ALMOND GWALIOR −164
「明日も晴れだな」
夕暮れに染まった大地を眺めて”そういう”のはいつものことだったけれども、その日な何故かあの頃のことを思いだした。
「なにしてんの? シャバラ」
「あん。とつぜん、昔のことを思い出した。あの頃の……」
あいつら元気でやって……元気に決まってるか。
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「はじめましてー」
「はっじめましてー」
「こんにちわー」
目の前にいる三人の男。あとで聞いたら俺よりも年下とか……嘘だろと思ったもんだ。
俺はロガ、正妃になった奴隷の幼馴染みだった。俺のほうが二年早く生まれてる。二歳と二年は違う。
”歳”は誕生日が解っている階級だけに使われる差で、奴隷は「年」で数える。……って省庁に就職希望の弟が言ってた。
ちなみに俺はロガよりも年上。こいつらはロガよりも年下……あり得ないくらいに、でかい。貴族と奴隷は違うな心底思っう。
「えっと貴族様でしょうか?」
見るからに違う生き物たちは、笑顔で名乗りだす。
「初めまして! エルティルザと申します! その節は父がお世話になりました! 父はお店の前の家に奴隷として滞在していたタウトライバと申します!」
一時期道を挟んだ空き家に”奴隷”が住み着いた。足のない奴隷だったんだが、そいつは実はこの奴隷居住用衛星に通ってる皇帝シュスタークと、シュスタークが気に入ったロガを守るためにやってきた男だった。
奴隷としての名前はポーリン。本名はタウトライバとかいう、エライ人だったらしい。髪はぼさぼさで、ぼろ着てたころは解らなかったが、最後に制服? 弟のロレン曰く帝国軍の軍服を着こなしている姿はまさに大貴族だった。
「あー似てるな」
顔や雰囲気が似てるのは当然だけど、息子も軍服を着てたから、余計に似て見える。
「初めまして! バルミンセルフィドと申します! 以前ここで乱闘があった際に陛下を羽交い締めにした者の息子です!」
あれは凄かった。
店のほぼ真ん前でユリーズって奴隷が貴族に暴行されかかった。奴隷はそういう時は助けないんだ。
下手に助けると区画の奴隷全員処分される可能性があるから。
助けない代わりに、生きていたら生活を助けるのが暗黙の了解みたいなもんだ。卑怯とかそういうんじゃなくて……貴族と奴隷は違うからな。
それでいつも通り誰も助けないでいたところにナイトがやってきた。
本名ってかシュスターシュスタークな。いくら奴隷が学なくても、シュスターだけは解る。
俺は皇帝ってのは、もっと厳しい感じの方だと思ってた。ほら、軍事国家じゃないか。軍事国家って言うと……こう、なあ!
でも全く違った……《なにもない時は》って但し書きがつくけどな。
ロガのところに毎日、変なマスクと毎日違う鬘被って来て、弁当食っちゃあ、ボーデンに噛まれつつ平伏してを繰り返してる男が、軍事国家の総支配者なんて思わないだろ。
とにかくのんびりしてる皇帝だった。
そう、あの時まで”のんびりした貴族”だったと思ってた。
身分も隠してたしな。最後の最後で皇帝って知った時、吃驚した。
それでその、のんびりした皇帝が”やめろ”と言ったんだ。
でもな「仮装」してたから貴族と部下は気付かなくて、殴った。ナイトは最初はさせたいようにしてたんだが……俺としてはどうかと思うんだが、ともかく黙ってた。
見かねたロガが、奴隷らしからぬ行動 ―― やめてください! ―― ってのに出て貴族に蹴られてさ。そこでナイト覚醒ってやつだよ。
あんなに強いなら最初から……と思ったけど、あの暴れぶりと暴れ出すとどうも自分じゃどうにもできない感じだった。
止めに来た「警察のふり」してた王族や貴族をなぎ倒して、恐ろしい有様だった。
だってよ、内臓手で引き抜くし、骨も容赦なく折っていくんだぜ!
