ALMOND GWALIOR −99
 帝星に戻って来たザウディンダルは、かなり暇だった。
 ザウディンダルは帝国騎士以外の仕事はしていない。仕事をしたくても、両性具有は権利がないので、何もすることが出来ない。
 趣味にでも時間を費やせばいいのだろうが、ザウディンダルにはこれと言った趣味もない。身体を動かすのは好きなのだが、遠征以外では行動範囲制限もあるので、宇宙船で遠出や、僭主狩りなどはザウディンダルには出来ない。
 以前はカルニスタミアが気にかけて色々な事をしてくれていたが、関係を絶った今は頻繁訪れないのでそれもない。
 それに下手に出歩いて、貴族や皇王族に絡まれて暴行され精神的に不安定になり皇帝の初陣の際に使い物にならなくなることも考えて、ザウディンダルは自分の邸で一人、鬱々と過ごして居た。
 
 帝国宰相は机の引き出しに大切にしまっている、フリルとリボンの付いた薬瓶を眺めては気分を落ち着かせながら、后殿下の称号調整、その他で張り詰めた日々を送っていた。

 そんなザウディンダルの元に来客があった。
 来客というよりは、不法侵入者。
「ザウ」
「エーダリロク? ええ?」
 僅かな召使いしかおいていない邸だが、王子の訪問があれば主であるザウディンダルの元にはすぐに報告が入る。
「勝手口ってやつ?」
 言いながら指さす。その先にははめ込みの窓が切り抜かれていた。
「勝手に入り口作るな」
「弁償はするからよ」
「要らない。大体お前、資産全部凍結気味じゃねえか。お前の兄王に金下さいって言いに行くの腹痛くなる」
「幾ら資産凍結されても、俺の稼ぎでガラスくらいは買えるぜ。そんな事より、お前暇だよな? ザウ」
 召使いに連絡を入れ、椅子を勧めて自分は一応立って話を聞く。
「何だ」
「お前さ、技術庁に入庁しろ」
 なんの前置きもなく、突如命令を下され、ザウディンダルは本気で驚いた。
「俺が? 無理だろ? だって技術庁長官はアルカルターヴァだぜ。それに俺、両性具有だぞ?」
 平民や奴隷は試験で登用される。試験に合格した後、コネなども関わってくるが、採用は中枢部署が関わっているので、不正はないに等しい。
 上級貴族は試験などなく、入りたい庁の幹部に贈り物をしたり、会合を開いた際に希望を述べたり、婚姻関係などで決まる。
「貴族は長官の一言で決まるが、お前が本気で仕事したいなら、俺がかけあう」
 何時になく本気のエーダリロクに、部屋に控えていた召使いを遠ざけ椅子を持ってきて、テーブルをはさんで向かい側に座る。
「何で突然そんなこと言い出したんだ? エーダリロク」
 エーダリロクは持って来た盗聴防止装置を稼働させ、テーブルに肘を乗せて掌を合わせて口の前に持って来て語り始めた。
「陛下がこの前[帝王]になられただろう?」
「ああ」
 ザウディンダルが一度死亡する原因になった、皇帝の 《本性》 と誰もが考えている状態。それが自分に何の関係があるのか? 不思議に思いながら鋭さと冷静さを感じさせる皇帝眼を見つめる。
「あの際、通信技術者の殆どが一斉に脱落した。当然だよな、上級貴族がポイント管理してんだからよ。暗黒時代前、情報伝達は完全に人の手を離れてたが、あの内乱で人の手を介さないシステムの脆弱性が明らかになって、重要ポジションには人を就けることになったが、重要だから当然上級貴族しかつけねえ、でも上級貴族は陛下の支配音声に抗うことが出来ない。ザロナティオンの時代は通信完全無人化時代だったから気付けなかったんだが、この先のことを考えると陛下、それ以外でも高レベルの支配音声を持つ者に抵抗できる通信技術者が必要になってくる。その機能を所持してんのは、無性と両性具有だけ。後天的変異はこの際数に入れない」
「なるほど……じゃあガゼロダイスにすりゃあ良いんじゃねえの? あいつはアルカルターヴァに嫌われてねえし」
 カルニスタミアと別れたこともあり、最近は全く姿をみないエーダリロクの 《姉》 を上げるが、完全に否定された。
「あいつ体質は良いが、頭脳が通信技術系じゃない。お前とは奴隷の居住区でじっくりと情報の仕事をして、充分な素質があると確信した。それにザウには技術庁から出向してもらいたいところもあるんだ。そこはガゼロダイスは立ち入れない場所」
「何だよ、いきなり」
 仕事をしないか? というだけで驚いたのに、技術庁の他に出向いて欲しい所まで既にあるとは……自分が断ったらどうするつもなんだ? 思いながら、話に耳を傾ける。
「帝国騎士団本部に出向してもらいたい。技術庁と決別って言うか、別の技術開発ラインを確立することが決まった。最終的には “帝国騎士団統括本部” と名を変える予定だ。まだ歴史の浅い新部署の上に特殊兵器を扱う軍事開発部門。それで開発に際して技術庁から人を貸し出しているだろ?」
「軍事開発は……あ、そうか」
