ALMOND GWALIOR −123
《お前の妃はお前の扱い方を心得ているな、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルよ》
 メーバリベユ侯爵に通信を切られ、画面の前で悶えているエーダリロクに、
―― 俺だってそう思ってるよ! ああ! 気になる? なんだ? なんだ?
 色々なものを掻きむしりながら答えた。
《少し落ちつけ》
「あっ! 待てよ。さっきの依頼、あの区画の土壌成分解析が……」

《本当に お前の妃は お前の扱い方を 良く知っている》

 銀狂はメーバリベユ侯爵に感心しながら、エーダリロクの意識を追う。
「后殿下の着衣についてた土の成分はこの部分……あれ? ここってさ」
 最初の巴旦杏の塔は爆撃によって破壊された。
 巴旦杏の塔自体にバリアシステムはあったが、それでも防ぎきれないミサイルが投下された結果の破壊であった。
 徹底した破壊により、跡形もなく消え去った円錐形巴旦杏の塔。
《どうした?》
「ここは”元”の巴旦杏の塔の傍だ」
 地面が抉れ元の地形が消え去るまで爆撃を受けたその箇所から、少々離れた場所に円柱形巴旦杏の塔は再建された。
 塔の位置が変更されたのは、王族階級であれば常識的に教えられること。
《傍?》
「ああ。ほんのちょっとだけ離れてるって感じだが、位置的には絶対に被さってない。設計図と照らし合わせると、元は通路が見える大窓から少し離れた場所。今もこの大窓はあるが、向きは逆だな……あれ? 待てよ、なんで180度回転して再現されてんだ? ……どうした? ザロナティオン」
《塔の詳細や、180度回転の理由は解らないが、ヒドリクの奴隷妃が掘った箇所に関しては、思い当たる物がある》
「何だ?」
 尋ねた瞬間、エーダリロクは久しぶりにザロナティオンに恐怖した。

《ザウデード侯爵グラディウスの館があった》

 ザロナティオンだけが持つ憎悪が、精神という精神に流れ込み、体を奪われそうになる。精神というよりは、体。
 全身を巡る”帝王の憎悪”は、エーダリロクの意志すら遮断してしまう。
 正直なところエーダリロクにはザロナティオンがなぜこれ程までに”帝后グラディウス”を嫌うのか? 解らなかった。
 だが聞くつもりはなく、何かをするつもりもなかった。
 様々な良い所を調べて教えたところで、ザロナティオンは死んでいる。誤解や隠された真実など、教えたところで過去は戻って来ない。なによりザロナティオンは”既にこの世にはいない”のだ。
 それに「良い所」を調べてみようが「誤解」を解いてみようが、この体を支配する「帝王の憎悪」が容易に消えるとはとても思えなかった。
 この世には決して消えぬ憎悪がある。自らが消え去ることでしか、消せない憎悪が。
 エーダリロクは体を支配しそうになる憎悪を感じながら、彼にとって問題なのは、

―― これが消えるのはいつだ? いつになったら帝王は楽になれる? ――

 帝王は自然に消滅するのか? それとも解き放つ必要があるのか? その一点。
 エーダリロクは性格的に楽観視し自然消滅を期待する男ではない。もしかしたら自分の意識も、この帝王とともにどこかに甦るかもしれないとも考えている。
 エーダリロクがメーバリベユ侯爵を抱かない理由は色々あるが、この《帝王の復活》を恐れているのも理由であった。
 霊体などという不確かな存在ではなく、間違い無くヒドリクの血に潜んでいる《帝王ザロナティオン》
 彼の復活を阻止し、自由にするためには子供を作らないのが最良だと考えていた。だが同時に、全く同じシュスタークの子がどうなるか? その未来を考えると、やはり自然消滅を期待しているわけにはいかない。

「ザウデード侯爵の館ねえ。公式記録には残ってねえよな」
《ないであろう。残せるはずがない》
「何でないのに、知ってるんだ? ザウデード侯爵となりゃあ、あんたが生まれるよりずっと前の帝后だろ?」
《ザウデード侯爵の背後にいたのは、皇帝サウダライトではなく、ケシュマリスタ王マルティルディだ。その関係で、バオフォウラーが良く知っていた》
「……」
《どうした? エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル。何かおかしなことでも言ったか?》
 エーダリロクの中に漠然とながら、何かが浮かび上がってきた。
 帝国史上”二人目の平民出正配偶者”
 腕の良いメイク係が束になってメイクを施しても”普通の顔”にしかならなかった容姿。
 もさっとして、気が利くという言葉自体知らなさそうな子供。
 本当に何の取り柄もない田舎娘が、取り柄がなさ過ぎて寵愛された。
 そうまで言われた帝后グラディウス。だが異様なほどケシュマリスタに縁が深い。系譜からみると、たしかにケシュマリスタに縁が深くてもおかしくはないのだが、
「いいや……少しばかり。ところで、なんでこんな所に館作ったんだ?」
 この帝后の産んだ子は、ケシュマリスタ以外にも王婿や王妃として出ている。
 なによりも”帝国の全てを知らないまま生きていった”と言われる帝后が、なぜこれほど”両性具有”に関わっているのか? 
《塔の中の両性具有と、仲が良かった関係だとか》
「イデールサウセラか?」
 帝后グラディウスが帝星にいた時期から考えると、女王イデールサウセラ以外は”存在しない”
《それとも仲が良かったとは言われている。先日語った”虚飾の館”が改められて”華冠の塔”の原因になったのだからな。だが館が建てられたのは、それ以前でリュバリエリュシュスという女王と》
「待て、ザロナティオン」
《どうした?》
「リュバリエリュシュスなんて女王はいねえ。そいつは男王だ……ビシュミエラは、あんたに女王と語ったんだな?」
《ああ》
「神殿は判断を下さない……なあ、俺の手元にはリュバリエリュシュスって男王は、帝后が宮殿に来る以前に処分されたことになってる書類しかねえ。時代背景、特に皇帝の性別から考えても、否定できる余地はないが」
 エーダリロクは腕を組み考える。

