ALMOND GWALIOR −150
「どうしたんですか? 皇君さま。私の顔になにかついてます?」
「なにもついてはいないよ、キャッセル」
「でもずっと私の顔を見てますよ」
「出陣して会えなくなるから、名残惜しいのだよ」
「名残惜しい?」
「じっくりと顔を見させて欲しいのだよ」
「わかりました」
「そうだ。頼んだもの、持って来てくれたかね?」
「依頼された薬は装甲車に積んでます。降ろしてきましょうか?」
「いいや。そのままでいい。丁度良かったよ。別のところに運ぶ必要があるから」
「私が運びましょうか?」
「いや我輩がやるよ」
「そうですか」

**********


「はははは!」
 画面を見て高笑いをするエーダリロク。画面に映し出されているのは、カルニスタミアが巴旦杏の塔の防御作用により攻撃されている姿。
「出し抜けたとは言わんが、騙してやったりディブレシア!」
《なにが起こったのだ?》
 エーダリロクと記憶を共有することのできるザロナティオンだが、思考中のエーダリロクと”それ”を一緒にすることはできない。
 ザロナティオンはエーダリロクの脳の一部に自分の思考記憶部分を持ち存在しているが、思考や感情は同一となはらない。
「ディブレシアは生きている。その確証を得た」
《確証?》
「帝国時間を0.1秒遅くしたのさ。時間の刻みを徐々に遅くして0.1秒稼いだ」
 帝国の時間基準は帝星にある。
 その時間の刻みを0.1秒《誰にも気付かれずに》遅らせることは至難の業。
《どうやって、時の刻みを遅らせたのかは聞いても解らないだろうから聞かぬが、よくぞやってのけたなエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
 0.1秒遅らせた方法は解らないが、ディブレシアに対する”罠”が何であるかは理解できたザロナティオンはただただ感心した。

 帝星の時の刻みを0.1秒遅くする。
 これによって巴旦杏の塔の防御機能の攻撃開始までは6.9秒となる……
「6.9秒になる筈はねぇんだよ!」
 ことはないのだ。
 巴旦杏の塔は終生の隔離場所であるために、時計が存在しない。
 時など両性具有には必要がないことと【神殿】そのものが時を刻む必要がないために、この二つには時間計測機能がない。
 防御用の攻撃開始時間は、巴旦杏の塔の管理システム《ライフラ》が計測する。両性具有には時間が必要ないので《ライフラ》はずっと時間を計測しているわけではなく、必要な時に瞬時に測るように作られている。
 ライフラの時間計測機能はライフラ専用の時間計測用衛星があり、エーダリロクはそれに対しては何一つ手を加えていない。誤差を測ることもあるが、帝星の時間を戻す際に唯一、それを借用しようと考えているからだ。
 ともかく《ライフラ》が防御機能を解放した場合は規定通り7秒になる。だが今回巴旦杏の塔は「6.90秒」で防御機能が解放された。これはエーダリロクが手を加えた一般の帝星時間を元にして攻撃したという証明となる。
「ディブレシアは俺の作った”時間”で攻撃した」
 シュスタークから「巴旦杏の塔内部を探れ」と言われて、探るのに必要なカルニスタミアが出発する時まで時間をかけたのはこのため。
 当初は不具合を誰にも知られずに探り出すために……と色々と考えているなかで判明したディブレシアという存在。
 それを確実なもににするために帝国時間を0.1秒遅らせた。誰にも気付かれずに0.1秒遅らせるのにエーダリロクであってもこれだけの時間を必要としたのだ。
「これから出発までの間に、0.1秒を元に戻す。正直戻すほうが面倒だが、幸い技術庁長官殿下はもう帝星から出たから、なんとか出来るだろう……」
《どうした? エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
「んー生きているのは解ったが、なにをしたいのか? そこがなあ。引っかけたのは楽しかったが、あっちの計画については何一つなあ。この帝国宰相と団長の間の空白。この空白に両性具有がいたのか? いないのか? 団長の子供たちから考えると、いないと見た方がいいが……叔父貴に聞いたら、男は切らしたことはないって言ってたからな。なにかこう一つ、なにかが……」
 気分の高揚が落ち着き、つぎの段階へと思考を進ませる。
 エーダリロクはとにかくディブレシアに関するものを集めた。自分が生まれていなかった時代のディブレシアの全てを知ろうと資料を集めた。
 皇太子や皇帝の毎日は綿密に記録されているのが普通だが、ディブレシアの乱交のせいにより、正確な記録が残されていない。
 エーダリロクとしてはディブレシアの性行為の相手を知りたいとも思うのだが、それらは帝国宰相によって完全に消されていた。
 こうなることを考えてのザウディンダルの父親選びだったのか? それとも偶然そうなったのか? エーダリロク解らないが、どうやっても手に入らない情報。
《そこに両性具有がいたか? あるいは子がいたか? ということは、なにか重要なことに繋がるのか?》
 ”異父”となった男たちを求めた時、デウデシオンとタバイの年齢差が二歳あることに気付き、悩み出した。
「いや、なんとなく。そこが引っ掛かってるんだよ。理由に気付けないってか……なんつーか。そこに両性具有がいたと考えると……あああ、解らねえなあ」
 ”妊娠していなかった”と言える者はいない。だから”妊娠していた可能性”はある。それが記録に残されなかった理由が、外聞なのか? それとも記録されない存在なのか?
 空白をどのようにして埋めようか? 考えているエーダリロクに《帝王》が囁いた。
《エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
「なんだ?」
《ドミナリベル》
 その名を思い描いたザロナティオンの憎悪。帝后グラディウスのことを嫌う感情であることに気付く。
「なんだよ、突然」
《ドミナリベルが誰のことか解るか?》
「帝后グラディウスが流産した子に付けられた名前だろ? ”幸せの子”って意味だよな」
《それは流産ではない》
「は?」
《それは堕胎だったそうだ。帝国歴史上初の”両性具有堕胎”》
「……」
 両性具有は《母体の核》に絡みつき成長する。だから胎内で殺害することができない。二人目の平民出正妃は、人間ゆえに人造人間のような核を持たない。
 よって堕胎することが可能。
《もちろん帝后本人は、身籠もったものが両性具有だとは知らなかったそうだ。当時のケシュマリスタ王マルティルディが皇帝サウダライトに堕胎を命じたとのこと。帝后は自然流産と教えられた……そうだ》
 これは非常に稀なことであったため、本来は記録などに残されない両性具有が例外として記録された。だがこれも消えていた。残ったのは「帝后が流産した子。名前はドミナリベル」ということだけ。
「たしか、双子を産む前で二十歳前後の頃だったよな。それに……五ヶ月頃の流産だったよな……解らなかったのか!」
《おそらく。初期であれば、帝后には教えないで始末しただろう》
 両性具有は特異な成長方法で容易に判断できるが、逆にそれ以外の方法が確立されていない。その為、帝后の子が両性であるという判断が下されるまでに時間を要し、帝后本人も知るところとなってからの”堕胎”となった。
《あの帝后は十五歳で出産して、そこから十六、十七と立て続けに三人産んだあと、しばらく間があいて二十五歳で双子を産んで帝太后となった。その狭間に存在する”ドミナリベル”帝国歴史上唯一記録に残った”両性具有”だったそうだ……あのザウディンダルという女王は、帝后が産むことを許されなかった両性具有が時を経て生まれて来たかのようだな。ドミナリベルに続いて二人目の”記録に残る”両性具有》

