ALMOND GWALIOR −138
「入学試験にダンスがあるのか?」
 夫婦喧嘩の元になるらしい”物体”が片付けられた後、やっとザウディンダルは先程の出来事を尋ねることができた。
 ”先程の出来事”とは、必死にビールマン体勢を取っている二人に、何故試験勉強中なのにそんな事をしていたのか? というもの。
「あるんですよ。帝国軍人は皇帝の権威を表すために踊ることもあるじゃないですか」
 バルミンセルフィドの言葉に、ザウディンダルは記憶を手繰るが出てこない。
 それというのも、正規の帝国士官学校出の軍人が皇帝の背後で踊るような式典に、非正規扱いの帝国軍上級大将ザウディンダルは参加する権利がない。
 特に参加したいとも思わないので、要綱などにも目を通したことがないので、これに関しては”さっぱり状態”だった。
「基本帝国上級士官学校に入る場合は踊れなくては駄目なんです。最初から踊れということはないのですが、踊れるかどうかの適性試験はありまして、それが先程の柔軟性を測るテストなんですよ」
 ”柔軟性”と言われて、なんとなく理解ができた。
 というよりは、理解しようと必死だった。
「かつて上級士官学校卒の帝国軍人の九割を皇王族が占めていた頃は、それは素晴らしいラインダンスが見られたそうですよ」
 言いつつハイネルズは足を上げて、遅れて二人も揃えて足を上げる。真空波でも出すのか? といったスピードで。
「最盛期はいつぐらいだ?」
「十六代オードストレヴ帝の御代に平定されて、そこから落ち着き……諸説ありますが暗黒時代と無関係な二十一、二十二代皇帝あたりが最高ではないかと」
 ハイネルズが左足を上げて、
「私は二十三代のガルベージュス総司令閣下が就任していた頃だと思うな」
 エルティルザが右手を上げる。
「二十代から二十五代くらいまでは、凄いですよね」
 そして降ろした左足を再び上げるバルミンセルフィド。
「お前達のラインダンスは良いから、まず座れよ」
 ”ノリ”の良い三人を座らせて、額をに触れるように前髪をかき上げた。
「ダンスも試験があるなら、それ相応のヤツに習った方がいいんじゃねえのか? 俺がダンス上手いと思うのは……やっぱカルかなあ」
 全てにおいてカルニスタミアを上回る才能を持つ人物は少ない。
「やっぱりライハ公爵殿下ですか。正直な気持ちとして、近衛兵団団長は華やかなライハ公爵殿下の方が良いような気がします。父上のことは尊敬しておりますが、強さと同時に華麗さも必要ですから……父上は、そこだけは息子の贔屓目を持ってしても、ライハ公爵殿下とでは勝負になりませんからね」
 身体能力の高さは当然だが、皇帝の権威を表す式典の際に並び、近くに立つ。その際に”見栄え”することも重要。
 天性の皇帝容姿に生まれ持った華やかさを持つ皇帝の隣に立つと、タバイの地味さ加減は余計に目立つ。
 単体で立っている場合は然程地味ではないのだが、皇帝の隣という持ち場につくと、途端に地味になってしまう。それだけではなく、似た容姿のカルニスタミア。
 彼も皇帝の側近として隣に立つことが多いのだが、その優雅さと余裕、そして人目を引く気品により、似ているタバイの地味な雰囲気が余計に目立ってしまうのだ。
「あの方のパソドブレとか、異常に格好良いですよね。男の私でも胸が高鳴りますもの」
 エルティルザも”ほうぅ”と格好良さに溜息をつく。
「格好良さにおいては詐欺レベルを通り越して、国内大恐慌レベルですよ。フラメンコの格好良さも、殺害しても良い程です。いっそのこと、フラメンコじゃなくてカルニスタミアって名称に変更しても誰も文句言わないですよね!」
 容姿が容姿なだけに、本気で殺そうとしているのだろうか? と思いたくなるハイネルズの発言だが、それ以外は大体ザウディンダルも納得できた。
「あれはもう”生まれ”なんでしょうね」
「だろうね。アルカルターヴァ公爵殿下も、他王よりも気品の量? 量というのはおかしいかも知れないけれど、とにかく気品の量と質が違うんだよね」
「そうでしょう。私の父はアルカルターヴァ公爵容姿はそっくりですが、気品が全く違います。テルロバールノル王家のご兄弟、気品独占し過ぎですよ」
 傍で見た事のない三人ですら、この状態。
 聞きながら、つい最近までいつも一緒にいたザウディンダルは、
「アルカルターヴァ公爵の方は知らねえが、カルはまあ……傍で見たら、今以上の感想もつかもな」
 思い出し”もっと凄いぞ”と重ねる。
「ええ! あの方、もっと格好良いんですか!」
「さすがだなあ」
「格好良すぎる男は男の敵ですから、いっそ殺してしま……」
「だから、その顔でその台詞は駄目!」
「大体ハイネルズ、ライハ公爵殿下と勝負して勝てる自信あるの? ハイネルズが強いのは知ってるけど、暗殺だって難しいと思うよ」

