ALMOND GWALIOR −82
 両親は私がアーディルグレダムとは違う大人しい男を結婚して当主の座を継ぐことは喜ばしいとしたけれども、私達に会おうとはしなかった。
 愛を貫いた……訳だけれども、貫いた後は冷たい日々が続く。このくらいのことは耐えなくてはならない。私は止めていた貴族の当主としての勉強を再開し、ロディルヴァルドも共に学んでくれた。
 まだ私達が新婚といって言い頃、妹の 《就職先》 が決まった。突如沸いてでた ”それ” は、
「そんな! 王の愛妾だなんて!」
 ケシュマリスタ王の愛妾で、妹は乗り気だという。
 妹は自暴自棄だから、そんな誘いに簡単に乗ってしまうのだからと両親を説得しようとしたら、直ぐに頬を打たれた。打たれた頬を手で押さえて呆然としていると、もう片方も打たれ呆然と立ち尽くす私に、母は吐き捨てるように言った。
「あなたの意見を聞いてシャディニーナが幸せになった事は一度もない。あなたは少し黙っていなさい」
 言葉が胸に突き刺さったけれども、真実であったとも思う。
 妹は程なくしてファンディフレンキャリオス王の愛妾として迎えられ、その美しさから気に入られる事となった。
 誰もが頷く美しさを持つ妹は、明るさを取り戻しつつあり、両親は王と紹介を取り持ってくれたロディルヴァルドの実家に感謝する。
 その後、両親は妹が王から与えられた邸に、ガルディゼロ邸の召使いを連れて住むようになり、気付いたら私達は二人きりになっていた。二人だけで一緒に居られる事は幸せだったけれども、人気が無くなり手入れもあまりされない邸を前に、幼い日の楽しさが重なり虚しさも募った。
 彼の両親も私達から距離を置く。妹の元に国王の足が向いている、そして妹は私達を嫌っているとなれば距離を置くのは当然なのかも知れない。

「ご主人様は会いません。お帰りください」

 私達は妹に許してもらおうと、何度も足を運んだが門の所で追い返されてしまう。妹の立場で考えてみれば、私やロディルヴァルドなど会いたくもないだろう。そして私の勝手とは重々理解しているが、それでも妹に許して貰いたかった。許して貰ってから私達は家庭を築くことを決めていた。
 それを小耳に挟んだ両親から『お前の勝手な言い分を、シャディニーナが理解してやる必要などない。恥を知れ』と返され……私は卑怯だけれども、追い詰められた気分になっていた。

 拒否される度に私達は求め合い、外に出る機会が減っていった。かつてあれ程外で自由に仕事をして生きていこうと思っていた自分が他人事に思える程。

 王妃と死別したファンディフレンキャリオス王は愛妾を何名か伴い公式の場に現れる。一人だけにすると、その女が増長するからだというのが理由らしい。その一人に妹が選ばれるようになる。そうなると、私達に対する他者の目はもっと厳しくなった。招待された晩餐会で夫であるロディルヴァルドと共に氷水を掛けられ追い出された事もある。それを命じたのが妹ではなく夫の両親であった事を聞き、夫に謝罪された事もあるが、謝りたいのは私の方だった。
 妹は王の子を妊娠し、そして無事に男の子を出産した。
 両親は喜びガルディゼロ伯爵家の資産をかなり使い、方々に手を尽くす、甥を 《庶子にするため》 に。両親は私ではなく、甥に伯爵家を継がせようとしていた事は明白だった。私に対する期待など最早欠片も残っておらず、王の私生児をどのように手を尽くせば伯爵家の跡取りにすることが出来るか? が人生の最重要事項。

