ビルトニアの女
赤い川は海に還りその花は散るのみだと【21】
「先鋭ってヤツか?」
 ドロテアが制御室に向かう道すがらいたのは、アンデッドではなくギュレネイスに攻め込んできた者であった。ドロテアが“ソレ”を先鋭と評したのは、前に見たものとは段違いに動きが良かった事と、少々の回復作用を持っていた事を目の当たりにしてだった。
 もっとも連れてきた兵士達は先鋭中の先鋭、指揮しているのがドロテアでは幾ら強い“虫”を体内に飼っていたとしても、敵にはならないが。最後までドロテアもわからなかった事としては“食い荒らすもの”を脳に飼った生物が、その卵が孵化する前に自身と同じ生物この場合は人間だが、それを食すると強くなる性質がある。エルストやクラウス達が本を手にいれる際に遭遇したのは、虫に全てを支配された後同じ固体、同じように虫を飼った者が虫を飼っているものを食した物体である。その為に一つの身体に虫が多数となり、人間とは思えない程崩壊した姿形となった。
 今ドロテアが大聖堂で面している相手は、孵化以前に同じ固体を食した者達。孵化以前は当然ながら生前の記憶でそれが行われた事となる、その事実を知ってもドロテアは驚かないだろうが、高位聖職者の下劣、醜悪などの単語を並べても表現の仕様のない悪食趣味には恐れ入る。
「邪魔だっ!」
 生前の悪食で、他の者達よりは強かったそれらを
「相変わらずお強いですな」
 叩きのめしつつ」
「こんな雑魚相手に魔力は使わん! アレを倒した後に片付けりゃいい話だ! 足と手を切り落としておけば移動できねえ、それだけでいい! 魔法は使えんようだからな」
 内部を突き進む
「畏まりました!」
「所で何処に向かって?」
「制御室だ。下手に何かが動いていたら目も当てられねえからな」
 ちなみのドロテアにはイシリアの案内はついていない。必要はないですか? と尋ねられたのだが制御室は虫がいた箇所に近い場所にあり、どうも石版は遠くにあるらしい。その呪文を書いたのが虫である以上、触手なり足なりを伸ばした事となる。となれば壁などを破壊して石版の部屋に到達していると考えられる……破壊された壁が『どちら側』から突きぬかれたものかを見定めれば、制御室の近くには近寄れるとドロテアは踏んだ。そして他の学者を連れて来たくはなかった事もあった。壁の壊れ具合を見定めながら内部を進んでいると、空から降り注ぐ光が差し込み床を照らしていたのが、それらが一斉に突如揺れだした。
「おおっ! 球体が消えはじめました!」
 違った光を放ちながら、強烈な収縮と僅かな膨張を繰り返す。その有様が書物に書かれていたのと同じであったので、ドロテアは上手くいったと頷いて
「発見したようだな。そして俺達もどうやらたどり着いたようだ」
 大聖堂には珍しいシンプルな扉の前に立った。派手さばかりに目がゆく大聖堂の中にポツンとあるその扉は、質素すぎて目立つ。扉と壁の接地部分指でなぞりながら解除の呪文を謳いながら指を下に降ろし、中ほどで赤くなった部分に指を動かして、再び呪文を謳う。嘗ては『コード』と呼ばれていたという聞きなれないものには解かり辛いそれを唱えては、色が変色した部分に指を這わせ呪文を謳うこと五分。カチリと音を立て、扉が僅かに隙間をあけた。ドロテアは指で連れてきた兵士に中に踏み込むように指示を出す、一応援護はするような素振りで……多分するだろうけれど。ドロテアの指示で武器を構えた兵士が二人、アイコンタクトを取り合い、頷いて一人が扉を蹴り開け中に滑り込む。
