ALMOND GWALIOR −177
「あんまり気分は良くないけどさ」
「でもまあ……こういう命令にも耐えるってか……」

「善人だと困らないんですけどね。悪人ってのは、こうやって困らせてくれますよね。まったくもって悪人です☆」

 三人は「元警官」を引き摺り、少しばかり開けた場所にやってきた。暴れる物体に気付いた奴隷たちは、それが以前ここで好き放題していた人物だと気付いた。普通の状態ならすぐに逃げるのだが、拘束されており三人が周囲で作業しているので、何だろう? と遠巻きに眺めだした。
 噂が噂を呼びかなりの奴隷が集まったところで、作業は終了し、
「お好きなようにしてください」
 ハイネルズは号令をかけた。
「……」
 声を押し殺して会話していた奴隷たちは静まりかえる。
「ただし殺してはいけません。暴行は許可しますが殺すことは禁止です。どうしてか? 簡単なことです、奴隷を平民が殺すと、ここの奴隷全体の問題になるからです。暴行は構いませんよ。気を付けて殴ってくださいね」
 気を付けて殴れというのはおかしいが、言っているハイネルズに迷いがないので、誰もが納得してしまった。
 作業を終えたバルミンセルフィドとエルティルザは作業報告をするために管理区画へと戻り、ハイネルズは少し離れた場所から「既に死亡が決定している」人物を見物していた。
 先程の作業は長期間の暴行に耐えられるようにするもの。
 腕は体の前側。拘束服は本人の内臓を守るため。首や頭部にも、あからさまに機械とつながっていると解らせるケーブル。
 人を殴ってもいいが、物を壊してはいけないことは奴隷は良く理解しているから、その部分には手をださないだろうということで被せて、直ぐに死に至るのを防ぐ。
 ケーブルとつながっている機械は、生命維持装置。栄養を与え、治療薬を投与して、半死の時間を長引かせる。
「いいのかよ」
 遅れてやってきたシャバラが、今にも殴り出しそうな仲間を気にしつつも、殴ろうとしている仲間の身内が元警官に殺されたことを知っているので止められないでいた。
「構いませんよ。シャバラに一つ教えておきますが、暴行に参加しないほうがいいですよ」
「そりゃ……」
「移民団は殴った人と殴らない人で分ける筈です」
「……」
「殴らないほうが住みよい場所に送られるわけではありません。ですが自由はあるそうです」
「自治ってやつか?」
 上がる歓声と共に奴隷が雪崩を打つ。
「そうです。我慢出来る人は遠くに、治安維持部隊もつけませんが、殴った人たちは凶暴性ありと見なして治安維持部隊配下に置かれます。移民といってもコロニー作業従事者でしょうね。殴らなかった人たちは、遠くの天然惑星で開拓してもらうそうです」
「コロニーのほうが楽じゃないか?」
 コロニーは重労働だが、環境設備だけは整っている。
 対する天然惑星は、そこに入植者として降ろされたら終わり。次ぎに人が来るのは、統治に必要な予算が組めるようになってから。それは十年二十年程度の時間ではない。
「そうですね。殴ります?」
 だが誰も居ない期間は、それこそ自由。
 自由というものが”どんな物”なのか、シャバラは知らない。教えられる自由は「辛いことがおおく、なんでも自分で責任を取る必要がある」という、良いところなど何一つなさそうな言いようだが、それでも人は心が囚われる。”自由”なのに”囚われる”その抗いがたい存在。
「止めておく……あのさ、お前さ、人殺すの平気なのか? ハイネルズ」

 誰が最初に殴ったのか? シャバラは見ていなかったが《誰か》が殴ったことにより、次々と殴り出すものが現れる。同時にその場を離れる者もいた。「制止」する者がいなかったのは、平民警官よりも地位の高い生まれのハイネルズが命じたので従った為のこと。

