繋いだこの手はそのままに −174
 ”さすがに腹を五発も撃たれるとキツイなあ”
 キュラティンセオイランサは額に突きつけられた銃口の感触に《殺される》ことを理解した。銃口の角度から、キュラティンセオイランサの核の一箇所を貫くことは、自らの体を誰よりも良く知っているキュラ自身にははっきりと解った。
 既に腹部を五発ほど撃たれ、動きが鈍ったところに銃口。
 ”……”
 撃たれて死ぬ時に、目を閉じてやるのも癪だと、驚きではなく無反応でもなく、相手を怖がらせるかのようにしっかりと見つめてその瞬間を待った。
「……っ!」
 だが目の前で銃を持っていた手が弾け、つぎに銃口を突きつけていた男の頭が吹き飛んだ。
「誰だ!」
 ブラベリシスの叫びに被さるかのように、壁の向こう側からエネルギー弾が訪れ、次々と屠る。
 弾けてゆく頭と、崩れ落ちそうになった時に武器を撃ち消滅させていった。
 分が悪いと判断したブラベリシスは、部下数名と共に自らが搭乗してきた移動艇へと乗り込み、護衛艦から逃げてそのまま帝星へと逃走を開始。

―― その後のブラベリシスの行方、生死共々不明とされている ――

「げほっ! ごほっ……もう……助けてくれるなら、もっと早くに来てよキャッセル様」
 床に崩れ落ち、胃の内容物と血を床に吐き出しながら、助けてくれた相手にキュラらしく礼を述べた。。
「御免ね。背後の憂いを絶ってたら、遅れちゃった。ねえ、アニアス」
「アイバス公爵……いたの?」
 腹を押さえながら顔を上げたキュラの視界に、トレイを持った手を震わせているアニアス=ロニの姿が飛び込んで来た。
 キュラは返り血と自分の血で汚れた時計を見る。
―― あ、お茶の時間に近いな……あれ后殿下のところに持っていく予定の菓子だ
「僭主めえぇぇぇ! くぉのぉ! アイバス公爵アニアス=ロニ・ラディラクス・フォレンビンレンうおぉぉ! 敵に回したことぉぉ! 後悔させてやるうぅぅ!」
 ロガに「自信作」である菓子を届けられなくなったアイバス公爵の慟哭に、
―― こわ……帝国宰相も引くと言われているだけのことはある
 キュラも腹の痛みと吐き気を一時忘れて、かなり引いた。
 この彼を見たらザベゲルンもディストヴィエルドも、本気で引くことは間違いなしだった。
「さあ、お菓子はそのくらいにしておいて、アニアスは艦内の全人員を閉じ込めてきてね。キュラは銃の設置を手伝ってくれ」
 指示を出された料理人は、片手でキャッセルの手を握り締めて、
「キャッセル兄、全部終わったら食べてくれますか」
 作ったは良いが后殿下にお出しできない(料理人判断)ほど時間が経過してしまった菓子を、全て終わったら食べてくれと目で強く訴える。
 その視線は、最早狂人レベルを軽くこえて、
「食べるから、お願い行って。早く行って、お願い行ってくれ。うん、一杯食べるから、ね?」
 キャッセルですら視線を逸らすほど。
―― キャッセル様まで引いてる。駄目……こんな非常事態に駄目だって……
 キュラは非常事態だとは解っているが、堪えきれず顔を手で覆って声を殺して笑った。


 アイバス公爵アニアス=ロニ。平素は人の良い、みなに料理を振る舞うのが大好きで、礼儀作法などは気にせず元気いっぱいに食べてもらうことが至上の喜び、ザウディンダルのために小さなお菓子を作り目でも楽しませ、甥たちの離乳食をつくることに人としての存在意義を見出す男なのだが、料理に関して妨害がはいると人が変わる。料理に関して口を挟めば、帝国宰相相手でも怯まないし、帝国宰相をも逃げ腰にさせる


 ”お茶の時間を妨害した”僭主たちに怒りを募らせながら、アイバス公爵は目的を果たすために向かった。
 その後キュラは腰から応急処置用の薬を取り出して口に含み、キャッセルの銃の設置に取りかかった。
「薬だったら、そこら辺に転がった死体からも奪えばいいのに」
「嫌ですよ。下手な物口に含んだら。殺されることも考えて、毒持って歩いてる可能性もあるんですから。昔それでラティランクレンラセオに酷い目に遭わされたことあるんですからね」
 嫌なこと思い出させないでくださいよ! と言いながら、シャフトを連結し、床に台を固定する作業を続ける。
「あ、そうなのか。酷い人だねえ」
「本当ですよ。キャッセル様みたいに、兄弟には優しいってわけじゃないし」

