ALMOND GWALIOR −7
 儂の兄貴は皇帝眼を所持したケシュマリスタ系の男だが、夜目が効かない。
 皇帝眼、それも精神感応まで兼ね備えた目を持ちながら、夜目が効かない理由。それは兄貴が「瞬膜」を持っているせいだ。
 もともと、爬虫類や鳥類の持つ瞬膜。
 兄貴に瞬膜はワニの因子に基づくものらしい。爬虫類が好きでたまらないエーダリロクが、兄貴の目をみて嬉しそうに瞬膜の違いを説明してくれたことがある。
 兄貴の瞬膜は暗闇に呼応する。ある一定の暗さになると、瞬膜が目を覆う。この瞬膜も変異していて視界を完全に遮断する機能を持っているのだという。兄貴は眼球自体は[夜目]が効くが、暗さに反応する[瞬膜]のせいで暗い場所に行くと失明状態になるのだそうだ。
「おはようございます。帝国宰相閣下」
「おはよう、ライハ公爵」
「火急の呼び出しとありましたが」
「ただ今陛下がお休みになられている。眠っている陛下の意識から昨晩のことを探り出せ」
 精神感応は基本的に「眼球」に存在する。
「畏まりました。ですが、目を閉じられていますと帝国宰相閣下ご希望の情報は探りだせるかどうか」
 その為、開いている目でなければ殆ど解らないに等しい。全く解らない訳ではないが何処まで『昨晩のこと』探りだせるか。
 帝国宰相個人としては[知りたくはない]が公人としては何としてでも知りたいのだろう肉体交渉……陛下のそれは帝国の一大事だが……
「探れるだけでよい」
「では」
 陛下のお休みになられている部屋に入ると微かに睡眠を持続させる為に焚かれている香の匂いが鼻腔をついた。
 足音を消して陛下のお休みになられているベッドへと近寄り、天幕をあけて傍に近寄る。白いシーツに広がる漆黒の黒髪、閉じられた瞼の縁をなぞる黒く長い睫。
 全く赤みのない唇が少しだけ開かれ、その奥から寝息特有の呼吸音が漏れてくる。
 心中で[少しばかり宸襟にお邪魔させていただきます]そう告げて、儂は陛下の額に自分の額を乗せた。
 閉じられている陛下の目を、儂は凝視する。睫が儂の目の縁にあたり、こそばゆい。

− デウデシオンのためにも、この娘を抱いて帰らなければならないな
− おや? あれが驚かせる為に配置された者か
− っ!!!!!
− 少女か? いや少年だな! 
− うわっ! その……失敗と言うか、間違っただけなんだ! 許してくれ! 娘よ!

「……え?」
 儂がのぞける意識部分からして、陛下は昨晩驚いて……その……失神……なされて戻って来ただけのようだ……あの……陛下? 陛下? 伴った此方で準備した女はどうしました? 正直そろそろ結婚なさってくださらないと……そうは言っても、貴族の娘と陛下の結婚を潰したのは王側でありますので、そう強くは言えないのですが……ですが! 陛下!
 他の部分を覗かせていただこうと思ったのだが、顔が崩れた娘ばかりがグルグルと陛下の意識の中を駆け巡っているだけ。
 これ以上は無理だろうと儂は顔を離し、陛下の寝所を後にした。
「どうであった」
 隣室に控えていた帝国宰相が、神経質そうな視線をこちらに向けてくる。
「残念ながら何事もなかったようですな」
「やはりそうか」
「それと……驚かした娘のことを気にしてらっしゃるようです。同行した娘には全く興味を持っていないようでもあります」
 陛下の記憶の中にある[娘]は顔半分が生まれつきの病かなにかで、随分と崩れていた。あの程度の崩れなど、戦場ではよくあり、それらに耐性を付けるために軍人ならば幼少期から繰り返し見せられるのだが、陛下は軍人から縁遠い所で育てられた方であるから、ショックが大きかったのだろう。
「そうか。それ以外に何かあるか?」
 それにしても勿体無い。
 陛下の軍人としての天賦の才。
 ……そんな事は考えるな、カルニスタミアよ。陛下の御性格からすれば争い事は好まぬと……何度も自分自身に言い聞かせたではないか。
 この方は、軍人として生きずに良かったと……己の強さを誇示したいのであれば、近衛兵団団長やリスカートーフォン公爵、ビーレウストや……ケスヴァーンターン公爵とやりあえば良いのであって[伝説の帝王]と勝負する必要はない。
「全く何も」
「そうか。それと、同行させた女はテルロバールノル側で選んで寄越した平民の一人。陛下を置いて逃げたことの責任を、ライハ公爵の兄・アルカルターヴァ公爵にとってもらった」
 それはまあ……仕方ねえだろな……
「まことに申し訳ございません」
 よりによって、陛下を置いて遁走って……「皇帝陛下の正妃用」に選出した自国の女がそんなこと仕出かしちまったら、そのくらいはされるだろうよ。
「手間を取らせたな、ライハ公爵」
「いいえ。儂にしか出来ぬ事ですので」
「そうだな。それでは下がってくれ」
「それでは」
 陛下の寝所を後にする。
 それにしても……驚いて失神なされて終りか……
「ライハ公爵殿下」
「ヘルタナルグ准佐。本日の予定、後は無いのだな?」
「はい」
「ならば兄貴に嫌味の一つでも言いに行くか」
「は、あ、あの、行かれないと言われたので連絡を入れておりませんが」
「構わん。それと、本日はお前も余暇になるヘルタナルグ准佐。下がれ」
 帝国宰相デウデシオンに苦手な「暗闇」に閉じ込められた兄貴ことアルカルターヴァ公爵の部屋は、
「目が潰れんばかりですな」
 「あかり」で溢れていた。
「やかましい! 何の用だ! ライハ公爵」
「帝国宰相に呼ばれて陛下の意識を覗いてきました。その報告ですが、必要ありませんでしたか」
「……そうか」
 兄貴の目には真黒な膜が未だにかかっている。
 儂の事も見えてはいねえだろうよ。
 手近にあったライトを持ち、兄貴の目に近付けながら、話を続ける。
「それにしても碌でもない女を選ばれましたな、公爵殿下」
「やかましい」
「……」
「……」
「……」
「……もういい、下がれ」
 目を覆っていた黒い瞬膜がズルリと音をたてるかのように、眼窩の下の部分に潜り込んでゆく。
「体調が良くなられる事、祈っております。それでは、失礼させていただきます公爵殿下」

暗闇の何が怖いのかは知らぬし、儂には関係のない事だ。
あの公爵は儂の敵である、それだけのこと

***************

「アルカルターヴァ公爵殿下?」
「お前らも下がれ!」

− ライハ公爵は! 弟は、ラティランクレンラセオにはめられたのだ
− 知っている
− ……今何と言った、パスパーダ大公デウデシオン!
− 知っていると言ったのだ。耳まで悪いのか、アルカルターヴァ公爵カレンティンシス
− な、何故だ? 何故知っているのだ!
− お前にそれに関して教える義理はない。だが、別のことは教えてやろう
− 何を?
− ライハ公爵がはめられたのは、お前が管理していなかったからであろう。王はその領土にある全ての者に対して責任を負うべきもの。お前はライハ公爵が自分よりも、自分の息子よりも才能のある公爵が疎ましく思いラティランクレンラセオの讒言に乗った。家から追い出して、さぞや清々しかったのであろうな。それにしてもお前の場合は、精神感応能力が全く役に立たないようだなアルカルターヴァ公爵。意思が読める、ケスヴァーンターン公爵にしてやられるとは


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