 パッと見た目、中には人は見えなかったが直ぐに隠れている僧服の端がみつかった。鎖帷子が基本な筈のイシリア僧服……だが目の前の丸い丸い人間は、一切鎖帷子などついていない絹だけで出来た僧服をまとい、部屋の隅に隠れていた。抵抗自体は大したことはないのだが、兵士二人の腕力を使用しなくてはならない程の質量を持ち合わせた体格。
「……てめえ……誰だ?」
 ドロテアの前に引き出されたその丸々と太った物体の顔をドロテアは凝視する。イシリアに来る前にドロテアはシュタードルの顔を知ろうとしたのだが、どうにも作り物っぽい肖像画しか手に入らなかった。五割増しくらいに格好良くかかれるのが肖像画だ。シュタードルの人相を直接知る事を諦め、過去のクロティス家の偉人の肖像画を四方に手を伸ばして見てはいた……目の前にいるのは美しい所を五割差し引いても肖像画のシュタードルにはならない、過去のクロティスの偉人、例えばロスクラー教父、ラディアント高祭……それらに似たところを見出す事もできなかった。無理をして似ているとすれば精々、目の色が皆似ているんじゃないか? という程度。
「我が名は、シュタードル=ヴィル=ハンドーヌ=ガデイ……!」
“シュタードル”という部分さえ聞けば最早用は無い! とドロテアは兵士が腕をねじ上げ地面に押し付けている、丸い小山の丸い顔を蹴り上げた。
「最後付近まで聞いてやった事に感謝しろ、人でなし」
「貴様! 名門の!」
「名門だって遺跡無断稼動と選帝侯との盟約反故で帳消しだ。ついでにテメエはゴルドバラガナ、殺しても死なないな」
 ドロテアは笑った。それほど考えなくてもわかる事だ“死を与えるもの”に接触した人間はゴルドガラバナのアンデッドとなる事は。どうやってエドウィン達を吊るしたのかなどは、後々問いただすとして
「貴様秘密を知ったからに……」
 床で叫んでいる肉塊との会話を早々に打ち切り
「おい! お前ら、コイツを捕まえておけ。俺は遺跡の稼動を止めて来る。そうそう、言っておくがゴルドバラガナになってても別に体力が上がるわけじゃないから、簡単に捕まえていられる筈だ。俺が戻ってくるまで確りとシバっておけよ」

 名家とか名門とか高位とか、そんな呪文が効く相手ではなかった事がシュタードル人生最後の悲惨だろう

 城門の外で“死を与えるもの”と対峙していた聖騎士も警備隊も、魔法の壷の異変に気付いた。セツ風に言えば「あの女が消すといったのだ、変化するとしたら消える以外ないだろう」。誰もがその変化を“死を与えるもの”が起こしたとは思わずドロテアが行ったもので、自分達に優位に働く変化だと疑わなかったのは凄まじい信頼というか、圧倒的な精神の支配力と言うべきか。何にせよ
「魔法の壷が消えはじめたようだ」
 魔法が使えるようになれば、戦いは楽になる。
「魔法を使えれば勝ち目は上がるか。総員! 結界を張れ、攻撃態勢に移行しろ!」
「枢機卿、急いで此方も攻撃態勢に」
「そうじゃな……じゃが何故あのギュレネイスの警備隊はああも急ぐのじゃ。足並みを揃えれば」
「お言葉でございますが……今、あの四人がおりません。故に今が好機なのです」
「よぉ解からんが、全ては主に任すハッセム。妾は防御に徹しようぞ」
 四人がいないので、手柄を自らの国のものにしてしまう好機でもあった。おっとりしていて、大伯父の権力欲に嫌気を持っていたクナは、その手の事にはあまりなれてはいなかった。慣れていない分『足並みを揃えれば』という言葉は正しくもあった。自身で始めて真向から立ち向かう異形のものに
「さあ、来るがいい……と言いたいが妾も始めての経験じゃからなあ」
 厚い法衣のしたの足が震えていたとしても、それを誰にも悟らせるわけには行かない。

