祭りの終盤【16】
王家人気投票・テルロバールノル一万票突破記念
 それは楽しいイベントだった。
「ほぇほぇでぃ様、空から落ちてくるみたいだ(冬でも特別に寒い朝。青空を貫く凍えるような陽射しに照らされたダイヤモンドダストのよう)」
「最高に褒められてるんだろうね」
「おきちゃきちゃまのお乳、気持ちいい」
「枕代わりになるんだぞ。ほら、もっと頭を乗せてもいいぞ」
「おちびちゃん、あーん。おいしい? おちびちゃんのとうちゃんが作った特別なケーキだよ」
「(にたあ)」
「グレス。私の胸枕も中々だぞ」
「わーい、イダお姉さま」

 正妃たちと王と王太子とちびに囲まれ、幸せを満喫しているグラディウス。

「お話したいことがあるのですが。お時間よろしいでしょうか? フィラメンティアングス公爵殿下」
「なんだ? ルサ」
「先程、私や警備の者達がジーディヴィフォ、ゾフィアーネ両大公閣下からお菓子をいただいたので、お礼を申し上げたいのですが……」
「あいつらならもう帰ったぞ。全員に菓子を配るつもりらしいから、長居してられなかったんだろう」
 ハロウィンは菓子をもらって歩くイベントであって、これほどアグレッシブに菓子を配り歩くイベントではないが、誰も何も言わない。
「そうですか……そのような場合、お礼はどうしたらよろしいのでしょうか?」
「礼なんてしなくても構わないだろう。どちらかと言うと、あいつらの菓子を受け取ってくれたお前たちが礼をされるべきというか……でもまあ、気になるのなら私がまとめて礼をしておいてやろう」
 彼らはグラディウスの館付きなので、二大公と会うことはまずない。
「いいえ! そんな。殿下を使うだなんて!」
「私が一番使いやすいぞ。あとあの二人に伝えてくれそうなのは、サウダライト帝とデルシくらいの物だぞ。お前達、皇帝や皇后に頼みたいか?」
「……」
「……」
「では……お願いいたします」
「それでいい。じゃあ、このメモ帳に名前と感謝の言葉を一筆書け。届けてやるから」
 キーレンクレイカイムが懐からメモ帳と万年筆を取り出してルサ男爵に手渡す。彼は女からの戯れ言が書かれた頁を無表情でめくり、白紙の部分にフルネームと感謝の言葉「ありがとうございます」と素っ気なく書き、ケルディナに手渡した。
 渡されたケルディナは少々どころではなく苦労して、なんとか”初めて紙に万年筆で”字を書いた。他の者達も同じようなものである。
 それらを受け取ったキーレンクレイカイムは、ざっと目を通して、
「届けるから安心しろ」
「お願いいたします」
 彼らに背を向けて近くにいた女性の肩に手を回して、耳元で何事かを囁き暗がりへと消えていった。
「……」
「……」

―― ロヴィニアの王子たるものこうでなくてはならない……のか?

 深く追求するのは野暮であるとばかりに、彼らは引き返して遠くからグラディウスに頭を下げる。イダ王の膝に座り頭を魅惑の弾力に預けていたグラディウスはテーブル下に置いていた篭を持ち、おちびの入った袋を担いで全員に手渡しに来た。
「ありがとうございます」
「食べてね」
「はい」
 菓子を受け取った彼らは、正妃たちが居るテーブルに半分”はまっている”状態のサウダライトに頭を下げて、その場を後にした。
 飴を配ったグラディウスは、そのままテーブルには戻らず、まだ菓子をもらっていない人がいるかもしれない! とばかりに探索し始める。

「グレスはどこへ行くのじゃ」
 巾着から顔だけだし”にやあ”と笑う眼帯赤子を連れて、グラディウスはテーブルとは逆方向へと歩き出した。
「さあなあ。でもここに縛りつけておく訳にもいかないだろう」
 みんなにお菓子を配れる! と楽しみにしているグレスの気持ちを尊重し、
「僕と君たちとダグリオライゼだけが居るテーブルって、つまんないよね」
 そのテーブルは一気に極寒となる。
「……(デルシ様、帰ってきてはいただけないでしょうか)」
 正妃で唯一上手くまとめることのできるデルシは、気配はあれど姿が視界から消えたキルティレスディオ大公を捜すために席を外している。
「ところで、イダ王にイレスルキュラン」
「なんだ? ルグリラド」
「お前の所の破廉恥はどこへ行ったのじゃ?」
 ルグリラドの言う破廉恥とはキーレンクレイカイムのこと。
 彼はグラディウスから飴をもらって、少し話をしてすぐに席を外した。グラディウスにあまり構っていると、睨まれるからである。
 キーレンクレイカイムは女に睨まれるのは嫌いではないが、避けた方が良い場合があることをしっかりと理解している。
 グラディウス絡みで正妃や姉に睨まれるのは良くないと、さっさと席を外して、彼らしく祭りを楽しんでいた。
「……」
「……」
「グレスが間違って破廉恥が卑猥な行為をしている所へ行ってしまったらどうする!」
「そこら辺は大丈夫だ。弟はいつだって冷静だ。それこそ最中でも気付く」
「じゃからと言ってなああ!」