実際止めたのは「カルさん」っていう、大柄な男だった。後でアルカルターヴァっていう王族だって知った。
宇宙最古の王家の王弟とかいう、ご大層な御方だったわけだ。ナイトのほうが偉いんだろうが、黙ってるときの雰囲気は王弟さまのほうが上だったような。
そういやあ、そのご大層な御方と目の前にいるバルミ……なんかと似ている。でも容姿だけだな。雰囲気は全然似てないし、暴れた時に羽交い締めにした人の方にやっぱり近い……ま、最初にそうやって聞いたから、そう感じるだけかもしれないけどさ。
その人の息子な……
「あー似てるな」
そして三人目。
ロレンの奴が「あれが生粋のリスカートーフォン容姿だったんだ」と後日しみじみ言った。人殺しその物って言われる。
”言えないが”って前置きしてからだが「言っちゃあなんだが」不吉な容姿。黒髪と鋭い目つきでやたらと赤が似合う腕が他に比べると長い奴。
「お菓子作りが得意な人なんだって!」ってロガ笑いながら言ってたけど、あの面でお菓子作りか……と俺はちょっと引いた。
顔で料理つくるわけじゃねえし、厳つい顔の料理人はいるだろうし、顔で味が変わるわけじゃないけど、あの王子さまは料理作るような顔じゃなかった気がする。
そんな”リスカートーフォン(人殺し)”そっくりの男。
「初めまして☆ ハイネルズ=ハイヴィアズと申します! 隠れて貴方がたをも見守っていた男の息子です!」
「……誰?」
なんかこいつ、一番ナイトに似てる気がするぞ。どこがどう……って解らないけど。黒髪だからって訳じゃないが。もちろん、人殺しの王子にも似てる。あとアレにも似てる気が……偶にポーリンのところに荷物持って来てた男。
声が高い金髪の警官(キュラ)に良く似てた”配送業を営んでます”って名乗ってた奴。
……いや、本当に名前聞いたら”配送業を営んでいます”って答えるんだよ。あとでロガが「キャメルクラッチさんだって!」と笑顔で教えてくれたけど……なんか、変だった。
変っていうよりは、狂ってるような。ずれてるのともまた違う、本当に狂った感じ。狂うってのがなんだか解らないけど、狂ってるんだよ。
まさにもどかしいけど、表現するときは「狂ってる」としか言えない男。
「解るわけないでしょうが! 珍獣かデ=ディキウレ叔父さんって言われてるんだから!」
「そうですよ! デ=ディキウレ叔父さんを捕捉できたら惑星もらえるって有名じゃないですか!」
「私の父は”つちのこ”ですか! ”うおんてっど”ですか! まあ、それもよろしいでしょう!」
「”うおんてっど”はまだしも”つちこの”だったらハイネルズは”つちのこのこ”になっちゃうんですよ!」
「落ち着こうよ、バルミンセルフィド」
「”つちのこのこ”なかなかに良い響きですね」
「……いいのかよ……」
大体”つちのこ”とか”うおんてっど”ってなんだ?
それよりも、
「デ=ディキ……なんとかさんってのは、あれか? キャメルクラッチさんの本名か?」
「惜しい! 顔は同じですが、私の父上はキャメルクラッチさまの異父弟にあたります。でもまあ、顔が同じなのであの方を思い浮かべてもまったく問題ありません。ちなみにキャメルクラッチさんの本名はキャッセルです」
訳解らない三人だけど、悪い奴じゃあなかったな。
貴族ってのは嫌なやつばっかりだと思ってたけど、人によって違うってことだ。奴隷だって嫌な奴はいるし、貴族だって良い奴はいる。
三人とも仕事を手伝ってくれた。
俺のところは畜産から屠殺、そして解体に加工までやってるんだ。帝星だと、
「食品衛生法とか様々なことに引っ掛かりますね」
「ロレンも言ってた」
いろんなモンに引っ掛かるらしいが、奴隷が住む場所はそんなことは関係ない。
三人はここにしばらくの間住むから、
「仲良くしてください! お兄様」
「仲良くしてください! お兄さん!」
「仲良くして! 兄貴!」
こんな奴等に兄貴呼ばわれされるつもりはないが、仲良くするのは……まあ良いかなと。
三人はなんの為にここにいるのか? 《最初》は解らなかった。三人ともうちの店に来て仕事を手伝ってくれた。
「お任せください。屠殺から解体まで、この顔でこなします!」
ハイネルズの血塗の立候補と、
「上手いんだな」
「母上と料理作ることもあるからね」