 皆が好機に転じた! と歓喜しているのだが実際は石版を抱いたままどうしたものか? と走り回っているだけであった。石版を抱き込んだヒルダは制御室に向かう道すがら叫んでいた。
「瓦礫の山ですね。見事な瓦礫ですね。瓦礫の中の瓦礫ですね!」
 ヒルダの元気すぎる声が廃墟に近くなった大聖堂に響き渡る。瓦礫もそこまで賞賛してもらえれば、瓦礫冥利に尽きるというべきだ。ドロテアが推測したとおり、制御室付近から触手なりが伸び石版に記入したのだから、そこにいたる道は瓦礫との遭遇率が高くなるのは当然であった。
「迂回を……」
「越えましょうよ! 大したことないし、ヒルダ私の後をついてきて足場を探すから!」
「解かりました」
「危険ですから私が先頭を」
「エドウィンが怪我したらもっと大変でしょう、良いから良いから……ねえ、ヒルダ?」
「なんですか?」
「聖なる短槍で薙ぎ払いながら進んでも、槍壊れないわよね?」
「大丈夫だと思いますよ、何せ聖なる槍ですから」
 聖なる槍の使い方を間違ってるような気がしないでもないのだが、マリアはパチンッ! と短槍を伸ばしエドウィンに声をかけ
「じゃあ、行くわよ。エドウィン私の槍先に気をつけてね」
 槍を振り回し始めた。何とか邪魔な瓦礫を振り回した槍の遠心力で片付けながら、制御室に近付く三人。
「後から敵がっ!」
 先頭を歩きつつ、背後を気遣っていたエドウィンが後の右側を指差す。そこから現れたのは幸いかな、ただのアンデッドであった。
「こんな時に厄介ですね」
 何故この場に『ただのアンデッド』がいるのかまで考えている余裕はなく、どうしようか? とマリアとヒルダは顔を見合わせながら考える。急いで考えをまとめなければいけない
「いつでも厄介だと思うけれど」
 結構数が多いわ……とマリアは後に回る。
「エドウィンは前から敵が来ないかどうか見張っててね!」
「わかりました!」
 マリアが戦おうとした瞬間
「マリアさん!」
「なに」
「私に抱きついてください。羽交い絞めにしてこの石版を押さえていてくれれば! 手が空きますので!」
「解かったわ」
 マリアは槍を持ったまま、ヒルダに抱きついた。
「これで手が自由になります、待ってくださいよ」
 石版から手を離したヒルダは死人返しではなく、そこにある瓦礫を使用して壁を作り上げた。知能が低下しているアンデッドには壁などを目の前にして有効な策はとれないと踏んでの事だ。
「あまり使うなって言われたけど仕方ないですね。そうそう、マリアさんにこれを」
ヒルダは肩のあたりにあるマリアの額に、マリアも見たことがある印のようなものを額に描いた。そして自分で石版を抱き込み、二人は離れる
「これでアンデッドの中を自由に歩けるって訳ね」
マリアは額に手を当てて少しばかり安心したのだが
「はい、でも急いでくださいね。姉さんみたいに丸一日分もかけられないので」
「何時間くらい?」
「八分です」
「急ぐわよ!」
 魔力の無駄遣いよね……この事はドロテアには言わないでおこうと心に決めたマリアであった。

 ヒルダが役に立たない魔法を一度ほど行使しつつも、三人は無事にドロテアの元へとたどり着いた。途中で足と手を切り落とされた人間らしい者達が散らばっていたので、この方向で間違いない! と二人が確信したのは言うまでもない。
「姉さん! 姉さん!」
「どうした?」
「コレ! コレ!」
 胸元に抱きしめている石版を指差すヒルダの態度に
「消したんだろう?」
 ドロテアは不思議そうに近寄る。すると、満面の笑みで
「消し方が解らなくて、抱き込んだら消え始めたのでこのまま必死に走ってきました。アンデッドを越えて」
 高らかに謳うように宣言した妹に、
「アホ……。こうやって消すんだよ」
