ALMOND GWALIOR −142
―― それでは明日の午後二時に ――

 息子の代わりにタバイとタウトライバが書いた手紙がカルニスタミアの元に届いたのは夕食時であった。
 最初からカルニスタミアの予定に会わせているので、全く問題はない。
 当日午後まで雑事をこなして、用意を調えて迎えがくるまでの間、詩集を嗜んで待っていた。正直なところ、この時までカルニスタミアは「エルティルザ」「バルミンセルフィド」「ハイネルズ」がどんな性格なのか知らないに等しかった。
 たまに聞こえてくる噂では「性格は皇王族らしい」というだけ。
 その「皇王族らしい」をカルニスタミアは”落ち着きのある軍人”と解釈していた。上級士官学校総長であるアシュレートに聞けば、それは勘違いだと解ったのだが、他人の息子の性格などカルニスタミアには興味はなかった。

 ザウディンダルはカルニスタミアに甥たちのことを語らなかった。理由は「カルニスタミアが甥たちと仲良くはない」からである。
 ザウディンダルのような一般社会にちかい「叔父・甥」とは違い、カルニスタミアは「王弟・王太子候補」という関係で括られるので、黙っているだけで軋轢が生じる。なのであまり触れられなかったのだ。

 そんな「ザウディンダルの甥たち」の到着の報告を受けたアロドリアスは、迎えの安全確認にむかい、顔を真っ青にして、

「迎えが到着しましたが……本当に向かわれるのですか?」

 ”行っちゃ駄目です”がはっきりと解る表情で、カルニスタミアを控え目に引き留めた。主であるカルニスタミアに対して、割合はっきりと物をいうアロドリアスの曖昧な表情に何事か? と思い、カルニスタミアは自らの目で確認することにした。
 迎えが待っていた中庭には、素晴らしく「皇王族らしい」三人が”水陸両用ザイオンレヴィ(三人漕ぎ)”の前に立っていた。
 くどいようだが”ザイオンレヴィ”というのは帝国上級階級では《白鳥》をさす。

―― よっしゃあ。改良して、俺の紋章もつけてプレゼントしてやるよ。こいつにはそれだけの価値がある。今日の夕食後に、俺のところに取りに来い ――

 これをハイネルズから聞いた二人は大喜びして、何時もより夕食を早めに出して貰い、その間に訪問予定時間を届け、大急ぎで平らげてエーダリロクの邸へと向かった。
「よお。出来てるぜ」
 そこにあったのは、
「おお! ローエングリンですか!」
 白鳥ボートに馬車に使われるのと似たような車が付けられていた。
 その車の右側扉にはセゼナード公爵の紋、左側はロヴィニア王家の紋があしらわれており、カルニスタミア王弟殿下を迎えにあがるには申し分のない車。
 ただし引くほうの動力が、目がキラキラした白鳥ボート。
 もともとは二人で漕ぐものだったが「三人でなおかつカルニスタミアが乗った車を引く」ということで、水陸両用動力となる特殊仕様の横に三つ繋がった自転車を設置。
「お前らの息さえあえば、時速二百キロちかくまで出せるはずだ」
 親友と全く息が合わず、湖に何度も転がり落ちた王子は自信を持って言い切った。

 ちなみに、何故ハイネルズがザイオンレヴィボートの存在を知っていたのか? ハイネルズ以外の二人もこの存在は知っている。
 理由は機動装甲の”搭乗部”にある。
 機動装甲は工業用ロボットから派生した機器であり、その名残とも言うべきか操縦席が頭部にある。
 基本設計にとくに問題がなかったので、この形のまま開発が続くかと思われたのだが、近年、全く違う場所に操縦席を設置する設計図を描き上げた男がいる。
 それがエーダリロク。
 エーダリロクは新型機動装甲《腹部操縦席型》の開発者という顔も持っていた。そして今年帝国騎士に叙任された、最も年若い存在であるエルティルザ。
 このエルティルザだけが《頭部操縦席型》の機動装甲に搭乗したことがない。
 逆にいうと他の帝国騎士はシュスタークをのぞいて一度は《頭部操縦席型》に搭乗し、実戦にでたことがある。そのため《腹部操縦席型》の操縦に、若干ながら違和感を覚える者もいた。
 違和感を覚える、それは機体の性能を最大限に引き出せないとも言えた。
 そのためエーダリロクは一度も《頭部操縦席型》に搭乗したことのないエルティルザを、自分の開発している機体専用の騎士にしたいと申し出て、許可されることとなった。
 なのでエルティルザは、かなりの頻度でエーダリロクの研究室へと足を運んでいた。
 その際に「他の奴等も連れてきていいぜ。研究助手欲しいしさ。小遣いくらいはだせるぜ」と誘った。
 ハイネルズは戦闘的な面において二人を圧倒するが、身体能力という点ではバルミンセルフィドも父親に似て怪力を持ち、負けてはいない。
 それらの力を持つ二人なので、エーダリロクとしても荷物運びに使えるだろうと誘いをかけたのだ。
 バルミンセルフィドとハイネルズも喜んで足を運び、機密区画以外で雑事を行い、小遣いというにはかなり高額な”給金”を受け取っていた。
 その過程で作りかけの白鳥ボートを発見し”ビーレウストと漕ぐ”と知っていた。