 この三人の中では、ハイネルズが最も強い。

「でもお前は士官学校狙いじゃないんだよな?」
「はい、私は文官希望なので、帝国大学の方を目指してます」
 だが彼の希望は文官。
「強いくせに」
「強いのに」
「いや、まあ強くてもいいじゃねえか。バロシアンも強いけど、帝国大学で政治専攻して文官になったしさ。お前は何専攻で何処目指すんだ?」
 帝国上級士官学校の入学、卒業も厳しい道のりだが、帝国大学も”今から”用意していなければ、希望の学部に入ることも、そこで優秀な成績をおさめて文官になることもかなり難しい。
「古代文学を専攻して、発禁書庫管理長官を目指そうかと」
「秘密管理だと、ラティランクレンラセオがトップの法務関係狙いか」
 帝国では法務長官が、一般公開の可否を決める。書物は思想などよりも娯楽と歴史が、真っ先に検閲されて”羽の生えた人間”や”角の生えた馬”などが登場した場合は「さりげなく」書いた本人もろとも収監し処分する。
 それが法務省に属する発禁書庫管理庁。
「向いてるちゃあ、向いてるかもな」
 デウデシオン直属の秘密警察を率いているデ=ディキウレの仕事に似ている。
 違うのは、デ=ディキウレが私的な面が多いのに対し、書庫管理官は完全に公的な役職であること。
「ほら、向いてるってザウディンダル様もおっしゃった! それにですね、エルティルザは私のことを応援したくなるはずですよ」
「何が?」
「私は発禁書庫にアマデウスの本も収めるつもりです」
「……」
 エルティルザは初めてハイネルズのことを応援したくなった。
「駄目ですよ! どこが発禁なんですか!」

―― ビーレウストも応援するだろうな。でも……ハイネルズの強さからいったら、バロシアン並にジュシス公爵に勧誘されるだろうから。それは、それで大変な思いするに違いない


 そんな話をしている間に、
「しばらくお邪魔することになりました」
「バロシアン!」
 治療を終えミスカネイアに最終チェックされ”我が家に来なさい”と言い渡されていたバロシアンが、重要な項目だけに目を通し指示をだして仕事を切り上げやってきた。
「バロシアン叔父さま」
「バロシアン叔父さん」
「バロバロおじ様」
「略さないでくれるかな、ハイネルズ」
「それではアンアン?」
「そっちはもっと嫌な略し方だよ、ハイネルズ」
 ”バロシアン、それは略してるって言わねえぜ”
 きらりと輝く凶悪な顔立ちで、人なつっこい甥から目を逸らす。
「勉強しているというので、役に立てるかな? と、思って来たんだよ。知りたいことがあったら聞いて」
 バロシアンは着実に、そして堅実に賢く一般の道を歩んでいるので、世の中の規則と慣習に関しては大体を網羅している。
「あのな、バロシアン」
「なんでしょうか? ザウディンダル兄」
「お前がさ、ジュシス公爵からの勧誘を断った後にされたことを、ハイネルズに教えてやって欲しいんだけど」
 まさに知的な顔立ちのジュシス公爵だが、性質は普通にリスカートーフォンの為、手段を選ばない。
 バロシアン、リスカートーフォン集団によって誘拐されること三十回。吊されたり、水責めにあったり、電流を流されたり、眼球に針を刺されたり。
「拷問は実行犯が独断で行っただけでして、その都度ジュシス公爵殿下が謝罪してくださいました。でも誘拐は止めてくださいませんし、個人的には拷問よりもジュシス公爵殿下の説得の方が辛くて」
 自力で脱出できた場合は良いが、できなかった場合は、帝国宰相が間に入って助け出していた。
「はあ……」
「ハイネルズ、やっぱり武官になりなよ!」
「本を抱えて捕まったりしたら、大変だろ!」
 話を聞いていて、ハイネルズも若干困惑気味。
「特にジュシス公爵は抜群のトラップ設置能力に、大得意なのが奇襲攻撃だからよ。下手すりゃ、カルでも罠にかかるんだぜ? 勿論、演習中のことだけど、本当に上手いらしい」
 カルニスタミアすら手こずるという所で、ハイネルズの心は若干折れそうになったが、
「でもまあ……父上であるデ=ディキウレ兄が全力で助けに来てくださるでしょうから、進みたい道に進むのも」
 バロシアンだけは一応ハイネルズの進路を応援した。ただし危険な道になることは身をもって知っているので、強くは押さなかった。