 胸元に抱いている石版を引き剥がすように取り上げ、呪文が書かれている面をさぁ……と魔力を帯びた手で撫でる。
「手で消えるの?」
 そうすると砂浜に書かれた文字が打ち寄せる波に消されるかのように消え去った。石版というよりはやはり水版と言ったほうが正しいような気がするそれを、腕に乗せて呪文を消した面を見ながら
「魔力を乗せた手で消すんだよ。だからテメエとエドウィンを捜索に行かせたんだろうが! 最もエドウィンは魔法は使えないから道案内だ」
「ぜんぜん思いつきませんでした」
「も、申し訳ない」
「基本原理だろうがよ……マリア、魔法使いを倒す時は?」
「手か喉を狙え、でしょ? 魔法の詠唱をできないように喉を、印を結べないように手を」
「詠唱していない魔法だったら?」
「手しか使いようがないですね。説明してくださいよ、姉さんったら」
「頭ついてるんだから少しは考えろ」
「献立考えるのは得意なんですけどね」
 この場でそれが得意と宣言されても、姉が膝に蹴りを入れるだけであろうが。案の定蹴りを入れられ尻餅をついたヒルダと、蹴ったドロテアのやり取りを本心から優しい眼差しで見守っていたマリアが
「あの人誰?」
 ドロテアが連れてきていた兵士達が取り押さえ、縛っている丸々と太ったそれを指差す。
「シュタードル。で、間違いはないなエドウィン」
「間違いありません……シュタードル、貴殿まで?」
 シュタードルがゴルドバラガナにかかっている事に、雰囲気で気付いたらしい。同じ状態というのは結構わかりやすいのだ。
「この状況で貴殿と言えるオマエが凄いぜ、エドウィン」
 腕を組んで滅多に人を褒めないドロテアが、心底感心した口調でそう言えば
「そうですね、普通は貴様とか畜生にも劣る屑とかですよ」
 尻餅から立ち直ったヒルダが後を華麗というか、残酷にも続ける
「最初はわかるけど、次はどうアレンジしたのかしら? 家風?」
 そして締めたマリアだが、そんな家風あっても困る。
「違うただの性格だ、マリア。さてと、出口に向かうか! もう出口は開いているはずだ。お前らはシュタードルを見張ってやがれ」
「えっ?」
「なに、危険承知で此処まで付いてきたんだ。その位の役得無くちゃやってられねえだろ。みたところ、それ程アンデッドの類も多くはねえし、なによりマリアとヒルダが蹴散らしてきたらしいからな、相当数」
「良いんですか?」
「ああ、変なモンに触らなければな。最も起動室には入れんようにしておいたから、後は自分の身を守りながらシュタードルを転がしておけばいいぜ」
「だから学者さん連れてこなかったんだ」
「おうともよ。誰が最近遺跡稼動させ世界に覇を唱えようと考えていると噂されている国の学者をこんな所に連れてくるか!」
「さすがと言うべきなのかしらね」
「そうですね」
「行くぞ! マリア! ヒルダ! エドウィン!」

 嵐のように騒いで立去っていった四人、内一人はとても礼儀正しく大人しかったが、それはさておき
「多分……いや、確実に勝つな」
 立去ったドロテア達が見えなくなった後、ドロテアについてきた一人が力なく肩を落としながら一言呟く。生気の失われた大聖堂に虚しさを加味するようなその声に
「勝利の女神とかいう生き物なんだろう……な」
 隣に立っていた男もゆっくりと頷いた。そのはシュタードルを繋いだ縄の端を手首に巻きつけていた
「勝利するにはあんなに気の強い女……」
「俺は一生敗北者でいいかも知れない」
 自分の手首に繋がれている、ブヨブヨした名門聖職者を見下ろしながら、これ以上ない! という程深く、そして真摯に男は頷く。その頷きを身ながら、だが口にした
