神託可視
【】

《第一級正装か》
− これでアルカルターヴァは勝手に俺が帝王だと勘違いしてくれるはずだ
《勘違いさせるだけで良いのか》
− もちろん。ここから先は俺がやる
《では見物させてもらおうか、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルよ》

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「セゼナードが会議に出席とは珍しいな。いつも “貴族が駄弁を弄する場” と言って参加しないのに。実際、実ある技術開発事項の会議ではないが」
 カレンティンシスが今日の会議の出席者名簿を見て、驚きの声を上げた。
 遅刻・欠勤の代名詞ともなっているセゼナード公爵エーダリロクが、参加したことが殆どない 《会議》 なるものに出席する意志を表したとの報告。
 何時も出席しない王子の意思表明に、カレンティンシスの側近であるローグ公爵はいささか胸騒ぎを覚えて、控え室にいるエーダリロクの様子を窺う。
「何時もと様子が違います。まるで別人のような……いや、王子そのもの……」
 一人で控え室にいたエーダリロクは空を見上げていた。窓から差し込む眩しいばかりの日の光すら、冷たく感じさせるような空気をまといながら。
 そんな曖昧な表現を王に報告する訳にもゆかず、言葉を濁したローグ公爵にカレンティンシスは感じるものがあった。
「様子が違う? まさか第一級正装で現れたか?」
「はい」
 カレンティンシスが何時も第一級正装しているのには理由がある。それと同じように、エーダリロクの第一級正装も理由がある。
 彼の第一級正装は 《銀狂》 時だけ。
「下がれ」
 その理由を知っているのは、皇帝と四王と帝国宰相、そして皇帝の父達のみ。
「御意」
 側近を下がらせて、カレンティンシスは今日 《銀狂》 が会議の場に現れた意味を探るべく、書類をさらう。
 特に目新しい議題も、意味のある報告もないようにしか思えない。

「銀狂が何故?」

 何が狙いなのか? そして本当に 《銀狂》 が会議に出席しようとしているのか? 解らないまま、カレンティンシスは楕円形の会議机で自分からもっとも遠い反対側に座っている、エーダリロクを見つめていた。
 何事も無く、何時も通り会議が終わったが、空気は張り詰めていた。
 重いものではなく、恐ろしいものでもない。容赦なく張り詰めているだけの空気。誰かが動こうものなら、誰かの首が切り落とされるのではないかというような、鋭い空気が彼等の身体を取り巻いている。
 話かけようにも、声が出ない者ばかり。
 カレンティンシスはゆっくりと息を吐き、声をかけた。
「セゼナード公爵、何か用があっての参加であろう。黙っていては解らん」
 欲しているものは何だ? 内心で返答を考えながらの問いかけだったが、それらが無意味だったことを知る。
「技術庁に入庁させたい人物がいる。その者、私の部下として研修期間を経て正式採用を依頼する」
 ビーレウストに似て仕事の際は一人でいる事を好む男が、部下を欲しいという等、カレンティンシスは考えてもいなかった。
「セゼナード公爵が部下にしたいと言うほどならば、才能には問題ないのであろうな」
 兄王や父王に似て、能力重視の傾向が強いエーダリロク。その彼が帝王を呼び出してまで欲しいという人物は……
「問題はない」
 そう考えた時、カレンティンシスはある人物が思い当たった。銀狂となり王相手にごり押ししなければ部下に出来ない人物。
「何処の貴族だ」

