【繋いだこの手はそのままに−78】
「ヘルタナルグ准佐。ライハ公爵殿下宛の呼び出しが」
エーダリロクから “ライハ公爵緊急の呼び出し” を受け取ったカルニスタミアの副官のヘルタナルグは、すぐさま主に伝えて良いものかどうか悩んでいた。
通常ならば直ぐに伝えに行くのだが、主であるカルニスタミは現在、兄であるテルロバールノル王と冷戦状態の話し合い中。王が領地に戻る際に供をしろと命じたことから端を発したいつもの出来事。
いつもの出来事なので “その時” は決して報告に上がってはいけないとヘルタナルグは知っている。
用件が大したことが無ければ、至急であろうが王との言い争いが終わってからでも良いのだが、今受け取った連絡は本当に直ぐに告げなければならない用件であった。
その用件は王子に仕える佐官如きには判断できない事項、仕方なしに彼女はテルロバールノル王の側近中の側近、ローグ公爵に報告を持ってゆくことにした。王に絶対の忠誠を誓っているローグ公爵が、命令を破り取り次いでくれる可能性は少ないのだが、副官として出来る限りの事をしようと伝えたところ、
「丁度良かった」
公爵は笑みを浮かべて “良かった、良かった” とヘルタナルグを連れ二人の居る部屋に入った。
そこには頬を痙攣させている状態のテルロバールノル王と、完全に背を向けて一切のことに口をつぐんでしまっているカルニスタミアの姿。
「何だ! プネモス!」
突然入ってきたローグ公爵に怒鳴りつけるテルロバールノル王は “いつも通り” に顔を紅潮させ怒り体を小刻みに震わせている。
「王、ライハ公爵に重要な命が下りました」
「儂の命令を破るほどのことか」
「当然。このプネモスが王の命令に背かねばならぬ命となれば、一つしかございません。皇帝陛下に関することでございます」
その報告を受け、ヘルタナルグの依頼書に目を通しした後、眉間に皺を寄せて “行け” とテルロバールノル王は命じた。
部屋を出たカルニスタミアは副官のヘルタナルグに、
「いいタイミングだった。全く……儂の神経を逆撫でして何が楽しいのやら。それで、何用だ?」
微笑んで話を中断してくれたことを褒めた。
テルロバールノル王とカルニスタミアの会話は何時も最初の五分で喧嘩になり、その後カルニスタミアが叱られるのが常だった。それだけ聞けば帝国宰相とザウディンダルに似ているが、決定的に違う箇所がある。
それはカルニスタミアが王に嫌われても全く構わないという姿勢をとることだ。
ザウディンダルのように、ある程度兄に対して気を遣うということは皆無。その全く歩み寄ってこようとしない態度がテルロバールノル王を激昂させる。だがこれはカルニスタミアの作戦で、激昂すると高確率でテルロバールノル王は眩暈を起こし、会話が打ち切られる。
半端な怒りでは延々と続くが、激昂させて眩暈を起こさせれば簡単にケリが付くのをカルニスタミアは経験で知っているので、何時も兄を怒らせるような態度を取る。
勿論テルロバールノル王もカルニスタミアがそれを狙っていることを知っているのだが、弟が目の前にいるとついつい激昂してしまい、支離滅裂な言葉を放ってしまう。それが原因で本人としては不快な称号≪ヒステリー王≫と影で言われているのだが、こればかりはどうにも止められないでいた。
「ゼゼナード公爵殿下が、陛下の機動装甲の調整について」
やっと解放されたと椅子に腰を下ろし、酒を持ってこさせて煽るカルニスタミアは報告を受けて、
「機動装甲の調整だと? この前最終調整を終えた筈だが」
聞き返すが、
「最終調整後に発見された些細な誤作動を直したいので、もう一度動作確認が必要とのこと。詳細は直接伝えるそうです」
ことが事なだけにそこには書かれていなかった。
「そうか。指定の時間に向かうと返事を」
「畏まりました」
**********
カルニスタミアが呼び出された場所に到着すると、エーダリロクは一人で画面を四つも立ち上げ、ひっきりなしにそれを叩いていた。技術庁のトップ数名は固定画面端末ではなく、空中に画面を出すことが出来る端末を使用することが許可されている。
