ALMOND GWALIOR −9
 儂は結局、陛下の側近に戻った。
 いや、戻されたといった方がいいだろう。八歳で側近になり、十五歳で降ろされ、十九歳の時に兄貴に戻された。
 その頃も飽きることなくザウディンダルを抱いていた。だから、その座に戻されるとは考えてもいなかったのだが、
「陛下の側近に再び? 本気か?」
 突然告げられた。
 陛下は元々[同性愛者になりやすい傾向]がある上に[両性具有を好む因子]で形成されている……そのお方の傍に「男として公表されている両性具有と関係を持っている、精神感応が開通している相手」を置くとは正気の沙汰とは思えん。
 儂が幾ら隠した所で、制御しきれなかった感情と共に記憶が流れ込んだらどうするつもりなのだ?
「本気だ!」
 だが兄貴は本気だった。何か、嫌なものが背筋を伝う。
「貴様はこの伝統あるテルロバールノル王家の王子なのだぞ! ……まあ、貴様の事だ! 拒否するつもりだろうが、そうはさせぬからな」
「……」
 “儂はずっと、王二人に騙されていたのか?”
「貴様が陛下の栄誉ある側近に戻らぬと言うのなら、あのレビュラ公爵を殺害する。それでも拒否するか?」
「両性具有を殺す権利は皇帝陛下にしかないだろう。それを知らぬ貴方ではあるまい」
 今の所陛下は両性具有に興味を持っては居ないが、儂が傍に近寄ればどうなるか? そして、両性具有の生殺与奪権は皇帝陛下にしかない。
 それを知らないわけではない王がそんなことを命じたり、喋ったりするとは……
 皇帝が、今のお優しい陛下がそのようなことを命じるはずが無い。
 異父兄弟達に通常では考えられない程の高い地位を与え「余の大事な兄弟だ」と言われるあの方が、ザウディンダルを殺すとは考えられない。
 皇帝にしか生殺与奪権がない両性具有、それを殺す? 陛下がそのような事をするような方だと思って……こいつ等は皇帝の座を狙っているのだろう。
 ケスヴァーンターン公爵とアルカルターヴァ公爵が結託して……
「無論だ。お前は兄であり王である儂を見下しているのだろうが」
「何か尊敬されるような箇所がありましたかな? 貴方に。他の三王には儂から見ても尊敬する箇所はありますが、貴方はただ、儂より先に生まれただけだろうが」
「貴様! ……ちっ! まあいい、貴様の無礼も今日は許してやろう。そうそう、両性具有だが生殺与奪権は陛下にしかないが、帝国に組していない異星人には関係なかろう。あの帝国騎士を儂の配下に置き戦死させることも出来るのだぞ。王を甘く見るなよ」
「それは……」
 その方法で殺されたら……
 帝国で今復元している「法」は異星人との戦いが起こる前のもの。
 あんな異星人と交戦状態になるとは考えてもいなかった頃の法律。その頃は、その法律で完全に「両性具有」の生殺与奪は陛下の下にあった。
 だが、現在は違う。その方法を使い殺されれば、儂には成す術がない。
「…………兄貴、無駄な争いは起こさん方が」
 儂はザウディンダルを巴旦杏の塔に幽閉しない為に関係を結んだつもりだったのだが……それが、ザウディンダルを守ることにはならなかった。
 それどころか、敵を増やして身の危険に晒されるようにしてしまったとは。
「貴様が言うな馬鹿者が! 貴様があの女王とどれだけの事をして、儂がどれ程苦労していると! 知らぬのならば、知らんで良い! 貴様に拒否権などない! このテルロバールノル王が用意した栄誉ある職に復帰させてもらった礼を述べ退出せよっ!」
 ああ、この兄貴とケスヴァーンターン公爵からザウディンダルを守らねば。
 儂にはその力はないが、陛下をお守りする事によってザウディンダルの身も守られる……儂はいつの間にか、ザウディンダルが愛する異父兄・パスパーダ大公デウデシオンと同じ状態になったようだ。
 あの男は、弟達を守る為に皇帝陛下を守りきらねばならぬ。
 今ならば解る、帝国宰相が他の王を信じずに皇帝を独占する気持ちが。
「この度は、この若輩ものである……儂に……陛下の側近という……名誉ある地位を……」

 ケスヴァーンターン公爵ラティランクレンラセオ! アルカルターヴァ公爵カレンティンシス! 貴様等に帝国を獲らせはせぬ!

