ALMOND GWALIOR −88
 伯母はまだ目の前に存在する 《キュラ》 を偽者だと思っているが、それが覆らない事は理解できた。かつては窮屈だと思い捨て、いつかは ”偽者” から取り戻そうと考えていた貴族としての地位を諦めなくてはならない事に絶望した。楽ではない生活を求めた日々など最早二人にとって、思い出したくもない過去だった。
 生活に追われる毎日に、何もせずに楽に暮らせたあの頃が涙が溢れる程懐かしい。それが身勝手だと省みる余裕もない。
 まだ腹部が痛み膝が笑っている状態のキュラは、カルニスタミアに背を預けて、呆然としているロディルヴァルドに向かい、可能な最後の復讐を仕掛ける。
「ロディルヴァルド、君は僕の母親が最後まで愛していた男だから、救いの手を差し伸べてやろう。この惑星は今日、新兵器の実験場に使われ、ここに住む全ての者が死に絶える」
 エーダリロクが作った兵器は ”惑星に与えるダメージを最小限に抑えて、生息している生物を全て殺す” という物。
「え……」
 驚きに声を失っている伯母に、指揮を執るビーレウストが後押しするかのように語る。
「本当だ。この惑星は焦土と化す」
 この兵器が実際に投入されるのは対異星人戦。敵の身体強度を測る為に使用される兵器で、データの無い異星人相手ではシミュレーターなど使用できず、原始的な方法である、実際に使用して被害を計測するしか方法がなかった。
「何てことを……」
 異星人に関しては一度だけ接触した事がある。その際人間よりも ”脆そうだった” という 《証言》 が存在するのみで、生態は不明。戦いが終わる目処など立っていない ”我々よりも若干科学力が高い” 相手に対し、優位に戦いを進めるためにも ”特徴” の解析は必要。
 巨大惑星規模の ”艦” との戦闘では、異星人を捕獲できるような戦い方は取れない為、外側から必要なデータを採取する必要がある。その際に外殻を破壊してしまう、本当の戦争用の兵器ではデータを採取する時間が取れないので、このような兵器が開発されることになった。
 これは帝国の提案ではなく、エヴェドリット王独自の提案で、エーダリロクはある条件で引き受けた。
 ある条件とは 《巴旦杏の塔》 の機動・閉鎖を行う 【柱】 の使用権。
 巴旦杏の塔の機動・閉鎖に四王の同意が必要と言われるのは、この 【柱】 の事を指している。通常 【柱】 と呼ばれている各王家の色、一色で作られている尖塔内部で王達は一時的に生態活動を停止して巴旦杏の塔を機動・停止させる。
 四王が同時に行わなければならず、生態活動を停止させる事の危険性から一度稼働させると、誰も止めたがりはしない。
 これらの機能から 【柱】 には巴旦杏の塔に対し干渉可能な事は解るが、立ち入りは厳しく制限されている。【柱】 は直接的に両性具有とは関係ないために、管理者であっても立ち入りが出来ない。
 基本的には王しか立ち入りが許されず、己が属する王家の柱ならば王の許可を貰い立ち入る事は可能だが、他王家の 【柱】 に立ち入る許可など下りた事は今まで無い。別王家の 【柱】 の立ち入り許可を初めて得たのがエーダリロク。
 二年ほど前に知りたい事があると、そして先代管理者ウキリベリスタルは王でもあったので 【柱】 に立ち入れた為に、そこにも何か隠しているのではないかと考えて、兄であるロヴィニア王に頼み自王家の 【柱】 の立ち入り許可と、兄王が ”買ってやる” と言い、エヴェドリット王に交渉して二年単位で立ち入り権を買い、与えて貰った。
 その莫大な金額にザセリアバは恐怖を覚え、ほとんど触れる事はなかった。吝嗇で守銭奴で値切る事が第一のランクレイマセルシュが、ザセリアバの言い値を即座に支払うという、ランクレイマセルシュの性格を知っているザセリアバにとっては、恐怖体験以外の何物でもなかった。
 買った権利の消失も間近だったので、兄王が ”また買ってやろう” と言って交渉に出た所 《ロヴィニアと金がらみの交渉は続けたくはない》 ザセリアバは拒否し、代わりに実験に携われと言ってきた。
 提示された実験内容はエーダリロクも ”この先必要な事だ” と感じていたので、これを引き受けて 【柱の使用権】 を引き続き許可してもらえるのなら願ったりだとして、引き受けて実験に乗り出した。
「もう逃げられはしない。でも君がその女と娘を捨てるのなら、僕は君を助けてあげよう」
 ロディルヴァルドの表情の変化は明か。彼の目は希望に輝いているのに、目を背けたくなる程に醜悪な表情を浮かべる。それを軽蔑の眼差しで見下しながら、キュラは語る。
「君達さあ、この惑星が治外法権なのは知っているよね。犯罪者が逃れて住む惑星なんて、目的があって見逃されているに決まってるじゃないか」
 キュラも先ほどまでは知らなかったのだが、まるで知っていたかのように語る。
「君に爵位をあげよう。君の実家の爵位、僕が管理してるんだ」
 彼は ”自分だけが” 助かる道があることを知り、心の底から喜びが湧き上がる。それは捨てる事が前提の妻子で隠そうともしない。
 嘗て姉と妹に恋された ”ロディルヴァルド” の面影などそこにはない。
「僕は君を連れて戻ることはできないから、助かりたかったらこの王子様二人のうちどちらかに頼んで連れてきて貰いなよ」
 カルニスタミアから背を離してキュラは歩き出した。カルニスタミアからの目配せを受けたビーレウストは頷き、二人が部屋から出て行くのを見送った。
「私達を置いていったりはしないわよね!」
 ヒステリックに叫ぶ伯母と、唸りながら床に涎に溜まりを作るキュラの従妹。妻子を捨てても助かりたい気持ちを隠さないロディルヴァルド。
 それはビーレウストにとって何の関係もない事で、歩き出し伯母の腕を掴んで引き摺る。
「なっ! なにを!」
「手前は実験体だ」
 部屋から連れ出し試薬を保管している区画へと向かって、彼女を床にたたきつけて ”それ” を注入した。
 痛みも何も無い注射が終わった後、呆然としている彼女を放置してビーレウストは指示を出す。
「実験開始だ。所定の位置につけ。ロディルヴァルドなる男はライハに一任する。連絡は取り次いでやれ! それ以上は構うな!」