固定画面とは違い浮動画面は照会情報を集積できないため、どの情報に誰がアクセスしたかを残すことが必要な情報局の方で使用を制限していた。特に高頻度で使用するのが巴旦杏の塔管理者エーダリロク、技術庁長官カレンティンシス、帝国最強騎士キャッセル。この三人は各々 “一人” だけしかアクセスできない情報を持っている。
エーダリロクの場合は自分と皇帝以外は触れることが許されない巴旦杏の塔の情報にダイレクトにアクセスするため、必然的に固定画面ではなく浮動画面を使用しなくてはならない。
カルニスタミアの兄であるカレンティンシスは情報局の統括である技術庁の長官なので当然ながら浮動画面を使用することができ、エーダリロクでも許可されていない全空間起動をも行うことが出来る。全空間起動とは『指定した空間全てに浮動画面を呼び出すことを可能にする』
宮殿では不可能だが、戦艦や空母クラスはカレンティンシスの持つ秘密コードによって全空間に浮動画面を出すことが可能となる。
秘密コードゆえに探ろうとする輩も多いが、基本的にカレンティンシスの生体コードと技術的なコードが合わさって初めて起動するもの。カレンティンシスは技術的なコードは一週間に一度は見直し手を加え書き直していた。自分の生体コードに関しては “安全性を考慮して” 長官の座に就いた時に全て抹消している。
前の長官は父であったウキリベリスタルで、両性具有である≪息子≫カレンティンシスの生体コードは全て偽造しており、彼は王に即位し、それと同時に技術庁の長官に就任してそれをも消し去った。
ラティランクレンラセオが「ザウディンダルという両性具有のデータ」を欲し、同じタイプのカレンティンシスに暴行を加えて欲しいデータを取ったのには、本人のデータが完全に消去されていたせいもあり、技術庁長官でもアクセスできない帝国騎士本部にしかザウディンダルのデータが存在しない為だった。
「お、来たか! カルニス。歩きながら話そうか」
カルニスタミアが来たことを確認したエーダリロクは端末を消し歩き出した。二人は歩調を合わせて、話をしながら人目の付かない場所へと移動してゆく。
「陛下の機動装甲の誤作動とは?」
「誤作動を起こしているのは機動装甲じゃない」
宮殿には何箇所か監視衛星に感知されない場所があり、エーダリロクはそれらの場所をよく知っていた。
何気なく歩きながら二人はその区域に入り、周囲に人がいないことを確かめた後、
「何だ?」
「巴旦杏の塔を探れとのご命令だ」
本当のことを告げた。
巴旦杏の塔は皇帝と両性具有以外には立ち入ることが出来ない。それ以外の者が立ち入ろうとすれば、その体は引き裂かれる。そして巴旦杏の塔は≪世間的には≫神殿とも繋がっていないとされている。
ならば最初に収められた両性具有以外の者を収める場合にどうするのか?
外部から巴旦杏の塔に新しい両性具有を承認させる、その登録を行うのが巴旦杏の塔の外側からの管理者の仕事であった。
登録する方法は多種あるが、
「偽体が必要なのか」
その一つが偽体を用いること。皇帝の “精神感応者” が代役を務め一時的に塔を停止している間に管理者が内部に新しい情報を送るという手法がある。
カルニスタミアが皇帝の機動装甲の最終調整に携わっていたのも、神経の伝達物質に関する大部分が重なっているので代役として調整用のダミーを命じられていた。
機動装甲の調整はバラーザダル液の調合の際に多少体に不調は出ることもあるが、縁戚であり基本的な体の構成物資の量は大差ないので大事には至らない。
「ああ。下手しなくても大怪我する可能性があるから、断るなら断ってもいい」
巴旦杏の塔に新たな両性具有を登録するのに必要な時間は五秒、偽体が塔を停止させていることが出来る時間は七秒。
前もって管理者が情報を用意して、それを送り塔内部が判断を下すのでその程度の時間で十分なのだが、巴旦杏の塔を≪探る≫となれば七秒では足りない。それと一時停止解除後には必ず無差別の攻撃が行われる。当然無差別なので皇帝であっても攻撃されてしまうので、シュスターク自らが一時停止させることは危険過ぎてできない。
偽体以外にも一時停止をかけることは可能だが、時間制限がより厳しくなり登録は出来ても情報を探ることは不可能。
「誰が断るものか。陛下からのご命令」