 持ち込んでいた銃を設置し、動力を得る為にブランベルジェンカオリジンに繋いでゆく。

「それにしても艦内の人員、なんで閉じ込めるんですか?」
「ブラベリシスを手引きしたのが数名いたから」
 武器を持ったまま護衛艦の港に待機していることが出来た。手引きした者数名はキュラの救出前に”邪魔になる”と殺害した。その為に救出にやや遅れたのだが、手引き者全員を殺害したわけではない。
「私、これからさダーク=ダーマとその周囲にいる機動装甲四体に攻撃を仕掛けるから、背後に敵が立っても解らないほど前に集中するから、危険は排除したいんだよ」
 信頼している弟が一人護衛艦を動かし、自らは一人で敵に立ち向かう。
「……」
 邪魔なのだ。
 この護衛艦はいま、護衛艦ではなく帝国最強騎士が搭乗した《攻撃兵器》となった。攻撃する際に邪魔となるものは全て排除する。
「あと五、六人はいるはずなんだよね。閉じ込める際に理由を説明するだろうから、終わってから解放したときに、死体が幾つか転がるかもね」
「なるほど。ところでキャッセル様、本気でダーク=ダーマに攻撃しかけるつもりですか?」
 ダーク=ダーマに砲門を向けるのは厳禁で、向けただけで罪に問われる。その艦に向けて撃つというのだから、キュラも聞き返さずにはいられなかった。
「そうだよ。守ってあげるから、行きなさいキュラティンセオイランサ」
「……」
「后殿下の警備なんだろ?」
「……はい」
「あの近辺で戦っている機動装甲に関しては任せなさい。大丈夫、絶対に辿り着かせてあげるから。そっから先は行けるよね?」
「はい」

 銃を固定し動力にも繋ぎ、二人はアイバス公爵が来るのを待った。

「いつ見ても、静かなものですよね」
 開口部から望める静寂な宇宙に対する感情をキュラは述べる。
「そうだね……そうだ、キュラ。治療していかなくていいのかい?」
 腹部の痛みで猫背気味になっているキュラに、キャッセルが声をかけるが、
「治療してたら”はがれて”大変なことになるから。なおすのに丸一日はかかるんですよ」
 ”嫌だなあ、もう!”と苦笑しながら言い返す。
 キャッセルはキュラの姿が実は違うことを知っている、数少ない一人だった。
「そのまま行けばいいじゃないか」
 キュラは本来、褐色の肌でシュスタークとほとんど同じ顔をしている。ラティランクレンラセオはキュラに”生きることを許可する”条件として肌の色を変えることと、顔を作り替えることを命じた。
 人間とは違い、人造人間の容姿は元に戻る力が強く働くため、定期的に《手を加える》必要があった。キュラは回復能力がそれほど高くはないので整形のスパンは一年ほどと長いが、大きな負傷などを負い、治療器に入ったりすると整形も《負傷》と見なされて元の姿に戻されてしまう。
「やだなあ、キャッセル様。ダーク=ダーマは僭主に蹂躙されててるんだから《知っている知らない顔》の奴なんて、問答無用で殺されちゃうじゃないですか」
 よってキュラは簡単に治療器に入り、体を治すことはできない。出来る限り負傷せず、相当な怪我でも治療器を避けて過ごしていた。

―― 僕はこの綺麗な僕の体に傷をつけたくないんだよ。ナルシスト? ああ、ナルシストだとも ――

 キャッセルは帝国騎士の責任者統括者として一人一人の情報に目を通した際に、この状況に気付いた。ラティランクレンラセオに《元の容姿に戻すことは禁止なのか?》を問い、ラティランクレンラセオの答えの結果が、今のキュラの姿。

―― この姿でなければ、生きていけないんですよ。元私生児で庶子が国王から《生存許可をもらう》ためには、これが必要なんですよ。だから、あんまり深く追求しないでくれませんか? ――



「そうだね。キュラの容姿は特に目立つもんね」
 《生存の許可を得る》それがどんなものなのか、良く知っているキャッセルは追求はせず、少しだけ便宜を払ってやることにした。
 二人の関係は続いている。
 様々な理由はあるが、便宜を払う目くらましに丁度良いという面もあった。