**********

 ”付いてきてくれなくて良いんだよ” というキュラに ”儂の好きにさせろ” と言い返し、その後は無言のままで機動装甲の着陸場所へと到着した。
 機動装甲の操縦席に乗るためには一応昇降する電子制御の梯子があるのだが、身体能力が優れている者が多く、かえって手間だと言って大体が数度の跳躍で操縦席に乗り込む。
 カルニスタミアに殴られて、まだ感覚器官が戻っていないキュラは珍しく梯子を降ろそうとしたが、腰に腕を通されそのまま肩に乗せられて、気が付いたら既に飛び上がっていた。
「凄い跳躍力だね」
「そうでもねえよ」
 キュラが何時も四、五回で乗り込む所を、カルニスタミアはキュラを抱えて二回で到達した。操縦席を開き乗り込んだキュラに、
「気を付けて帰れよ、キュラ」
 カルニスタミアは声をかける。
「別に心配してくれなくても平気だよ」
「殴った手前な」
「そんなに心配なら、戻って来たら見舞いに来てね」
 言い終わった後、カルニスタミアに軽く口付けた。キスされた方は驚くわけでもなく、焦りもせずに何時も通り笑顔で浮かべて頷く。
「見舞いな。解った」
 操縦部が閉じモニター類を立ち上げるとカルニスタミアはまだ操縦部の前に立っている。
 上昇を開始した機動装甲と共に限界迄、ほんの数秒足らず付いて付いてゆき、何事もないかのように背中からカルニスタミアは地上に舞い降りる。

「本当に君強いや……」

 地に吸い込まれるように消えてゆく緋と榛の色に向けてそう言って、キュラはカルニスタミアの艦隊の脇をすり抜けて飛び去った。

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