ALMOND GWALIOR −174
エルティルザとバルミンセルフィドの父親は直接見たことのあるシャバラとロレンだが、
「そう言えば、お前の父親ってさ」
ハイネルズの父親は見たことがない。
「私の父のことが知りたいですか?」
「そりゃあ、エルティルザの部下の人たちも興味持ってるくらいだからさ」
ハセティリアン公爵デ=ディキウレ。謎に満ち危険視されるその存在について、存在だけは知っている人たちは深い興味を持っている。その彼らの興味に触れて、ロレンとシャバラも興味を持った。
「そうですか。私の父は一言で言い表しますと、ドラった人です」
ハイネルズが自信満々に答えるも、受け取った側は解らない。
「はあ?」
省庁を目指しているロレンですら聞いたことがない言葉。
「さらばラグランジュ・ポイントっぽい人です」
「ハイネルズ! 全然解らないよ!」
それどころかバルミンセルフィドも聞いたことがない。
「ちなみに叫んでるバルミンセルフィドはプロメってる人です」
「意味わからないよ!」
「ええ☆詩人なら解るかと思ったんですが。ちなみに”プロメってる”は詩人の皇君殿下から教えて貰いました」
「皇君殿下って変わったお言葉使われるよね」
「確かにね……じゃなくて! なんで私がプロメってる人なんですか! なんですか、それは!」
ベッドを持ったまま、会話がそれてゆく様を見ながら、
「意味わかるか? ロレン」
「解る訳ないじゃん、シャバラ」
「だよな」
二人は顔を見合わせて頭を振った。
「想像するに、ハイネルズの親父さん、見た目はキャッセルさまで中身はハイネルズみたいなんじゃないか」
それ以外、想像の”しよう”がなく、誰もが”それ”を真っ先に想像し、それ以上の発展はできない。それがデ=ディキウレであり、ハイネルズ。
「良くお分かりですね☆」
「やっぱりそうなのか」
「そうですね」
「……」
ロレンは聞きたいことがあるのだが、非常に困り曖昧な表情になった。その聞きたいこととは、
「解ってますとも、ロレンさん。私の父母の馴れ初めというか、母上が父上の何処に惚れたか? 知りたいのでしょう。解ります解りますとも。母上が父上に好意を持ったのは、性格……ではなく……ロレンさん、シャバラさん。そんな正直な表情しないでください。私は性格父上に似てるって評判なんですから」
シャバラとロレンは「性格ではない」というところで、無意識に――よかった――と思ってしまった。失礼とかそういった物では決してないが、とにかく本能的に。
「評判って……誰に評判なの? ハイネルズ」
ハイネルズとデ=ディキウレ、この両者を知るものは数えられる程度。
「えーとですね、父上に母上、そして弟たち三人にデウデシオン伯父様……の六名ですね」
「少なっ!」
「片手以上ですから、評判って言ってもいいでしょう☆それで母上が父上に惚れた理由は”撫でても首が折れぬ”だそうです。私の母上、力強くてスミロドンの頭を撫でたら首ぼっきり折れたことがあったそうで。それに比べると、父上の首は頑丈で”可愛い子猫だ”と」
「……」
「ハイネルズ……スミ……ロドン? ってなんだ」
「サーベルタイガーの一種で、地球時代に絶滅したものです。宇宙連邦時代に再生されまして、金持ちのペットになりました。大きい猫の口に”こんなかんじ”です」
ハイネルズは自分の口の辺りに指で牙を作り説明してみせたが、奴隷に二人には皆目見当がつかず。
「スミロドン、今はいないじゃないですか。帝星爆撃の際に全滅したって」
「そうですよ。僭主でもない限り、飼えるわけないでしょう」
「そうですねーちなみにスミロドンを大量に飼っていたことで有名なのは、エヴェドリット系僭主クレスケンス=スケンスロド。なんか名前が似てたから飼ったみたいですよ☆なんて単純」
「その僭主一派はまだ狩られてないよね」
「そうですね。でもたぶん絶滅してことでしょう。地球上のスミロドンが滅んだのと同じように、そして”再生”するかもしれません」
**********
結局奴隷の二人はデ=ディキウレがどんな人なのか解らないまま。
「プロメってるってなんなの? ハイネルズ」
皇王族の三人はというと、ロガのベッドをどうしようか? と、デウデシオンに”緊急性が低い”と但し書きをして送った。
