ALMOND GWALIOR −86
エーダリロクは一人気楽に奴隷惑星でロガや周囲を監視しつつ、他の作業を行っている。それ程必死にならないのは、自分達が ”少ない” 時はデ=ディキウレ率いる部隊がロガを見守っている事は確実だからだ。
「帝国宰相閣下直属部隊なあ。それにしても、ハセティリアン公爵はどうやってウキリベリスタルを殺害したんだろうなあ……叔父貴は知ってるだろうが教えてくれねえし」
エーダリロクはカルニスタミアの父王・ウキリベルスタルが帝国宰相の命令により、デ=ディキウレの手によって殺害されたと考えているのだが、まだ証拠がない。
デ=ディキウレは存在自体が自分の兄ランクレイマセルシュですら掴めていないので、何一つ解らない状態だった。
そのような状態だが絶対に彼が実行犯に加わっていた事だけは ”確信” している。
「ウキリベリスタルはあの時何を企んで……」
先代管理者の企みを追うべくデータを開いて、溜息混じりに膨大な情報を追っていると、通信が入った。
直通で画面に現れたコードはビーレウスト。直ぐに通信を受けて、画面を開く。
「どうした? ビーレウスト。兵器におかしい所でもあったか?」
ビーレウストが兵器の実験をすることは報告通り、長年の付き合いからデータを部下に取らせた後、それを検証することなくエーダリロクの元に直接持って来る事を知っているので、実験の最中に連絡が入った事に自分の作った兵器の誤作動かと思い声を掛けたのだが、画面の向こう側にいた黒髪に鋭い目つきの親友はゆっくりと首を振り ”良くわからない” と言った声で口をひらく。
『兵器はまだ試してない。だがおかしい事はあった。手前が最近観てる映像の子供、その子供の伯母が乗り込んできた』
「……」
『今のガルディゼロ侯爵は甥じゃないって』
「そいつは大変だな。で、お前はどう判断したんだ? ビーレウスト」
『カルが ”皇帝陛下が認めた以上は今のキュラがキュラだって” 言い返し、それを通す事になった。俺に異存はねぇ、ある筈もねぇ。陛下が認めたガルディゼロだ』
「そこに伯母がいるのは知らなかったが、キュラが褐色の肌だってのは俺は知ってた。ビーレウストには必要ないと思ってさ」
『ああ。俺には全く必要ねえ情報だ。キュラが褐色の肌だろうが、皇帝顔だろうが俺には関係ねえからよ。だが俺やカルにゃあ関係ねぇが、キュラには関係あるだろうな』
「そうだな。実験で ”焼失” させる場所にまさかキュラの伯母達がいるとは」
『此処までなら機動装甲で四時間足らずだ。だから、殺しちまっても良いかどうか聞いておいてくれ』
「はいよー。でもまあ……殺させたら落ち着くかな」
『俺達は落ち着くけど、キュラは解らねえなあ』
通信を切った後、エーダリロクは頬杖をつき暫し 《第一の男》 と話をして、ロックしている引き出しから ”ある物質” の入った取っ手のついたケースを取り出し操作卓の上に叩きつけるように置く。
帝星から帰還中のキュラに、直ぐに自分の所に来るように連絡をいれて指を組み、行儀悪く足を操作卓に乗せて目を閉じた。
− 丁度良い。人体実験する
《ガルディゼロ伯爵は乗るか?》
− さあ。拒否するならそれでも良い。それとキュラは侯爵だから
《悪かった。年寄りなので、中々新しい名称が覚えられなくてな》
− 年寄りっていうか、あんた死んでるし
機密性の高い建物特有の自動ドアの開く音が背後から聞こえ、エーダリロクは手を上げて、
「来て貰って悪いなあ」
「構いはしないよ。それで何だい? エーダリロク」
「これからビーレウストが兵器の試験を行う」
エーダリロクは振り返らずに実験要項をキュラに、軽く投げる。受け取り目を通しながら、
「へぇ〜こんなのも開発してたんだ。君は本当に色々な才能があるね。というか才能を使う時間が凄いね。まるで寝ていないかの様だよ」
