ALMOND GWALIOR −121
 故帝君に育てられたビーレウスト。
 実兄であった帝君の死後、兵器として優秀なビーレウストをエヴェドリット王国側は国内に持ち帰りたかったが阻止された。
 阻止し、養育を担当したのは 《皇君》
 《皇君》 はディブレシアの手足ともいうべき存在。
 ディブレシアにとって、己の計画にとり厄介な存在は全てであった。どの ”駒” も厄介ではあるが ”必要” でもある、諸刃の刃で構成されている。

 プランセ・イデスア・ビーレウスト=ビレネスト・マーディグレゼング・オルヴィレンダ・アヴィジョン・ディデ・リスカートーフォン

 ディブレシアにとってこの ”王子” は大宮殿から出来るだけ ”出してはならない” 扱いであった。
 理由は彼の聴覚が異常な程発達し 《超能力》 の域にまで達している事にある。
 研ぎ澄ましすぎていると、自分の呟いた言葉を拾って脳が衝撃をも受ける程。それを緩和するために 《鈍化》 という能力を兼ね備えている。兼ね備えていなければ、成長せずに死ぬ。
 この 《鈍化》 こそがディブレシアにとって厄介であり 《必要》 な物。
 ディブレシアの操る 《能力》 に対し、聴力鈍化は強い抵抗力を発揮する。完全に影響を受けない訳ではないが、相当な抵抗を示す。
 帝君亡き後ビーレウストは帝国預かりとなり、大宮殿において長時間 《暗示》 を受け、ディブレシアの意志通りに動いているが、それでも完全ではない。
 元々抵抗力が強い上に、前線に出て過ごすことの多いビーレウストは、ディブレシアの意図しない動きを取ることが相当にある。
 それほどまでに扱い辛いビーレウストが何故必要なのか? それはラティランクレンラセオが ”キュラティンセオイランサ” を欲したのと同じ理由。

 聴力鈍化は 《両性具有》 に対して ”強い”

 王家の ”楽器” というものがあり、ケシュマリスタは歌声が ”楽器” とされる。
 ケシュマリスタという特殊性開祖は ”人造人間の” 精神に直接訴えかける声が多い。訴えかけるだけではなく、稀に支配する者もいる。
 声で支配し操る能力は ”両性具有” よりも ”無性” の方が強いが、両性具有の声も確実に精神に届く。
 それは個体の特徴によりっても違いザウディンダルのように ”幼児” が強いものは ”泣き声” にそれが多く含まれていた。
 特に血の濃い相手には、この泣き声は強い庇護心を煽る。
 他の人造人間を落ち着かせる為に歌わせることはあっても、人間には関係しない。両性具有を購入するのが元は 《完全な人間》 であった為に、あまり重要視されなかった能力でもあった。
 ディブレシアの作戦上、ザウディンダル ”性質” に、対抗できる個体が必要であり、その役割がふられたのがビーレウスト。
 シュスタークの咆吼に対し両性具有が能力低下しないのと同じように、ビーレウストは両性具有の泣き声を前にしても何時もと変わらない態度で接する事ができるのだ。(シュスタークの特殊音声とザウディンダルの特殊音声は、全く別の分類)
 同じ人造人間に対して特殊な効力をザウディンダルの泣き声は ”高音域” に属する。
 この高音域に対して ”だけ” ではあるが強い鈍化能力を持つのが、己の高音で他人の聴覚を破壊するも ”自らの聴覚は破壊しない能力” を所持するキュラティンセオイランサ。

 これがラティランクレンラセオが、ビーレウストの代用としてキュラティンセオイランサを欲した理由でもあった。

 「もしも」を語ることが許されるのならば、ビーレウストが王城へと戻っていたら、帝星の異変に最も早くに気付いていた。
 今よりももっと早くに。もっとも手の打ちようは無かったであろうが。

 だが彼、ビーレウストは大宮殿に残る。
 この計画は当然気付かれては困るので 《皇君》 が引き留めた。だが引き留めていながら彼を前線へと送り出し、ガゼロダイスから逃げると言って帝星から頻繁に出て行くことを止めない。シュスタークの奴隷衛星に通った日々、連日待機していても戻って来ることを勧めるような真似はしなかった。