実際のところデウデシオンは三人から来る報告は、届いて直ぐに目を通すようにしている。初仕事の三人を無条件に信用するほどデウデシオンも愚かではない。
―― 今回は……緊急性が確かに低いな。明日にでも連絡をいれるとするか
だが全てを直ぐに目を通していると知ると、三人が遠慮するだろうことを考えて、返信の時間を”子供の時間”で上手く調節する。
「帝国宰相閣下」
「なんだ?」
「交戦開始とのこと」
「そうか。して戦況は?」
「劣勢極まりなし……と」
「……司令室へ」
デウデシオンは司令室へと向かう。報告に来た部下は自分が見てしまった物に恐怖を感じ、その場に立ち尽くした。
―― ”劣勢極まりなし”と聞いた時、帝国宰相は笑った……笑った……
帝国軍本隊が新兵器と対面し、危機的状況に陥っていた頃、
「”プロメってる”はプロメテウスというギリシア神話に出て来る、超回復能力で苦しんだ方です」
「あーなるほど」
「なんで超回復能力があるのに苦しむの?」
三人は何時もと変わらない状況。
「神の怒りを買って、縛りつけられて、毎日肝臓を鷲に食べられては回復を繰り返して苦しめられたとのことです。最終的には助かったようですけれども」
「へえ……肝臓以外は回復しないの?」
「そんなことはないでしょう。肝臓が食べられるということは、周囲の臓器も漏れ出しますし」
「だよね。その場合は新規作成なの? それともはみ出したのが自力で収納ポイントに戻るの?」
傷が瞬時に治り、失われた部位も再生する超回復だが、幾つかの種類がある
「さあ。さすがにそこまでは。ちなみに聞きたいんですけど、バルミンセルフィドはどういうタイプなんですか?」
「内臓はみ出させたことないから解らないよ……試し切りなんてしなくていいからね! ハイネルズ!」
「失礼な。誰が前から切りますか。斬りつけるなら卑怯者的に背後から」
「余計駄目でしょう、ハイネルズ」
「そうですか、後ろから斬りつけたら駄目ですか。仕方ありません。それで回復というのはですね、大まかに五種類あるんですよ」
「五種類」
「はい、テルロバールノルの大将軍閣下デーケゼン公爵リュゼクさまは、王道とも言える原始超回復。とにかく生命維持を優先する能力でして、暴走もありません」
「暴走ってなに?」
「二番目に上げられる思考型超回復の持ち主の体に起こる、死に向かうエラーです」
「ああ、聞いたことあるよ」
「エルティルザ? 知ってるの」
「うん。自分で指示を出して治療させるから、指示を出す部位、この場合大部分は脳なんだけど、そこが破損したら指示を出せなくなって。滅茶苦茶な回復を起こしてしまい、殺す以外救う手立てはないって聞いたことがある」
「それ怖いなあ」
「あとは所定部分の原始型超回復のみ。骨だけとか皮膚だけとか、血液だけとかそういうタイプもあるそうです。今では殆ど役に立ちません☆これは大昔、人造人間が大怪我した人間の治療に使われていた名残でもあります。大やけどした人間に皮膚移植するために、皮膚を剥がれた状態にされていて、移植が必要な人間の胚を体表に植え付けられ移植用の皮膚を大至急作って、また剥がされるなどに使用されてました」
「それ聞いたことあるね」
「だからケシュマリスタは超回復嫌いって言われてるよね」
「こつこつと積み重ねられた人間憎悪ですから、こればかりはねえ。アシュ=アリラシュたちのように、自分が戦うために超回復を得たのではなく、人のために植え付けられた能力ですから」
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【繋いだこの手はそのままに−132】
帝星・大宮殿。
その省庁の一つで、まだ幼さが残っている女性がトイレの脇にあるパウダールームの鏡を見ていた。黄色みが強い肌に、茶色とオレンジ色の中間色の軽い癖毛は肩につく位の長さ。目の色は黒で、顔全体の作りは並。自分の姿を鏡で見ている本人は、自分の顔を不器量だと思っている。
ゾイには子供の頃、笑うと可愛いと言ってくれた男の人がいた。その男は、自分の母親と共に開拓用惑星へと送られて、今ではどうなったのか解らない。
残された自分が可哀相だとは思わない。残されて実父と過ごし続けていたら、間違い無く母親と男を怨んだだろうが、実父と失ってから過ごした日々が、自分の母親を怨まなくて済む時間と余裕を与えてくれた。
顔は崩れているが優しい、自分にとって妹のような存在、ロガ。
