君想う[090]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[141]
「プレゼントされたパンツ、捨てたんですか」
「なんでお前が持ってるんだ! ヒロフィル!」
「私の名前が書かれているからでしょう。こんな所に名前がかかれていたら、私の所持品だと勘違いされても仕方ありませんよ。サイズは合っていなくても」
「誰が届けたんだよ!」
「悪戯な風に腰布を玩ばれるガニュメデイーロから。このパンツも空からひらひらと振ってきましたよ。もしかしたら敷地内の至る所にひっかかって、風に靡いているかもしれませんね。ちなみに私の手元にあるのは五十八枚」
 キルティレスディオ大公は百枚全部まとめて捨てたので、残り四十二枚が行方不明。
「うあああ! だから俺はガニュメデイーロが大の苦手なんだよ!」
 先代ガニュメデイーロである執事の部屋に呼びされて話を聞かされ、枚数を数えてキルティレスディオ大公は叫びながら部屋を飛び出した。
「拾ったのは五十九枚でしたけれどね」

 執事はその一枚を”悪戯な風”に乗せて皇帝に届けてた。
 結果キルティレスディオ大公は皇帝に”足も通さずに捨てるとは何事だ”と叱られ、履いて皇帝に見せる羽目になった。

「陛下にご迷惑をかけるな、ミーヒアス。お前の下半身下着姿など、陛下とて見たくはないのだから」
「俺の下半身下着姿を陛下が見たくはないというのには同意だ、エデリオンザ。だが贈ったヤツはいいのか? 俺にかかる迷惑はいいのか?」
「お前が我にかける迷惑に比べたら問題にならんだろう、ミーヒアス」

 それを言われたらキルティレスディオ大公に言える言葉などない。

 キルティレスディオ大公はパンツを全部回収し、全てに足を通してから洗濯を命じ、
「預かっておけ! そしてお前が死ぬ寸前に処分しろ! ヒロフィル!」
 デルシよりも古くから迷惑をかけている執事に押しつけた。
「まったく。貴方は私にどれだけ下着の世話をさせたら気がすむのですか。可愛い赤子時代の柔らかな尻をくるんだ襁褓ならまだしも、筋肉逞しく中年後半の、限りなく性的にだらしない下半身を隠していたパンツを押しつけるなんて。少しは老人を厭いなさい」
「うるせぇ!」

 フェルディラディエル公爵は文句を言いつつ、しっかりと処分して旅立っていった。

「下着を自分で処分するよう、お前に命じなかった余の失態だな」
 文句を言った相手の一人は皇帝であり、もう一人は、
「ミーヒアス。これからは自分で処分するのだぞ。我はヒロフィルほど甘くはないから、処分はしてやらんからな」
 もちろんデルシ。
「ヒーローフィールー! そして誰がお前に下着の処分頼むか! エデリオンザ!」

※ ※ ※ ※ ※


「ジベルボート伯爵。参謀長官閣下から届け物があるわ」
 下働き管理区画の管理責任者であるザイオンレヴィの妹ビデルセウス公爵が、
「あ、はい」
 キルティレスディオ大公からジベルボート伯爵宛に届いた箱を彼の事務室に運ばせた。
 受け取った彼は、即座に儀典省管理下にある着衣処分場へと連絡を入れる。
「いつものが来ました。今日の夜届けますので、処分お願いします」
 それだけ言って通信を切る。
「……その中身、捨てるの?」
 ビデルセウス公爵はジベルボート伯爵が中身も見ずに、処分依頼をしたことに驚き尋ねる。
「はい! これから中身を調べますが、間違いなく……はい、いつも通りのパンツです」
「え……」
 ジベルボート伯爵はペンで上手につかみ上げ、
「奇妙で珍妙な柄で、ヒロフィル様のお名前が入っているパンツ。これはエシュゼオーン大公が贈った物です。エシュゼオーン大公がキルティレスディオ大公にパンツを贈って様々ありまして、当初処分はヒロフィル様だったんですけれどもお亡くなりになったので、そこで僕に振られることになりました。まさか音痴を治して貰うレッスン代のかわりが、キルティレスディオ大公の使用済みパンツの処分とか」
「え……それ……」
 普通の姫君であるビデルセウス公爵は、自分が眺めていたパンツが使用済みと聞いて後退りする。
「新品のまま捨てたところ先代陛下に叱られたので、今でも履いて洗濯をしてから廃棄を。あの、そんなに汚くないと思いますよ。一回しか履いてないみたいですし」
「そうなの。早く処分してね」
「はい! 明日の朝にはなくなっていますので! ご安心ください。では僕は仕事に戻ります」
 パンツが入った箱を机の下に置いて、ジベルボート伯爵は先程までパンツを持ち上げていたペンを握り直して書類にそれを滑らせる。

