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「お別れです。陛下……お会いできて本当に楽しかったです。この私の生涯を彩ってくださった事に、心よりの感謝を。それをお返しする為に責務を全うして参ります」
 ダンドローバー公が敬礼して去っていったのは、二ヶ月前の事でした。
 ……生きて帰ってくることは無いでしょう。ファドルはショックで講師の仕事も辞めてしまい、あまり食事もしなくなってしまったので、私が作って運ぶようになりました。
 ですが、前のように気楽に毎日出かけるわけにはいかなくなってしまって、中々様子を見に行く事ができなくて心配です。
 この先を生きていかねばならないというのに、私とは違って。
 事の始まりは四ヶ月ほど前の事です。
 とある国で政権が交代しました。各国が戦争中なのですから良くある一つの出来事なのですが、その政権を握った人物が銀河中で恐れられていた人物だったため、どの国も騒然となったのです。
 ニーヴェルガ公ジルニオン=バランタオン、大帝国の血統を今に伝える戦争の名人。
 大帝国時代に何度も皇帝に反逆を企てながらも、その戦争に関する技術の素晴しさとその人材の豊富さから家を断絶する事を間逃れた大帝国の軍事を一手に握っていた怖ろしいまでに戦争に特化した血統の末裔。
 現在は王を含めて僅か三人しかおりませんが、その三人とも見事な人物だそうです。
 戴冠式の放映があるそうで、私は部屋で居眠りをしながらその放映を待っておりました、陛下と共に。
「……起きろ、インバルト」
「は、始まりましたか?」
 エヴェドリット王国の戴冠式の模様を傍受し……国交はないのですが、このような典礼は対外的に映像を流すのでそれ程拾うのは簡単なのです。
 よって他国の戴冠式や婚礼を観ることができます。いつもならば興味なく終わるのですが、今回ばかりは別。私達は、この国に攻めて来る事が確実な国の王の顔をはっきりと見ました。
「あの方が、ジルニオンですか」
 眠い目を擦り、映像を観ます。
 癖のある金髪に自信に満ち溢れた表情、通常の人が取ったとしたら粗雑としか取られないに違いない動きにも気品がありました。
 ジルニオンという王に対し好意的な意見を持っていない私にすらそう見えるのです、自国民からみれば自慢したくなる王である事は間違いありません。
 その王が座るプラチナの玉座、壁には国旗と……
「二つ旗が掲げられていますが。あの白っぽい方は国旗でしょうが、あの紅蓮の方は?」
「軍旗だ。あの国は国旗と軍旗を玉座に掲げる、軍事国家だからな」
 画面に映っている王者の風格を溢れんばかりに湛えている男性と、その前に跪くもう一人の男性。
 凡そこの国では観たことがない雰囲気を持つ御方。後で聞きましたらベルライハ公エバカイン=エバタイユ。王国屈指、全銀河においても屈指の騎士だそうです。
 他国の王の変わった喋り方が聞こえてきます、荒い画面の向こう側から。陽気な王なのでしょうか? その陽気かもしれない新国王は戦争を発表しました。
 殆ど決定事項であったらしく、誰も驚きの声は上げずただ歓喜を持って迎えられておりました。
 その民の歓喜の声は勝利したかの如し……かの国の民にとってジルニオンがどれ程の神秘性を持っているのか、まざまざと見せ付けられたような気がします。
「遂に来たか」
 陛下の呟きに、私はどうしていいのか解からず握り締めている陛下の手にそっと触れました。驚いた事にその手は小刻みに震えていらっしゃいました。
「陛下?」
「死ぬ覚悟は出来ているか? インバルト」
 私は目蓋を閉じて頷きました。
 攻めてきたら、私も陛下も処刑されるのでしょう。最高の笑顔で敬礼をしていったダンドローバー公も、それに従ったリガルドも。
 帝都の警備を仰せつかったハーフポート伯も、モジャルト大公も。前線に向かわれたヴァルカ総督も。
「諦めてしまえば勝てぬというが……勝てないだろう……何処まで引き伸ばせるかだけだ」
 彼は『統一』の為に戦争を仕掛けてきます。戦争ばかりしている小国を統治する為に、かつて“シュスター”がそうしたように。乱立し、戦争を繰り返していた小国を統一した、誰も出来ぬといわれていた事を成しとげた、シュスターのように。
「引き伸ばすのはやめましょう。犠牲を出すのは好みませぬ、私は何時でも覚悟は出来ております」
 そして彼にはその力量があるのです。
 人類を初めて一国家で支配したシュスター・ベルレー、その原動力となった戦いの名人アシュ=アリラシュ・エヴェドリットの子孫。
「だから……嫌いなのだ、お前のような女は」

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