そのロガの両親ビハルディアとニーが与えてくれた優しさの数々。自分のことを守ってくれた犬共々引き取ってくれた恩返しにと、難関を突破して省庁に入る。
その理由は厳しい生活といわれている開拓団に、ロガを組み込ませない為。何時か帝星の官舎に引き取り顔を治療して、ささやかな幸せを掴ませるのだと日々努力していたが、もうその努力は必要無くなってしまった。
ロガは皇帝の正妃になってしまったからだ。
ゾイは開戦の知らせを聞き、皇帝と共に前線に向かったロガのことが心配で気分が悪くなり、人気のない綺麗過ぎる化粧台の前に手をついて、大宮殿後宮で再会した日のことを思い出して、本当に誰にも言えない不安を口にする。
「ロガ、怖がってないかな……」
鏡の中の自分に語りかけながら ”ロガ” ではなく ”皇帝の正妃ロガ” と出会った日を思い出す。
− 皇帝陛下が正妃を迎えられたが、どうも奴隷らしい −
皇帝が正妃を迎えたことに人々は喜んだが 《正妃は奴隷らしい》 という噂に諸手を挙げて喜んで良いのかどうか悩み、多くの者達はその話題にあまり触れなかった。
その奴隷も正妃として迎えられたらしいのだが、称号も与えられておらず、奴隷が正妃になった最大の理由ではないかと考えられている 《後継者》 の存在も全く明かにされない為に、人々は確定するまで知らぬ振りをするしかなかった。
ゾイも通達に目を通した後、この 《奴隷の正妃》 が無事に後継者を産み、生きながらえてくれたら良いなとは思った。同じ階級出ということで、幸せを願ったがそれはあくまでも ”知らない誰か” に向けの事。
それ以上、深く考えることはなく、しばらく同じ生活を繰り返していた。
ある日、何時ものように目が合うと因縁を付けてくる、仲の悪い同僚の貴族女とゾイは何時ものように目が合い、向こうから何かを言ってこようとした。
有り触れた何時もの事だったが、突如上司に呼び出され、大至急総務省に書類を取りに行くように命じられて、ゾイは目的地へと向かった。
貴族省は書類などに豪華な紙を使用することが多く、他省から送られてくる書類も紙でできているために、職員が取りに向かわなくてはならない。
無駄だなと思いながらも、それが貴族というものなのだと自分を納得させて、ゾイは珍しくもない仕事へと向かった。
何時ものように受付に身分証明書を提出して、書類を受け取る先を教えて貰おうとしたゾイは、受付の奥にいる 《案内役》 に挨拶されて、連れて行かれる。
何時もとは違う扱いに警戒するも、ゾイにはどうする事もできないので、黙って従い結局貴族省の移動艇に乗せられてしまった。
「あのっ! 私は、総務省に書類を!」
案内役に向かって叫ぶが相手は全く取り合ってはくれなかったが、その背後から一人の男性が現れてゾイは声を失った。
ハーダベイ公爵バロシアン。帝国宰相によく似た秘書の一人であり ”異父弟”。彼は無言で案内役に戻るように命じ、ゾイに頭を下げた。
「驚かせて申し訳ございません」
「閣下?」
「貴方様を ”后殿下” の元へ案内することを、帝国宰相閣下から命じられたハーダベイ公爵バロシアンです」
「后殿下? 私、后殿下など知りませ……」
「父君にビハルディア、母君はニー。ご存じですね?」
ゾイは頷いたまま顔を上げることができなかった。
ハーダベイ公爵バロシアンの案内で大宮殿後宮の一角へとゾイは案内された。
「お連れいたしました。私はここで」
俯いて歩いていたゾイは、バロシアンが声を掛けた相手の顔を見て、嘘ではないことを実感する。
「ありがとうございます。帰りはまたお願いします」
「はい、メーバリベユ侯爵殿下」
メーバリベユ侯爵ナサニエルパウダ。皇帝シュスタークの皇后の座に最も近付いた女性。彼女は今 ”后殿下” の女官長を務めている。
彼女に促されてゾイは室内庭園へと案内された。
「ゾイ!」
聞き慣れた声に、何時ものように声が出る。
「ロガ!」
駆けてくる ”顔の治った” ロガと、すっかりと年を取り、おっくうがって動かなくなったボーデンが自分を遠くから見ていた。
抱きついてきたロガを抱き締め返して、
「お……おめで……とう」
ゾイはそれだけ言うのが精一杯だった。
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