 愛妾が誰一人としてファンディフレンキャリオス王の王妃の座を狙わなかったのは、次期国王ラティランクレンラセオ王太子があまりにも優れている為。
 王も「王妃など必要ない、継承権を持っているのはラティランクレンラセオだけでよい」と常々明言し、弟王子達も認めている程の王子。
 両親は縁故を使い、その未来の国王ラティランクレンラセオ王太子と妹は面会し、優しい言葉を掛けて貰えたのだという。
 両親と会った時、二人が見せてくれた甥の写真。
 ラティランクレンラセオ王太子には似ていなかったけれども、ガルディゼロ伯爵家の血よりも皇帝側の血が強い、はっきりと王の私生児と解る顔をしていた。
 両親が私達の所に甥の写真を持って来たのには理由があった、未だ子のない私達に女児を産んで、甥を婿として迎えろと ”命じた”
 その命令は両親の物ではなく、ケシュマリスタ王の印のある書類で、王の何人もの部下が従っていた。私とロディルヴァルドは薬品を打たれ彼等と両親の見ている前で交わり、腹に女子が身籠もった事を確認されて婚約まで成立した。

 ほんの三時間足らずの出来事。

 希望していた未来を捨てて、思い描いていた将来は消え去ったが、私とロディルヴァルドは生まれてくる子の事だけを考えて生活を続けた。娘は生まれ、すくすくと育っていった。産んだ当初は両親に取り上げられるのではないかと不安だったのだが、それもなかった。両親は私達の娘を見に来る事は一度もなかったのだが。
 幸せな日々が続いていた。それは悪意が目前に迫ってきている、歪な幸せ。壊れるその直前まで、私やロディルヴァルド、そして娘は気付くことはなかった
 テレビのニュースでダジェル子爵邸が火事になった事を知った。ダジェル子爵家の第二子であるロディルヴァルドには何の連絡もない。絶縁状態とはいえ、それは家庭内のことで、公である軍警察から連絡が来ないのはおかしい。私達は不安になり、ダジェル子爵邸へと向かう。娘は学校の寮にいるので、態々呼び戻しはしなかった。
「全員亡くなられたそうです」
「全員? あの、誰か何か知っている、召使いなどは?」
「いいえ、全員です」
 邸は全焼、ロディルヴァルドのご両親に姉夫婦とその息子、娘は全員焼死。それどころか、集まっていたダジェル子爵の一族ほぼ全てと、三百人以上いた召使いの全てが邸内で焼死していた。私達はこれは事故ではなく殺人だと思い、貴族犯罪を扱っている軍憲兵の元へと足を運び、状況を尋ねるが、
「事件の解明は?」
「ただの失火で、事件性は皆無です」
 相手にされない。周囲にいる憲兵達は私達をみて不気味な笑いを浮かべるのみ。
「そんなはず無いだろうが!」
 ロディルヴァルドが叫ぶも、無視され私達は往来に引き出され、
「事件性は皆無。納得出来なくても理解しなさい。貴方たちも貴族でしょう」
 冷たくそう言われて私達は再びダジェル子爵邸へと戻った。邸が焼けただけではない、庭の全ても焼けていた。邸のあった所など、大きなくぼみがあるほど。いや、くぼみしかなかった。
「ミサイルが投下された跡じゃないか! 事件性がないだと! これが事件じゃないだなんて……」
 ロディルヴァルドは焦げた大地を握りしめる。そこには熱で溶けた残骸すらない、此処に嘗てダジェル子爵邸があった事など解らない状態。誰か、何か知っていないか? そう思い、周囲の人達に聞き込みをすると、近くの市場の人達が ”そう言えば、火事になる三日前くらいから買い出しにも来なかったな” と言い、別の人が ”三ヶ月ほど前に、憲兵隊の総入れ替えがあった。最後の日に買い物に来てくれた馴染みの憲兵が、一斉入れ替えは珍しいから気を付けろと教えてくれた” そう語った。
 他家と争いなどしていない子爵家の邸宅にミサイルが投下されるという大きな事件が、まるで無かったかのようにされている。