「平気ですね」
 奴隷にも不満はあるし、暴力をふるう者もいる。それはシャバラも理解しているから、少し離れたところで、殴る鈍い音を聞いても不快とは思えど、殴っている人たちを不快とは思わなかった。「助けて」と上がる悲鳴を聞くのは辛いが、いままで”そいつ”がしてきたことを考えれば、見捨てても許されるだろうと、自らの良心を麻痺させることもできた。
「……」
 シャバラは奴隷だ。
 だから皇帝の甥にあたるハイネルズが命じたことに疑問を抱いてはいけないと、理解しているのに心の中に闇よりは明るく、霧よりは乾き、だがはっきりとしない物があった。
 心にある人間としての尊厳。それにシャバラが気付くのはずっと後のこと。開拓団に入り帝星より遠いまだ地図にも乗らぬ未開の地で大地と向き合い、昔からしていた屠殺で食料を得て生き続けてゆくことで見えてくるもの。シャバラにとってはそうで――あった。
「貴族の全てが平気ではありませんよ。大嫌いな人は大嫌いですし、エルティルザやバルミンセルフィドは人殺すとき”ためらうでしょう”。でも私は平気です。むしろ大好きといっても良いでしょうね」
「好きなのか?」
 ハイネルズが歩き出したので、シャバラはついてゆく。後方から聞こえる音は、徐々に激しさを増してゆく。
「ああ、ちょっと違いますね。私は人を殺すことを、息を吸うのと同じように意識しないで行えます。私が好きな殺しは、強い人とやり合うことです。もちろん相手も人殺し好きが最良ですよ。同族と刃を交え、肉を裂く。容赦ない殺意に粟立つ互いの肌が欲しいのですよ」
「わけ解らねえな」
 シャバラには理解できない考えだが、語っているハイネルズの顔を見て、本当に楽しいんだろうことは解った。
 普段は冗談とも本気ともつかない言葉を語る口が、横に大きく動き唇が薄く開き、白い歯の隙間から赤い舌が僅かに覗く。
 自分が同じような表情を作ろうとしたら、笑ってしまうだろう。そしてエルティルザやバルミンセルフィドが似たような表情を作ろうとしても、無理だろうと感じさせる動き。
 人を殺すことを語るハイネルズは喜色に溢れているが、その喜色に含まれているものは純粋や幸せではないということ。不幸でもなければ、狡猾でもない。
「それでいいのですよ。人殺しの気持ちなんて、解る必要ないんですよ。逆に人殺しは人を殺せない人の気持ちを理解する必要があります。中々難しいんですけれどもね」
 語れば愚かの一言だろうが、その愚かには葛藤が含まれていた。
「お前は理解できてるぜ、ハイネルズ」
「そう言っていただけると幸いです」
 ハイネルズは実際自分のことを愚かだと思っている。本質を異とする《友人》を持ち、彼らと過ごすことを第一に考えて、己の本質を潰しているのだ。
 ハイネルズが文官になることは、その才能を無駄にしている。だがその才を潰しても、友人でありたいと願う。
 バルミンセルフィドやエルティルザに人殺しの良さを語らないのは、
「キャッセルさまの言動で知ったからですけれどもね」
 ”前に失敗をした人がいる”からに他ならない。キャッセルという存在がなければ、今頃ハイネルズがキャッセルの立場にいたことだろう。

**********


 日にちが過ぎ、元警官が殴られても謝罪も命乞いもしなくなった頃、
「始まりましたね」
 奴隷たちの住む衛星が軌道を変えた。
「なにが?」
「軌道変更。即ち僭主攻撃開始」
 衛星の青空に突如現れた「帝星」そして、
『奴隷は大至急管理区画に集まるように……奴隷はいますぐ管理区画に来なさい!』
 かかる放送。
 家にいた奴隷も殴っていた奴隷も、一斉にその命令に従って管理区画に急いだ。
 その人の波を見送るハイネルズと、
「なにが起こるんだ?」
「ちょっとした内戦です。家畜も連れていきましょうね」
言われ帝星を見ると白い部分が次々と光り、炎らしき物がシャバラの目にもはっきりと解った。
 ハイネルズはシャバラを手伝い、
「なにして……ハイネルズ」
 なかなか管理区画へとやってこなかったシャバラを心配して戻って来たロレンが、豚に嫌われつつ必死に連れ出すための作業を行っているハイネルズに声をかけた。
「いやー私嫌われてまして。あ、来ましたね」
 管理区画で手配した車に三人で家畜を乗せて、
「じゃあ俺先にいってるから」
 ロレン一人が乗り込み、管理区画へと戻っていった。
「さて。荷物まとめましたか」
「そんなに長期間?」
「どうでしょうね。勝負は一週間だとは思います。それ以上の時間はかけられないというか……それ以上かかったら負ける可能性があります。勝てるなら一週間以内に、それ以上かかったら負けるということで」
「あ、ああ……」
 特に大事なものなどないシャバラだが、袋に手近にあった物と、加工中の肉を放り込み、
「いいぜ」
「では行きましょうか」
 見慣れている筈の街中が全く違うものになったな……と感じつつ、シャバラは肩を並べて歩きだした。
「あ、忘れてた☆」
 その途中にあったのは、殴られるために設置された元警官。
「こいつどうする?」
「殺していきます」
「え?」
 驚いているシャバラの脇から、まさに音もなく風に乗るように離れ、元警官の前に立ち、腰にぶら下げている剣を引き抜き、首を真横に切り裂いた。
 勢いが付いて転がる頭と、首から噴き出す血液と「死亡しました」と告げる声。
 血のカーテンの向こうに見える帝星。ハイネルズの後ろ姿。揺れる黒髪と剣を持つ手。

 その光景、シャバラの人生で一生色褪せることはなかった。

**********


 強烈な記憶として残っているあの日の出来事。
 彼らがいまどうしているのか、シャバラには知る術はない。そして彼らもシャバラがどうしているかを知る術はない。
「元気に決まってるじゃない」
「まあなあ……無理しないで、幸せになっててくれりゃあ良いな」
 彼らが自分のことを覚えているかどうか? とも思わなくもないが、なんとなく覚えていてくれるような気がしていた。
「絶対に幸せになってるの! 皇帝にしっかりと言ってきたんだから」
 無理をしないで皇帝と、傍にいるだろうかつての仲間のロガをも守ってくれたら良いなと。
「お前なあ……でもまあ……」
「あの皇帝は言わないと解らないもの」
「ま……確かに。でもよ、優しい男だったんだぜ、ナイトは」
「それは解る。ロガのこと大事にしてたから」
 寄り添った影が大地に伸びる。
 もう二度とみることもない「帝星ヴィーナシア」そこにいるだろう彼らのことを思いながら……
「シャバラ! 晩飯できたよ!」
「おう……」

 俺たちは元気でやってる。お前たちも仲良く元気でな――


CHAPTER.07 − ハイネルズ=ハイヴィアズ[END]

novels' index next back home
Copyright © Teduka Romeo. All rights reserved.