「レビュラ公爵 ザウディンダル・アグディスティス・エタナエル」

 カレンティンシスは、ザウディンダルがカルニスタミアと別れたと報告を受けていた。実際裏も取れ、本人も全くザウディンダルの元に近付かない。
 これは本気なのだろうと、後は ”リュゼク” と結婚させれば問題はないと考えているカレンティンシスだが、最近弟王子は精神が失調気味のキュラに付いていて、それについて頭を悩ませていた。
 カレンティンシスはそんな事を思い出しながら自分に言い聞かせた。
 ”弟の事は除外して考えろ”
 冷静さを保つため、敢えて別のことを考えた。
 平素ザウディンダルの話題に対して、すぐに怒り出す筈のカレンティンシスが怒りを抑えていることで、会議に出席している上級貴族も沈黙を保ったまま。
 一人優雅に椅子を少し下げ、足を組み膝に組んだ指を乗せて、冷たそうな銀髪を揺らし、人殺しとは別種の鋭さを持った眼差しでカレンティンシスを射貫きながら、話続ける。
「ここには技術庁の幹部が全員揃っているのだから、是非とも意見を聞きたい」
 音を失った室内は、彼等に圧力をかける。明確な答えなど持っていない彼等だが、意見を聞きたいと言われて答えないわけにはいかない。
 カレンティンシスが ”儂は最後に” と言い、他の者達の意見を黙って聞く。
「レビュラ公爵は……帝国宰相が」
 言外に帝国宰相から連絡が届いていないので、無理ではないかと言った貴族に、
「帝国宰相がどうかしたのか?」
 エーダリロクはロヴィニアの得意と言われる、侮蔑を露わにした嘲笑を含んでいると誰もが聞き取れる声で言い返す。
 態度と美貌と相まって、その声を投げかけられると、一瞬にして己の愚かさに恥じ入りたくなる。
「セゼナード公爵殿下、それに関して帝国宰相と話をつけられましたか?」
「いいや。私の一存だが」
「それは……」
「皆の意見を聞きたい」

『なにを狙っている、セゼナード公爵……』

 カレンティンシスは余裕と嘲笑に満ちたエーダリロクであり銀狂を見ながら、何が起こるのか? を考えていた。
「では最後に技術庁長官殿下のご意見をお聞きしたい」
「皆と同じだ、帝国宰相の許可を得てからにしろ。“あの” 立場は厄介で扱い辛い」
 その言葉に、銀狂は声を出さずに嗤った。その嗤いをみて、カレンティンシスは椅子ごと後退る。

「貴様等全員、馬鹿だな」

 カレンティンシスはかつてこれと同じ嗤いを見た事があった。三十六代皇帝が己を見た時に作った嗤い。それによく似ていた。
「何を!」
「今の発言録音させてもらった。もうロヴィニア王の下に届いているだろう」
「今の発言をロヴィニア王に届けて何になるというのだ」
「貴様等、随分と陛下を蔑ろにしているな。それとも低くみているのか? ロヴィニア出の陛下を悪く言うのは外戚王家として黙認するわけにはいかん」
「……っ!」
「どうなさいました? アルカルターヴァ公爵殿下」
 カレンティンシスは誰もが、自分自身も麻痺していた事に気付いた。
「確かに……失言じゃった」
 失言は取り戻せない。この意見がロヴィニア王に届いてしまったとなると、発言を訂正するのではなく、先に活路を見出す必要があると判断し、何事もないように話を進める。
「気付かれましたか、長官殿下。両性具有の全ての権利を所有しているのは陛下。両性具有を私の配下にしたいと言えば “皇帝陛下から許可を貰ったか” と尋ねるのが筋だ。帝国宰相など、ものの数にも入らないはず。外戚王が怒らねば良いですがな」
 全員で帝国宰相の許可は……と問いただしてしまったのだ。
 カレンティンシスは皇帝はザウディンダルが両性具有であることを知らないと ”知っていた” ために、余計に帝国宰相の許可を求める発言をしてしまった。
「ではこの失言を盾にレビュラ公爵を技術庁に入れろと言うのか?」
 失言を導くのが得意な男は、余裕の嗤いを浮かべてその内側に潜む人を圧倒する圧力を開放し、冷静に発言を続ける。、
「いいえ、今の失言は外戚王への贈り物です。私はレビュラ公爵に関しては取引するつもりはない。ただ本人の才能と体質で技術庁に入れたいと願っているだけだ」
「才能と……体質?」

「人を介する通信システムの危険性が先日露呈しました、その報告書です。お手元の画面を起動させてくださいませんかな? 皆様」

 報告書に目を通し、異議を唱えられる者は誰一人いなかった。
 ”ここまで出来るのなら、何時も参加してほしいものじゃ”
「セゼナード公爵の意見に異義は……ない様じゃな。ではセゼナード公爵、後の手続きは任せる」
 全員が動けないでいる会議室で、エーダリロクは立ち上がり礼をせずにマントを両手で広げ、威圧して出口へと向かう。
「はい。それでは準備がありますので、失礼させていただきます。そうそう、最後に一言。私、陛下から許可はもらっておりません」
 扉を開かせている時に、振り返りそれだけを告げて立ち去る。エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル、彼の圧勝であった。


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