ALMOND GWALIOR −97
 拷問器具を持ち、美しい姿勢で去っていった帝国最強騎士を見送った二人は、
「(……なんかおかしくないか? ビーレウスト)」
「(おかしいよな、カル)」
 帝国宰相の執務室と、拷問器具(本人は治療用と言っていたが)を持って三人で話していた場所に向かって歩いてきたキャッセル。
 帝国宰相の執務室から出て、キャッセルが歩いてきた方向に三人の通った道を使わないで向かったとすると、カルニスタミアが全速力で走っても二時間はかかる。
「キュラ! 虫垂炎って知ってるか?」
 だがそんな事、必死なザウディンダルには関係がない。
「知らないよ」
「心配だ。キャッセル兄、あれ持って行ってなに処置するんだろう」
「キャッセル様があれ持って歩いて処置っていったら、開腹に決まってるじゃない」
 身体を傷つける処置は最近では滅多に行われない。一般では言葉自体が死滅しかかっている 《開腹》
「開腹って腹を切り開く……ってことだよな」
 軍人の訓練の一環としてその言葉と行為を彼等も知っているだけ。
「そーそー昔の手術方法の一つね。今は殆どしないね。キャッセル様は開腹は得意だけど、開腹したままで終わらせちゃうからねー」
 キャッセルの拷問方面に関しては、弟であるザウディンダルよりも良く知っているキュラが、冗談めかして真実を語る。
「兄貴……」
 帝国宰相は腹が開かれた程度では死なないのだが、ザウディンダルは不安が募る。
「いや、ザウディス。虫垂炎って持病なんだろ? 持病の発作が起こる度に開腹してたら厄介だろうが。違うんじゃねえの?」
「で、でも」
「虫垂炎……虫垂炎。ああ、地球時代にあった病というか体質だったような」
 カルニスタミアが己の知識を総動員し 《虫垂炎》 を引き出してきた。”地球時代の病” 即ち彼等には ”ほぼ” 発症しない病。
「持病ってことは体質なんだろうな……虫垂炎ってあれか? 肌に黒い斑点が出て死ぬヤツ」
 無駄に地球時代に詳しい読書家ビーレウストは、記述が多く残されている黒死病と勘違い。
「持病でも悪化すれば死ぬこともあるしね。でも、何か違わない? ビーレウスト」
 キュラは帝国宰相のことなど、どうでも良いので笑いながらビーレウストの話を否定しつつ、ザウディンダルの不安を煽る。
「確か腸に関係する部位じゃった記憶がある。赤い斑点が出て下痢を起こして最悪……ザウディンダル?」
 ”腸” まで辿り着けたカルニスタミアだったが、ビーレウストの ”斑点” に気を取られて、別のモノを思い浮かべる。
「うわぁぁぁん! 兄貴が死んじゃうぅぅ!」
 無闇に不安を煽られたザウディンダルは、廊下に崩れ落ちて泣き出した。泣いているザウディンダルを嬉しそうに眺めて、
「僕、用事あるからじゃあね」
 キュラは立ち去る。キュラも帝国宰相の執務室に現れたのは、デ=ディキウレだろうことは想像がついているが、勝手にその存在を教えることはしない。
 色々な考えがあるというよりは、面白そうだからである。
「待てよキュラ」
 ビーレウストが呼び止めるものの、
「君ら二人が勝手に不安煽ったんだから、収拾つけなよ。じゃあね、ザウディンダル」
 キュラが聞くわけもない。
 取り残された二人は、不安に泣き崩れたザウディンダルに視線を落として、
「えっと……」
 カルニスタミアは不必要な事を口走った自分を、内心で叱責した。
「あー……とりあえず場所移すか、カル」
「そうしよう、ビーレウスト」
 泣いているザウディンダルを立たせようとしたのだが、
「面倒だから抱きかかえて歩けよ」
 ”困った時のエーダリロク” の居場所を検索しながらのビーレウストの言葉に、
「出来れば儂は抱きかかえたくないのじゃが」
 折角関係を絶って、触れないでいるというのに……と困惑した表情を浮かべるカルニスタミア。
「だって俺、抱きかかえたくないし。抱くなら女、抱えるなら銃」
「……」
 結局カルニスタミアは黙ってザウディンダルを抱き上げて、ビーレウストと共に事態収拾を目指して、医療機器の開発も行っている関係で、病にも強いエーダリロクの元へと向かった。