 そして全てがエーダリロクの中で繋がった。

「……なんで気付かなかったんだ。いや……そういう事だよな。そうだ……」
《どうした?》
「ドミナリベルで全てが繋がった」
《本当か?》
「答えは全てあったんだ。俺が気付かなかっただけのことだ。俺は体そのものが人体生成プラント能力を有する。そして兄貴は暗示の力を持つ。ディブレシアは俺の大叔母の子だ。俺や兄貴が持っている能力を持っていたとしてもおかしくはない」
《人体生成プラント能力か……たしかに、ヒドリクの末の異父兄弟は見事なまでに多種多様だな》
「持っていてもおかしくはない、そして……ケシュマリスタめ! 知ってて黙っていやがったな!」
《なんのことだ?》
「ちょっとばかり書き出す。それを見てくれ!」
 エーダリロクはノートを取り出し破り並べて、次々と書き出した。

ロヴィニア王ランクレイマセルシュ→暗示能力を持つ
エヴェドリット王ザセリアバ→遠隔破壊攻撃能力を持つ
ケシュマリスタ王ラティランクレンラセオ→幻覚、エターナ=ロターヌ能力を持つ
テルロバールノル王カレンティンシス→両性具有

俺→人体生成プラント能力・子供は確実に女性
ビーレウスト→断種
カルニスタミア→超能力無効化(仮定)
皇君→骨格異形。ザンダマイアス
帝国宰相と団長は約二歳違い。それ以外はすべて一歳差

三十二代皇帝ザロナティオン×皇后テルロバールノル王女
↓ 三十三代皇帝ビシュミエラ(ケシュマリスタ系皇帝)
↓←クローン
三十四代皇帝ルーゼンレホーダ×帝后リスカートーフォン王女

三十五代皇帝クルティルザーダ×皇后ロヴィニア王女

三十六代皇帝ディブレシア×帝婿ロヴィニア王子

三十七代皇帝シュスターク
ザウディンダル→両性具有・藍色の瞳・僭主ハーベリエイクラーダ王女の末裔
ドミナリベル→藍色の目をした平民帝后が身籠もった両性具有。帝国初の堕胎された両性具有
平民帝后グラディウス→褐色の肌、藍色の瞳、五人の親王大公を産む。二十五歳の時に産んだ双子の姉弟。姉はロヴィニア王子の元へ。弟はテルロバールノル王女の元へ
《……》
 当たり前のことを書きだしてゆくエーダリロクのペン先を、ザロナティオンは黙って見ていた。
「そして、后殿下がみつけた”総司令長官ガルベージュス”が記録しておいてくれた、両性具有イデールサウセラの系譜」

