ビルトニアの女
地の果てを望むのは私ではない【6】

助けてと叫ばれても、助けられない時がある
助けたくない相手に限って、助けやすいのは何故?
助けたかった相手を助けられなかった
だから……助けない

「助けられるのも、助けるのも自由だからな。選ぶのが最辛い自由だ」

「どうやらあの扉らしいな」
 死体から引き出した地図を頭に描きながら、ドロテアはマリアと共に目的地に到着した。
「そうみたいね」
 ドロテアが指差した方向を見て、マリアが答える。その先にはまだ辛うじて警備の兵が何人か残り、必死に元同僚達と交戦をしていた。数で圧倒的に劣る警備兵達は、叫び声と言うには余りに悲惨な声を上げて死人に殺されてゆく。
 死ねばそこで、ドロテアの配下となりまだまだ仕事をしなくてはならない。
「邪魔だ、どけ!」
 ドロテアの一言に、死人達はノロノロと道を開ける。
 三人ほど瀕死の状態で廊下に転がっていた兵士を、味方にすると、ドロテアは扉を開ようと手をかけた。
「……鍵かかってやがる」
 渋い顔をしてノブから手を離す。
「そりゃあ、そうでしょうよ。こんな死人ウジャウジャいるもの、少しでも時間を稼げるようにするでしょうからね」
 言い換えれば警備の兵士など見捨ててしまっている訳だ。
 最もこの状態で、これ以外の行動を取れる人間だったならまずドロテア達を問答無用で投獄などはしないだろう。
 もっと賢い選択肢があるのだから。これがヘレンの限界とも言えた。
「まあ、そりゃそうなんだがよ。……魔法じゃねえんだ、真面目な普通の鍵なんだ」
「殴れば開くんじゃないの?」
 扉を叩くと牢獄などは問題にならない程軽い音だ。この位ならマリアとドロテアが一斉に蹴りかかれば開くだろう。
 だが、ドロテアは首を振る。
「トラップが怖い」
 罠を解除するのは、今この室内にいるエルストの仕事だ。
 魔法を用いたトラップならば直に感知できるが、そうではない極々普通のトラップはドロテアの得意とする所ではない。
「成る程、どうする?」
 ドロテアは人差し指で近寄るように合図を送る。
「少し離れるぞ、マリア」
 ドロテアの指示に従い、死人の壁の中に隠れるマリア、そして死人ごと魔法を紡ぎ出す。
 "はあ〜。死人を盾に魔法を唱えて扉を壊すのね……"
「いけっ!」
 ドロテアの掌から衝撃波が勢いよく飛び出し、目の前の扉を内側に弾いた。その際前にいた死人が四、五人弾けとんだのは、言うまでもない。ゴォォォォン!と言う扉が落ちる音と共に、"ぐぎゃあ!"や"痛てえよお!"と言う叫びが聞こえてくる。多分扉の下敷きになった彼等は、扉の質量と勢いで苦しみ悶えていた。
「あれって、アナタ何時も拳に乗せて人の胴体真っ二つにする魔法よね」
「ああ、そうだ」
「こんな遠距離飛ばせるんだ。私てっきり接近しなきゃ駄目だと思ってた」
「正式な使い方はこうだ。正魔法と違うから、闘技場で使ってもばれないんだよ」
 連戦連勝の闘技場きっての悪人は、笑いながら言い放つ。魔法戦は魔法戦として組まれているので、こう言う事をするのは違法である。ばれなければ良いのも事実だが……
「ひ……卑怯ものねえ……」
 肩を竦めて、笑いかけるマリア。
「ありがとさん!」
 中から誰も出て来ない事を確認したドロテアとマリアは、室内に足を進めた。入り口は高い位置にあり、指示を出す場所は下にある。何所にでもある作戦統合本部のようなつくり、当然殆どの人間は下にいてドロテアに見下ろされる形となっていた。入るなり、ドロテアは鉄柵に片足をかけて怒号する。
「おい! 降伏したら命乞い成就率三割。交戦するなら生存率ナシだ。どうする?」
 どうする? と聞かれているが、命乞いをしても成就率が三割ならば普通は戦うだろう。そんなドロテアに度肝を抜かれている部下を横目に、ヘレンはセイローンの子供の喉にナイフを付き立てて声を張り上げた。
「小娘!!
 かなり疲れ、渇いたその声に、艶やかで美しいがどうにも手の付けようのない、そして相手をバカにした声が振ってくる。
「何だ! ヒスババア!」
 ヘレンを指して、顎をしゃくるドロテアの姿はどっからどう見ても、悪党である。その姿を階下から見つめているヒルダ。
「アイタタタ……イイのかな?」
 イイのかな? あんな事言っても……等と小さく呟いていた。最もアンデットを量産している時点で、良いも悪いもないのだが。
「いいんだよ、ヒルダ……さてやるか」
「はい」
 夫はヒルダと共に、小さな声と動きで魔法を唱え始める。普通は直に気付くが、今はそれ所ではない。

