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「カミラの恋人って、どこかで見た事あるような気がするんだけど……他人の空似かなあ」
 『バイバイ』と言って去って行ったカミラの後姿。
 『またね』は無かった、国の中で別の惑星に移動してしまえば二度と会う事がないのも普通だけどさ。
 それにしてもあの男の人、どこかで見たことがあるような気がする。『見た事』ってよりも、話しかけられた瞬間の声。
 あれ、どこかで聞いた事があるんだけど……カウンターに肘をついて、開店前の準備をしているメセアに話しかけるわけじゃなく、独り言のように呟いたら
「見た事はある筈だ。あの男は、俺の弟だ」
 手を止めて振り返って、そう答えた。あ、言われてみれば似てる。
「メセアの? メセアって貴族だったの?」
 言われてみると似てるけど、カミラって下級貴族だって言ってた。カミラの雰囲気からして本当に貴族なんだと思うけど、その後見人が貴族じゃないって事はないし。
 そして弟が貴族なら兄も貴族だよね?!
「俺をどう見たら貴族に見えるんだよ。詳しい事は店の仕事が終わったら教えてやる。ほら、手伝わないなら部屋に行って勉強でもなんでもしてろ」
 そう言ってメセアはジャガイモの皮を剥きだした。
「手伝うわよ!」
 あたしはカウンター席から立ち上がって、部屋に戻るつもりで……母さんに会った。
 母さんカミラの事が嫌い? 違うなあ、でも苦手らしくて店に来ても話さないんだよねえ。着替えながら母さんに、
「カミラの恋人がメセアの弟だったんだって」
「そうでしょね」
 興味なさそうなカンジだったんだけど? 何で知ってるんだろ?
「母さん知ってたの?」
「直ぐに解かった」
 母さんってあたしの母さんに思えない程、気が弱いんだよね。
「ふ〜ん……でもアグスティンも貴族だよね。何でアーロンはダメで、アグスティンは良いんだろ?」
 あの男が最後に言った言葉。あれ、何? とか思いながらエプロンに袖を通してたら母さんが凄い真面目な顔であたしを正面から見て言った。 
「アグスティン様があの方の弟君だからでしょ」
 覚悟を決めたような顔付きだった。
「? アグスティンとメセアって兄弟なの?」
 母さんは首を振って、困ったような顔をする。
「メセアのお母さんは貴族の子供を身篭って出産して、その家に入ったの。その子は……今」
 そう言いながらテレビのスイッチを入れた。
「この方」
 映し出されたのは、皇帝ラディスラーオ。
「嘘……」
 嘘とは言ったけど、確かに喋り方は同じ。
「だっ! だってこ、この人?」
 聞き覚えがあって当然じゃない! この人、予算委員会とかで何時も答弁してる。見た事ある……そして声も聞いた事ある。
「キサも聞いた事あるでしょ。今の陛下のお母さんはストリッパーだったって。その人、メセアのお母さんなの。綺麗な人だったわよ……ちょっと派手だったけどね」
「で、でも! カミラはこの人が、保護者みたいな婚約者だって! ……あ……」
 こ、この人!
『本議会において……の予算は……』
 結婚してる! ずっと前に、八年近く前に結婚してた……結婚式も何もしないで、一人少女を監禁してるって。国民は見た事は無いけれど、確かに居るって赤い髪の女の子。八年前の女の子は、今多分……大人になるくらいの……
「紅蓮の髪を持つ、先々代の陛下の皇子様の一人娘。それしか私達は知らないからね。でも、噂通りの人だったね」
「……嘘……あたし結構……でも……母さん、ずっとメセアが皇帝の兄だって知ってたの?!」
「誰でも知ってるよ。ストリッパーの間じゃ結構有名だったから。貴族も知ってるはずだよ」
『以上を持って余の発言は終わる』
「やっぱり、貴族にはなれなかったのかあ」
 画面に映る皇帝陛下は、確かに言われればあの男だ。貴族の、皇帝の格好よりスーツ姿の方がよっぽど似合ってるけど。
「そこはメセアに聞いてみると良いよ。……貴族の位もらったって聞いたけど」