「でも、気の弱い勝利の女神なんていないんだろうな」
 弱気で手に入る勝利などこの地上には存在しないだろう、よって
「そうだなぁ……」

勝利とは自分達の手に“負えない”所にあるんだ……彼らは朽ちた壁と静けさのなか理解というか知った気になってしまった。

 連れてきた兵士達にある種の悟りを開かせてしまったドロテアは、エドウィンの案内のもと、正面入り口に到着した。鍵は開いたのだが、なにせ大聖堂の正面扉。少人数で全開させるのは少々時間がかかるらしく、皆が必死に押していた。盗難や敵襲を防ぐ為の堅牢なつくりだが、盗賊は別の隠し通路から入り込むし、敵は地中から現れるし全く意味を成さなかった物体の一つといってもいい、ただの重い扉。それを少人数の人足(自身の夫含む)その必死な姿を見ながらドロテアは持ってきた一本の煙草に火をつけて『ふぅ〜』と溜め息なのか、最初の一服を楽しむのかわからない息を吐いていた。煙草の灰が自然に一回落ちたところで
「どうするの?」
 マリアがドロテアに訊く。そろそろ考えも纏まった頃だろうと、見計らっての合いの手だ。他人がやったら殺されかねない質問ではあるが。ドロテアは煙草を口から離し、中指で灰をポンポンと床におとして踏みつける。そうこうしているうちに、目の前の扉が重苦しい音を立てて開き始めた。
 室内に入り込んでくる眩しさに目を少し細めながら
「そうだな……あの程度なら勝てるだろう一応その位の策は考えている。ただ消し去る手段を選ばないとな、毎回魔法を使えなくて苦労する。半端に破壊すると、あんなモンがウジャウジャ湧いて出てくるんじゃあなあ。街並みを破壊しないで、ヤツだけを消すとなると結構厄介だ」
ドロテアはヒルダの方を見ながら、組み立てた作戦を実行に移す準備を始めた。
「ヒルダ、ちょっと手を出せ」
「はいはい」
 ヒルダの手を掴み、何かを唱える
「……」
 握っている手が淡い青緑色の光を発し始める。ドロテアはもう一方の手を差し出し
「マリア、手を出してくれ」
「はい、どうぞ」
 マリアの手からは、淡いというよりは目を凝らさなければ解からない程度の青い光が見え隠れする。二人の手から
「……ヒルダの方を使うか」
「なに?」
「その石版を使うつもりだから、放出魔力の量をな。量によって魔法の進行具合が違う、ヒルダは早過ぎる感じなんだがマリアはちょっと遅すぎる。無意識で放出している魔力の差だから仕方ないが。ヒルダ、意識的に魔力の流れを変えられるか?」
 魔法や法力を使う人間ならば出来ないわけ事ではない魔力調整。ヒルダは神経を集中させると
「ちょっと待ってください。最低限度に落とすと……このくらいかな」
 手から本当に微弱な青い光を放出させるようにした。そのマリアよりも弱くなった光を見下ろしながら
「一定で保てるか? 結構な時間をこれの少し上……このくらいで保てれば」
 少しだけ魔力を引き出し“それ”を持続しろとドロテアは言うが
「保てません」
 きっぱりとヒルダは否定した。無理をしても良いことは無い事をを知っているヒルダは、答えに躊躇いはない。そしてこの程度のことは作戦の中では大したことないだろうと理解していた。作戦を組み立てるほうにしてみれば、少々舌打ちもしたくなるようなものだが、それでも自分の実力以上の事をしようとしない姿勢は、作戦を立てる際には好都合だった。
「解った、無意識の放出でいいから俺が今から言うことを良く覚えて順番を間違うなよ」
「ハイ!」
「“死を与えるもの”の翅の付け根を切りおとして炎獄に落として焼き尽くす策をとる。クラウスやらゲオルグやらを使って翅をある程度切り落とさせる、その間に俺は他の奴らと共に“死を与えるもの”の周りを魔法円陣で取り囲む三重円を描く、俺が合図したら行使円に入ってこの呪文を開いて石版に写せ」