 皇君の中の迷いがビーレウストを自由にさせ、それが皮肉にも徹底した行動をとらせなかったために、誰の目から観ても皇君は怪しまれなかった。

 ともかくビーレウストはディブレシアの作戦の中核には存在しないが、ある程度離れた場所に配置され、要所で使用される予定であった。
「あのな……答えられないなら答えられないで良いんだが、巴旦杏の塔について聞きたいことがあるんだ」
 王族の生活習慣は決まっている。
 知られている寿命、そして生涯総時間の何割を帝星で過ごすかも、計算は可能。
 だが皇君の迷いから帝星を離れていた時間が長くなり、そして皇帝が奴隷に恋をする。それも帝星大宮殿の奴隷ではなく、周囲を回る小さな星の小さな家にすむ、小さな奴隷ロガに。
 彼女を守るべく、もっとも自由がきくとされているビーレウストは奴隷区画に ”ディブレシアが計算予想した以上” 待機した。
 その結果、ついに ――支配から外れた ――
 考えてはならないことを考えてしまい、ディブレシアが最も警戒し敵視し、そして排除したかった男に尋ねる。
「ビーレウストが巴旦杏の塔について知りたいことがあるなんて、珍しいな。なんだ? 言ってみろよ」


「あのな、エーダリロク。巴旦杏の塔の復元は何時だった?」


 ディブレシアの ”思惑” ”計画” ”完全犯罪” ”謀略” 何れのどの言葉で言い表すのが最も正しいのか? 結末に辿り着くまでははっきりとは解らないが、彼女が 《警戒》 していたことが現実に起こり始めた。
「陛下がお生まれになってから復元が命じられたとあったから、約二十三年前に完成ってところだな。完成と同時にザウを登録して起動させた」
 ビーレウスト王子がエーダリロク王子に 《巴旦杏の塔》 について尋ねる。これは計画にとって大きな問題となる。


 皇帝シュスタークは《巴旦杏の塔》 の再建に関して誤ったことを教えられている。

―― 余が皇帝となって二十一年、ディブレシアの[男王]が閉じ込められている可能性は少ない。閉じ込められていたとしても……死んでいる可能性が高いだろう ――

 それを訂正されては困るのだ。

「なあ、なんでそんなに ”最近” なんだ?」
「最近?」
「暗黒時代の終結から、今年で百年経ってるんだぜ? 二十三年前って言えば七十七年経過してんだぞ。それなのに、どうしてもっと以前に復元しなかったんだ?」


『深い所まで掘り返さなくちゃ駄目なんですね! え? 手ですか? 平気ですよ、ちょっと枝で傷が付いただけですから。こんなの怪我のうちに入りませんよ! ……あの、この辺りも爆撃されたんですか? 暗黒時代に……そうですか』


 ”暗黒時代” と呼ばれているが、これらは【仮称】で、正式名歴史として今だ認められていない。過去であれば ”ベルレーヒドリク朝百周年記念式典” などが行われるところだが、空白の五十五年を認めるべきか? それとも空白とはしないべきか? と議論が繰り返されているので行われてはいない。
「……」
 だからと言うわけではないが 《百年》 という節目が、唐突に現れたような気がして、エーダリロクは思わず戸惑った。
 何を戸惑うことがあるのだろうか? 自らが不安になるほどに戸惑った。
「財政難だろうが、まず着手すべき事柄だろう? ビシュミエラだって、ルーゼンレホーダだって、ザロナティオンの狂いっぷりは間近で見ていたんだ、大急ぎで復元させるのが普通じゃないのか? それとも俺の考えは間違ってるか?」
 誰もが触れないようにするために幾重にも張った結界に ”綻び” が生じた。それもビーレウストとロガの二箇所から。
「いいや、言われてみりゃその通りだ。ビシュミエラは統治が短かったし、最後のほうで異星人と遭遇したから……いや、即位と同時に命じることは出来たな。何せあの神聖皇帝が、夕べの園の復元を命じたんだ」
 先程シュスタークがロガを案内した ”夕べの園” 総純金で作りあげられた庭は、以前の純金はミサイル攻撃で蒸発してしまった為、新たな純金をロヴィニア王家から借金してまで大量購入し作りあげた。
 そんな物に費用を回す前に、再建しなくてはならないはずの ”塔”
「巴旦杏の塔の復元に幾ら掛かるのか俺には解らねえが、少なくとも ”夕べの園” を作って、正配偶者候補の館を再建して、愛妾区画を整えてたり、下賜する宮の庭を整えるより先にするべきことじゃねえか。でも、誰も着手しなかった」
 ビーレウストは ”巴旦杏の塔” の修復にかかった費用は解らない。
 知らないのはビーレウストだけではなく、費用と塔の大きさから、内部設備や機器を逆算されると困ることもあり、公にされてはいないのだ。
「歴代陛下が命じなかったんだろうな」
 巴旦杏の塔再建の費用がなければ、王家から回収しても良かった。
 塔の再建に関しては ”存在しない塔を製造” するのだから ”闇の資金” であり、返金する必要は無く、どの王家であろうとも、たとえロヴィニア王家であろうとも返金を求めることはない。
「それが不思議でたまらねえんだ。そして命じたのは、悪名高く性欲に沈んだ皇帝ディブレシアだ。再建後のベルレーヒドリク朝をまともに支配していた皇帝は、誰も触れてねえよな」