 軍事開発は元々、軍内部で行われていたのだが、これもまた暗黒時代に軍内部の開発不透明性により被害が拡大したため、ザロナティオンは帝国を再生させた際に、外部が開発に必ず携わることを義務付けた。
「だから俺は、帝国騎士で技術庁勤務者が好ましいと考えた。機動装甲には帝国騎士じゃなけりゃ解らない部分が多数ある。だけど帝国騎士で技術庁に務めてるのは俺だけで、手が回らねえのが実情だ。それでふと思ったんだ、お前がいるじゃねえかって」
 手を離してザウディンダルを指さす。
 その空色の手袋に覆われた指先を見つめながら、
「帝国騎士として開発ラインに携わっちゃダメなのか」
 カレンティンシスに対する恐怖から、出来れば……との思いで言ってみるが、
「外部との開発提携は絶対だ。軍内部だけでの開発を許可すると、監視し辛い」
 エーダリロクの言葉を覆すことはできない。そもそも口でロヴィニアに勝つのは、ザウディンダルより余程弁の立つキュラですら難しい。
 即興であっても強いのに、こうして ”口説き落とすつもりで用意してきた、ロヴィニアの天才” を前にしては、降伏する以外に道はない。
「そうだよな……」
「それに、お前を帝国騎士の開発ラインだけにおいて置いておくつもりはない。俺はお前を、最終的には通信の大本にするつもりだ。今語っただろう? 有人通信システムの脆弱性。帝国騎士団だけに所属されると技術庁管轄化にある通信本部の長にはなれねえ。でも逆はその座に就くことができる。その条件を満たしているのはお前だけなんだよ、ザウ……どうした?」
 俯いてしまったザウディンダルに、畳み掛けすぎたか? と語気を和らげて声をかけると、
「ちょっとな……なんか、普通として話しかけられて、嬉しかった。いや、みんなそうだけど、仕事とかの話は関係ないところにいたから……なんか、恥ずかしくて」
 圧倒的な口説きに、少しばかり照れていた。
 仕事という面で、これほど迄に口説かれたのはザウディンダルにとって初めてのこと。
「そうか。でもな、お前の才能は充分だ。俺は仕事に関しちゃあ、世辞は言わねえ。普通の世辞も言わねぇけどよ。それで人を介さない通信システム、要するに連邦システム、この完全無人化に戻ることはない以上、支配音声に抵抗できる人がいた際には、何度も言うようだが通信本部長官に就いてもらうべきだ。これはお飾りの地位じゃねえから、しっかりと仕事を覚えてもらわなけりゃならねえ。だが最初からフルで勤務しろとは言わねえ。両性具有は身体の変調を起こしやすいのは俺は誰よりも良く知っている、俺直属で研修期間みたいなのを経て慣れてから本採用……どうだ? やってみないか? 最終的にはお前の決断だ、ザウ」
 帝国のためにお前が欲しいと切々と訴えられ、気持ちは完全に傾いたのだが、ザウディンダルにとって世界の決定権は未だ彼にある。
「でもなあ。帝国宰相に聞いてみないと」
 帝国宰相デウデシオン。彼の許しがなければ動けない。
 その事はエーダリロクも重々理解している。精神的な依存度が極端に高い ”個体” であることも、管理者として理解した上で 《帝国宰相に言わないで判断させよう》 としていた。
「こう言っちゃあなんだが、お前もう成人してんだぜ? 二十五にもなった公爵が自分で決断するのを躊躇うって、外部から見てると変だぞ」
「そう言われりゃあ……そうなんだけど……」
「研修ぐらいなら良いだろ。俺が無理矢理やらせたって事にしておけば良いし。本決定になったら帝国宰相には絶対書類出るしさ。その段階で帝国宰相が拒否したら……お前がやる気なら俺が説得する。絶対に説得する自信が俺にはある」
「あ……」
「一人で技術庁に出向くことが無いようにするから、身の安全も保障する。帝国騎士団本部はガーベオルロド公爵がいるからお前が危害加えられることはねえ。それと、こんな事を言われるのは嫌かも知れないが、もしもガーベオルロド公爵が戦死しても次はカルニスが帝国最強騎士だ。お前の帝国騎士団内部での立場が悪くなることはねえ」
「え……カルよりケシュマリスタ王の方が強いんじゃあ」
 突然の話題転換について行けないザウディンダルは、自分が騎士能力を誤って覚えていたのか? と驚きの声を上げた。
「能力的にはな。これはまだ調整段階だが、帝国最強騎士は皇帝と国王以外にするつもりだ。戦線の拡大により帝国最強騎士は確実に出撃してもらわなけりゃならねえから、治世上の絡みで自由に出撃できない皇帝や国王は除外する方向で調整している」
 そこまで聞いたザウディンダルは、ついに自分で判断を下した。

「俺、お前の部下として働きたい……いいか?」

 ”両性具有” の存在が徐々に動き始めた。


novels' index next back home
Copyright © Teduka Romeo. All rights reserved.