 こんな話が続き、まったく試験勉強せずに夕食の時間となってしまった。
 バロシアンは甥っ子たちと共に食堂へと向かい、ミスカネイアがオロディウスを連れてザウディンダルの元へとやってきた。「試験勉強の監督できなかった」と謝るザウディンダルに、
「あの子たちもザウディンダルと話をしたいらしくて。試験勉強は多分”だし”だから、気にしないで話をしてやってくれる?」
 笑いながら告げた。
 母親は息子たちの考えは理解していたのだ。
「それで良いなら……でも、勉強もしっかり見るし、カルにも手紙書いてダンスの手ほどきをしてもらえるようにするから」
「ありがとうね。本当に良い子だわ、ザウディンダル」
 頭を撫でられてはにかんだザウディンダルを見ながら、ミスカネイアは心の底から幸せを味わった。

**********


「兄貴? バロシアン?」
 体調不良なので食事をとらず、水分だけ補給して眠ろうとしたザウディンダルの元へ、
「薬を挿す」
「では私は部屋から出ていますので」
 デウデシオンとバロシアンがやってきた。ただしバロシアンは直ぐに部屋をあとにしたが。

―― ザウディンダルは当家で療養させます。その看病のために、帝国宰相閣下もお泊まりください。え? 弟の邸には出向かないという約束だ? 私も守りたいところですが、先程の行動の原因はなんでしたか? そうですわよね、座薬を挿しただけであの大暴れ。私はまだ産休中ですし、夜もオロディウスの傍にいる必要があるのですよ。乳母はおいておりません。乳母代わりはアニエス殿ですけど。そうですわ。五時間おきに投薬ですから、夜間は夫に頼む予定だったのですけれども、先程のような行動に出ないと言い切れませんから。タバイは違う? 私は夫の身体管理も仕事です。ですから、無用に危険なところへは行かせんません。
それとバロシアンも、当家で療養させます。治療は完璧? そうですわね、治療は完璧ですが、私がまだ要治療と言っているのです。そう、医師である私が。
ザウディンダルの夜間の投薬と、バロシアンの精神安定の為に「きなさい」良いですわね? 身から出た錆ですわね。その為の薬や布くらいは用意しますので、錆を落としてくださいよ。
不自由はさせませんよ。なにせ帝国宰相閣下の宮の召使い全員こちらで引き取っているのですから。あれほどまでに壊れた宮に置いておくのは、身の危険がありますから。壊れた建物は人の神経を荒ませます。下働き区画で、それに関して目の当たりにしましたので。
宮の修復は後日でよろしいのでしょう? アイバリンゼン殿はバロシアンとフォウレイト侯爵と共に、近いうちにフォウレイト侯爵領へと向かうのでしょう? その後でよろしいですわよね ――

 デウデシオンに拒否する権利はなかった。
「兄貴が? いや、俺自分でやるよ」
「いや、私がしっかりと奥まで……奥まで……」
「いいよ、兄貴! 自分でできるって! 恥ずかしいし」
 医療行為の一環なのでエーダリロク相手では恥ずかしくないが、デウデシオンになると羞恥心の方が強くなるザウディンダル。
「恥ずかしがる必要はないから。ほら見せろ」
「嫌だ。自分でやるもん! 止めて、兄貴」

―― そう、煽るな……ザウディンダル

 兄の心、弟は知らず。

―― 体洗ってないから、汚いって! 

 弟の心、当然兄は知らない。

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