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 正直この男は苦手だ。
 貴族の良い面ばかりを持ち合わせた男だ。血筋に汚点一つなく、美丈夫で頭も切れ、部下も恵まれている。同性愛者である事すら、欠点にはならない。
「望んでいるに決まっておろう」
「それは貴方の子ですか」
 人の口というのは板を立てる事も、縫い付ける事も出来ぬ。物理的にそれをする事は可能だが、無意味な事でもある。余は伯爵の庶子ではない、あの女が同時期に通わせていた男のどれか一人の子だ。当時正妻が死んだ伯爵は、気に入った場末の女を愛人として持ち帰る事にした。
 それが私を生んだ女だ。
 “子供ができたので連れてきた”と縁者には語ったという。
 高慢な貴族の女ではしてくれぬ事も、その女は進んでしてくれるのが気に入った原因らしい。その後、伯爵は再婚した、させられたといった方が正しい。面白味のない貴族の娘、歳若かったが楽しめなかったらしく、子供ができた時点で、顧みられる事はなくなった。
 アグスティンの母親だ。
 父が再婚させられたのは、長男があまりにもバカだったので親戚の連中が焦ったのだ。戸籍上次男の地位にいる、売女と何処の誰かも知れぬ男との間に生まれた下賎に伯爵家の家督を譲りたくはないと。それは当然であろうが、長男を鍛えようという考えが出てこないあたり、あの一族はどうしようもないモノであろう。
 余は見た目からして既に伯爵の子ではなかった。伯爵もあの女だけを手元において俺を捨てれば良かったものを。
 当初は捨てるつもりだった筈だ。幼い頃から“学校だけは出してやる、ありがたく思え”と言われ続けてきた。気分は悪いが捨てられれば終わりだ。長男や生まれてきたばかりのアグスティンとは違い、余は捨てられる事が前提だ。自力でどうにかしなければ、食って行く事すらままならぬ。
 伯爵家の城にも入れず、周囲の召使の部屋の一室だけが与えられていた。その関係で、グラショウと知り合い会話を交わす事となる。
 成績優秀で卒業し、自身の性質には合わぬが軍人となった。その方が出世しやすいからだ。余の配属された部署の最高責任者は、エバーハルト。年齢的には四つほどしか違わない……ただ、あの男は才能があった、それは認める。余はエバーハルトの死後、勝てる戦争で小さな勝利をあげて叙爵された。
 男爵だ、クランタニアン男爵となる。余にそれを与えた、エバーハルトの姉は、伯爵家の長男を見ているかのようであった。
「余の子では困るか? ダンドローバー」
「困りません」
 アグスティンが元ストリッパーの母を持つ娘の事を気に入っていると報告された時、あいつはやはり伯爵の子なのだなと。この報告を受ける前から、それは余の中にあった。「好みが父親から来る」としたならば、余はどんな女を好むのか? あの女か? それは違うはずだ。
 その感情が強過ぎるのか、女は全て知的を売りにしているのを選んだ。そして皇帝となった時、皇后は得たがそれとの接し方が解からなかった。それを知るために下級貴族の娘を召し上げたが、所詮下級貴族の娘。どれ程知的だろうが、生まれながらの皇后を知る準備にはならなかった。
「困りませんが、陛下があまり消極的ですと、皇后陛下が焦るでしょう」
「焦った所で何ができる」
「別の男の元に通うのではないのですか?」
「そんな“物”一目で違いが解かろうが」
 余が……いいや俺が一目で違うと言われたように。
「陛下には血のつながったお兄様がおいででしょう? あの人でしたら似ますよ、確実に」
「よく余の前で、それを言えるな」
「それ程までに、貴方には安泰でいて欲しいのですよ。貴方の基盤は皇后陛下だ」
「この血をそれ程までして残したいとは思わぬ」
「一部ではクラニスークを皇帝にしたいので、皇后陛下とも干渉がないと。暇な貴族に隙を与えるなど、陛下らしくもありません」
「ダンドローバー・デ・デイヴィット。暫く宮中に留まれ」
「監禁と取ればよろしいのですね」
「軟禁だ。不自由はしまい。最もお前のような自由気ままを好む者にとっては、監禁と違いないかも知れぬが。従者を一人つける事も許可する、委細は任せたグラショウ」
 二人が下がった後、映し出されている映像をただぼんやりと眺めていた。

 我が国が「王国」と名乗り、頂点に立つものが世襲で「小皇帝」を名乗るには、それなりの理由がある。偽造された理由であろうが、この国の建国者はかつての銀河大帝国の皇帝の血を引いていると名乗っている。
 明確な証拠はない、滅亡後の混乱で全ての証拠が失われている以上、その言葉を本当か嘘か見極める術は無い。だが、その大帝国の家臣であった四王家は認めていない、公認されている血筋は我々の家柄のみだと言い張る。
