ビルトニアの女
神の国に住まう皇帝鳥は飛ぶ事もなく啼きもせず【24】
私の魂を導いて


階位も金も求めない女と男。
そこに”ある”だけでいいというのは、憬れるものだ。


「しかし」
 丸一日眠って目を覚ましたドロテアとエルストは、法王庁の客間で出された酒を口に運んでいた。
「何だよ、エルスト」
遠慮なく飲んでいる二人
「法王庁っていい酒あるなあ。吃驚した」
驚く論点が少々違っているような気がするのだが、エルスト?
「そりゃまあ、各国の王が献上する訳だからな」
「金だって相当持ってくるだろ?」
世界の銘酒一揃い状態のテーブルに、あまり減らない酒の肴。
「まあ、なあ」
 取り敢えず、飲めるもんなら飲んでしまえ!と酒豪二人で酒を空けていると
「何の用だ?セツ」
セツ枢機卿が一人で部屋に入ってきた。
「邪魔する」
 ドロテアも流石に呆れる程頑丈なセツ枢機卿だ。あの後、軽く横になるだけでハーシルの残党狩りの処理を始めたのだ。法王が休むように言っても、平気だの一言で動き回っているそうだ。
「飲むか?」
 偉そうに瓶を持って座れと指示を出すドロテアだが、此処の主の一人は間違いなくセツな筈である。
「ああ。それと頼みが色々とあってな」
「何だ?」
「火刑用の油を作ってくれ」
「……最悪のアレか? 皮膚が落ちても内蔵が焼けても、そうそう簡単には意識を失わないってヤツをか」
「そうだ。普通のならここに居る者でも作れるからな」
「中々残酷好みでらっしゃる」
「火刑場には私とクナ枢機卿までしか向かわん。アレクスが行かないのなら、何処までも残酷にしてもいい」
「目の前で大伯父を惨殺か?」
「悪いか?」
 座ったセツ枢機卿にエルストが酒をついで差し出す。強い酒だが、気にもせずに一気にあおるセツ枢機卿に
”……酒強い人だなあ……。まあ、あの雰囲気で酒が弱いってのも……”と考えながら、エルストは二杯目を注ぐ。
「いいや。黙って受け入れないと、残酷に目の前で殺してやらないとクナ枢機卿も立場が悪いんだろう? いくら残党を狩ったからとは言えな」
「そうだ」
 結局クナ枢機卿は『枢機卿』として行動した。ハーシルの懇願など聞き入れず、セツ最高枢機卿暗殺未遂、及び法王傷害に関わったもの全てを見つけ出し引き出した。
ドロテアが黙って考え事をする仕草をしているので、エルストが
「セツ枢機卿は戦場に行った事があるでしょう?」
「どうして解った?」
 声をかけた。セツ枢機卿は三杯目を自分で注ぎながらエルストをヴェールの下から見た。
「吸血大公と戦っている時、死体には目もくれなかった。初めて見る死体なら、興味本位や怖さで死体から目を離せない筈なのに」
「鋭い相手は苦手だが…その通りだ、偶に遠くまで足を運ぶ。六年前のヘイノア運河にもいた」
「てめえ……随分と遠くまで出歩けるんだな」
 瞬間移動できる距離も半端ではないらしい。徒歩であれば優に三ヶ月を要する程の距離を瞬時に飛べるとは、力の無尽蔵さは呆れるほどだ。
「火をかけたのはイシリア騎士団と魔法使いだ。油も撒かれていたし、魔法の炎だ。ひとたまりも無かったな」
そして、真実も知っていたのだ。己の目で確かに見ていたのだ、セツは。
「黙って見ていた訳か」
 この枢機卿の力を持ってすれば、被害は最小限に止められたかも知れないが
「そうだ。もとより助けたりする気などない。ある筈もない」
 セツ枢機卿は助ける気等、毛頭無かった。あるはずが無い、なぜなら彼はその場に”居るはずが無い人物”なのだから。
冷酷と言われる枢機卿は確かに冷酷だ、だが
「ふ〜ん。まあ、いい。俺がその場にいてもそうするだろう」
恐らくドロテアもそうする筈だ。したいのなら何時までもさせておけばいい、何時か全員が死に絶えたら終わるのだろうから
「そう言うだろうと思った」

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この男は何処までも残酷を”知っている”
理解せず、知りもせずに残酷であるのより、余程タチは悪いだろうが
この男らしくもあり
ドロテアに良く似ている

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 ドロテアは一笑すると、グラスをテーブルに割れるかのように叩きつけて
「火刑用の油な。他に注文は?」
 煙草を指の間に挟んで、クルリと回しセツに差し出した。それをセツは受け取り、セツはヴェールを僅かに上げ口に咥える。ヴェールの隙間から見える口元は、歪んではいないが、確かに笑っていた。
「エルストは鍵を開けられるな? 是非とも力を貸して欲しい」
「解りましたよ」
法衣の下で咥えた煙草は、様になる。煙草を吸う姿が似合う枢機卿というのも何だが
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