キュラは本心から感心していた。
「ナルシストに褒められるとまた格別だな」
「ナルシストだからといって、他人を褒めない訳じゃない」
「この実験用の惑星にビーレウストが降りたら、一人の貴族だったと名乗る女が面会を求めてきた。面会してやったら今のガルディゼロ侯爵は偽者だって言ってきたって」
「……」
「メディルグレジェット・ナッセルトバゼ・デリュセディーナ。カルニスが名前を覚えていた。半日もしたらあの惑星は焦土と化す。殺しちまっても良いか? ってビーレウストが聞いてきたけど、どうする? 機動装甲なら四時間程度でつけるぜ」
「行きたいけど、機動装甲の出撃許可貰えないしさ」
「行くなら取ってやる」
エーダリロクの楽しげな声にキュラは要項から視線を上げて後ろ姿を見つめる。銀色の髪しか見えないが、キュラにはロヴィニア特有の冷たい笑顔で嗤っているだろうエーダリロクの表情が手に取るように解った。
「……どうやって?」
エーダリロクは先ほど取り出した取っ手のついているケースを高らかに掲げ、
「こいつは ”試薬” だ。この ”試薬” の実験体にお前の伯母を使うと言えば、帝国宰相を直ぐに動かせる。あの人の許可さえ出れば何でも出来るだろ」
”帝国宰相” の言葉を聞き、キュラは読んでいた要項を消し、装置そのものをエーダリロクの空いている手の方向に投げた。
「ザウディンダルに関係する薬なんだ」
見もせずに受け止めたエーダリロクはそれを操作卓に置きながら、忌々しげに語ったキュラに返事をかえす。
「そうだ。あの人を動かすのにはザウが一番だからな」
一切振り返らず画面に帝国宰相への直通画面を開き、画面上の通信開始ボタンに指を近づける。
「……仕方ないね。どうせしなけりゃならない実験なんだろ? 僕が届けて来てあげるよ! ありがたく思いな!」
奪い取るようにしてケースを受け取ると、そのまま部屋から出ていった。
《会わせて大丈夫なのか?》
− 平気じゃあねえだろうが、幸いカルニスもいるしな。アイツがいたら、適度なところで収まるだろ
《……期待しておくか》
「帝国宰相、キュラの機動装甲の出撃許可を貰いたい、理由は……」
**********
仕事を終え帰宅し扉に手を伸ばしていた彼は、突如降り注ぐ ”轟音” に空を見上げた。
彼の視界に映ったのは機動装甲。通り過ぎるだけのその機動装甲の胸元にある紋様を見た時、彼は叫んだ。自分が叫んでいる事は理解できぬままに、声の限りに叫んだ。
轟音が過ぎ去り人々の耳には彼の声が届く。自宅から銃を持って飛び出してきた妻は叫び続けながら震えている彼に声をかける。
「何があったの!」
妻は周囲を見回すが、彼が恐怖するようなものは見当たらない。両隣やその隣に住んでいる住人までもが、彼の奇声に驚き部屋から出て来た。
ただ彼の顔を見て、発作の激しいものだろうと思った。彼はこの惑星に来る以前に体験した恐怖により、偶に正気を失い奇声を上げることがあった。
妻は部屋から出て来た住人達に頭を下げて、彼を部屋へ入れようとする。その手をふりほどき、彼は駆けだした。驚いた妻は部屋に鍵を掛けて彼を追う。
何時もと違う彼の行動に遂に彼が発狂したのかと誰もが思い、それ以上は何もしなかった。
彼等が夫妻を見たのはこれが最後であり、夫妻も彼等を見たのはこれが最後であった。
叫びながら走り、躓いて転んだまま頭を抱えて震えている彼に妻は優しく声を掛けるが、彼は ”もう終わりだ” と呟くばかり。
「何が終わりなの?」
妻が聞いても答えることはない。妻は彼を落ち着かせようと必死に宥める。
彼の名はアーディルグレダムと言う。
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