**************

 儂がラティランクレンラセオの企みに気付いたのは、カルニスタミアが女王に手を出して直ぐのこと。
 直ぐに気付きはしたが、証拠を集めるのに一年かかった。
 証拠を集め、陛下の側近に復帰できるように帝国宰相に申し出たが、あの男は表情一つ変えずに “知っている” と口にした。
 それは、本当に知っているのか儂やラティランに遅れをとりたくなかったのか……何にせよ、あの男はカルニスタミアを側近の座に戻す気はないと言い切った。
 あれが女王の傍にいる以上、此方も強く出られない。
 儂はカルニスタミアを女王から引き離そうとしたが、ことごとく妨害された……ラティランとその一族、ケシュマリスタ王家に。
 その最たるものが、結婚妨害。カルニスタミアが十七歳の時に縁談を組んだ。
 家柄も性格も特に良い娘ではなかったが、顔や雰囲気が女王に似ているのを選んで与えた。だが、その娘は死んだ。ラティランの異母弟・キュラティンセオイランサに強姦されてな。
 カルニスタミアはカルニスタミアで「この性格の悪い、この程度の家柄の女から処女を取ったら何が残る」そう言い放ち、ラティランに抗議すれば「知らぬな。異母弟の行動など私のあずかり知らぬことよ。お前とてそうであろうが、カレンティンシス。実弟、それも我が永遠の友が女王の虜になってしまう程度の監視であろう?」言われるだけ。
 ラティランが仕組んだに違いない。だが、隙を作ったのは儂自身だ。
 自分が王となった時、ラティランの甘言に乗ってカルニスタミアをケシュマリスタに送った。父王が死んだ直後、儂は精神的に不安定だった……元々安定の悪い儂の精神は、ギリギリの状態に陥った。
 母后はカルニスタミアを王に推し、父王の弟は王位を狙ってくる。だから、その時優しげに近寄ってきたラティランの言葉に縋った。
 劣等感の根本、カルニスタミアを遠ざければ……そう、な。
 王になったのは儂が十九歳、カルニスタミアは八歳。
 ラティランは当時二十二歳。幾らカルニスタミアが賢かろうが、二十二歳の野心家が八歳の世間知らずに近い王子を「道具」として使おうと、着々と思考回路を捻じ曲げていたことには気付くまい。ラティランは儂とは違い頭も相当に回るからな、陰湿な方に。
 ラティランが最終的にカルニスタミアをどうする気なのかは解らない。だが、女王から遠ざけておいて損はない。
 それは儂がラティランの記憶を読んだ結果だ。あの男は、カルニスタミアと女王、そして陛下に何かを仕掛ける気でいる。


知ってはいるが、儂にはそれを進言する勇気はない。弱みを握られている以上、儂は見て見ぬふりをするしかない……陛下が極限の状態になったら、その時はどうするのであろうなあ。


 何にせよ他に娘を与えて、再びあのキュラティンセオイランサに潰されては敵わぬ……それにしても随分と実弟は捻じ曲がったものだ。娘を強姦した相手を許し、その相手と関係まで持つとは。
 実弟のことをそれ程知っているわけではないが、少なくとも父王はそのような教育を施さなかったはずだ。
 父王は、あの人は優しかった。儂の身体が “こう” であっても、王太子の座に就けて『良い王になるのだぞ。弟と一緒にテルロバールノルを統治するのだぞ』そう言ってくれた。
 カルニスタミアを何よりも可愛っていたが、儂は嫌いではなかった。
 ……父王が何よりも可愛がったカルニスタミアを、守りきれなかった儂に対し父王は失望するであろうが……
 ラティランに変えられてしまったのか? そして関係を持ったキュラティンセオイランサはカルニスタミアを益々奈落に引き込もうとしているのか? 
 ともかく女王をカルニスタミアから遠ざけよう。話はそれからだ…… 

 両性具有は精神の安定度が低い。それは誰よりも儂自身が知っている。

 人造人間は性質的に精神が安定しないのが多い、その中でも特に両性具有は精神が不安定な者が多い。
 あの嫉妬する皇后の異名を持つロターヌも、その性質からヒステリーを繰り返した訳だ。
「アルカルターヴァ公爵殿下」
 来客の報告を受けて、長椅子に身体を預け相手を待つ。
 入ってきたのは、
「ガゼロダイス、どうした?」
 ロヴィニアの[無性]ガゼロダイス。
「はい……申し訳ございません。あの女王に自分の立場を教えてやろうとしたのですが…… “また” ガルディゼロ侯爵に妨害されてしまいました」
 この[巫女]が何をしようとしたのかは解らぬが、この[女]の思考はほぼキュラティンセオイランサに読まれている。さすが……あのラティランが「ケルシェンタマイアルス(実の息子)ではなくガルディゼロが息子であれば」と口にするだけの事はある。性格では持て余しているが、才能ではラティランがそう言うほどだ。
 あのラティランが持て余すほどの性格だ……確かに並ではないか。
「まあ、精々頑張ってくれ。お前が女王を破滅に追い込んでくれれば、此方も相応の見返りを与えるよ」
 見返りとはデファイノス伯爵ビーレウスト=ビレネスト。
 女好きで、女以上に人狩り好きなエヴェドリットの王子。
 この無性を[女]に仕立て上げた本人だ。
 陛下の初に差し出す女がなく、本来ならば両性具有のザウディンダルを差し出すはずだったのだが、カルニスタミアが突然あの女王に手を出し、それは流れた。
 あの時、どれほど他の王や帝国宰相に頭を下げたことか……監督不行き届きなのだから仕方ないのだが。何にしても、実弟が女王を傷物にしたので、別の者を探さなくてはならなくなった。それで第二候補であった無性を「女に仕立て上げて」陛下に差し出すことにした。
 その仕立てをしたのがビーレウスト=ビレネスト。陛下より一歳年上で、体格はほぼ同じの女性経験豊富な男。その男に仕込まれてガゼロダイスは陛下のお相手を務め、そして性別を「女」とし、身体からは「女性器」は外された。
 そこから、あの無性はビーレウストに言い寄るようになった。
 ロヴィニア王とエヴェドリット王は、あの二人を結婚させるつもりでいるようだが……中々に上手く行かないようだ。
 だが、四王中「三王」が合意すれば両者の意思など関係なく、婚姻が成立する。
 既に二王は合意している、あと一人の王が後押しすれば無性の思い通りになる。あの無性はそれを求め、儂の走狗となった。……ラティランより儂の方が与し易く感じたのであろう……
 何でもいい、実弟カルニスタミアからあの庶子女王を引き離せるのであれば。
 実弟に必要なのは栄光あるテルロバールノル王子としての人生であり、女王と日陰で生きる事ではない。


儂の秘密が知られてしまえば、テルロバールノル王家を継ぐことが出来るのは、儂の息子ではなくカルニスタミア。だから……あのような女王と戯れていられては困る


novels' index next back home
Copyright © Teduka Romeo. All rights reserved.