《当初の目的通り、神殿に忍び込むか? それとも、巴旦杏の塔へと向かうか? どちらを先にするか選べ》

 椅子から勢いを付けて立ち上がり、

「巴旦杏の塔のほうにする」
 目的変更となった。
《お前の妃も喜ぶであろうよ、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
「偶には喜ばせないとな」

**********

 エーダリロクにとって、帝后グラディウスというのは、完全に過去の人で、帝后に対し感情はない。
 十二、三歳でテルロバールノル王領の未開発惑星から、下働きとしてやってきた。
 そこで当時の初傍系皇帝サウダライトに見初められ、特に障害もなくあっさりと皇太子を身籠もり、帝后の座に収まった強運の持ち主。
 白い髪、褐色の肌、藍色の瞳が特徴の、終生「少女」と呼ばれた帝后は、皇帝との間に五人の子を産み、一度流産している。
 息子のアルトルマイス帝が十八歳で即位し、サウダライトは退位して大皇となり、帝后も帝太后となって、大皇と共に宇宙旅行に出た。
 帝太后よりも二十七歳ちかく年上の大皇は、退位の約十年後に死去し、帝太后は大宮殿に戻ってきて、以降死ぬまで大宮殿に居を置く。
 たまに娘や息子の嫁ぎ先である王家に足を運んだ。
 帝太后は息子アルトルマイス帝の死を看取り大帝太后となり、その孫皇帝の時代に幸せのうちに死去した。

 エーダリロクにとって、気になる部分はなかった。

 感傷から遠い所に立ってものを見ることのできるエーダリロクは「一番幸せになった親王大公」や「一番不幸だった親王大公」などという分類は好きではない。
 だが世間的には分類されており、結果は”こう”だ。
 一般階級の感情的な判断から見ると、帝后の産んだ子で最も不幸だった親王大公は、第一皇女アデード。
 だが支配者的な目で見ると、それは不幸ではない。
 一番幸せだった親王大公は、第二皇女ファラギアと言われる。
 これは支配者階級としても同意する。一般階級の描く幸せではなく、彼女と夫であるロヴィニア王子キーレンクレイカイムの孫こそが「ヒドリク親王大公」
 現帝国の皇帝の主たる血筋なのだ。その観点からして、帝国として不幸であるあはずがない。

 当事者たちは”謎”を残した覚えはない。いつの間にか”謎”になってしまった。それだけなのだ。だから解き明かす鍵がなくても仕方がない。

 だが稀に”謎”や”解き明かす鍵”とは別に、残す者がいる。

**********

 エーダリロクはまず巴旦杏の塔の前に立った。
《あちらを調べるのではないのか?》
 ロガが掘っていたところを調べるのか? とザロナティオンは思っていたのだが、
「いいや。リュバリエリュシュスが気になってな。女王なのか? 男王なのか? システムのデータ蓄積方法からすると、ライフラは覚えている筈なんだ」
 目的を変えていた。
 シュスタークと全てを同じくするエーダリロクは、正式な分類は《第三十七代皇帝》
 よって神殿にも、この巴旦杏の塔にも自由に立ち入ることができる。
 自由に立ち入れるのに、なぜ立ち入って調べずに、金をかけて王が管理する【柱】を使用して調べていたのか?
 理由は単純にして当然のこと。

―― 皇帝の座を狙っていると思われては困るから

 エーダリロクはその全てが皇帝と同じであるが故に、皇帝にしか許されない行為から「意図して」離れる必要がある。
 エーダリロクが皇帝であることを知っている者たちに対し、皇帝になるつもりはないという証を見せるためにも、神殿と巴旦杏の塔に入ってならないのだ。これ程までに皇帝に近い性質を持っているエーダリロクを、誰もが疑わないのは、これらを徹底していたところにある。
 教え込んだのは先代ロヴィニア王バイロビュラウラ。
 それらを忠実に守るというよりは、守ったほうが得だと理解したエーダリロクは進んで立ち入ろうとはしなかった。
 以前神殿内でデウデシオンと話をした時が、エーダリロクとしては初めて。
「稼働している最中には、一生足を踏み入れないつもりだったんだけどな……」

 リュバリエリュシュスという名の両性具有は、女王であったのか? 男王であったのか?