 ナイフを首に突きつけられた子供が、泣いて暴れ出す。
「見て解らないの! 下手な事をすると、こいつらの命が!」
 暴れた拍子に首に傷がつき、血が流れ出す。ヘレンは勝ったと思っていた、いや確信していた。勇者と呼ばれる一行が、子供を見捨てる筈はないと。
 だが、ドロテアが面白くなさそうにヘレンに言う。
「誰だよそいつら?」
 腕にいる子供以外に、ヘレンの背後にいる部下が女と子供と、セイローンをガッチリと固定していた。全員のど元にはナイフをあてがわれている。
「……お前達に協力を依頼したセイローンの妻子よ! コイツラの命が無いわよ!」
 そこまで聞いて、ドロテアは笑い出した。心底笑い出す。
「はあ? ……ははははははは! バカだろテメエ!! はははは!」
 鉄柵から足を下ろして、指を指して腹を抱えて笑い出すドロテアの声だけが室内を彩った。本当に楽しそうな声で、止まらないらしい。
 その脇にいたマリアが困ったような顔をして、階下にいるもっと情けない顔をして人質を握っている奴等に叫んだ。
「そりゃそうよ。そのセイローンて男が私達を売ったんでしょう? だったら何で助けるのよ」
 マリアも呆れ顔である。はっきりいって四人には助けてやる筋合いはない。元々此処に拉致される筋合いもないのだが。
「……み、見殺しにするつもり!」
 まさかこんな事を言い出すとは思ってもみなかったヘレンは、批難した。
 批難される筋合いのものでもない。特にドロテアにとってはそんな理論は通じない。
「くくくく……笑いが止まらねえよ、ババア。俺たちが見殺しにされかかってたの忘れたか?」
 ドロテア達を売っておきながら、まだ助けてもらえると思ってたセイローンは顔色を変えた。
「お! お願いです!! 助けてくださ……」
 セイローンが身を乗り出す、押さえている男達も顔を見合わせるしかない。このままだと、セイローンごと殺されかねない事に気付いた。人質が人質になりえなければ、近くにいる必要すらないのだ。
 身を乗り出したセイローンの価値は、この一言で失われていった。
「黙れ! うるせえな!! 大体なんで俺たちがテメエのバカな妄想のせいで、こんな辛気臭いところに連れてこられなきゃならんのだ? 俺たちはテメエなんざに協力するとは一言も言ってネエよ。大体旅の人間に、その国の政治を転覆させるのを手伝えなんて頭大丈夫か?」
 笑いを収めて再び鉄柵に足をかけ、手には魔力を宿す。
 最早臨戦態勢なのは、誰の目にも明らかだ。
「あらあら」
 助けてもらえないと知った瞬間のセイローンの顔色に、マリアは苦笑していた。
 子供には悪いが、マリアも他人の子供の代わりに殺される気はない。
 卑怯だと言われても、それで普通だとも思っている。
 死にたくなどないのだ、だからセイローンという男も簡単に口を割ったのだ。
 "許しはしないから、赦される必要も無い"
 それが親友の持論である事を知っている以上、そしてその持論が何より、誰よりも好きなのはマリア自身であった。
「それにだ。オレは人間だ。裏切られれば腹が立つ、金も稼げば水汲みもする。メシも食えば男と寝る。そして……大切な物の為には他人なんて見捨てる。アンタと同じだ! 殺せよ、ババア! オレは良心など痛まんぞ! 裏切り者には死の制裁を! 違うか!」
「そ! そんな脅しに!」
 それが脅しではない事は、ヘレンにもわかる。
 この場にいる誰でも、ヘレンの腕のなかで泣いていた子供でもわかったことだ。
 子供が泣き止んだのだ、そして死ぬことを幼いながらに理解してしまった。大人以上に直感の優れている子供だからこそなのかも知れないが。
「うざってえ! テメエら! 殺せ!」
 ドロテアの指示に従い、アンデットが室内にゾロゾロと入り込み、人を襲う。
「コッチにくるぞ!」
 逃げ惑い、人質だった女子供を投げ捨て、僅かでも高い所に逃げたり纏まって撃退したりと。
「数で劣ってるんだ、勝てっこねえだろうがなあ」
 階段の上にいるドロテアに助けを求める、セイローンの妻がいた。
「いやあ! 助けてえ!」
「知るかよ」
 氷の塊が女の頭を貫いた。
 同じく子供達の頭も貫く、セイローンだけはアンデットに襲われ、悲鳴をあげているがドロテアに取ってはどうでも良い事だ。
 裏切ったが助けて下さい。
 それも見ず知らずの人に。
 "都合良過ぎるぜ……最も助けてもらえたならそれに越した事はねえがな"

助けたくないから助けない、それだけだ
人間助からない時もある
「寧ろその方が多いかな?」
”人間”ってそんなもの

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