ケシュマリスタ王マルティルディ×テルロバールノル王子イデールマイスラ
    ↓
イデールサウセラ(二十四代皇帝の頃の両性具有・とうぜん女王)

 ペンを投げ捨てたエーダリロクは、紙の端を人差し指で叩きながら、もどかしそうに説明を始めた。

「俺は大きい間違いを犯していた。疑わなかったことが大問題だ。俺たちは疑い深いはずなのに。……えっとな、なんでザウが”ディブレシアの血から誕生した両性具有”って言われてるんだ」
 ザロナティオンはエーダリロクに言われて殴り書きされた文字を追い、言いたいことを理解した。
《前例があるのだな。ディブレシアという女は”両性具有を母に持つ男”との間に女王ザウディンダルを産む前に”両性具有因子のほとんどない相手”との間に両性具有を身籠もった》
「そうだ。そうでなけりゃ、普通は相手の男に両性具有因子があるのではないか? と、疑う筈だ。事実この頃は疑って、存在しなかったからこの時の記録がごっそりと消されたんだろう。おそらくディブレシアがこの時期に両性具有を産んだことは、帝国宰相も知らないはずだ。でも俺たちの親父の代は全員知っている。だからザウに対して追求しなかった。ウキリベリスタルも噛んでたんだろうが、すんなりとディブレシアの血による両性具有だと信じた」

 その副産物として、ザウディンダルが僭主の末裔であるという事実を隠すことができたのだ。

《なるほど。生まれた両性具有は女王であろうが……殺害されたのだろうか? 三十五代は男皇帝だから、女王は献上される可能性もあるが》
「そうだとは思うんだが……ちょっと疑っている。たしかに両性具有は一種類しか産めないわけだけど……」
《どうした?》
「ザウディンダルの父親にあたる、エイクレスセーネストの遺体を調べない限りはっきりとは言えないんだが。クレメッシェルファイラは男王ってことは脊椎に”永久の瞳”を持っていたってことだ」
 【我が”永遠”の友】は男同士【其の”永久”の君】は女同士の精神感応を指す。
 性別でわけることの少ない帝国だが”瞳”だけは違い、瞳に”永遠”がかかるか”永久”がかかるかで、性別が表される。
 男王、女性機能優先型両性具有が持つ特質因子を”永久の瞳”と呼ぶ。よってクレメッシェルファイラは”永久”を持っていたこととなる。
 だがザウディンダルは女王。だから”永久”ではなく”永遠”を持っていることになる。となれば、永遠がどこから来たのか? が問題となる。
《……》
 もちろんディブレシアが持っていた可能性が高い。だがあくまで可能性であって、確実ではない。
「ディブレシアは完全に狙って二人目の両性具有・ザウを産んだ。これを帝国宰相の反逆の引き金にし、陛下を殺害させようとして。となれば確かにザウが女王で――いいように見える――けれども、あの時代はディブレシア《女性皇帝》の統治下だ。女王は排除されるべき存在だ。だから男王を作って、その後に《女性皇帝》を産んだほうが確実じゃねえか」
《ディブレシアは女王の誕生は予測していなかった? ということか》
「おそらく予想外だったと思うが、その話についてはあとでもっと詳しく。それでここからは悍ましく下種の妄想の域だが、あえて語ってみよう。帝国宰相に簒奪させようとしたときに、ディブレシアに似た女皇帝だったら、帝国宰相は割合簡単に踏み切れると思うんだ。あの人が簒奪できない理由の一つは、陛下がことのほか庶子兄弟に優しいところにある。それでだ、あの庶子兄弟はディブレシアを満足させるために育成された……と言われているんだが、それは次の”女皇帝”であったら、そちらに使われたことも考えられる。これが最大の引き金になると思うんだ。帝国宰相は他の弟たちがディブレシアに性搾取されないために、自分が盾になった。その男が次の皇帝に弟たちを捧げられるとは到底考えられない」
《だが女性因子がないのであろう?》
「それも後回し。あのさザウの藍色の瞳で両性具有が、簡単に受け入れられた理由って何でだと思う?」
《やはり一人目の両性具有が藍色の瞳だったからではない……ケシュマリスタは知っていたのか!》
「三十三代皇帝ビシュミエラはケシュマリスタ系皇帝だが子供はない。そしてケシュマリスタは再統一後一度も外戚王になっていない。となると”藍色の瞳の両性具有”の稀少な因子は、暗黒時代以前の系譜に遡る。だからザウディンダルの祖母も持っていたんだ。失われた大量の記録。あいつらケシュマリスタは知ってた。藍色の瞳を持つ帝后が両性具有を身籠もったことを。四ヶ月、五ヶ月くらいまで育ってたならドミナリベルの瞳の色は大まかに解っただろうよ」

《これはもう空白の期間に両性具有が存在したと考えたほうが良さそうだな》
「ああ」


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