「立体型円形起動呪文なんて始めてみた。あるんだ本当に!」
「そりゃそうだろうよ、“コレ”だけあっても何も発動しないから普通は描かねえよ。コイツは第一段階の穴が開く魔法だ、ここに開門の文字が見えるだろう? ヤツも引き込まれるのを必死に足で堪えるだろうが登ってこられる可能性は皆無だ、あの翅の総数から数えても、足自体にそれほどの強度はない。足が強ければ自分の足で最初に歩き出すだろうからな、翅移動のほうを選んだところからも身体を支えきれていない事が解かる。そしてある程度弱らせたら……弱ったかどうかは俺が指示を出すが、その指示が出たら開門を消して次はこっちを写せ」
「これは?」
「炎獄の門が開く。炎獄ってのは開くだけで落さなきゃならん、吸い込み能力なんてのは炎獄にはない。よって相当弱らせ焦らせないと落とすことは難しい。最初の吸い込みと、そして次に重力で体の重みで耐えさせ足に負荷をかける。吸い込みで足に負荷をかければ再び翅を生やし飛び上がろうとするだろう。まあ、飛び上がらなくても全く問題は無いんだがな、とにかく次はこれだ」
「はい」
「大体、炎獄が開いた頃に翅が生えて飛び上がるだろうから、再び最初と同じ魔法を写す。コレで吸い込まれそうになるはずだ、そしてその時片方の翅を切り落とせば落下してゆく。“死を与えるもの”の体が半分地面に入り込んだら再び炎獄の呪文を写して姿が全くお前の視界から消えたらこの呪文だ、門を閉じるヤツこれを写せ。解ったな!」
「はい、解りました。翅を切るのは姉さんですか」
「いいや、エルスト!」
「はいはい」
 扉をある程度開かせたエルストを側に呼びつけ
「今此処で、光神ハルタスを召喚するからそれを背中に生やせ」
 全く聞きなれない言葉を立て続けに口にする。
「何だそりゃ?」
 言われたエルストも意味が解からないようだが、説明よりみた方が早いとでもいうように
「まあ見ろよ。聖火神シャフィニイの属、人の目に映らぬ光の主。来るがいい、ハルタス!」
ドロテアは軽く呪文を唱えた。本来最後に謳われるべき呪文の一節だけを口にし、黒い金属で覆われている腕を高らかに上げると、その腕に光の塊が降ってくるかのように現れる。
「確かに鳥みたいに見えるわ」
 ドロテアの腕を宿木にしている光をまとった鳥のように見えるそれが、シャフィニイの直属配下五神の一神である光神ハルタスである。太陽を直接みているかのような錯覚に陥るほどの眩しさに、その場にいた殆どの人が手で眼前を覆いながら目を細め、その神の姿を見ていた。そんな中
「ハルタス、エルストに半侵食しろ」
 相変わらずとしか言えない口調でドロテアはハルタスに命じる。命じられた方も、あっさりと
「了解した」
 了解したが“半侵食”されるエルストの意見とか意思とかその他諸々は全く考慮されない事に関しての意見は、誰一人述べなかった。エルスト自身、何一つ口を開かず成されるがままに黙っていると、エルストにハルタスが正面からぶつかり体の中に消えていった。
「イダダダ……あいた……」
 本当に痛いのか? ただちょっと痛かっただけなのか? 笑っているかのような表情と相変わらずの喋り方で自分の肩を手で押さえていると、エルストの背後に後光のようなものが差し始めた。輝きに目を細めていたマリアやヒルダが落ち着き始めた光に確りとエルストを見ると
「すごいわね、エルストの背中から鳥の翼が生えているみたい」