結局あたしは手伝いに行けなかった。色々な事に驚きすぎて

 店が閉まった後、片付けに降りた。
 メセアは滅多な事じゃ怒らないから今回も怒られなかった。メセア店の手伝いを強制した事はないんだよね。でも今日は無言で後片付けを手伝ったて、椅子に座った。
 何時もは『何か食うか?』って夜遅く、美容の大敵みたいな事いうんだけど、今日はグラスに酒を入れてあたしの前に出してきた。
 飲む気にはなれなくて、それを両手で掴んで下向いていると、目の前でメセアもグラスに酒を注いで勢いをつけて飲んだ後、
「アーロンはハーフポート伯爵アーロン、あの有名なヴァルカ総督の甥っ子で、皇后の遠縁。アグスティンはモジャルト大公アグスティン、皇帝ラディスラーオと父伯爵が同じ……だ。俺は皇帝ラディスラーオと母親が同じ」
 言いたくなかった事なのかも知れないなあ……そう思いながらも、好奇心に負けてあたしは聞き返す。
「うんうん! あのさ! それでさ!」
「落ち着けキサ。デイヴィットはダンドローバー公爵デイヴィット、王国でも1,2を争う大貴族で、コイツは元はパロマ伯爵家の次男。こいつもアーロンと同じで皇后の遠縁にあたる」
「あ、そうなんだ……あちゃーパロマ伯の庶子って名乗ってたの知られてるよね……」
 まさか、そんな大貴族が居るなんて思いもしないもん……普通は。
「知ってるが、別に構わないそうだ。で、最後のカミラ。カミラ・ゴッドフリートは皇后インバルトボルグ」
「あ……」
「大丈夫だ。皇后陛下はお前より人間が出来てるから」
 詳しい理由は聞かないけど、カミラは、皇后は何かの用事が出来て学校に来る事が出来なくなったんだね。
 良い事が理由だといいけどさ。ほら! 子供ができたとかだったら国中が喜ぶよね。
 でも一族皆殺した人の子かあ……それってカミラにとって気持ちなんだろう? それに二年くらい前に皇帝の愛人に子供出来た時なんか、本当にどんな気持ちだったんだろう。
「……あのさ、メセアは貴族にならなかったの?」
「貰った。アイツが皇帝になった時に貰ったけど返した」
「何で?」
 勿体無いなあ。あたしなら絶対貰っちゃうよ。
「カハヌって名前付けた可愛い弟が出来たのは俺が五歳の頃。直ぐに伯爵家に母親と一緒に引き取られて行った。弟と母親が乗った車が遠ざかるのを見送ったのを今でも覚えてる……あれで子供の頃は可愛かったんだぜ、カヌハ。今はラディスラーオか」
 メセアが二杯目を飲み干した。殆どお酒とか飲まない、面白味の無い酒亭の主……の顔じゃないよね。
「……」
「貴族の家に引き取られたから、幸せになってるんだろうと思って俺は過ごして……二十年が過ぎた頃だったか、現れた弟は……生まれた時大きくて綺麗だった目が、藪睨みになって眉間と鼻筋の辺りに皺が濃く刻まれてた。あの目付き、何処をどう見ても幸せに過ごしたようには思えなかった。俺は貴族の家に行ったから幸せに育ったと思ってたのにな。それが幻想だったってのは、俺も子供だったから仕方ないのかも知れないし、あの場にいても同じように育ったかも知れないが」
 貴族の幻想が打ち砕かれたんだ。
 そっか……幸せに、幸せじゃなかったって評判だもんね
「あ、あのさ」
「アグスティンの事、嫌いじゃないだろ? あっちにしたらどうだ? 大公妃だぞアイツの妻になれば。この国じゃあ、皇后の次くらいに偉い妃になるぜ。それにあれは優しそうだし、兄も許したくらいだから」

 あたしはメセアが初めて出してくれたお酒を飲んで、眠った。

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