エルティルザの料理の上手さ。そして、
「ありがとうございました」
色男顔がしっかりと色男になるバルミンセルフィドが接客をこなしてくれた。
中々に楽しい奴等だった。
「シャバラ……誰?」
「ナイトの甥っ子たちらしい」
「……エリート?」
「さあ?」
仕事を終えて話を聞いたら、エルティルザは帝国でも数少ない《帝国騎士》だって。
「すごいな」
「いえいえ。生まれつきなので、私が努力したわけではありませんから。すごくはないですよ」
「でも、すごいだろ」
「キャッセル伯父さんでしたら”すごい”と言ってもいいでしょうね。あの方が現在帝国で最強の帝国騎士《オーランドリス伯爵》を持っているので」
バルミンセルフィドとハイネルズは騎士じゃないらしい。
「へえ」
「以前ここにいらっしゃった五人の警官ですが、あの人たちは全員帝国騎士ですよ。とくにライハ公爵殿下はキャッセル様に勝るとも劣らないくらいの実力をお持ちです」
「ライハ公爵?」
「カルニスタミア殿下。后殿下は”カルさん”と呼ばれていたはずですね」
「ああ。あの人ねえ……すごい、なんでも出来そうな人だよな」
「実際何でも出来る人なんですよ」
「本当に。帝国一と言えばあの人でしょう。顔はいいし、頭は良いし。身体能力は優れているし、帝国騎士ですし」
「血筋は直系アルカルターヴァときた日には」
「殺しちゃえ☆」
凄い人だったらしい”カルさん”
「でも帝国騎士って稀少なんだよね」
ロレンは食いつくようにして話しかけてた。
「そうですね。帝国騎士に任命された人、要するに十五歳以上だけですと三十九名でしたっけ?」
「そうらしいよ」
「三十九人?」
「はい」
「皇王族や王族って何人いるんだ?」
「皇王族だけなら二万人ほど。王族縁は各王家五千人くらいでしたっけ?」
「そのくらい。帝国騎士は数が少ないって言われる理由、わかるでしょ」
これが”選ばれた血筋”ってやつなんだろうな。
それで省庁に入ることを希望してるロレンが、試験対策を依頼した。
「目指しているのが軍人ではないのでしたら」
エルティルザは既に軍人で、ここから正規の士官学校に入ろうとしているらしい。どうしてそうなるのかは、俺にはよくわからなかった。
バルミンセルフィドも軍人希望。
軍人ってのはこいつらみたいに、選ばれた血と特殊な能力が必要だから、なにもない奴隷のロレンが目指すわけにはいかない。
目指すのは、一般的な文官。
「私と一緒に試験対策しましょう!」
「え……その顔で文官志望なの……」
ロレンがハイネルズの顔を見ながら、思わず本音を零しちまった。
「おい! ロレン! 失礼だろうが」
普通に話しかけてくれてるけど、こいつら一応皇帝の甥だ。
仲良くなってからこいつ等が滞在している元警察がいた施設に何度も遊びにいったんだけど、その時ここいつ等の部下たちから聞いたら、エルティルザの父親は代理総帥っていう、帝国軍の実質支配者で、バルミンセルフィドの父親は近衛兵団団長。両方ともすごい地位だって聞かされた。
ちなみにハイネルズの父親のことは、部下たちも知らなかった。むしろ、知りたがってたくらいだ。
あいつの父親、何者だ? そしてそれ以上に謎らしい、あいつの母親。
ハイネルズ出生の経緯聞かされたけど、訳解らなかった。でも複雑なことだけは理解できた。あいつは本当に何者なんだ?
「ほらーハイネルズ。ロレンさんも吃驚ですよ」
「やっぱり、顔が」
「ほっといてください。あと気にしなくて良いですよ。私の心は星の大海原の如き広さを持ってますから」
「そこは”アクエリアス方向から降り注ぐ流星群がアーシアに激突”と表現するべきですよ」
「バルミンセルフィド! それは駄目!」
「アマデウス的表現ですか? でも、それまずいでしょ。だってアーシアって軍妃ですよ」
「この場合は地球でしょう?」
「そりゃまあジオもアーシアも”地球”をさしますけどね」
俺たち奴隷はあとで、あのリスカートーフォンでお菓子作り好きな男が書いた本で勉強することになっただが……さすが王族、奴隷は誰一人として理解できなかった。内容とかそういうものじゃなくて、存在そのもの? ってやつがさ。
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