 何処まで行っても平行線なのは言うまでもない。別にそれが、真実だろうがそうでなかろうがどうでも良いことだ……だった。それを裏付ける人間が現れるまでは、ただ名乗るだけで満足していたはずだ、この国のだれもが。
 インバルトボルグ。
 あれの真赤で真直の髪は記録画像にある大帝国四十五代皇帝と全く同じ。
 大帝国時代であっても真直で真紅、紅蓮とも言われた髪を持った『皇室の人間』はただ一人。人類有史以来最高の支配者と言われているサフォント帝。あまりにも有名なその男のデータは残されていた、皇帝としての記録ではなく、為政者としての記録として。残されていたデータと、インバルトボルグのデータを照らし合わせれば簡単に照合作業は終わった。「瓜二つ」なのだ、髪が。
 この国が、かつての大帝国の皇室の血を引いた人間の作った国だという証拠……となるわけだ、インバルトボルグは。
 髪の性質が似ているだけで、とも言い切れない。宇宙を探し回ってもあれと同じ髪はいない、“赤毛”などではなくまるで血が通っているかのような赤さを誇るそれは、間違いなくシュスターの血を引いているはずだ。公認されていなくとも。
 建国神話を裏付けるインバルトボルグという娘、その存在は本人が思っている以上に大きい。
 かつての大帝国時代、継承権は第一子から順にというのが大前提であったが、その容姿が「シュスター」のそれとあまりにも違い、後に生まれた子が規定の容姿を持ち合わせていれば、簡単に順位を変えたともいう。容姿が持つ意味、それを信仰する愚かさ。
 だが、笑い飛ばすわけにもいくまい。今、我が国で生きている貴族達も、それを知っている。
 かつて大帝国の支配者であった一族の、有名な皇帝によく似た髪を持っている娘。それだけで人々は喜ぶのだ。我らが冠している人物は、かつての支配者の血を引いている……と。300年以上前に打倒しておきながら随分な言い草ではあるが、なくなった王朝に対する思慕というモノが確かに存在する。
 あの娘を重要視したのは容姿が大きい。
 顔立ちなどは特に人目を引くものではない、だがあの髪だけは大帝国の皇帝の血を引いていると言ってもいい。あの気位の高い四王家ですら、歯軋りしながら否定するであろう。既に四王家の特徴的な容姿を失った今の子孫達は、悔しさを噛締めながら否定するであろう。
 テルロバールノルのテクスタード王子以外は、歴史書にあるような特徴は兼ね備えていない。最も兼ね備えてないのは容姿だけで、特性は何ら失われていない。
 ……インバルトボルグの子が、あの紅蓮のような赤き真直の髪を持って生まれるとは限らない。
 むしろ可能性から行けば低い、限りなく低く生まれる可能性は0に近い。今まで、建国以来245年をも過ぎているこの国で初めて生まれた「建国者が語った血を証明する者」
 それが失われた時の失望は……インバルトボルグには向かわない、それは全て私に向かって来るのは容易に想像できる。
 ダンドローバーにはあのように語ったが、実際は躊躇する部分が大きい。
 最初、同衾を変わった拒まれ方をした。その後は音信不通……外を出歩いていたようだが、その帰ってこない通信に少しだけ安堵する余がいた。
 その子が特徴を持っていなければ余の責任であり、特徴を持って生まれてくればインバルトボルグの功績である。その位のことは覚悟していたが、好んでその評価を受けたいとは思わぬ。
 だが……
「どうせ否定されるのならば、自らの子で自分を否定されたほうがマシだ」
 特徴を兼ね備えていなければ余を否定して、人々は下賎の子を産む事となった高貴なるインバルトボルグに同情するであろう。
 空回りしている事は解かる、だがインバルトボルグが赤い髪さえ持っていなければ、もう少し近寄れたのではないかと思わないでもない。
 政権を奪取するにはヴァルカを使わなければならなかった、その根幹は変わらない。となればヴァルカを動かす為に、操る為にもインバルトボルグは殺されなかった、どのような容姿であっても。
「もう少し近寄りやすければな」
 インバルトボルグには解かるまい。お前のその容姿がどれ程、“俺”の劣等感を苛んでいるか。
 知的な美しさも、人好きする容姿も、正統なる血筋を伝え現す容姿を前には、何の価値もない……“俺”にとっては。
 余は映像を全て消し、部屋を出た。
「どちらへ?」
「皇后の元へ」
 お前の赤い髪に劣等感を覚えているとは言える訳もない。言えない程、口に出来ぬ程に強烈な劣等感なのだ。余はこの容姿で伯爵家の血を引いていないと言われ、お前はその容姿で大帝国の皇帝の血を引いていると言われる。天と地以上の差だな。
 この容姿は余には責任なく、そしてまた余が劣等感を感じるお前の容姿もまた、お前には責任がない……

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