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 総帥に呼ばれて宮殿の周囲に着陸して、僕だけは中に入ってくるように言われた。
 宮殿内に賊がないかどうか、警備して回れって……ちょっと広すぎだよね? ほとんど閉鎖されてるから、半日程度で終わったけど。
 全部回り終わったのは明け方、報告しに行こうと思って大元帥の部屋へと向かう途中……
「何してんの?」
 銃を持ったこの国の軍人が、ベルライハ公の居る部屋に向かって歩いてた。足音を消して
「っ!」
 銃口を向けられた。あのくらいなら大丈夫だな、と僕は弾道を避けて彼の腕を取って……それで王宮の廊下で軍人を締めてる。
 俺が腕を固めた相手はハーフポート伯アーロン、この顔は見覚えある。軍人の顔は覚えるの得意なんだ。僕は伯の腕を固めたまま、
「あの部屋に、何しに行く気だよ」
 話しかける。まあ、普通に考えれば殺そうとしたんだろうけどさ、無謀極まりないけど。あの総帥と大元帥が一緒に居る部屋にだよ?
「あの二人はどうやったって殺せないぞ。諦めな」
 言いながら締めすぎて伯の肩の骨が粉々に砕けた……だから救護室に。救護室にはレフィアがいて、その後に連絡を取って向こうの参事官? とかと話しをしてた。参事官に頭下げられたけど
「別に」
 骨砕いたの僕だし。伯が治療してる脇で、僕はレフィアに話しかけた。
「何で此処に居るの? レフィア」
 対人間戦争の時って、出来るだけ一般兵を地上に降ろさないのが主流なんだよね。
 ほら、絶対虐殺とか陵辱とかするから。それが後々問題になるから、必要最低限の人しか地上に降りられない……ま、レフィアは総帥とベルライハ公の信頼が厚いからねえ、弱いけど。
「こちらの皇后陛下の護衛と、王子の補佐を命じられました。ジルニオン陛下の決闘に際して皇后側の準備を整えておくように……とのことです。決闘の儀礼作法なら王子が知ってるはずだと。陛下の準備はベルライハ大元帥が受け持たれるそうです」
 あ、なる程。
「じゃ、レフィアは皇后の剣の先生を調べてきて。もう死んでたら僕が代理務めるから」
 皇后の剣の種類とか選んで、正装と、それと最終的な剣技のチェックして……
「私だ。私が皇后陛下の剣の指南をしたハーフポート伯アーロンだ」
 肩を押さえながらコッチを見て口を開いた伯。
「わかった。治ったら一緒に皇后の武器選びしよう。何選んでも合わないとは思うけど。なんか総帥さあ“リスカートーフォン”使うみたいだよ。今他のヤツラが準備して持ってくるよ」
 リスカートーフォンって武器の名前な。
 勿論昔の公爵名でもあるけれど、今は武器の名前。正確に言えば剣の形状。とにかくデカくて、あれで斬られたら即死っていう代物。身長が2m越えてる人じゃなきゃ持つ事が許可されてないくらいだから。
「長剣とか使えるのかな、皇后って」
 せめて180cmくらいの長剣でないと、決闘にならないと思う。まあ、あの総帥と正面から斬りあったら一瞬で終わりだけどさ
「それ程大きい女性だとは聞いてませんが。報告書を見ますと……」
 身長聞いたら姫より小柄だった、姫より10cm? 違うか? 僕、引き算苦手だから正確にわからないけど、姫よりは小さいのは確かだ。
「総帥と決闘するってことは大柄で、凄い強い女性なんじゃないの?」
 えー勝てない決闘するつもり? それは何? 何の意味があるの? 決闘って勝つ為にやるもんじゃない? 違うのかなあ? ……違うんだろうね、僕には良くわからないけどさ。
 怪我が治った(完治はしてない)伯に連れられて、皇后の住んでいる館に。小さいけど、中々綺麗ないい建物だ。
 デモなんで皇后が、小皇帝の私室とこんなに離れてる所で生活してんだろ? 不仲? 不仲なわけないよなあ、だって小皇帝の命を救うために決闘でしょ? なんだろう? 不思議な一族だ。
 玄関の扉を叩いたら、女の人が出てきた……皇后? 小皇帝の年齢にあったカンジだけど、皇后ってカンジじゃないよなあ。普通の人?
「ア! アーロン様!」
 アーロン“様”って言ってるところみるとやっぱり違うみたい。
 中を指差して
「キサが皇后陛下に!」