 グラディウスが「ちび」を連れて行ったのは、テーブルから離れる際は絶対におびちを連れて歩くようにデルシが指示を出したからである。

 生後二ヶ月の赤子「ちび」だが警備にはなり得るのだ。

「あれ? おじちゃん?」
 飴の入った篭を持ち、ちびを背負ったグラディウスは、館前から離れたガス塔の下でキルティレスディオ大公を見つけた。
「グラディウス・オベラか」
「はい。でもグレスって呼んで。エリュシ様がつけてくれた名前なの」
「……あれは元気か?」
 巴旦杏の塔の警備担当でもあったキルティレスディオ大公。いつもの彼らしく仕事はせず、ほとんど塔には近付かなかった。もっとも先代皇帝は、それについて言うことはなかった。塔の中の”両性具有”とは近親者なので、下手に近付くよりは良いだろうと。では何故先代皇帝は、わざわざ近親者の彼を警備責任者に選んだのか?
 理由はランチェンドルティスが生きていた頃、デルシを警備責任者に任じていた理由と同じである。
 どれほど自堕落であろうとも、無視できないだろうと―― 先代皇帝その思惑通り、彼は偶にリュバリエリュシュスの様子をうかがいに足を向けた。
「あれ?」
「リュバリエリュシュスのことだ」
「元気だよ!」
「そうか」
「おじちゃん、エリュシ様のこと知ってるの?」
「ああ。むこう……リュバリエリュシュスは俺のことは知らないだろうがな」
「おじちゃん、ちょっと来て!」
 グラディウスはキルティレスディオ大公の指を掴み”来て! 来て!”と引っ張る。そろそろ帰ろうと思っていたキルティレスディオ大公だが、腕を振り払わず”にたり”と笑うちびを見ながら付いて行った。
 グラディウスが連れてきたのは、昨日もらった菓子が置かれている部屋。
 その中にあった蜜柑の皮。
「これ、エリュシ様がくれたハロウィン蜜柑の皮。おじ様がずっと飾れるようにしてくれたの!」
「……そりゃ、良かったな」
「うん!」
 ”これ”を”自分”に見せてどうしたいのだろう? キルティレスディオ大公は答えは出せなかったが、不思議と悪い気はしなかった。
「ミーヒアス」
「エデリオンザ」
「グレスが一緒だったのか?」
「でかいおきちゃきちゃま! 見て、これエリュシ様にもらったの! おじ様がね!」
 差し出された硝子でコーティングされた蜜柑の皮。
「良かったな、グレス」
「うん」
「大事にするんだぞ」
「はい!」
 グラディウスは蜜柑の皮を片付けに、お菓子の山へと引き返す。
「俺はそろそろ帰るわ、エデリオンザ」
「そうか。気をつけて帰れよ、ミーヒアス」
「ちょっと寄り道して帰るが、ガルベージュスに言わなくても行けるか?」
 巴旦杏の塔に寄って帰りたい――
「我が連絡しておいてやろう」
「頼むわ。じゃあ……グラディ、じゃなくてグレスとやら俺は帰……」
 帰ると声をかけると、菓子の山の中でグラディウスとちびが仲良く眠っていた。
 グラディウスのハロウィンはこれでお終い。
「さっきまで起きてた気がしたんだが」
 あとは大人達が片付けをする。
「遊び疲れたのであろう。さあ、さっさと行け、ミーヒアス」
「はいよ」

 誰にも挨拶をせず、館を出てキルティレスディオ大公は巴旦杏の塔へと向かった。途中の木々の低い所に結ばれている色とりどりのリボン。
 リボンで口が結ばれている飴の袋を取り出す。
「あの子供の道標か」
 目印も飾りもあまり変わりがない。

「……幸せそうで何よりだ」

**********


「凄いのじゃあ」
「素晴らしいのじゃあ」
「貴様、やるなあ!」
「ありがとう」

 子爵がメディオン用に作ったハロウィンゼリーを見て、三姉妹は感嘆の声を上げる。

「本当に器用じゃなあ、エディルキュレセ」
 メディオンはゼリーを覗き込みながら、三姉妹よりも声のトーンは落としていたが、心からの気持ちを素直に述べた。
「喜んでもらえて良かった。三人の分は、こっちの小さくてあまり手が込んでいないのだが……」
「当然じゃあ、姫様よりも小さくなければもらってやらんからな」
「もらってやろうではないか!」
「ありがたくもらってやろう!」
 大貴族の素直な姫たちは手のひらに乗るサイズの小さいゼリーを受け取り、
「ではお主等、菓子を持って帰っておれ」
 メディオンのゼリーをも持って一足先にルグリラドの宮へと帰って……

「……」
「……」
「……」

 意気揚々と帰る途中、三姉妹仲良く同時に転んでゼリーが入った箱が手から飛び出し宙返りした上に地面に叩き付けられてしまった。勇気を持って長女が箱を開け、

「……」
「……」
「……」

 三姉妹は大宮殿後宮のど真ん中で「どうしよう?」と――

(三姉妹は警備が付かなくても平気なくらいには強い)


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