―― 過去に文句を言っても仕方ないが、もう少し誤魔化せるような 《皇帝》 で会って欲しかったものだ ――


「女だな」
「何がだ? エーダリロク」
「ディブレシアは帝国再建後、ベルレーヒドリク朝初の女性皇帝だ」
 ザロナティオンは男性、次の三十三代皇帝はビシュミエラは無性で、三十四代でザロナティオンの中期クローンのルーゼンレホーダは当然ながら男。
 シュスタークの祖父三十五代クルティルザーダ帝とロヴィニア出の皇后ラグラディドネスとの間に産まれたのが、三十六代ディブレシア帝。
「言われてみりゃあ……でも、これは無性を取り込んだザロナティオンの負の遺産だろ?」
「そうだ。でも、ディブレシアは女だ……そこが何か引っ掛かるんだが、解らねぇなあ」
 喋りながらエーダリロクは、動きづらい水の中で藻掻き進むような息苦しさと、言い表しがたいもどかしさを感じる。
「性別が何かを生み出すのかは解らねえが」
 その時エーダリロクは絶対にしない 《表現》 をビーレウストが口にした。
「まて、ビーレウスト。今言った言葉、もう一回」
「”性別が何かを生み出すのかは解らねえが” だけど、どうかしたのか?」
 このような表現をエーダリロクは決してしない。してみようと思う事もなく、してみようと考えることもない。
「ディブレシアだけが生み出したものがある」
 だがその言葉を受けた時、返す言葉はあった。
「なんだ?」
「ザウ……両性具有だ」

―― 両性具有を産んだ皇帝が、両性具有隔離棟の再建を命じた ――

「ザウディス……いやレビュラ公爵ザウディンダルはベルレーヒドリク朝初の両性具有か?」
「違う。ベルレーヒドリク朝が興きて以降、四王家で一人から二人生まれていた。ただ献上用であっても収容する塔が無いことを理由にも全て殺害された。だがベルレーヒドリク朝の皇帝が産んだ両性具有は、ザウディンダルが初めてだ」
 帝国再建後から、塔が再建されるまでの間に八名ほどの両性具有が生まれ、献上用であろうとも即座に処分された。
「殺害して済むもんなら、建国当初 ”ベルレー王朝” の頃から殺害で押し通すよな?」
「俺もそう思う。建国当時もかなり殺伐としてたしさ……最も両性具有を隔離する真の理由は……いや、ここから先は無しな」
 実は ”真の理由” をエーダリロクも知らない。エーダリロクどころか、内側に存在する ”ザロナティオン” も知らない。

