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 自分の手を見ながら手袋で手を覆う。
 俺が何してるのかってと、全身が映る鏡の前で正装のチェック。これから……直談判? 皇后陛下とあのジルニオン王の決闘を回避してもらう為に、一番力のありそうな大元帥ベルライハ公爵に頼みに行くところ。
 頼みに行くならやっぱり正装くらい必要だけど、召使とかほとんど居ないからコレがまた結構大変でさあ。
 特に向こうは正装=軍服だから、階級証とか必要で大変なんだ。エヴェドリットは男女共に結婚式も葬式も全部軍服っていう、頭から足の先までまさに軍人。
 キサに手伝ってもらって着たんだが、何か……ヘンだ……元々軍服なんて似合わない俺だから、気のせいだよな!
「何かヘンだけど、行ってくるな」
 何処がヘンなのか良くわからないけど、あんまり拘ってる訳にもいかないから。時間も無いし……
「キサ、何付いてきてるんだよ」
「一緒に行こうかな……格好良いヒトじゃない。ち、近くで、見てみたいじゃない!」
「下手すりゃ殺されるかも知れないんだぞ」
 結構マズイと思う。軍事大国エヴェドリット、銀河大帝国時代はリスカートーフォン公爵家。俺でも知ってるその家の死因ベスト3。一位が戦死、二位が決闘(簒奪含む)、三位が自殺……この三つで98%を越える家柄。当然死因第二位な決闘は受けたら、申し込んだら絶対撤回しないからそのパーセンテージになるらしい。
「だ、大丈夫じゃない? わ、悪い人じゃない、んでしょ」
「悪い人だろ、侵略者だし。人間的にはまあ……良い方なんじゃないか?」
 お願いくらいはしたいな、って思うわけさ。入り口に立っていた衛兵……一人しか立ってないけど、中に居る人強いから必要ないんだろうな……とにかく衛兵に
「皇帝ラディスラーオの弟、モジャルト大公アグスティン。ベルライハ公爵にお会いしたい」
 言ってみたら、簡単に通された。公爵は五階の角の部屋に陣取ってる。
 案内されて部屋に入ったら、そりゃまあ格好良い正装した公爵閣下がおいででいらっしゃいましたよ。ああ、本当に格好いい。俺なんか軍服着ちゃあいけないような気がする程に、公爵は軍服が似合ってる。
 そして、その部屋に居たもう一人
「メセア?」
「メセア? 何してんのよ」
 キサと二人で思わず声を上げてしまった。いや、上げるでしょ! 何でメセアが此処に。
「お前達こそ何しに来たんだ」
「いや、その……お願いに参りました! ……こっちの皇后とそちらの王の決闘を……撤回……していただきたい、ってか……。皇后陛下をみすみす殺したくないんです! お願いします! 決闘止めてください!」
 格好いい言葉で伝えるのは無理。アーロン辺りなら上手に言えるんだろうけどさ。
 キサの前で格好良いところを見せたかったが、基本的に無理。そしてソレに拘ってる時間もない。
「単刀直入ですね、大公殿下。メセア殿が仰りたかったのも大公殿下と同じ、という事で宜しいですね」
 メセアも言いに来たんだ。
 目の前の公爵閣下は、メセアの頷きを観た後にゆっくりと口を開かれた。
「私はこれから皇后陛下に求婚しに参ります。その立会人となっていただきたい、宜しいでしょうか? 大公殿下、メセア殿」
「カ、カミ! インバルトボルグ陛下と結婚?」
 椅子を勧められて、俺達は顔を見合わせて首を振ったけどもう一度勧められて座った。俺達が座ると、公爵閣下はお話をしてくれた
「決闘の撤回は原則できません」
 まあね、戦死が美徳で戦う相手がいなくなれば、自らの肉体をも破壊するような思考回路の家柄の人達に『申し込んだ決闘を無かった事にしてください』ってのは、彼等としては受けられない願いなんだろうけどさ。
「ですが例外もあります。決闘申し込み後に婚約が成立した場合、代理決闘が行えます」
「代理決闘って……?」
 代理の人が戦うのは解かるけどさ?
「私の結婚の申し込みをインバルトボルグが受けてくれた場合、私はインバルトボルグの代理としてクレスターク=ジルニオン十六世と戦う事ができます。私は我が王に過去負けた事もありますが、未だ私を潰すことはないでしょう。ですので儀礼の五戟を打ち合えば終了する筈です。まあ、半年前は四戟目で右目を取られたのですが」
 ……ど、どういう主従関係なんだ……この人達? これがエヴェドリット気質なのか? 一生理解出来そうにはないけど……ま、で、でも……皇后陛下が戦わないで済むなら、
「立ち会ってくださいますか?」
 メセアは椅子から降りて、平伏して『お願いします』って言った。俺もそれに倣って、やってみた。つられてキサまでやってたが……なんでキサがするんだよ。
「ありがとうございます。皆さん頭を上げてください、それでは皇后陛下のお部屋へと参りたいのですが、その前に大公殿下」
「は、はい?」
 何だ?
「階級証の順位が狂っているのですが、それ程急いで此処に? それと、そのバッジは天地無用の仕様なのですか?」
 あうぅぅ……違和感の正体、それだ。
 異国の大元帥に自分の階級証の順位が狂っている事(オマケに逆さま)を指摘された大公……ああ、何かもう……格好悪いなあ、俺。
 あのジルニオン王に決闘申し込んだ皇后陛下の格好良さの100分の1も……泣きたくなってきた、自分の不甲斐なさに。
 久方ぶりに打ちひしがれた気分で一杯の俺の脇から、キサが小さな声を上げた。
「す、済みません元帥……大元帥閣下。あた、あたし……来たばっかりで、殿下のお洋服の着せ方わかんなくて……お、教えていただければ直したい……直させてもらいたい、ですけど、いいでしょうか?」
 階級証の並びや上下は俺が自分で覚えてないとダメだと思うけど、これ……俺が恥かかないようにする為に、キサが言ってくれたんだろうな。恥かいたけど嬉しい。
「そうでしたか。では侍女殿、この映像を観ながら直してくださいませんか? それから参りましょう」
 閣下がディスプレイをタッチすると、俺の正装してる映像が出てきた。キサはそれを観ながら一生懸命並び替えてくれてる。その間、閣下は花が入った箱を眺めてた。
 箱の中身は白い秋桜……本気だよ、この大元帥閣下。
 俺でも解かるよ、だから皇后陛下も絶対知ってるって。

 ……カミラが、インバルトボルグ陛下が兄上から離れていっちゃったら……兄上悲しむよな。でも生きてくれる事を喜ぶよな、絶対に。

*


「あの時さ、格好良かったよ」
「何の話だよ? キサ」
「大元帥殿下に“皇后陛下をみすみす殺したくないんです! お願いします! 決闘止めてください!”って言った時」
「あれな……格好良く言いたかったんだけど、言葉出てこなくてさ」
「格好良かった。小難しい言葉並べるより、ずっと格好良かった。あの言葉聞いた時、あたし……」
「ん? 最後聞こえないぞ。何言ったんだよ」
「秘密」

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