―― 仕事よりも処分を先に……

 ビデルセウス公爵は言いかけたが、我慢して早々に部屋を出た。
 ちなみにエシュゼオーン大公は『ミーヒアス様が慌てるのが楽しいんです』と言い、贈り続けており、それを制してくれる人は誰も居ない。

「サウダライト! どうにかしろ!」
「無理ですよ、キルティレスディオ大公。言って聞くような方でしたら、キルティレスディオ大公がとっくに言い聞かせられているでしょう。どうして先代陛下に頼まなかったのですか」
「初回に履かないで捨てたから、頼めなかったんだよ! てめえも皇帝ならなあ!」

―― 普通、皇帝にこんな態度は取らないよね。いいけどね。キルティレスディオ大公に贈るパンツを彼女が毎回私に見せに来ているのは、内緒にしておくべきだよね

 中年男性よりならば若い娘に肩入れする、男としては当然のことである。

※ ※ ※ ※ ※


「随分と声が良くなったね、ジベルボート伯爵」
「そうですか! ありがとうございます!」
「さすがキルティレスディオ大公だ」
「はい! あんなに才能溢れて、こんなにお世話になっているのに、まったく尊敬できないあたりが凄い御方だと思います」
「ぶほっ」
 ジベルボート伯爵とイルギ公爵のレッスンを聞きながら楽譜に目を通し、紅茶を飲んでいたエルエデスは噴き出した。
「なにか間違ったこと言いました? エルエデスさん」
「全て正しいから噴き出したんだ。気にするな、ジベルボート」
「あー良かった」
「いいのか、悪いのかまでは知らんがな」
「そうだ! エルエデスさん! 頼みがあるんです」
「なんだ?」
「ザイオンレヴィの首ロープ千切るの手伝ってください。今日はシクとヴァレンがお出かけしているので、僕が解放してあげないと。でもロープ、年々改良を重ねて、もう僕じゃあロープを腕力だけでは千切れないんですよ。切断出来る道具になると大がかりで、ロープと一緒に頭も切り落としちゃうんです。あのロープ、人の首に回す強度じゃないんですよね」
「……ザイオンレヴィが在籍しているのは何部だ?」
「反重力ソーサーレース部です! ロープ改良部じゃないです!」
「……だよな。解った我のレッスンが終わったら寮に戻るぞ。上手く吊される前に助けられるかも知れんからな」