**********

「虫垂炎? ここの炎症だよ」
 言いながらエーダリロクは人間内臓の線図を画面に映して指さす。
「俺達は滅多に炎症なんて起きねえし、虫垂を持ってないヤツが多いから忘れられてる症例の一つだ。一般階級なら炎症を抑える常備薬で普通に対応してる。帝国宰相の虫垂炎ってのはストレスから発症を繰り返して、持病化したんじゃねえの? そんな体質のヤツ知らないけど、俺達は個体差がデカイからな」
 皇帝のバラザーダル液の調整を行っていたエーダリロクは、肩に担がれたザウディンダルと、担いでいるカルニスタミア、そして何時も通りのビーレウストから話を聞いて簡単に答えた。
「し、死なないんだよな」
「人間は悪化すりゃあ死ぬけど、帝国宰相なら平気じゃねえの? でも持病化してんなら普通薬くらい常備してるだろう」
「兄貴薬探そうとしなかった」
「作って持っていけば」
「それが良いんじゃねえか? ザウディス」
「良い見舞い品になるだろうな、ザウディンダル」
 不安にさせた二人は ”うんうん” と頷きながら、ザウディンダルの背を押す。その態度は兄弟達にもよく似ている。
「やるなら、帝国宰相の情報にアクセスして個体情報を引き出すけどよ。必要事項だけしか教えられないけど、作るか?」
「うん! 作る!」
 連れてきてもらった事に礼を言い、言われた王子二人はそのままエーダリロクの開発室を後にした。
「余計な事は口にするもんじゃねえなあ」
「本当に……なあ、ビーレウスト……ガーベオルロド公爵だが」
「喋るなよ、カル。大丈夫さ、帝国宰相だ。あの野郎は強ぇ」
「そうじゃな」

 二人は適当に、ザウディンダルの大切な帝国宰相の身の安全を祈った

 開発室でデータベースに署名を付けてアクセスし、帝国宰相の閲覧可能な身体データを入手して確認したエーダリロクは、
「(帝国宰相、虫垂もってねえし……何処の炎症だよ? 疲労で脳が炎症でもおこしたか?)」
 帝国宰相の虫垂など見つけられなかった。
 サブコンソールで薬剤のデーターベースにアクセスしているザウディンダルの横顔を窺って、帝国宰相に害のない薬のレシピを作成して見せる。
「この通りに作れば良いんだな」
「ああ」
 弟が必死に兄のために薬を作っている時、兄は……

「馬鹿者が」
 鼻血を手の甲で拭いながら、床の上でくたばり損ないよろしく転がっているデ=ディキウレに、そう言って疲労回復用のドリンクを床に置いた。
 帝国宰相がそのドリンクを一口含んだ時、扉が勢いよく開き、
「デウデシオン兄さん! 治療に来ました!」
 笑顔でキャッセルが突進してきた。咄嗟に手に持っていたボトルを投げつけ、次にキャッセルに向かって突進する。
 両者が肩からぶつかり、室内に衝撃が走る。

 ”このデ=ディキウレ、長兄閣下をお守りすること叶わず”

 先ほどまで短剣を持って、遊び半分で帝国宰相に斬りかかっていた弟は、兄同士の対決を前に、
「はぁ〜うまいな」
 床に置かれたドリンクをゆったりと味わっていた。
「デウデシオン兄さん! 何処が悪いのか解らないので、腹開いてみましょうよ! 昔はよくやったそうですよ!」
「嘘だろうが! 解らないのに開くか!」
 波状のナイフとアイスピックのような器具を持った両手首を掴み、掴まれ、
「大丈夫でしょう! デウデシオン兄さん、腹開いたくらいじゃあ死なないし!」
 一人は楽しそうに、
「確かに死なんが! 簡単に腹を開かせるか!」
 もう一人は体力的には平気だが、精神的に切羽詰まった状態で話続ける。

− 弟の育て方間違った……

 思いながら帝国宰相はキャッセルの足を力任せに払い、身体の軸が少しブレたところで、頬に蹴りを入れた。
「いやあ、本当に強いですね長兄閣下」
 いつの間にか立ち上がり、拍手をしながら近寄ってくるデ=ディキウレに、帝国宰相は頭を抱えた。
「あ、デ=ディキウレ。元気にしてたか」
「勿論元気にしてましたよ、キャッセル兄」
 普通に会話を始めた二人。何時ものことだが最早声も出ない状態。
「キャッセル兄、またアジェ伯爵の所に? ご案内しますよ、地下通路を通って行きましょう」
「頼む。それじゃあ、デウデシオン兄さん! お元気で! あ、ザウディンダルが凄く心配してたから」
 二人は顔に青痣、鼻血に口の端が切れての出血、身体の節々が痛いのだが特に気にせず、帝国宰相の執務机の下にある入り口からに地下通路に降りて消え去った。

 パスパーダ大公 デウデシオン・ロバラーザ・カンディーザーラ

 人生のほとんどを弟のために費やした男の背中は何時も悲哀に満ちている。


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