巴旦杏の塔の内部に、
「すべて超能力持ちか。これは面白い、帝国防衛システム……小娘が指揮しておるか、まあよい。余に寄越せ!」
 神殿と繋がり、帝国のシステムすべてに干渉できる先代皇帝がいるなど思う筈もない。

「ケベトネイアさま! 塔の中にいるのは、十回以上は出産した女です!」


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