それを知っているのでカルニスタミアは “下らないことを言うな” と言った口調で言い返す。カルニスタミアの性格からして、知らなくても皇帝の命令であれば拒否はしないだろう。
「何を探ると思う?」
「見当もつかんな」
「お前の親父さんが組んだシステムだぜ」
そのカルニスタミアを見ながらエーダリロクはそれとなく “誘導” してみた。もしかしたらカルニスタミアは父親が塔の内部に加えた何かを知っているのではないかと。
「知らんよ。スタルシステムが完成した頃、儂はまだ生まれておらんしな。何か知っているとしたら兄であろうよ」
一回目の誘いは不発に終わったが、手元には “あるもの” があった。
「だよ……な。カルニス、お前を信用して “解読” を依頼したい」
「解読だと? お前が解読できぬものを儂が解読できるとはとても思えんぞ」
ウキリベリスタル亡き後、その後を継いで巴旦杏の塔の外部管理者となったエーダリロク。
エーダリロクは “死後” 厳重にロックされていた巴旦杏の塔に関する機密を帝国の絶対支配者コードを持っている皇帝によって解かれ、それを引継ぎなしに渡されてから一人で情報を漁りシステムの概要を独自に掴んでいった。
前管理・構築者も現管理者もその才能は “ほぼ” 同等だったために、エーダリロクはほぼ苦労せずに解読し管理できるようになったのだが、ただ一つだけどうしても解読できないものがあった。それは、
「文字自体が読めないんだ。お前さ、親父さんの狂草読めるだろう?」
特殊な文字。
記録画面が出てきたとき、エーダリロクは一瞬 “落書きか?” と思った程に崩れた“文字”
地球時代の古典で僅かに目にすることが出来る文字だと、読書好きのビーレウストから教えられていなければただの落書きとして処分してしまったと、今でもエーダリロクは思っている。才能や頭脳は同等でも、一族に伝わる文字など特殊なものはエーダリロクでもどうにも出来ない。
狂草と判別できたビーレウストに解読を依頼したが、ビーレウストは一般的な狂草なら何とかわかるが、ここまで崩した癖のある狂草はどうしても読めないと匙を投げた。
字に癖があるのは仕方ないことの上に、今では殆どの者が知らない狂草。それを “教えられている” としたらウキリベリスタルの息子しかいないのではないか? そうエーダリロクは考えていた。それも弟であり、男性のカルニスタミアだけがと予想をつけて。
もちろんエーダリロクは予想だけで止めるような男ではない。カレンティンシスも読めるかどうかを確認する為に『帝国にはザウディンダル以外の女王がいる』とだけは教えていたロヴィニア王に、それに関係することだとしてカレンティンシスに狂草が読めるかどうかを確認してもらったことがあった。
答えは “読めない”
「狂草……父の狂草であれば読める自信はある。それにしても、何故書類に狂草などを。今では誰も読めぬ言語を、崩しに崩したものを使ったのだ?」
そして今、もう一つの予想は “当たった”
「それ程知られたくないことが書かれてるんだと思う。読んでくれ」
空中に出した画面をカルニスタミアに向けた。
「……」
画面を覗いたカルニスタミアの表情は一瞬にして曇った。
「読めないか? カルニス」
「いいや、読める……読めるし、これは確かに父の字だが……エーダリロク、残念だがこれには巴旦杏の塔に関することは何も書かれていない」
カルニスタミアの視線はせわしなく動く。何度も何度も読み返しているのはエーダリロクにも解った。
「でもな、巴旦杏の塔の管理責任者の引継ぎ書類の中にあったんだ。書かれていることを教えてくれないか?」
「簒奪しろと書いてある。儂に向けて、カレンティンシスから玉座を奪え、だが殺してはならぬと書いてあるんじゃが……これは何かの暗号か?」
「……」
エーダリロクにとってはそれも “当たり” だった。
「簒奪の際の殺害リストまで。母妃と兄の子である甥たちは殺害するようにと……どういう事だ?」
目の前の男の根底が僅かずつ、だが音を立てて崩れてゆく様にエーダリロクは『最善の回答』を探り出す。
この場で実兄カレンティンシスが両性具有であることを教えるべきだろうか?
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