 エルエデスはピアノを奏でる。
 イルギ公爵はその旋律を聴きながら、エルエデスにとっては悪くなる一方の領内の状況に目を閉じた。

※ ※ ※ ※ ※


 子爵たちが四年生の終わりも近付いた頃、
「リスリデスがシセレード公爵の座に就きました」
 ついにエルエデスの兄リスリデスが、父親からシセレード公爵の座を奪い取った。
「なんと言っておる? デルシ」
 折しもエヴェドリット王太子と妃の間に女児が誕生した。王太孫に該当する女児だが、エヴェドリット出の皇太子正妃候補リストのトップに名が載せられた。
「エルエデスの引き渡し。はっきりと処刑すると申しております」
「領内にはエルエデス派もいるのであろう」
「だからこそ処刑です。処刑によってエルエデスについている貴族たちが反乱し、疲弊する可能性もありますが」
 戦争好きが多い一族だ。
 劣勢のエルエデスについているのも、平和な世に飽き危険な賭に乗って楽しみたいだけのこと。
「疲弊したところで、新シセレードならば簡単に再建するであろうしな。疲弊させることと排除することは根本から違う」
「そうですな」
 そこに呼ばれたガルベージュス公爵が、皇帝が呼んでもいない皇太子を連れて到着した。
 二人とも”なぜ皇太子を連れて来たのか?”は聞かず、挨拶も抜きにしてエルエデスに関する状況を伝えた。
「意見はあるか? ルベルテルセス、ガルベージュス」
 皇太子は首を首を振り、左後方に控えているガルベージュス公爵を見る。
 三人の視線を受けたガルベージュス公爵は、現状で考え得る最善の策を告げる。
「ロヴィニア王子にしてヴェッティンスィアーン公子、フィラメンティアングス公爵キーレンクレイカイム殿下の妃になさるとよろしいかと。新シセレード公爵でも、ロヴィニア王弟妃にまでは手を出せません」
 未だ皇太子には子がなく、二十一歳になるキーレンクレイカイムは独身。
「皇太子殿下の正妃候補であった公爵姫を与えることで、皇太子殿下にも猶予が生まれます」
 皇太子の気持ちに気付いているガルベージュス公爵だが、素知らぬふりをして説明を続ける。
「新シセレード公爵にはフィラメンティアングス公爵殿下に下賜する親王大公殿下誕生、成長までの繋ぎで約十年借りる形で。離婚前提であることと、離婚後は引き渡すことを確約。その際に領内のエルエデス派を懐柔するなり、殺害するなり、新公爵として地盤を固めよと。あくまでも新公爵を推す形で」
「新シセレードは不満ながら納得するであろうが、余は納得できぬな」
 皇帝はもっと詳細に説明するよう命じる。
「フィラメンティアングス公爵殿下は元帥の座に就かれましたが、まだ国軍を完全掌握とまではいっていないようです」
「もうそろそろ、策略で掌握しきるようだが……確かに掌握はできておらぬな」
「二年そこそこで叔父から実権をあそこまで奪う手腕は見事ですが、最後は戦いとなるでしょう。皇太子殿下、ご決断を」
 ガルベージュス公爵は言い、頭を下げ表情を隠す。
 キーレンクレイカイムと対立している元元帥は、皇太子の叔父でもある。皇太子はキーレンクレイカイムに対する反発から積極的ではないが、元元帥のほうに肩入れをしていた。
 派手に動けば皇帝も注意するが、将来皇帝の座に就く男が策略の一つもまともにできないのでは頼りないと、ガルベージュス公爵にキーレンクレイカイムに”少々遊ばせるよう”伝えるよう命じ、エルエデスが研修先打診で会った時にそれに関し、説明していた。

―― 前金か? それとも後金?
―― 後金で。よろしいでしょうか?
―― 私の軍事的才能も見たいという訳か
―― そうです
―― 私にそれらの才能が、まったくないことを証明してみせることになるだろう
―― 本当にそうですか? フィラメンティアングス公爵殿下
―― お前に比べたらな。しかし遊び相手が私程度とは、皇太子殿下の軍事的才能の頼りないこと
―― 軍事的才能は皇太子殿下のほうが上です。ですが総合策略ではフィラメンティアングス公爵殿下、貴方に叶う方はそういません
―― 私はおだてに弱いんだよ。解った引き受けた。金額は……
―― 今回殿下が払って下さった金額の二十倍を一括で

 練習用策略を終わらせるにも、丁度良い機会であった。
「……」
「フィラメンティアングス公爵殿下には、わたくしから皇太子殿下のご決断があったからこそ、元帥の座を確立できたことをお伝えします」
「解った。お前に任せる、ガルベージュス」
 ガルベージュス公爵は頭を上げ、
「フィラメンティアングス公爵殿下は軍略疎いそうですので、帝国上級士官学校卒業のエヴェドリット公爵姫を妃に迎えることは、ロヴィニア王国にとっても喜ばしいことでしょう」
「争いの火種を押しつけられるのは御免とばかりに、王のイダが拒否するのではないか?」
「デルシ様の仰る通りです。ですが、フィラメンティアングス公爵殿下ご自身が火種を持ち込んだ場合は?」
「ガルベージュス公爵、我は総合策略は得意ではない」
「リュティト伯爵メディオン。もともとフィラメンティアングス公爵殿下が希望していたのはローグ公爵姫。この二人、研修先はロヴィニア王国。故にご本人に選んでいただきます。どちらを選んだとしても、フィラメンティアングス公爵殿下はイダ王を説得し、納得させることでしょう」
「キーレンクレイカイムは余が望んだほうを選ぶか? なにも伝えずとも選ぶと?」
「わたくしは断言いたします。陛下が”どちらかを選べ”と言われたら、あの方は確実にケディンベシュアム公爵を選びます。皇太子殿下は外戚王家の国軍の他に、エヴェドリット国内にも協力者を持てることになります。ロヴィニアの利害はロヴィニアに語らせる。それが最も効果的であり、効率的です」
 皇帝はしばし視線を宙に泳がせ、
「解った。策略のロヴィニア共の本領、見せてもらおうではないか。なあ、ルベルテルセス。お前の治世においての最大の協力者の実力を」
「はい、陛下」
「デルシ。キーレンクレイカイムに繋げ」
「御意」
 作戦は実行されることとなった。

|| BACK || NEXT || INDEX ||
Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.