《神殿には存在するであろうが、その頃の私は真の理由を観る余裕がなかった》

「ああ。それで話は戻るが、なんでディブレシアはウキリベリスタルに、巴旦杏の塔の復元を命じたんだろうな? 他の皇帝は何故両性具有が存在したのにも関わらず、殺害ですべてを終わらせたんだ? 復元には一年もかからなかったと聞いた、そして両性具有はある程度成長させてから収められる。生まれたのを確認してから、塔を復元しても充分間に合う」
 建国当時に作られた最初の 《巴旦杏の塔》 
 それから千年以上の歳月が流れ、ハード面での技術は進歩しているのだから ”同じ物を” を作る場合、時間は相当に短縮される。
「……」
「もっとも不思議なのは、巴旦杏の塔の形が変わったことだ。昔は円錐だったろ? 今は円柱だ。理由でもあるのか?」
 全てが奇妙に捩れを描き、歪みを帯びていた。
 そしてエーダリロクは、自分自身が向いている方向が ”向かされてる” ように感じられ、その不快さに鳥肌が立つ。
「解らない……ビーレウストには教えられないけれど、これから調べてみる」
「ああ、そうか。俺は良いが、手前は真実に辿り着けたらいいな、エーダリロク」
「俺もそれを切望する……何なんだろうなこの狂ったような感触。全ての者が真実を語っているのに、誰一人として真実に近づけないようなもどかしさ。皆、真実を見ているが、その真実は恐らく真実ではない。それを知っているのに、その先を知る手立てが無い。それとも俺達は本当は何も知らないんだろうか?」
「エーダリロク……」
「俺らしくはない発言かもしれないが、目に見えている事実を正確に解釈できていない。それに気付いているのに、俺は間違った解釈を続けている……何故だ。間違っていると解っているのに、間違った解釈を続けている。どこで俺は間違ったんだ? いや、過去形じゃないな、今この場でも間違ってるんだ」

 ”未来” は確かに観ているが、その基本となる ”過去” が過去ではなく、誤っている状態。
 その誤りはザロナティオン後であり、シュスターク前に渦となり存在している。

「俺にも解らねえが、いま周囲を見回したら……なんか、気がついたら世界は悪い方に進んでるように見えてきた。俺の気のせいだろうか? エーダリロク」
 圧倒的な ”暗示” から逃れることの出来る、数少ない王子ビーレウストは、ディブレシアが 《計画遂行において、最大の敵》 と位置付けたエーダリロクに声をかける。
「悪いな、ビーレウスト。俺はもう自分が流れに完全に飲み込まれて、客観視も出来ないようだ」

 世界は 《彼女》 の意図した通りに動き出す。何が起こっているのかも解らないままに、既に争っている。
 この誰もが 《己が》 巻き込まれている事が解らない戦争が、意味も解らぬままに終わった時、全てはどのようになっているのだろうか? 

「俺達はしてはならない事を、何も知らないのにしてしまっているような」
「俺もそんな気がする。過去に有ったな 《誰も悪くないのに戦争が始まって》」
 ビーレウストはエーダリロクの同じ色彩の瞳を覗いて問いかける。
「《誰もが悪となって戦争が終わった》 だったな。……俺は悪人になるのは良いけどさ、何も知らないうちに悪人になるのはヤダね。自分の意志で悪になるなら納得出来るけどよ」
「俺も同じだ、エーダリロク。誰かに嵌められて、悪人になるなんて……」
「どうした? ビーレウスト」

 気付かない間に動き動かされた彼等がこの縛鎖を破り逃れる事はできるのか?

「罪じゃねえんだな 《誰も悪くないのに戦争が始まって 誰もが悪となって戦争が終わった》 ……俺達は悪で、罪には遠い。もしかしたら、罪人になる前に死ぬのかもな」
「俺達が悪で死ぬか……まずは陛下の身辺をお守りすることから考えるか。帝国宰相が暴走しないとも限らねえし」

 光が反射する湖面と青い空。
 黒髪の男は「聞こう」とは思わないが、遠くの密談を聞くこともできる。彼の聞くは外を向いている。
 白い雲と太陽が見える。
 銀髪の男は「聞こう」と考える。知り得ぬことを尋ねることができる。彼の聞くは内を向いている。
 内に過去を知る男、外に現在を知る男は向かい合うも、視線は全く違う方向を向いている。だが観ているものは同じ――帝国。

 内と外から見てもみることのできない混沌は、帝国に未来をもたらすものなのか?

CHAPTER.05 − 誰も悪くないのに戦争が始まって
誰もが悪となって戦争が終わった[END]


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