 未来の話になるが、機動装甲の操縦席は最終的にエーダリロクが考案した《腹部操縦席型》となり《頭部操縦席型》は消え去った。
 それは機動装甲が兵器として独立した、とも言える。


「白鳥のひく小舟に乗っていただくような感じですね! ではご案内ルートは湖を抜け、上陸した先に窓が開けているような感じにして!」
 三人は改良されたザイオンレヴィボートに驚くことなく納得し、
「これ、ビーレウストの二作目の写し”チャリオット・海とカモメと千五十日”だ。やるよ」
 禁断の書を前に、エルティルザとハイネルズは顔を見合わせる。
「ありがとうございます!」

―― タイトルについては、深く追求してやらないほうがいいだろう。あまり追い詰めると、ビーレウストが暴れ出す ――

 あとで二人に聞かれたザウディンダルは、そう答えて様々なものを濁した。

 ともかく三人はザイオンレヴィボートを手に入れ、一人は稀覯本の写しを手に入れて、意気揚々と邸へ戻ってきた。

 その後《お迎えに上がる際に相応しい》格好をも考えて、クラッシクチュチュを用意する。
 ローエングリンである以上白鳥がひかねば! という考えからだが、白は皇帝の色であることも考えて緋色に似たオレンジ。
 三人ともそれを着用し、三人横並び自転車を漕ぎアルカルターヴァ区画のカルニスタミア邸へとやってきた。

「帰らせましょうか?」
 おそろしく自慢げに現れた三人に、アロドリアスは困惑した。
 ”これが帝国士官学校に入学して良いのか? 合格確実だろうとジュシス公爵は言っていたが……世紀の偉業、統一国家を作りあげた礎たる帝国軍だぞ”と。
 だがカルニスタミアは、然程驚かなかった。

―― 陛下の甥であるしな

「まず三人を通せ」
「うちぅ……御意」
 ”宇宙に還すべきです!”と喉まで出かかったアロドリアスだったが、家臣としてそれを噛み砕き、指示に従った。
「お迎えに上がらせていただきました!」
「ました!」
「わっしゃー!」

 格調高いテルロバールノル区画の豪奢で気品に満ちあふれている王弟殿下の邸が、一気に何か違う世界となった。出現した三人に召し使いたちは、かなり顔がひくつき、笑いを堪えて鼻穴が広がったが、それらを無視して会話が始まる。
「どれ、まずはお前たちの実力を見せてもらおうか」
 王者の風格なのか、天然皇帝の友人だからなのか? カルニスタミアに揺るぎはない。
「ここでですか!」
 いきなり言われて驚いているバルミンセルフィドに、
「そうじゃ。なにか儂に踊りを見せてみろ」
 普通に話しかける。
 格好で人を判断しない出来た人間と理解するべきか、笑うべきところで笑わない変わった人と心で思うべきか? 判断に迷うところである。
 そんなカルニスタミアの質問に、
「解りました!」
「出来るの? エルティルザ!」
「大丈夫。バルミンセルフィド、そこで丸くなって」
 エルティルザは自信を持って答えた。
「解った」
 クラシックチュチュ姿で床に丸くなるバルミンセルフィド。そしてエルティルザは、
「済みません、鞭貸して下さい」
 と、アロドリアスから鞭を借りて、踊り始めた。
 本人は踊っているつもりらしいが、やっていることは鞭を振り下ろすだけ。
 力加減しつつバルミンセルフィドを打ち続けるエルティルザに、
「エルティルザ、なにをやっとんじゃ?」
 カルニスタミアは落ち着き払った口調で尋ねる。
「演目は瀕死の白鳥です!」
「……」
「ぶらぼー瀕死のザイオンレヴィ!」

 昔、それこそガルベージュス総司令と同じ時代にいたザイオンレヴィという男性は、主であるケシュマリスタ王に日々鞭で打たれていたと伝えられている

 ”それは瀕死の白鳥違いじゃ……。なるほど、噂の「皇王族らしい」は、こっちの「皇王族らしさ」か”

「あの……殿下。本気で教えてやるのですか」
 アロドリアスの困惑を他所に、
「ああ。お前らもう良いぞ。腕と頭の中身は確かに観させて貰った。ではこれから、期間は短いがしっかりと教えてやる。まずは宮までゆこうか」
 カルニスタミアは全く動じていなかった。


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