 この両性具有は、ディブレシアの計算には入っていなかった存在。だが《銀狂殿下が稼働中に立ち入る》ことは計算に入っていた。

 強くなってきた夜の風に揺れる葉の音は、不安をかき立てる。エーダリロクはそんな事は気にせず、夜の闇に昼間よりは確りと見える、青白い光に指先を”かけた”

《ひけぇ!!》

 ザロナティオンの声を聞きながら、指がスライスされ掌の中程まで切られる様を見ていた。意識こそ失われなかったが、エーダリロクの体はザロナティオンが支配し、攻撃から逃れる。
 膝を落とし、指が残っている右手を握り締めて、四足状態になり夕べの園まで退避した。
《ここまでは届くまい》
「ああ。攻撃範囲にはいってはいない」
 血に染まった手袋の残骸を見下ろしながら、うっすらと発光する塔を見つめた。

「陛下が立ち入れたのに、俺が入れないって、どういう事だ」
   
 エーダリロクとシュスタークは全く同じ遺伝子を持つが、容姿は全く違う。容姿が全く違うので、普通の人は《性質が同じ》だとは決して思わない。
 この二人、見た目が違うのになぜ同じなのか?
 「シュスタークはエーダリロクの異形体」なのだ。
 ザロナティオン本体は異形化する能力は持っていなかったのだが、異形化した同族を強さを求めるために食べ、体内同化に部分的に失敗し”変異”をおこして死亡した。
 彼、ザロナティオンは死ぬまでの間、長時間苦しみぬいた。シュスタークがかつて通っていた奴隷が住む惑星でシャバラに語ったように。

―― 人とは思えぬ断末魔とはその事だ。その断末魔、四日間に渡り途切れることなく、あまりの音に耳に刃物をさして聞こえなくなるようにした者もおれば、身篭っていた者は次々と流産、精神の弱いものは心臓が止まった。逃げられる者は宇宙に逃げ、彼の死を看取ったのは宮殿に残ったビシュミエラ、三十三代皇帝となった女唯一人 ――

 この四日間苦しみぬいた、最大の理由が変異化と異形化だった。ザロナティオンは、完全に異形化能力と同化できなかった訳ではなく、部分的には同化できていた。
 同化能力はその貪欲な性質から、変異した部分に食いつく。
 変異は同化をも変異させようと、通常ですら激痛により発狂するといわれる痛みが、更に増してゆく。体の持ち主が悲鳴をあげようと、同化は止めない。
 その同化能力の真の持ち主は体内で「もっと同化しろ」と指示を出し、変異と同化が体内を蹂躙していった。

 そもそも異形化とは「同族同化」能力が付随している。強くなるために食べるとは、この同化能力が関係してくるためだ。
 強くなったザロナティオンは、確かに同化していたが、本来同化能力を持つ異形体ではなかった為に上手く同化できなかった。
 そのザロナティオンが部分的にでも同化できた理由は、異形であり食べられた後も意識を保ち続けた「ラードルストルバイア」
 同化に変異を襲わせ、絶望することすらできない激痛を帝王に与えた張本人。

 そして”第三十四代皇帝用クローニング”に使用された細胞は、異形が完全に同化していたために、それを基礎として増えシュスタークは異形化し完成形態と称される「かたち」となった。

 ここで問題なのは異形は即位することができること。
 よって異形化したまま神殿に足を運んだり、巴旦杏の塔に入ったりする可能性もあるため、決して《見た目》で判断するシステムは設置されてない。

 シュスタークとエーダリロクを分ける物は《見た目だけ》

 システムが正常に稼働している場合、巴旦杏の塔はエーダリロクを《異形》と判断し、拒むことはできない。
 半分ほどになった掌から滴り落ちている血の音に眉を顰め、背を向けた歩き出した。
《巴旦杏の塔に、何を仕組んだのだ?》
 エーダリロクは急いで戻り、掌を再生させながら、ザロナティオンの問いに答える。
―― 俺が立ち入れないようにしただけさ
《なんの為に》
―― 俺が陛下と全く同じだということを知っているヤツは少ない。その中で巴旦杏の塔に再建に携わったのは二人。一人は指示を出し、一人はそれを遂行した。指示を出したのはディブレシア。あの女は、俺が巴旦杏の塔に立ち入るのを警戒している……ちっ! カルニスに依頼してみるか
《現状を見れば、偽体であっても攻撃される可能性がたかいぞ》
―― カルニス本人の意見を尊重するが……引き受け、偽体として使用したとしても、巴旦杏の塔は「規定時間以内」に攻撃は仕掛けてこないはずだ
《なぜだ?》
 培養液から手を引き抜き、
「後で説明する。今度は……当初の目的に立ち返って神殿に向かう。神殿での調べ物が終わった頃には、メーバリベユ侯爵から報告が届くだろう」
 液体を振り落として神殿へと向かった。


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