LOST EMPIRE

 白く大きなたった一つの入り口には《かつての皇帝の紋》が刻まれている。
 私はその紋の前に立ち見上げる。
 何が見えるわけでもない、ただ見上げるだけだ。

「アーロン殿」
 声をかけられたので振り返る。誰が立っているのかは解っている。
「陛下。アウリア王殿下」
 私は膝をついき、二人に礼をする。
「膝などつかなくても良い。何度命じたら解る、ベレントラファネ大公。過ぎたる礼儀は不快だ。余の忍耐力を試したいというのであれば、今日いまここで限界を見ることになるぞ」
「失礼いたしました」
 私は陛下の声に立ち上がる。
 十七歳で即位した当時も”その年齢とは”思えないほどに落ち着いた方であった。在位し四十年近くが経過し、最近では長年仕えている私ですら、拝見することを躊躇うほどの威厳を備えられた。
「やはりこちらでしたね」
 アウリア王が苦笑いしながら、私の立っている入り口の前に立ち扉を開く。
「陛下からお話があるそうです。どうぞ」

 陛下は柩の側に近寄られて、手を触れられた。
「お前たち二人には話しておこうと思ってな。余がベルライハ大公から聞いた《真祖の赤》にまつわる話だ。まつわると言っても、我等は《シュスター》の一族ではないから、完璧に知っているわけでない。銀河大帝国には言い伝えがあったのだそうだ。帝星ヴィーナシアには《神殿》があり、そこにある中枢が全てを支配していると。皇帝しか立ち入ることのできない《神殿》それは人格を持ったコンピュータで《人類が作ったとは思えない高度なシステム》であったと」
 近づけと再度言われ、私とアウリア王も柩の側に近寄る。
 白い柩には十八歳のままの皇后陛下が眠られている。真紅の髪が映える、真白な柩の中で少し微笑まれている。
 当時の私は皇后陛下の五歳年上でしたが、私もすでに六十歳近くになりました。



 皇后陛下、ラディスラーオが逝きました



 あの男、天寿を全ういたしましたよ。
 もうご存知でしょうか? 心優しい貴女のことですからあの男を迎えに来てくださったでしょうか?
 このアーロンとメセアで、貴女の望みをかなえました。
「その《高度なシステム》は外部との接触を絶った不思議なシステムだった。だが一つだけその中枢にアクセスできる方法があった。それが《真祖の赤》。さすがにここから先はエヴェドリットであった我等には、詳しいことは解らない。だが《真祖の赤》は中枢に指示を出すことすら可能だったのは確実だ。この《真祖の赤》を所持していた大帝国皇帝が一人だけ存在する。皇帝サフォント。二人とも名前は知っているであろう?」
「はい。あのゼスアラータ帝の肖像画と一緒に保管されていた方ですね」
 私もその方は知っている。あまりにも有名な大帝国皇帝。
 118代続いた大帝国でも、1,2を争う知名度と功績を誇る御方。
 この国の前身であるエヴェドリット王国でも屈指の反逆王、ゼンガルセン=シェバイアスが終ぞ簒奪できなかった相手。
 相手がサフォント帝でなければ、ゼンガルセン=シェバイアスは皇帝になっていただろうと今でも言われている。そうなれば世界はまた違う物となったであったであろうとも言われていた。
「そしてもう一人がこの柩に眠っているインバルトボルグ・オブ・ハイゼルバイアセルス。彼女は間違いなく《シュスター》の子孫だった。だから父であるジルニオンは殺害したのだ。彼女がシュスターであることを強く表す《真祖の赤》であったから殺した」
 空を望めるドーム状の天井を仰ぐ。夜の帳が下り、星が煌いていた。
 だがこの中に、帝星はない。

 かつての帝星ヴィーナシアは帝国が崩壊すると同時に次元の向こうに消え去った。

「あの……」
「言葉は悪いが帝星がなくなった以上《使い道》はない。帝星が存在していれば生かしていたかも知れんが、無い以上統一の邪魔……だから殺した。覇帝はそういう男です」
 陛下の父君である覇帝ジルニオン『あの男は殺すためだけに産まれ、死ぬために生きて、殺しながら死んでいった。理解はできんが、完璧なリスカートーフォンだったことは解る』ラディスラーオがそう言っていた。
 私も彼、覇帝ジルニオンに対しては、ラディスラーオと同じ認識だ。覇帝は本当に殺すために生き、死ぬ為に戦った。それ以外のことなど、この世界に存在しないかのように。
 そしてもう少し以前に、皇后陛下を殺害した理由を聞いていたなら、私も怒っただろうが……もう怒る気力もない。
 皮肉にも私の生きる原動力はあの嫌いで仕方なかった、私の友人の家族を殺害したラディスラーオだった。皇后陛下の望みどおり生かすこと、それが私の中にあった最後の感情。
 あの男が死んだことで、私も消えていきそうだ。
「陛下は帝星が何処へと消え去ったか、ご存知なのですか?」
 アウリア王が尋ね、
「行き先は知らぬが、消え去るように設定したのはサフォント帝だと言われている。彼だけが帝国の中枢にアクセスし、メインシステムを書き換えることが出来た存在だったのだから、それは嘘ではなかろう」
 陛下が答えられた。
 私はふと思い尋ねる。
「もともと設定されていたのではないのですか?」
 美神ケシュマリスタを保ったままのクロナージュ陛下は微笑んで、首を振られた。
「帝星に大宮殿と神殿が造られた頃、ワープの原理は確立されていいなかった。システムとワープ原理は全く違うものだったのであろう。ワープ原理が発見されたのは、大帝国の三十二代の御世。それ以前にワープの原理が《神殿》に存在していたら彼等はもっと以前からその存在を知り使っていたはずだ。よってワープ原理が発見され、定着した後に生まれ、メインシステムに直接アクセスが出来て《神殿》すら支配においた真祖の赤ことサフォント帝以外には不可能と考えられる」