*


「うあぁぁぁぁ! ……だってさぁぁあ!」
 キサが皇后陛下に殴りかかっていた。
 リタの言葉に私達は館に駆け込んで、皇后陛下の髪を引張り、頬を平手打ちしているキサを引き離した。
「アーロン。それ以上は!」
 頬が赤くなった皇后陛下は、直ぐに私の動きを制す。
 泣き喚くキサが落ち着くまで、リタが持ってきた冷えたタオルで皇后陛下の頬を冷やす。
 エヴェドリットの軍人がキサの前に立った。伯父上を打ち破ったレフィア少佐、彼がキサに話しかけていた。事情を聞き終えた彼は、リタに「別室で休ませて上げてください」と命じるというには余りに優しく告げ、二人を部屋から送り出した。
「なんだったの?」
 テクスタード王子の問いに、彼は
「えーと……ちょっと待ってください王子。皇后陛下、小官エヴェドリット王国軍少佐アウリア・レフィアと申します。総帥より皇后陛下の護衛を命じられて参りました。不自由な事がおありでしたら何でもお申し付けください」
 こういった後に、キサから聞きだした事情を語った。
 キサの言う事を総合すると『怪我をすれば皇后陛下は決闘をしなくて済む』と考えたようで、皇后陛下に殴りかかったのだと。
 怪我など直ぐに回復できる今、そんな事は無意味だが……
「皇后陛下の事を思えばこそしてしまったようでして……罰したりした方が宜しいでしょうか? 処罰をお望みでしたら、総帥に許可をいただいてきますが?」
 この国は既に征服されてしまった。結果、当然ではあるが数々の権限を皇帝がジルニオンに引渡したので我々には何の権限もない。”処罰”も征服者に差し出してしまった権限の一つだ。
「必要ありません。どうして罰する事など出来ましょう。落ち着いたらキサと話をしたいのですが」
 皇后陛下がそういわれたが、私は止めた。
「もうキサとは会わないほうが宜しいでしょう。キサを苦しめない為にも」
 仲の悪かったはずの二人。それが仲良くなったのは、私を介してという……皮肉と言うのだろうか?
「そうですか。ではアーロン、伝えてください。“心配してくれてありがとう”とね。何時でも結構ですよ」
「確かにお伝えいたします」
 その後私達は、皇后陛下の決闘に際する着衣や武器を選び始めた。
 途中、ラディスラーオとジルニオンが部屋を通過していく。機動装甲模擬戦闘の準備を任されたテクスタード王子が居なくなり、私と少佐と皇后陛下のみで準備を詰めた。
「アーロン」
 一通り準備が終わった後、皇后陛下は私の手を握り、
「気に病まないでくださいね」
 微笑みながらそう言ってくださった。
 此処で私が泣いてしまったら……私は皇后陛下の手を握り返し
「ええ。皇后陛下が望まれた事に協力できました事、喜ばしく、また名誉に思っております」
 嘘です……嘘です……
 私は少佐に警備を任せ、キサの居る部屋へと向かった。
「キサ」
「何。私謝らないからね! 悪いのはカミラなんだから!」
「”ありがとう”皇后陛下がそう伝えて欲しいと」
 私は頭を下げた。
「私も止めたかったのだが、ジルニオンを殺害しようととしてみたものの阻まれた……上手くは言えないが……私も、感謝している。皇后陛下を止めようとしてくれたことを。だが、もう同じ事は考えてはいけない。多少の怪我など直ぐに回復させられてしまう」
 私の言葉が言い終わらないうちに、語尾にキサの鼻声が被さってくる。
 やるせない怒りが入り混じった声、
「なんでさ! あたしの父さんね! 事故で死んだの! お金なかったからさ! 普通の治療だけで死んじゃったんだ! 多分カミラとかメセアの兄さんとかが怪我治す機械があれば助かったはず! いや! 絶対助かった!」
 振り返ったキサが大股で私の元に近寄り、胸元を掴んで叫ぶ。
「でもさ! 何でその機械使って怪我治してまで死にに行くのよ! そんな機械あるなら……カミラ、決闘終わって治せるんでしょ! 何で死なせちゃうのよ!」
 助からないのだ。
「治療は不可能だ。向こうの王が使用する武器は表面上に傷口が再生しなくなるよう細工が施されている……決闘では最高の礼だ……から、諦めてくれ」
 泣き崩れたキサから離れ、リタに礼をして私は館を出た。二時間後、目を真赤にしながらも落ち着きを取り戻したキサの頼みを、私は聞き入れた。

「貴女に剣技など教えねば良かった」

 私が教えた剣技は、貴女自身を守るものではなく『貴方が国を守る』ものへと変化して……正しい事なのかも知れないが、それは私の望みではなかった。

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