 エルストの背中から大きな鳥の翼が生えているように見えた。勿論生えているのではなく、背中全面にハルタスが融合しただけだ。だが、大空に鳥に憧れる人などが見れば羨望のため息をつくかもしれない……が、この場にいたのはそんな詩人らしい人でもなければ、空に憧憬を抱くものでもなく
「なんか、鳥肉の逆襲みたいですね!」
 限りなきリアリスト……むしろ、限りなく食い物に連鎖する聖職者であった。それにしても、食した鳥に逆襲されて翼が生えたら困るだろうに。
「何の逆襲だよ? ハルタス!」
 翼以外見えないのだが
「なんだい?」
ドロテアはその翼自体が会話をする。人とは違い、幾種類もの形状を持つ神との会話ならではだ。
「その翼の大きさで俺とエルスト二人がゲルシータに耐えられるか?」
「神様相手に相変わらずだよ……」
「二人分だな……ならば少々大きくしよう。この男は大きいから肩から腰くらいまでで十分にゲルシータにも耐えられる」
 翼の形状が二回りほどおおきくなる、エルストが「尻の筋肉にも侵食してきて、歩きづらそうだな」と言いながら足を回している。一通り準備が終わったんだろうなと、今度はヒルダが
「ゲルシータってなんですか?」
「最初の吸い込みの風のことだよ、ほら此処に書いてるだろが”イービン・グリースト・エンダールダ・ゲルシータ”って。少しスペルが流れてるが、読めねえわけじゃねえだろ」
「読めませんよ、こんな複雑な立体呪文」
「間違わなきゃ良いだけだ!」
「それは大丈夫です! 任せておいてください! 間違いません、命がかかってますので!」
 間違ってもドロテアがいるので命は助かるだろうが、その後の命は誰も保障はできないのも事実。
「信用しておこう。お前たちをあの場所に飛ばす、エルストは」
「抜けた天井から飛んで、少し慣れておくな」
「ああ、そうしろ。適当なところで戻って来いよ!」
「終わった頃ってのはダメか」
「俺と死を与えるものどちらが怖いか自分で順列をつけて考えろ。そうだ、ハルタス! エルストの目が見えるように本人を透明化しろ!」
「解かった」
「で、マリア」
「何?」
「マリアはヒルダを援護してほしい。ヒルダは石版を使うから両手が塞がるし一度魔法陣を起動させると最後まで一定の場所、行使円以外から動くことが出来ないから、死を与えるものも狙ってくるだろう。もちろん俺も援護はするが、途中で抜けるから、その後はヒルダを頼む」
「解ったわ」
「虫を倒すんじゃなくて、落すんですね」
「当たり前だ。どうやって人間如きが皇代の兵器を殺るんだよ! この世は身の程知らずばかりだ。そうだ? エドウィンとビクトールはどうする? 盗賊達は置いていくとしても、お前達はついて来るか? それとも此処で待ってるか? 正直付いてきても大して役には立たないが?」
 エドウィンとビクトールが顔を見合わせ、少しばかり考えている脇で、ヒルダが左手に石版を抱え右手指を顎にあて
「姉さんほど力持ってる人いないともうんですけど、そういうモンなんでしょうね。知れば知るほど勝てないって解るんでしょうね」
 無敵のような姉がはっきりと言い切る「人間如き」。謙遜ではない事実の言葉を前に、ヒルダは向かう敵に対し少しだけ気を引き締めた。
「言葉だけ謙虚であっても無意味だし、無知は罪を減じる理由にはならないし、身の程を知る人間もそうはいないしね」
「まあ、そういう事だ。行くか!」
 エドウィンもビクトールも同行すると申し出た、意外だったのは残ってもいいといわれた盗賊達までもが、あの場についていくと言い出したこと。“守る気はサラサラねえぞ”と言われたのにも関わらず。
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