 サフォント帝は何を考えて帝星を消そうとしたのか、私などには解らない。


「でも陛下。肖像画が持ち出されたのですから、すぐに消えたわけではないのですよね?」
「そうだ。大宮殿を襲撃した者たちが《神殿》を破ろうとした際に発動するように設定したのであろう。我等の血の全てを知ることの出来る帝星神殿……何処に行ったのであろうか? 人類史上最も豪華絢爛で荘厳であった宮殿の中にある人々の罪の証」
 陛下はすっきりとしたような笑顔を浮かべて空を仰がれる。
 アウリア王は柩の中の皇后を優しい眼差しで見つめながら、
「新たなる空間で、新たなる人々生み出しているかもしれませんね」
 違う世界に思いを馳せているようであった。
 消え去った帝星がどこか別の次元で、新たなる人々を作り上げる……そんなこともあるだろう。
「多分その世界は、ほとんどが王国であろうな」
 陛下が言われる。

―― 国の作り方を教えたのは、勇者達だ。勇者は皇帝から国の作り方を習った。そのせいなのか国は最初王国しかなかった ――

「それできっと、妙に強い皇帝が支配しているんですよ!」
 アウリア王が笑う。

―― 世界を作ったのは皇帝であり、皇帝はこの大陸の支配者である。皇帝以上の力を持ったものは存在しない ――

 私も笑いながら話をする。
「そうだな。そう言えば陛下が読ませてくださった大昔の本に《充分に発達した科学力は魔法と混同される》と書かれていたから、案外新しい世界では科学力は《魔法》と言われているかも知れないな」

―― 魔法の原理を作ったのは皇帝だ。使えるのは、嘗ての世界をどれ程含有しているかが関係している ――

「夢があっていいですね」
「それは楽しそうだ」


 帝星よ。お前は消え去った先で幸せか? 帝星よ。お前の上で生きている者たちは幸せか?


 しばらく私たちは、消え去った帝星が新たな世界をどう作っているのかを空想し話し笑った。
「新たなる世界では再び神を復活させているかもしれませんね」
 銀河大帝国が捨て、私達新帝国も捨てた『神』
 神の存在を消すために、大帝国は苦労をしたという。
「神の復活か。《皇帝》が《ドロテア》でも貰っていたら復活しているかもしれないな」
 陛下のお言葉に私とアウリア王は顔を見合わせる。
「陛下《ドロテア》とは本来どのような意味を持つのですか?」
 大帝国は神を捨てる際に、神に関係する全てのものを捨てた。その中に神にまつわる意味を持つ名前も含まれていた。
 大帝国時代、歴史に存在していた名前を消さずに用いて、そこから神の存在を消すことに重点を置いたために、大帝国の皇族や王族貴族の名前は独特の綴りと発音となる。
 大昔の《神にかけて誓う》という意味をもっていたエリザヴェーダは、エリザヴェーデルニ《冬の北風よりも冷たき》やイザベローネスタ《闇を照らす》という様に、発音を似せた別の意味を持たせた。
 だから私たちは「基礎になった」過去の名前を知っているが、真の意味までは知らない。
 今でも宇宙にはドロテアという名の派生名はあるが、神にまつわる意味など所持していない。
 消されてしまった神にまつわる《ドロテア》という名の意味。

「《ドロテア》は《神の贈り物》という意味を持っていた。神が私たちの子孫に贈り物をしてくれるかどうかは知らん。だが《ドロテア》が復活し、神の贈り物として生きたとしたら、世界はまったく新しい物になっているであろう」
 そう言って陛下は柩に再び視線を落とされる。
 私にとって神の贈り物の意味を持つのは、陛下の視線に先にあられるお方。
 『皇帝の勝利』と呼ばれ続ける貴女です、インバルトボルグ様。大帝国の神であった皇帝が私の生きた時代にくれた贈り物でした。
「ベレントラファネ大公、ラディスラーオ・ハイゼルバイアセルスがついていた“皇帝の勝利”警備任務の後任に就け」
「……はい! 喜んで」
 アウリア王がこの部屋への立ち入が許可できるように情報を書き換えてくれた。
「それと、ラディスラーオのように廊下で休むつもりなら許可は与えるがソファーを用意するがいい。お前はそこまで余に迷惑をかける男ではないと信じているぞ」
 ラディスラーオは生涯自分で廊下に置くソファーを用意しなかった。
 本人は床で寝ても平気だと言い張り、用意するのは嫌だと言い続け、永遠の眠りについているインバルトボルグ様に話しかけ続けた。
「はい」
「そして、たまにはインバルトボルグの柩の側で話をしよう」

 私達は皇后の部屋を後にする。その時、アウリア王が足を止めて陛下に尋ねる。

「陛下。人格を持っていたシステムということは、人格名があったのですよね」
 陛下は足を止めて微笑み教えてくださった。
「そうだ。アウリアの言う通り名を持っていた。人格名は濁音なく、四つの発音で濁音ないという決まりがある、アウリアやアーロンお前たちのようにな」
 私とアウリア王は顔を見合わせる。

「エターナ、ロターヌ、ライフラもそれに倣ってつけられた。その元となったメインコンピューター人格名は……」