**********


 キュラ本来の容姿は人間の生命力の輝きを感じさせる褐色の肌が、人造容姿の美しさをより一層際立たせていた。それは元々の世界に存在していたかのような調和を持ち、人の手によって作られた白き肌のケシュマリスタよりも人々を魅了する。
 褐色の肌の持ち主は二十三代皇帝の帝后グラディウス。帝后となり帝太后となり大帝太后にまでなった「愚かな少女」が彼らの中に持ち込んだ輝きだった。
“最後の日の光を僅かに残した、だが確実に闇夜に向かう空の色を思わせる帝后の瞳”
 ザロナティオンがそのように書き記した藍色の瞳。
”黄昏より始まりし帝国の日が沈み夜が訪れた。帝国暗黒時代の始まりである”
 現在帝国では、ザウディンダルしか持っていない深い藍。
 暗い闇を思わせるその藍とは反対の、清々しいほど前を向いている褐色。それが人間を嫌うラティランクレンラセオの逆鱗に触れたのだ。
 「人造」の美しさが「人間」の美しさに劣ってはならない。人造は人間を越える美しさを持っていることが、存在理由なのだから。

**********


『キャッセル兄、艦内平定終了。ガルディゼロ侯爵、ラティランクレンラセオがアロドリアスに保護されているそうだ。そこに向かうかい?』
 二人が火花散る空間を見つめていると、艦内放送が入る。
「なんで、ラティランクレンラセオが。あいつ、陛下の警備……行かせてもらいますよ、その港に突っ込みます」
「よし。アニアス、艦を動かして。援護が必要ならシベルハムに頼むといい。”いいもの見せてあげるよ”って言えば、言うこと聞いてくれるはずだ」
『わかりました。ではガルディゼロ侯爵の武運を祈っているよ』
 キュラは先程安全を確認した自分の移動艇に乗り込み、見送ってくれるキャッセルに挨拶をする。
「それじゃあ……そうそう、キャッセル様が銃を撃つ姿って、幻想的で好きですよ。撃つ際の美しさってのはビーレウストのほうが上ですけど、キャッセル様はキャッセル様特有の幻惑的なところがとっても魅力的です」

**********


「アイバス公爵から? キュラティンセオイランサがダーク=ダーマに入るから、その援護しろって? ついさっき、アルカルターヴァの援護したから、もう飽きたって返せ」
 僭主機動装甲から遅れて到着した、僭主艦隊と交戦を続けていたアジェ伯爵は、連絡を受け取った際に、そういって拒否した。
「それが、なんでも面白いものを見せるとか……」
 だが次に聞いた部下の言葉に「あの護衛艦はたしかキャッセルが乗ってたな」と思い出し、聞き返した。
「ん? それは本当に”面白い物”か? ”いい物見せてあげるよ”ではなくて?」
「確かに”いい物見せてあげるよ”でした」
―― キャッセルからか
 仲良し拷問気違い仲間からの申し出に”どんなもんだ?”と興味を持ち、引き受けることを決めた。
「よし、見せて貰おうか。おい、もう一度援護に回るぞ。援護に回ってやるって、伝え……アイバス!」
『殿下、ありがとうございます』
 援護に回ってくれると聞かされて”お礼を述べねば!”と通信を繋いだアイバス公爵に、アジェ伯爵は、
「あ、ああ。任せておけ」
 内心で”帰れ、帰れ”と叫ぶ。
『私からの感謝の気持ちとして、料理をですね!』
「そんな、気にすることはない。感謝なんてしなくていいからな!」
 半分強制的に通信を切ったアジェ伯爵は、
「お前、不思議そうな顔しているから教えておいてやる」
 隣に立つ副官に教えてやった。
「はい」
「父王ガウダシアの遺言だ。”皇帝は敵に回しても良いが、料理人は敵に回すな”ってな。この言葉だけじゃあ解らないだろうが、一度敵に回して運良く生き延びたら意味が解るだろうよ。我もなあ、一度アイバス公爵を……語るも怖ろしい世界だ」

 アジェ伯爵シベルハム=エルハム。彼はキャッセルの兄弟(皇帝込み)で誰が一番怖いかと聞かれたら、躊躇わずアイバス公爵アニアス=ロニと答える。


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