 帰りの宇宙船の中で、ロディルヴァルドは憔悴しきった顔で震えながら、ある疑問を口にした。
「何でニュースに……」
 私はその言葉にはっとした。あのニュースを娘の学校が知らない筈がないのに、何の連絡もないことに。貴族は両親の家柄、続柄もしっかりと記入し提出する。娘はニュースを知らなくても、貴族の学校でこれらの事件のニュースを見逃すことはない。それなのに、何の問い合わせもない……私は胸騒ぎを覚えて娘の学校に連絡を入れると、娘は家に帰ったと告げられた。
「何故勝手に! 私は!」
 驚きと不安に声を詰まらせている私に、画面の向こう側にいる事務員は不思議そうに首をひねる。
『勝手もなにも、ガルディゼロ伯爵自らお出迎えに来られましたし、ダジェル子爵家の印も確かにお持ちでしたし。当方では拒否する事は』
「父が迎えに?」
『父? 貴方様のお父上? まさか! とてもお若い方でした。どう見積もっても十代前半の御方でしたが』
 嫌な雰囲気ではなく、絶望的な空気を吸っている事に私達は気付いてしまった。血の生臭い匂いでもなく、腐臭でもなく、耐え難い何か。
 耐え難くても私達はこの空気を喘ぎながら吸い込むしかない。
「あの……ダジェル子爵邸が焼失したのはご存じですか?」
『いいえ。その様な報告は入っておりません。誤報でしょう』
 私は通信を切り、急いで自宅に連絡を入れた。斡旋所から派遣されている召使いのルディーナスが出た。
「ルディーナス!」
『はいご主人様』
「む、娘は! あのっ!」
『お嬢様はご帰宅されてはいませんよ』
 彼女は何時もと変わらない、冷静な口調で答える。
「そ、そう」
 娘は何処に行ったのだろうか? 警察に捜索願いを出そうとキーを押し始めた私の手をロディルヴァルドは掴み制止すた。
「何のつもり? ロディルヴァルド!」
「警察なんて無意味だ! あの邸の跡地を見ただろ? あの状態でも事件性はないと憲兵は言ったんだぞ!」
「じゃあ! どうしろって言うのよぉ!」
 崩れ落ちる私の隣で壁を殴りながら、苛立ちを隠さないで声をロディルヴァルドが張り上げる。
「解る訳ないだろ! ……テレビ局に問い合わせる」
 私はロディルヴァルドが何をしようとしているのか解らなかったし、結果を聞いて何が起こっているのかも解らなかったけれども、
「偽のニュースだったのか」
 私達が観たニュースは偽物だった。真実だけれども偽物という恐ろしいもの。テレビ局はそんなニュースは放送していないと断言した。
 では私達が観たものは何だったのか? 私達は何を信じていいのか? 何を探ればいいのか? 最早息をするのも苦しい程に、追い詰められていた。
 どれ程の時間が過ぎただろうか?
『よろしいですか?』
 突如リターンでテレビ局からの通信が入る。
「何か?」
 私達が欲しかったのは安心であって、事実ではなかったのだけれども、与えられたのは事実。
 テレビ局員は、
『先ほど問い合わせがあった時間ですが、前日から第八区画軍港にケシュマリスタ艦隊が駐留していました。その旗艦から電波が発信された形跡があります。おそらく、一足先にお知らせを送ったのでは?』
 笑顔で報告した。
「知らせ?」
『はい。旗艦はガルディゼロ准将閣下が指揮なされている物です』
 局員は言い終えて ”失礼します” と通信を切る。
「どういう事……父は准将なんかじゃない。ケシュマリスタ王国軍に属してはいるけれども、大佐で今は予備役……将校になんてなれるはずない」
 ガルディゼロ伯爵家の軍を率いる為にケシュマリスタ王国軍に属していたが、父は士官学校を出ていないこともあり大佐で、特に軍事的才能に優れていた訳ではないので今は軍務から離れている。
 退役する時に父は准将になるだろうけれども、退役した軍人が艦隊を率いることなど……


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